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第三章
59 懐かしい味
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ヒナリが竹皮包みの紐を摘まみ、小さな包みをゆらゆらと揺らして楽しんでいると、ヤクモ王子が一歩距離を詰めてきた。
「聖女ヒナリ様」
「はい」
高い位置にある顔を見上げる。視線を合わせた途端、異国の王子は涼やかな笑みを浮かべた。
ふわりとお香の香りが漂う。前世でヒナリ自身は香を焚く習慣はなかったが、アルバイト先の本屋で客が香らせているのを嗅いだことが幾度かあった。久しぶりに嗅いだそれは、どこか懐かしい気がした。
「ぜひ私どもの国にお越しくださいませんか。もちろんお迎えに上がりますので」
「そうですね。機会があれば……」
気軽に行ける場所であれば、どんな国かを見に行ってみたかった。しかし完全浄化を終えていない今、他国に思いを馳せるのはしてはいけないことのような気がした。
王子はちらとヒナリの後方に視線をやったあと、ヒナリに顔を近付けてきた。耳元で内緒話をする風な小声で問い掛けてくる。
「お米を使ったお料理、食べたくありませんか?」
「――!」
思いがけない言葉に驚いて、素早く顔を上げる。すると、楽しげな笑みが待ち構えていた。
(お米を使ったものといえば……)
ぱっと思い付いついたのは、三角形のフォルムだった。
「おにぎり、食べたいかも」
「いいですね。おにぎり、美味しいですよね。炊きたてのご飯にお塩をまぶして……」
「うんうん」
忘れていたかと思っていた味が、舌によみがえる。
「さて、海苔を巻く前に具はいかがしましょうか。梅干しはお好きですか? 焼き鮭は?」
「焼き鮭が好きです!」
「私もです」
「ヤクモ王子も普段おにぎりとかを食べるのですか? 偉い方なら立派な御膳でお食事なさるのでは?」
「家ではその形で出されますが、私も魔獣討伐に参加しますから、遠征の際は料理人の作ったおにぎりを携えて参ります」
王子が出先でおにぎりを頬張る姿を思い浮かべる。その様子が可愛く思えてしまい、ヒナリは思わずにこにとしてしまった。
「おにぎり以外には何かお持ちにならないのですか?」
「弁当を携えて参ります。卵焼きやきんぴらごぼう、それから……」
「うんうん」
聞き覚えのある具材を挙げられて、思わず微笑んでしまう。
モウシハヤ国の文化は全体的にヒナリの居た日本より昔の時代だと感じてはいたものの、具体的に何時代の頃の日本であると当て嵌められる文化体系ではなさそうに思えた。
弁当の具をひと通り挙げ終えた王子が、ふと何かを思い出した表情を浮かべる。
「卵焼きと言えば……聖女ヒナリ様はお砂糖で味付けしたものとだし巻き卵、どちらがお好きですか?」
「あ~どっちも捨てがたいですね、それは」
「わかります。ふふ」
王子が口元に手を当てて、何度も頷く。
「意見が分かれますよね。どちらより至高であるか、ことあるごとに論争が巻き起こります」
「あはは」
食べ物対決は異世界の日本でも盛んらしい。懐かしさと楽しさとで涙が浮かんでくる。
ヒナリは指先で目尻を払いつつ、再び王子の顔を見上げた。
「ヤクモ王子はどちらがお好きですか?」
「私は……貴女と共に味わえたなら、どちらであってもこれまで生きてきた中で最高の味わいとなりましょう」
「え?」
(今なんかすごいことを言われた?)
『どういう意味ですか』とヒナリが尋ねようとした矢先。
「――わああああっ!」
男たちの喚き声が聞こえてきた。素早く振り返ると、少し離れたところで賢者たちが地面に倒れ込んでいた。
アルトゥールが地面に伏せ、その背中にベルトランとクレイグが座り込んでいる。その様子はさながらいたずらっ子がいたずらがうまくいくかを確認しようとして見つかってしまったときのような様相を呈していた。
ダリオだけは別の場所に立っていて、腕を組み、白けた目付きで他の三人を見下ろしている。
「みんな何してるの!?」
賢者たちの、初めて見る子供みたいな様子にヒナリはぎょっとしてしまった。
うつ伏せで潰されているアルトゥールが悲しげな声を絞り出す。
「ヒナリ、私を捨てないでくれ……!」
「!?」
涙目の訴えに、ヒナリは愕然とせずにはいられなかった。
「捨てるって何? なんで?」
「何たる言い草ですか! 他に言い様があるでしょう!」
とクレイグがアルトゥールにぐいぐいと体重を掛ける。
その隣でベルトランが颯爽と立ち上がり、いかにも貴族めいた優雅な仕草で一礼した。
「お邪魔してしまいすみません、ヤクモ様。ヒナリ様があまりに楽しそうにお話しされていたものですから、どのような話題なのかと気になってしまいまして」
ヤクモ王子は賢者たちの無礼な振る舞いを気にする素振りも見せず、ベルトランに微笑み返した。
表情はそのままに、ヒナリに顔を振り向かせる。
「貴女様は本当に大切に思われているのですね。聖女としてのみならず、ひとりの人として愛されていらっしゃる」
「あ、愛……!? 彼らは賢者としての責務を果たしているだけであって、そのような感情を私に抱いている訳では……!」
突拍子もないことを言われてあたふたしてしまう。そんなヒナリを見て王子はまた口元を手で隠すと、くすりと笑った。
その手を下ろし、ヒナリに向き直って姿勢を正す。
「我がモウシハヤ国は、いつでも聖女ヒナリ様のお越しをお待ちしております。楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったです。ありがとうございました」
ヒナリはヤクモ王子とお辞儀を交わすと、その背中を見送ったのだった。
モウシハヤ国第一王子・払《フツ》暁《ギョウ》八《ヤ》雲《クモ》が聖女ヒナリの御前を辞して歩き出した瞬間、四人の賢者から鋭い視線を浴びせ掛けられた。
賢者たちとすれ違い様、声を掛ける。
「一筋縄では行かなそうですね。ご健闘をお祈り致します」
「お心遣い、痛み入ります」
金髪の賢者が爽やかな笑みを浮かべた。
一方で、赤髪の賢者が不思議そうな顔付きに変わる。意味は伝わらなかったらしい。
青髪の賢者と淡緑髪の賢者は、敵意を隠しもしない目付きをするばかりだった。
聖女様には――閉塞感の漂う我が国に、新たなる風を吹かせて欲しかった。
前世で過ごした国が我が国の文化に近しいならば僥倖、妃として迎えても文化の違いに苦しませずに済むと思ったのだが――。
(否、これは将来国を統べる者としての建前だ)
溜め息をつき、先ほど見た光景を思い描く。
酒に酔ってゆるんだ表情、そして何より、特別でも何でもない食事の話に目を輝かせる愛らしさたるや――!
高貴で近寄り難いかと思っていた聖女の思いがけない一面に、すっかり心を奪われてしまった。
美しくも素直で愛らしい彼女と共に笑顔で食卓を囲む、そんな温かい日々を送ってみたいと願ってしまった――。
振り返り、四人の賢者に囲まれる聖女を見る。
「しかし、これではあまりに分が悪い」
払暁八雲は苦笑いを浮かべつつ、聖女邸を後にした。
ヒナリは自身を取り囲む四人の賢者を見上げて小首を傾げた。
「今、ヤクモ様に何を言われたの?」
「内緒」
「えー」
ベルトランにウィンクでかわされて、思わずむっとして唇を尖らせる。
いくら睨み付けても答えてもらえず、ヒナリが『気になる~』と訴えていると、ダリオが目でヒナリの手元を指してきた。
「ヒナリ、それは?」
「あ、これね、ヤクモ王子に頂いたの。あとで飲もうっと」
「飲み物? それが?」
「そう、これをお湯で溶いて飲むの」
小さな竹皮包みを顔の横で揺らしてみせる。
しかしヒナリは浮かれるのをはたとやめると、両手を体の前で揃えて、四人の賢者を見据えた。
「みんな、今まで言えなかったことがあるの」
表情を改めれば、賢者たちもまた真面目な顔付きに変わる。
「モウシハヤ国って、私が前世で暮らしてた国によく似てるの。東方って呼ばれ方も一緒だし、島国だし、お酒の原材料も私が知ってる素材から作られていたし、食べ物も……。それで王子に色々話を聞いて、共通点がないか確認してたんだ」
「そういうことだったのか……!」
真っ先に口を開いたアルトゥールが、ほっと息を吐き出した。
◇◇◆◇◇
居間に戻り、熱湯を用意してもらったヒナリは味噌玉を器のなかで溶いた。途端に懐かしい香りが立ち上ってくる。
「はーっ。久しぶりに嗅いだよこの香り」
ヒナリがしみじみと呟くと、ベルトランが指の背を鼻に当てた。
「うーん。不思議な香りだね」
「みんなはあんまり好きじゃないかな? 嗅ぎ慣れない香りだし、臭いって感じちゃうかもね」
アルトゥールもダリオもわずかに眉をひそめている。その反応は想定内だった。
「それは、発酵臭ですね」
すん、と鼻を鳴らしたクレイグが、興味深げに器の中身を覗き込む。
ヒナリは湯気を立ち上らせる汁に向かって数回息を吹き掛けると、まだ熱いそれをひとくち啜ってみた。
味噌汁に特別な思い入れなどなかったはずなのに――実家で母が作ってくれたもの、お気に入りの和食屋の定食、そして独り暮らしの部屋で作ったりインスタントのものを飲んだこと、と様々な記憶が一気に脳裏によみがえった。
途端に目の奥が熱くなる。
味噌汁を飲み進める手も止まってしまう。
すると、ベルトランがじっと目を見つめてきた。
「どうしたの?」
「ん? 懐かしいなーと思って」
器の中で揺らめくいくつかの具材を眺めていると、不意に視界が歪んでいった。
肉体は違うのに、いわば故郷の味みたいなものを舌が憶えているとはどういうことなのだろう――。
歪な自身の存在に、足元が崩れ行く錯覚を覚える。
ヒナリはまばたきを繰り返して涙を抑え込むと、四人の賢者に微笑んでみせた。
「みんな、お騒がせしちゃってごめんね。これからもお務め頑張るから、一緒に頑張っていこうね」
途端にダリオが眉根を寄せる。
「ヒナリ。無理して笑わなくていいって前に言ったでしょう。せめて僕らの前でだけは、泣きたいときは、泣いて欲しい。ずっとそばに居るから」
「ありがとう、みんな」
賢者たちの優しさが、揺れる心に溶け込んでいく。
久しぶりに飲んだ味噌汁は、憶えている味以上にしょっぱい味がしたのだった。
「聖女ヒナリ様」
「はい」
高い位置にある顔を見上げる。視線を合わせた途端、異国の王子は涼やかな笑みを浮かべた。
ふわりとお香の香りが漂う。前世でヒナリ自身は香を焚く習慣はなかったが、アルバイト先の本屋で客が香らせているのを嗅いだことが幾度かあった。久しぶりに嗅いだそれは、どこか懐かしい気がした。
「ぜひ私どもの国にお越しくださいませんか。もちろんお迎えに上がりますので」
「そうですね。機会があれば……」
気軽に行ける場所であれば、どんな国かを見に行ってみたかった。しかし完全浄化を終えていない今、他国に思いを馳せるのはしてはいけないことのような気がした。
王子はちらとヒナリの後方に視線をやったあと、ヒナリに顔を近付けてきた。耳元で内緒話をする風な小声で問い掛けてくる。
「お米を使ったお料理、食べたくありませんか?」
「――!」
思いがけない言葉に驚いて、素早く顔を上げる。すると、楽しげな笑みが待ち構えていた。
(お米を使ったものといえば……)
ぱっと思い付いついたのは、三角形のフォルムだった。
「おにぎり、食べたいかも」
「いいですね。おにぎり、美味しいですよね。炊きたてのご飯にお塩をまぶして……」
「うんうん」
忘れていたかと思っていた味が、舌によみがえる。
「さて、海苔を巻く前に具はいかがしましょうか。梅干しはお好きですか? 焼き鮭は?」
「焼き鮭が好きです!」
「私もです」
「ヤクモ王子も普段おにぎりとかを食べるのですか? 偉い方なら立派な御膳でお食事なさるのでは?」
「家ではその形で出されますが、私も魔獣討伐に参加しますから、遠征の際は料理人の作ったおにぎりを携えて参ります」
王子が出先でおにぎりを頬張る姿を思い浮かべる。その様子が可愛く思えてしまい、ヒナリは思わずにこにとしてしまった。
「おにぎり以外には何かお持ちにならないのですか?」
「弁当を携えて参ります。卵焼きやきんぴらごぼう、それから……」
「うんうん」
聞き覚えのある具材を挙げられて、思わず微笑んでしまう。
モウシハヤ国の文化は全体的にヒナリの居た日本より昔の時代だと感じてはいたものの、具体的に何時代の頃の日本であると当て嵌められる文化体系ではなさそうに思えた。
弁当の具をひと通り挙げ終えた王子が、ふと何かを思い出した表情を浮かべる。
「卵焼きと言えば……聖女ヒナリ様はお砂糖で味付けしたものとだし巻き卵、どちらがお好きですか?」
「あ~どっちも捨てがたいですね、それは」
「わかります。ふふ」
王子が口元に手を当てて、何度も頷く。
「意見が分かれますよね。どちらより至高であるか、ことあるごとに論争が巻き起こります」
「あはは」
食べ物対決は異世界の日本でも盛んらしい。懐かしさと楽しさとで涙が浮かんでくる。
ヒナリは指先で目尻を払いつつ、再び王子の顔を見上げた。
「ヤクモ王子はどちらがお好きですか?」
「私は……貴女と共に味わえたなら、どちらであってもこれまで生きてきた中で最高の味わいとなりましょう」
「え?」
(今なんかすごいことを言われた?)
『どういう意味ですか』とヒナリが尋ねようとした矢先。
「――わああああっ!」
男たちの喚き声が聞こえてきた。素早く振り返ると、少し離れたところで賢者たちが地面に倒れ込んでいた。
アルトゥールが地面に伏せ、その背中にベルトランとクレイグが座り込んでいる。その様子はさながらいたずらっ子がいたずらがうまくいくかを確認しようとして見つかってしまったときのような様相を呈していた。
ダリオだけは別の場所に立っていて、腕を組み、白けた目付きで他の三人を見下ろしている。
「みんな何してるの!?」
賢者たちの、初めて見る子供みたいな様子にヒナリはぎょっとしてしまった。
うつ伏せで潰されているアルトゥールが悲しげな声を絞り出す。
「ヒナリ、私を捨てないでくれ……!」
「!?」
涙目の訴えに、ヒナリは愕然とせずにはいられなかった。
「捨てるって何? なんで?」
「何たる言い草ですか! 他に言い様があるでしょう!」
とクレイグがアルトゥールにぐいぐいと体重を掛ける。
その隣でベルトランが颯爽と立ち上がり、いかにも貴族めいた優雅な仕草で一礼した。
「お邪魔してしまいすみません、ヤクモ様。ヒナリ様があまりに楽しそうにお話しされていたものですから、どのような話題なのかと気になってしまいまして」
ヤクモ王子は賢者たちの無礼な振る舞いを気にする素振りも見せず、ベルトランに微笑み返した。
表情はそのままに、ヒナリに顔を振り向かせる。
「貴女様は本当に大切に思われているのですね。聖女としてのみならず、ひとりの人として愛されていらっしゃる」
「あ、愛……!? 彼らは賢者としての責務を果たしているだけであって、そのような感情を私に抱いている訳では……!」
突拍子もないことを言われてあたふたしてしまう。そんなヒナリを見て王子はまた口元を手で隠すと、くすりと笑った。
その手を下ろし、ヒナリに向き直って姿勢を正す。
「我がモウシハヤ国は、いつでも聖女ヒナリ様のお越しをお待ちしております。楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったです。ありがとうございました」
ヒナリはヤクモ王子とお辞儀を交わすと、その背中を見送ったのだった。
モウシハヤ国第一王子・払《フツ》暁《ギョウ》八《ヤ》雲《クモ》が聖女ヒナリの御前を辞して歩き出した瞬間、四人の賢者から鋭い視線を浴びせ掛けられた。
賢者たちとすれ違い様、声を掛ける。
「一筋縄では行かなそうですね。ご健闘をお祈り致します」
「お心遣い、痛み入ります」
金髪の賢者が爽やかな笑みを浮かべた。
一方で、赤髪の賢者が不思議そうな顔付きに変わる。意味は伝わらなかったらしい。
青髪の賢者と淡緑髪の賢者は、敵意を隠しもしない目付きをするばかりだった。
聖女様には――閉塞感の漂う我が国に、新たなる風を吹かせて欲しかった。
前世で過ごした国が我が国の文化に近しいならば僥倖、妃として迎えても文化の違いに苦しませずに済むと思ったのだが――。
(否、これは将来国を統べる者としての建前だ)
溜め息をつき、先ほど見た光景を思い描く。
酒に酔ってゆるんだ表情、そして何より、特別でも何でもない食事の話に目を輝かせる愛らしさたるや――!
高貴で近寄り難いかと思っていた聖女の思いがけない一面に、すっかり心を奪われてしまった。
美しくも素直で愛らしい彼女と共に笑顔で食卓を囲む、そんな温かい日々を送ってみたいと願ってしまった――。
振り返り、四人の賢者に囲まれる聖女を見る。
「しかし、これではあまりに分が悪い」
払暁八雲は苦笑いを浮かべつつ、聖女邸を後にした。
ヒナリは自身を取り囲む四人の賢者を見上げて小首を傾げた。
「今、ヤクモ様に何を言われたの?」
「内緒」
「えー」
ベルトランにウィンクでかわされて、思わずむっとして唇を尖らせる。
いくら睨み付けても答えてもらえず、ヒナリが『気になる~』と訴えていると、ダリオが目でヒナリの手元を指してきた。
「ヒナリ、それは?」
「あ、これね、ヤクモ王子に頂いたの。あとで飲もうっと」
「飲み物? それが?」
「そう、これをお湯で溶いて飲むの」
小さな竹皮包みを顔の横で揺らしてみせる。
しかしヒナリは浮かれるのをはたとやめると、両手を体の前で揃えて、四人の賢者を見据えた。
「みんな、今まで言えなかったことがあるの」
表情を改めれば、賢者たちもまた真面目な顔付きに変わる。
「モウシハヤ国って、私が前世で暮らしてた国によく似てるの。東方って呼ばれ方も一緒だし、島国だし、お酒の原材料も私が知ってる素材から作られていたし、食べ物も……。それで王子に色々話を聞いて、共通点がないか確認してたんだ」
「そういうことだったのか……!」
真っ先に口を開いたアルトゥールが、ほっと息を吐き出した。
◇◇◆◇◇
居間に戻り、熱湯を用意してもらったヒナリは味噌玉を器のなかで溶いた。途端に懐かしい香りが立ち上ってくる。
「はーっ。久しぶりに嗅いだよこの香り」
ヒナリがしみじみと呟くと、ベルトランが指の背を鼻に当てた。
「うーん。不思議な香りだね」
「みんなはあんまり好きじゃないかな? 嗅ぎ慣れない香りだし、臭いって感じちゃうかもね」
アルトゥールもダリオもわずかに眉をひそめている。その反応は想定内だった。
「それは、発酵臭ですね」
すん、と鼻を鳴らしたクレイグが、興味深げに器の中身を覗き込む。
ヒナリは湯気を立ち上らせる汁に向かって数回息を吹き掛けると、まだ熱いそれをひとくち啜ってみた。
味噌汁に特別な思い入れなどなかったはずなのに――実家で母が作ってくれたもの、お気に入りの和食屋の定食、そして独り暮らしの部屋で作ったりインスタントのものを飲んだこと、と様々な記憶が一気に脳裏によみがえった。
途端に目の奥が熱くなる。
味噌汁を飲み進める手も止まってしまう。
すると、ベルトランがじっと目を見つめてきた。
「どうしたの?」
「ん? 懐かしいなーと思って」
器の中で揺らめくいくつかの具材を眺めていると、不意に視界が歪んでいった。
肉体は違うのに、いわば故郷の味みたいなものを舌が憶えているとはどういうことなのだろう――。
歪な自身の存在に、足元が崩れ行く錯覚を覚える。
ヒナリはまばたきを繰り返して涙を抑え込むと、四人の賢者に微笑んでみせた。
「みんな、お騒がせしちゃってごめんね。これからもお務め頑張るから、一緒に頑張っていこうね」
途端にダリオが眉根を寄せる。
「ヒナリ。無理して笑わなくていいって前に言ったでしょう。せめて僕らの前でだけは、泣きたいときは、泣いて欲しい。ずっとそばに居るから」
「ありがとう、みんな」
賢者たちの優しさが、揺れる心に溶け込んでいく。
久しぶりに飲んだ味噌汁は、憶えている味以上にしょっぱい味がしたのだった。
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