6 / 35
5 軋む心
しおりを挟む
サイラスは、人付き合いが嫌いなヤクばあちゃんの家に訪ねて来る唯一の人だそうだ。村に薬を納める時は、ヤクばあちゃんが直々に村長の家に行くから、ルナ以外の村人が訪ねて来ることはない。ルナがヤクばあちゃんと出会う前から、月に一回くらい定期的に訪ねて来ていたようだ。
サイラスは元々、ヤクばあちゃんの魔術の弟子で、今は王都の冒険者ギルドの職員をしている。冒険者ギルドの仕事の一環として、ヤクばあちゃんの薬やポーションを買い付けにきているらしい。
サイラスの仕事を知って、ヤクばあちゃんがはじめにルナに釘を刺した訳がわかった。いつも着ているカッチリとした立派な制服を見てもわかる。王都の冒険者ギルドの職員という立派な仕事についているサイラスがいつまでもルナと遊んでいるわけがないのだ。きっと一時の戯れなのだろう。それにサイラスとは十歳も年が離れている。きっと辺境の可哀そうな子どもを構ってあげている、それだけなのだろう。ルナは浮かれそうになる自分の心を必死に抑え込んだ。
ルナが自制するのと正反対にサイラスはルナへの好意を隠そうともしなかった。サイラスはヤクばあちゃんに何度叱られても、ゲンコツをおとされても懲りずに、週に一回はヤクばあちゃんの小屋に現れた。
そして、毎回ルナへのお土産を携えて来る。ヤクばあちゃんの忠言を守って、お土産は食べ物だった。カラフルな飴玉や、ほっぺがとろけそうになるケーキやおいしいお茶の葉っぱとか。甘い物が苦手なサイラスは、お茶を飲みながら、ルナがおいしそうにお菓子をほおばるのをやさしく見守っていた。サイラスの口元はいつも柔らかく弧を描いている。サイラスがいると空気が軽くなるような気がした。
ルナの薬師としての修業も続いていて、過酷さを増していった。薬草畑の薬草の区別がつくようになると、外での採取がはじまった。薬草図鑑に群生地や生育環境などは記されているが、それを地図と照らし合わせて場所の当たりをつけていかないといけない。また、途方もない作業がはじまった。
ダレンに色々な場所に連れて行かれ、置き去りにされたせいで、見覚えのある場所が多い。人生、何が役に立つかわからないなとルナは思った。ヤクばあちゃんが探しやすい場所にある薬草から指定してくれたのだけが救いかもしれない。
毎日、緑の森や野原を泥だらけになって、小さな傷を手足に増やして採取に励んだ。崖の端だとか、山の上とか、魔の森ぎりぎりとか、結構過酷な場所にも行かされた。ただしダレンと違って、サポートは手厚かった。危険な場所にはヤクばあちゃんも同行してくれたし、魔術や魔道具でサポートしてくれたので安全に採取できたし、仮に怪我をしても、ヤクばあちゃんが治癒魔術で治してくれた。
そんな辛くて、淡々とした退屈な日々の中で、週に一回のサイラスとのお茶会の時間だけがルナの唯一の楽しみだった。
◇◇
その日は崖の端に咲く珍しい花の採取で、ダレンと遊んでいた時に崖から落ちた恐怖を思い出し、精神的にも肉体的にも辛い一日だった。
「ルナ」
帰りが遅くなって焦って村はずれの道を小走りで駆けていると、ダレンに呼び止められた。
「おい、なんだその顔は? 最近、俺が構ってやらないからって、人喰い魔女とつるんでいるらしいな」
疲れているし早く帰って、眠りたい。そんな不機嫌な気持ちが顔に現れていたのか、ダレンが突っかかってくる。
「ヤクばあちゃんは人喰い魔女なんかじゃない。立派な薬師だよ。薬を作るって本当に手間暇かかってるんだよ」
疲労がピークに達していたルナは、イラッとして言い返してしまう。
「は? 俺に盾突いてくんのかよ。ルナのくせに」
「痛い痛い。離して……うぅ……」
ルナの口答えが癇に障ったのか、ルナの一つにまとめた三つ編みを引っ張り、ねじりあげる。ルナの足が地面から浮き、頭皮がギュッと引っ張られてキリキリ痛む。
「魔女と草と泥にまみれて草遊びしてるだけのくせに。偉そうなこと言うなよ。俺に構ってほしかったら、もっと身綺麗にすることだな」
近くで村人の話す声が聞こえると、ダレンはルナを睨みつけて囁き、急に手を放した。ルナは地面に崩れ落ちる。ダレンは辺りを見回すと、足早に去って行った。ルナは荒い息を繰り返しながら、地面を見つめた。
早く帰って寝ないと。明日もまた、採取に行かなければならない。ダレンなんかを気にしている場合ではない。
それでも、足が動かない。立ち上がる気力が湧いてこない。
自分の薬草の色に染まった爪先を見る。手の切り傷やあかぎれもひどい。
こんなことをしていて本当に薬師になれるんだろうか?
薬師になったとして、ヤクばあちゃんのように感謝もされずに魔女と呼ばれるだけなのだろうか?
自分のしていることは無駄なのだろうか?
自分の中でぐるぐると渦巻く暗い気持ちに取り込まれそうになった時に、視界に猫の姿が目に入った。銀色のふわふわした猫はサイラスを思い出させる。その猫のオッドアイを見て、前回サイラスに会った時のことが頭によぎった。
前回会った時、初めて眼鏡をとって、瞳を見せてくれた。
サイラスの瞳は、左が紫、右が水色のオッドアイだった。片目だけだが、自分の瞳とおそろいなのがうれしくて胸がくすぐったくなり、瞳の色の綺麗さにほうっとため息がでた。
「こっちはルナとおそろいだね。でもルナのほうが深い色で綺麗だよね。ちょっと珍しい瞳だから、他の人にはナイショだよ」
その綺麗な瞳を細めて笑う表情に、ルナの頬が紅に染まる。
「ルナは僕の瞳が気に入ったみたいだね。じゃ、ルナの前では眼鏡ははずすことにしよう」
なんて茶化されて、なぜかサイラスにヤクばあちゃんからゲンコツが落ちた。
その情景を思い返して、気づくとルナの頬には涙が幾筋も伝っていた。
明日はサイラスが来る日だ。明日になれば、サイラスに会えるはず。ルナは涙をぬぐい立ち上がると、ゆっくりと歩き始めた。
ふと立ち止まって振り返ると、サイラスに似た猫は影も形もなく消えていた。
サイラスは元々、ヤクばあちゃんの魔術の弟子で、今は王都の冒険者ギルドの職員をしている。冒険者ギルドの仕事の一環として、ヤクばあちゃんの薬やポーションを買い付けにきているらしい。
サイラスの仕事を知って、ヤクばあちゃんがはじめにルナに釘を刺した訳がわかった。いつも着ているカッチリとした立派な制服を見てもわかる。王都の冒険者ギルドの職員という立派な仕事についているサイラスがいつまでもルナと遊んでいるわけがないのだ。きっと一時の戯れなのだろう。それにサイラスとは十歳も年が離れている。きっと辺境の可哀そうな子どもを構ってあげている、それだけなのだろう。ルナは浮かれそうになる自分の心を必死に抑え込んだ。
ルナが自制するのと正反対にサイラスはルナへの好意を隠そうともしなかった。サイラスはヤクばあちゃんに何度叱られても、ゲンコツをおとされても懲りずに、週に一回はヤクばあちゃんの小屋に現れた。
そして、毎回ルナへのお土産を携えて来る。ヤクばあちゃんの忠言を守って、お土産は食べ物だった。カラフルな飴玉や、ほっぺがとろけそうになるケーキやおいしいお茶の葉っぱとか。甘い物が苦手なサイラスは、お茶を飲みながら、ルナがおいしそうにお菓子をほおばるのをやさしく見守っていた。サイラスの口元はいつも柔らかく弧を描いている。サイラスがいると空気が軽くなるような気がした。
ルナの薬師としての修業も続いていて、過酷さを増していった。薬草畑の薬草の区別がつくようになると、外での採取がはじまった。薬草図鑑に群生地や生育環境などは記されているが、それを地図と照らし合わせて場所の当たりをつけていかないといけない。また、途方もない作業がはじまった。
ダレンに色々な場所に連れて行かれ、置き去りにされたせいで、見覚えのある場所が多い。人生、何が役に立つかわからないなとルナは思った。ヤクばあちゃんが探しやすい場所にある薬草から指定してくれたのだけが救いかもしれない。
毎日、緑の森や野原を泥だらけになって、小さな傷を手足に増やして採取に励んだ。崖の端だとか、山の上とか、魔の森ぎりぎりとか、結構過酷な場所にも行かされた。ただしダレンと違って、サポートは手厚かった。危険な場所にはヤクばあちゃんも同行してくれたし、魔術や魔道具でサポートしてくれたので安全に採取できたし、仮に怪我をしても、ヤクばあちゃんが治癒魔術で治してくれた。
そんな辛くて、淡々とした退屈な日々の中で、週に一回のサイラスとのお茶会の時間だけがルナの唯一の楽しみだった。
◇◇
その日は崖の端に咲く珍しい花の採取で、ダレンと遊んでいた時に崖から落ちた恐怖を思い出し、精神的にも肉体的にも辛い一日だった。
「ルナ」
帰りが遅くなって焦って村はずれの道を小走りで駆けていると、ダレンに呼び止められた。
「おい、なんだその顔は? 最近、俺が構ってやらないからって、人喰い魔女とつるんでいるらしいな」
疲れているし早く帰って、眠りたい。そんな不機嫌な気持ちが顔に現れていたのか、ダレンが突っかかってくる。
「ヤクばあちゃんは人喰い魔女なんかじゃない。立派な薬師だよ。薬を作るって本当に手間暇かかってるんだよ」
疲労がピークに達していたルナは、イラッとして言い返してしまう。
「は? 俺に盾突いてくんのかよ。ルナのくせに」
「痛い痛い。離して……うぅ……」
ルナの口答えが癇に障ったのか、ルナの一つにまとめた三つ編みを引っ張り、ねじりあげる。ルナの足が地面から浮き、頭皮がギュッと引っ張られてキリキリ痛む。
「魔女と草と泥にまみれて草遊びしてるだけのくせに。偉そうなこと言うなよ。俺に構ってほしかったら、もっと身綺麗にすることだな」
近くで村人の話す声が聞こえると、ダレンはルナを睨みつけて囁き、急に手を放した。ルナは地面に崩れ落ちる。ダレンは辺りを見回すと、足早に去って行った。ルナは荒い息を繰り返しながら、地面を見つめた。
早く帰って寝ないと。明日もまた、採取に行かなければならない。ダレンなんかを気にしている場合ではない。
それでも、足が動かない。立ち上がる気力が湧いてこない。
自分の薬草の色に染まった爪先を見る。手の切り傷やあかぎれもひどい。
こんなことをしていて本当に薬師になれるんだろうか?
薬師になったとして、ヤクばあちゃんのように感謝もされずに魔女と呼ばれるだけなのだろうか?
自分のしていることは無駄なのだろうか?
自分の中でぐるぐると渦巻く暗い気持ちに取り込まれそうになった時に、視界に猫の姿が目に入った。銀色のふわふわした猫はサイラスを思い出させる。その猫のオッドアイを見て、前回サイラスに会った時のことが頭によぎった。
前回会った時、初めて眼鏡をとって、瞳を見せてくれた。
サイラスの瞳は、左が紫、右が水色のオッドアイだった。片目だけだが、自分の瞳とおそろいなのがうれしくて胸がくすぐったくなり、瞳の色の綺麗さにほうっとため息がでた。
「こっちはルナとおそろいだね。でもルナのほうが深い色で綺麗だよね。ちょっと珍しい瞳だから、他の人にはナイショだよ」
その綺麗な瞳を細めて笑う表情に、ルナの頬が紅に染まる。
「ルナは僕の瞳が気に入ったみたいだね。じゃ、ルナの前では眼鏡ははずすことにしよう」
なんて茶化されて、なぜかサイラスにヤクばあちゃんからゲンコツが落ちた。
その情景を思い返して、気づくとルナの頬には涙が幾筋も伝っていた。
明日はサイラスが来る日だ。明日になれば、サイラスに会えるはず。ルナは涙をぬぐい立ち上がると、ゆっくりと歩き始めた。
ふと立ち止まって振り返ると、サイラスに似た猫は影も形もなく消えていた。
50
あなたにおすすめの小説
夢を現実にしないための正しいマニュアル
しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。
現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事?
処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。
婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。
【完結】好きになったら命懸けです。どうか私をお嫁さんにして下さいませ〜!
金峯蓮華
恋愛
公爵令嬢のシャーロットはデビュタントの日に一目惚れをしてしまった。
あの方は誰なんだろう? 私、あの方と結婚したい!
理想ドンピシャのあの方と結婚したい。
無鉄砲な天然美少女シャーロットの恋のお話。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
拾った指輪で公爵様の妻になりました
奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。
とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。
この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……?
「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」
公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。
二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした
セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。
牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。
裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる