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第六章 終幕の着地点
聖剣の無茶ぶり
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1.北の大陸
聖剣トリガークリスタルが去り、皇帝一族が辺境に追いやられ軟禁された後、上級貴族が相次いで独立宣言し、暫定連盟国となった北の大陸。
新たな皇帝になろうと、聖剣スカイドラゴンを求めて旅立った大貴族達は遂に帰ってこなかった。
上級貴族全員が野心家だったわけではなく、使命感でもって絶壁の地へ向った者も多い。だがその使命感を別な形で発揮する高位貴族も居た。北の大陸に残るのを選択した公爵や侯爵らは、聖剣トリガークリスタルの守護を失い、例年にない寒波に苦しむ領民を懸命に守った。その中に、エディング侯爵という者が居た。
エディング侯爵は自領の領民ばかりか、領主を失って凍死寸前の他の領民を自ら率先して助けに行き、自領に保護した。その崇高な志に感化されたエディング侯爵の子息子女はもちろんのこと、彼を慕う伯爵、子爵、男爵らが次々と、危機に瀕した他の領民を自領へと迎えに出向いた。
食糧は切り詰めても足りなくなる一方だったが、エディング侯爵は他の領民を助けつつ、魔力を振り絞って、雪深く凍てついた畑から作物を集めた。エディング侯爵は家族や領民に食糧を分けるため、ほぼ絶食状態で昼夜を問わず救援に向った。そんな無茶をしては、いくら魔力量の高い侯爵とはいえ限界が来る。その日もボロボロな体にムチを打って、とある公爵領へ救援に向かい、到着した途端に倒れた。極寒の吹雪の中で、意識が朦朧としていく。
(ああ、もう駄目か。誰かが聖剣を持ち帰ってくれたら、北の大陸は救われるのに)
そして意識を失いかけた直前、不意に右手が暖かくなった。今際の際の幻覚かと思ったが、凍傷で指1本動かせなかった右手からドクドクと全身に魔力が巡りだすのを感じる。そして感覚を取り戻し、全身を覆い尽くすように積もった雪を払い除けて起き上がったエディング侯爵の右手には、いつの間にか氷のような長剣が収まっていた。
「儂は聖剣スカイドラゴン。真の主の命により、おぬしをソードマスターとして認める。さあ、立ち上がって儂を天に掲げよ」
エディング侯爵は都合のいい夢を視ているのかと思ったが、無意識に立ち上がると、猛吹雪の中で長剣を掲げる。途端に眩い閃光が北の大陸全土を覆い尽くした。一瞬にして吹雪が止んで、凍てついた大地から雪が消えた。真冬にも関わらず、黒い大地から一斉に芽吹き、早送りで成長していく。
そして次の瞬間には春の温もりの中、凍死した森が蘇った。空には鳥や魔獣が飛び交い、森には鹿や狼が駆けていく。畑は真冬だと言うのに、麦やジャガイモや苺をはじめ、北の大陸では滅多に食べられない西瓜やメロン、噂でしか聞いたことのないバナナまでも収穫期を迎えている。
「夢…?」
「疑うなら、そこに実っているオレンジでも食べたらどうだ。まったく、この儂が犠牲的精神の持ち主を主にするとは、堕ちたものだ」
右手に握っている長剣がため息をつく。
エディング侯爵の腰には、いつの間にか長剣を収める鞘がベルトに挟まっていた。エディング侯爵は聖剣スカイドラゴンを、長剣と揃いの氷のような色の鞘に収めた。隣にいつの間にか生えていたオレンジの木に驚きつつ、食べ頃の実を採って皮を剥き、エディング候爵は口に入れる。口いっぱいに広がる甘く濃厚でありながら爽やかな味。そういえば温室のオレンジの木も久しく実らなかったが、これほど甘く美味しいオレンジは人生で初めて食べた。
「本物…!」
エディング侯爵は夢中になってオレンジを頬張る。久しく感じていなかった満腹感を得ると、周囲の歓喜に気づく。畑では公爵領の多くの領民が、はしゃぎながら作物を収穫していたのだ。
「貴方は、本当に聖剣様なのですか?」
絶壁の地にあるという言われていた、主を持たぬ伝説の聖剣スカイドラゴン。それがどうして、何故、自分がソードマスターに選ばれたのか、思考が追いつかない。
「混乱するのも分からなくもない。儂とて、まさか北の大陸を守護する羽目になるとは思わなんだ。まったく、元凶の聖剣トリガークリスタルも忌々しいが、真の主の逆鱗に触れるのは二度と真っ平御免だから仕方がない」
「貴方様を遣わして下さった、真の主とはどのお方なのですが?」
絶壁の地へ赴いた親交のある貴族は何名か居た。彼らが聖剣スカイドラゴンを遣わしてくれたのだろうか?
聖剣スカイドラゴンは、ソードマスターの思考を読み取って否定する。
「違う。絶壁の地へやってきた北の大陸の者は、殆どが息絶えた。数少ない生存者も重傷を負って、北の大陸へ戻るのは何時になることやら。その生存者も、儂の真の主によって生存者全員が西の大陸へ脱出し、助かったようなものだがな」
「北の大陸を救ってくださった、真の主様の名を教えてください。何としても、その救世主様に御礼を申し上げなくては!」
「この世界には、もう居らぬ。だがその伴侶は、南の大陸にいる。南の大陸の皇帝に書簡を送れば、感謝の意は真の主へ届くだろう。真の主の名は、都筑花蓮。元の名は、アリアルイーゼ・グレイ伯爵令嬢。おぬしは直ちに南の大陸の皇帝と連絡を取り、皇帝を介して、儂の真の主へ約束を果たしたことを伝えねばならない。そうしないと、儂の身が危うくなる」
腰に下げた聖剣スカイドラゴンから、悪寒が激しい恐怖と共にエディング侯爵にも伝わってくる。エディング侯爵は、聖剣スカイドラゴンがどのようにして屈服させられたまでは分からなかったが、急を要する事態なことだけは伝わってきた。
「今すぐ、南の大陸の皇帝へ書簡を送ります」
エディング侯爵は自邸に転移すると、書斎に駆け込んで迅速かつ丁寧な挨拶と心からの謝辞を綴り、南の大陸の皇宮へ書簡を転移させた。エディング候爵領でも、同じく豊かな実りに歓声を上げる領民の声が、板戸を打ち付けた寒さよけの二重窓越しからも聞こえてくる。
エディング候爵は板戸を引き剥がし、窓を開けた。芳しい花の香りが鼻腔をくすぐる。歓喜に満ちた声は人々からだけでなく、空を舞う鳥や、農場を駆け巡る犬や家畜からも聞こえてくる。温かな日差しの下の豊かな緑に見惚れていると、机の上の魔法陣が輝きだし、細長い立派な留め具付きの箱が届いた。中身は、先ほど送った南の大陸からの返信だった。
南の大陸のアリオス皇帝から、聖剣スカイドラゴンのソードマスター就任への祝いの言葉と、都筑花蓮への伝言確かに承ったことが記された、精巧な文様入りの高価な紙の書簡が入っていた。いの一番に聖剣スカイドラゴンが、エディング候爵をソードマスターに選んだことも都筑花蓮へ伝えると付け加えられている。
その間、聖剣スカイドラゴンは南の大陸の聖剣アースブレーカーと聖剣トリガークリスタルの爆笑が伝わってきて、屈辱にワナワナと震えたのだった。
その日のうちに、北の大陸に残った全貴族がエディング侯爵邸を訪問し、最大の感謝と忠誠を誓った。
聖剣スカイドラゴンは、氷のような見た目に反して、寒さが嫌いだった。だから北の大陸でありながら、南の大陸までとはいかなくても、温暖な気候を保つことを宣言した。北の大陸の人々も、1年の殆どが雪に覆われた気候に辟易としていたので、聖剣スカイドラゴンの意向には諸手を上げて賛成した。
北の大陸の貴族は満場一致でエディング侯爵を皇帝に指名し、皇国の名もスノーファントムから、スカイドラゴン皇国へと改名した。
エディング皇帝の意向で復興を最優先にしたため、戴冠式は1年後の『復活節』と名付けられた聖剣スカイドラゴンがこの地に降臨した日に行われた。列席者には、東の大陸の王太子、西の大陸は連合国代表としてカルサイト王国の国王が出席。そして南の大陸からは元帥にして聖剣アースブレーカーのソードマスター、リョウ・ザイール・ロータス大公が参列した。元帥は亜麻色の髪の婚約者を伴っており、その女性を見るなり聖剣スカイドラゴンは、「ギャー、出た!」と厳粛な戴冠式で絹を裂くような悲鳴を上げたのだった。
戴冠式終了後、聖剣スカイドラゴンは花蓮から「人を化け物扱いするな!」と、長い説教をされたのは言うまでもない。
2.華麗なる最期
桜が今年も3月末には満開を迎えた。満開宣言が出たこの日、私立一粒万倍大学の大講堂で、大規模な葬儀が行われた。弔われたのは、サーシャ・ザイール。『創世記激闘大戦』の他星系侵略連盟総司令官だった2次元のキャラクターだ。
私立一粒万倍大学で葬儀が行われる2日前、隔週掲載のマンガ雑誌、春の特大号で荒廃した地球を占拠していた他星系侵略連盟団は、地球帰還連合軍に敗れた。ザイール司令官は、その号でヒーロー赤石大河と激闘の末に戦死したのである。
地球を占拠した他星系侵略連盟は、母星が砕け散って還る場所のない、いくつもの星の流浪の民が集まって構成された。
荒廃はしているが再生の見込みがある地球を奪った他星系侵略連盟は、方方の星の技術によって、地球の絶滅した植物や生物を再生させ、汚染された海を浄化して絶滅した海洋生物も蘇らせた。昔の緑の大地と青い海を取り戻した地球で、ようやく安住の地を得た他星系侵略連盟の人々だったが、地球帰還連合軍の核兵器使用急襲により、その半数が緑の大地と共に消失した。
ザイール総司令官は直ちに軍を編成したが、地球帰還連合軍に圧されていく。ヒーロー赤石大河とザイール総司令官は一騎打ちの末、無敵のザイール総司令官は赤石大河にとどめを刺した。ザイール総司令官は核兵器が使用された際、バリア装置を作動させたが、そのときに重傷を負っていたのだ。
絶命の直前、ザイール総司令官はヒーロー赤石大河に息も絶え絶えに言う。
「母星が残ったおまえ達には分かるまい。だが、地球とて何度も核兵器を使われたら、いずれ再生能力どころか、ボロボロに砕け散るぞ。我が故郷、ハーキマー星のように」
そして戦死したザイール総司令官の肉体は、青いクリスマスローズへと変化する。ザイール総司令官は、人間よりもエルフや妖精に近い存在だった。
「俺たちは、なんて愚かな真似を…」
ヒーロー赤石大河は、荒廃した地で咲く青いクリスマスローズの前に跪いて慟哭。ここで春の特大号雑誌の話は終わった。
雑誌発売日午前零時、『創世記激闘大戦』最新号を読んだ読者から、ネットでザイール総司令官を悼む声が続出する。
私立一粒万倍大学文学部アニメ・マンガ研究科の桜井教授は、『創世記激闘大戦』を掲載する雑誌社へ朝一番にザイール総司令官の葬儀許可を申請し、雑誌社と漫画家の許可を得る。そして学長に大講堂の使用許可を貰うと、在校生および卒業生に『創世記激闘大戦』サーシャ・ザイール総司令官の葬儀の準備を呼びかけた。
花蓮をはじめとする『創世記激闘大戦』オタクの在校生及び卒業生は直ちに桜井教授のもとへ集結し、葬儀の準備に取り掛かった。
私立一粒万倍大学のアニメ・マンガ研究科の卒業生は、その業界へ就職した者が多い。そうした縁で私立一粒万倍大学で行われるザイール総司令官の葬儀の話は、あっという間に日本中を駆け巡り、葬儀参加を希望する一般ファンが殺到した。だが一般人を受け入れては収拾がつかなくなるため、葬儀参列は私立一粒万倍大学の在校生及び卒業生のみに限定された。
『創世記激闘大戦』の出版社にも、ザイール総司令官の葬儀主催を求める声が殺到、アニメ会社を巻き込んでの緊急会議が行われた。その話を聞きつけた滝宮総合化学株式会社の瀧宮会長がスポンサーを名乗りを上げて、東京スペシャルドームを借り切って、雑誌社とアニメ制作会社公認のザイール総司令官葬儀が行われる事が決定した。
その試金石として、私立一粒万倍大学主催のザイール総司令官葬儀は注目を集めた。一般人の参加禁止を掲げた大学側も、特例として雑誌社とアニメ会社関係者の参列が認め、『創世記激闘大戦』の漫画家と最大手スポンサーの瀧宮会長も参列者に名を連ねた。
私立一粒万倍大学の大講堂は、美術学部ディスプレイ科の生徒によって、多様な青い花と白のカスミソウと共に、本物の木々から採取した様々な種類の緑の葉で飾られた。
青い花は一般人ファンの需要も高まっていたため全国的に品薄で、一粒万倍大学美術学部の生徒らが中心となり、総出で造花の青い花を制作。アニメ・マンガ研究科の生徒は白い花を青く染める作業に没頭し、大量の青い花が出来上がった。
雑誌社と漫画家の許可を得て、アニメの一部からコピーした正装のサーシャ・ザイール総司令官の巨大な遺影を制作すると、葉付きの青いバラと白いバラで遺影は縁取られて大講堂の舞台に飾られた。復興した地球をイメージした、春の野山を模した祭壇が設けられ、葬儀会社から黒い棺を購入し、そのなかに桜の花びらを敷き詰める。美術学部の教授渾身作の青いクリスマスローズ1輪が本物の桜の花びらの褥にそっと置かれた。
参列者のドレスコードは喪服、もしくはそれに準じた服装。
静粛な葬儀は、アニメ・マンガ研究科の桜井教授の哀悼の演説からはじまった。それはサーシャ・ザイール総司令官の偉業と、平和への訴え。熱弁を奮う桜井教授は、サーシャ・ザイール総司令官の重症オタクでもあったので、花蓮をはじめとするザイール総司令官推しの在校生及び卒業生は、教授の言葉に号泣する。
その後は大学関係者、特別葬儀参列者、在校生、卒業生の全員の順で献花台に花を供えた。舞台に献花台を設置するのは参列者の人数的にも無理があったため、献花台は舞台下に設置された。
列席者は先ず舞台に上がり、亡骸に見立てた青いクリスマスローズの入った棺に一礼してから舞台を下りて、それから献花台に花を供えて遺影に敬礼して席に戻る流れとなった。献花は列席者がそれぞれ用意、もしくは大学側が用意した青いバラの造花が配られた。花蓮は白いトルコキキョウを献花に選んだ。花言葉は「永遠の愛」。
列席者もそれぞれがザイール総司令官に相応しいと考えた花を供花し、献花台は色とりどりの花でいっぱいになる。大講堂は広いが優先入場は、特別列席者の漫画家や雑誌社、アニメ会社の面々。それから葬儀準備に携わった者たち。残りの席は先着順となったため、大講堂の外にも在校生、卒業生が列をなして献花を待っていた。
「フィクションにここまでやるかねー」
姿を消す魔法で大講堂に紛れ込んだ滝宮遼は呆れ果てる。その隣では、最近やっと異世界トリップを習得したタイガ・アカイシ・グレイが、やはり透明化魔法で紛れ込んで号泣している。
「ていうか、おまえ、あいつを殺したヒーローのファンなのに、なんで泣いているわけ?」
遼は首を傾げる。
「あなたには、ザイール総司令官の志が分からないのですか!そんな冷血漢で、よく司令官(花蓮)の恋人が務まりますね!」
タイガは涙でぐしゃぐしゃになった顔で遼を睨みつける。国宝級美形と讃えられたタイガの号泣顔は、お世辞にも美しいとは言えなかった。
「いや、普通の感性ならマンガ読んで感動しても、葬式まで行うって無いだろう。マジで有り得ないというか、親父もドーム球場をアニメキャラのために押さえるって、花蓮のオタク毒が回ってるよなぁ」
遼は自分の父親に呆れ果てる。ちょうど舞台上で、瀧宮会長が深々と棺に一礼しているところだった。
「僕も参列してきます」
いつの間にかタイガは、この世に存在しない青いクリスマスローズの生花を持っていた。造形魔法で作り出したのだろう。彼は献花の列に紛れ込む。
「ここの奴ら、重症だな」
遼はため息をついた。少なくとも分かった事がある。花蓮の重症オタクは花蓮が特殊なのではなく、この大学の関係者をはじめとして、オタクという人種は理解しがたい変わり者だってことだ。
…この2人の侵入者行為が、後に大騒動の発端になるとは、このとき誰も思っていなかった。
3.伝説の男
私立一粒万倍大学大講堂のサーシャ・ザイール総司令官の葬儀模様は、民放一社によって生中継された。レポーター参加は無しの、カメラマン1人のみの中継。このカメラマンは、私立一粒万倍大学卒業生だった。
献花終了後は、非公認・ザイール総司令官敬愛楽団の演奏、ラフレシア腐人作詞作曲編曲ボーカルの事前録音曲で幕を閉じた。
ラフレシア腐人こと早瀬紗耶は、ザイール総司令官のための哀悼曲を作成し、吹奏楽サークルの演奏で渾身を込めて歌った。この歌は、サーシャ・ザイール総司令官の葬儀のためだけに作ったので、当初は一般発売を考えていなかった。しかしテレビカメラが入ったことで世間に知れ渡って反響を呼び、急襲発売が決定された。
「困ったことになったなぁ」
都筑家のダイニングテーブルで、イタリア式本格派カルボナーラパスタを食べる瀧宮会長は、ため息混じりに呟く。
テーブルにズラリと並ぶイタリアン料理は、瀧宮総合化学株式会社参加のレトルト食品事業部が制作した試験段階のレトルト・イタリアンフルコースで、その感想を調査するために、花蓮達に試食させていたのだ。アクアパッツァ、ドルチェ、ビザなど種類も豊富だ。
「まさか、テレビに映っていたとはねぇ。遼、アンタの責任ね」
花蓮はエスカルゴの壺焼きを白ワインで食べながら、遼を批判する。
「なんで俺が?」
「だって、タイガに透明化魔法をレクチャーしたのは、遼なんでしょ。テレビカメラに映り込むって、有り得ないんだけど」
「俺はコイツにやり方を完璧に叩き込んだぞ。ミスったのは、この馬鹿のほうじゃないか!」
遼はフォークに突き刺したミラノ風カツレツを、斜め向かいに座るタイガに向ける。
「すいません、すいません!」
シーザーサラダを食べていたタイガは、カトラリーを置いて頭を下げる。ちなみにこのシーザーサラダだけはレトルトではなく、遼の手作りだ。レトルトサンプルを見るなり「野菜が足りない!」と、遼が即席で作った。
タイガと瀧宮会長の背後のリビングを占める巨大テレビからは、私立一粒万倍大学主催のサーシャ・ザイール総司令官の葬儀の録画が流れていた。だが問題となっているのは、マンガキャラのための倒錯的葬儀の模様ではない。棺に一礼するタイガの姿が半透明ながらバッチリ映り込んでいたのだ。生前より若返った姿なのは、『願望の宝石』を食べたとき、無意識に花蓮と同じ歳になりたいと願ったからである。喪服に身を包んだ晴川悠一の美貌絶頂期の姿は、ネットでも多く取り上げられている。
各テレビ局は、生放送した民放テレビ局から映像を借りて、特集で晴川悠一の心霊映像を検証していた。晴川悠一が『創世記激闘大戦』のファンだったことは関係者から明かされていたので、ザイール総司令官の葬儀に化けて出てきたという声と、有名大学教授による「合成画像だ」という声で、コメンテーターの意見は真っ二つに割れた。
瀧宮会長がリモコンで別チャンネルに変えると、他の番組では「晴川悠一の遺体は何処に?」を全面特集していた。
「あー、これってもう遺体をどっかから出さないと収拾つかない感じ?」
花蓮は頭を抱える。指一本なら、野生の猿の遺骸から失敬した指を使って、タイガの遺伝子や形状をコピーすることが出来た。だが人1体分となると、野生の熊かゴリラの遺骸を探してきてコピーしなくてはならない。不可能ではないが、魔術操作を考えると面倒くさい。そもそも花蓮は破壊は得意だが、造形や創造系の魔術は苦手なのだ。
「コイツにやらせればいいだろ。造形魔法スキル持ちなんだし、医学部目指してたぐらいだから、簡単だろ?」
遼は提案する。
「自分の遺骸のコピーですか。気が進みませんが、まあ自分のやらかした事なので、責任は取ります。時間経過からして、白骨だけで充分ですね」
タイガは深いため息をつく。誰が好き好んで、自分の白骨死体を作りたいものだろうか。
「無理に作らなくても良いと思うがね。晴川悠一は伝説の人物になった、それで構わないんじゃないか?」
「そうは言うけど親父、もしも今回の幽霊騒動がなければ、それも有りだったかもしれない。けれど世間が忘れかけていた頃に幽霊が出てくるのは、どうかと思うぞ?」
「でも人の噂も七十五日と言うし、放って置いてもいいかも。ただ晴川悠一の墓がないのは、ファンからすると寂しい限りだろうね。死亡はほぼ決定としても、指のコピーだけじゃ葬式も出せないから」
フィクションのサーシャ・ザイール総司令官が立派な葬儀を出してもらえたのに、実在した晴川悠一は葬儀どころか墓もないのは寂しいかもしれないなと、花蓮は思う。
「だが白骨死体というのも美しくない。いっそサスペンス定型の脂漏になって発見とかはどうかね?」
「親父、楽しんでいるだろう。そもそも首つった奴の脂漏なんて、おぞましい限りじゃないか」
遼はここへ転移してきた時の晴川悠一の絶命寸前の姿を思い起こす。アレは酷かった。国宝級美形なんて欠片さえ見出せない悲惨な姿だった。
「そう言えば、タイガの実母につけておいた幽霊をまだ消してなかったわ。そろそろ解放してあげてもいいかも?」
花蓮はタイガの着ていた服に、晴川悠一の実母にのみ視える幽霊を付け、絶対に気が狂わない無限恐怖を味合わせる罰を施していたのだ。
「おまえ、どんなイタズラ仕掛けたんだよ」
花蓮のことだ、容赦のない仕返しをしたに違いない。遼は断言できた。
「美しい終わり方って、難しいわね。はるか昔の名作劇場ってアニメシリーズってさ、大抵が感動的に終わっているけど、原作は殆ど最後が湿っぽい終わり方なのよね。講義でアニメを観てから、その後の原作のオチを知らされたわ。教授の結論は、ファンの熱烈な要望があっても、原作者が無理矢理捻り出したストーリー展開に夢はないってこと」
「それ、ザイール総司令官の哀悼演説した教授の講義?」
タイガは興味を示す。あれほど白熱した演説を聞いていたら、女装してでも私立一粒万倍大学アニメ・マンガ研究科へ入学したいと本気で思ってしまった。
ちなみに同じ事を考えた者はタイガだけではない。男子受験生は入学資格自体がないので涙を飲んだが、翌年の女子受験生の私立一粒万倍大学への受験者数は過去最高の倍率だったらしい。
「なら最初から仕切り直せばいい。終わりを首吊りではなく、病死に変えればいいのだ。標高の高い山から、氷漬けの美しい遺体が発見されたオチはどうだ?」
瀧宮会長は名案だとばかりに瞳を煌めかせる。
「あー、それって、ある名作劇場の物語のラストがそんなだったわ。でも秋に亡くなったのに国内で氷漬けの遺体なんてーあっ、そうか。別に標高の高い山から発見されなくても良いのよね。葬祭場の安置所とか」
「誰が葬祭場に運んだんだって話になるじゃないか。白骨が一番お手軽でいいだろ」
「定型通りに考えるから、ややこしくなるのよ。でも葬祭場や病院だとご迷惑がかかるから、警察署なんてどうかしら?」
「それこそ警察が可哀想だろ。日夜、国民のために頑張ってくれているのに。いっそ七不思議に乗じて、桜の木の下から死にたてホヤホヤの美しい遺体で発見されればいいんじゃないか?」
遼は投げやりな発言をしたが、「それだ!」と花蓮と瀧宮会長は同時に叫ぶ。
「私もまだまだだわ。定型に囚われすぎていたから、自由な発想が得られなかったのね」
「タイガ君が本物の伝説になれる、いい機会だ。遼、おまえにそんな発想が出来るとは、父さんも鼻が高いぞ」
「あのー、僕は伝説になりたくないんですけどー」
「つべこべ言わない!」
タイガの反論を、瀧宮会長と花蓮は封じる。セントクリア世界からの異端な移住者同士、2人とも地球の理からぶっ飛んでいる。遼とタイガが初めて結託して純粋なセントクリア人2名の説得にかかったが、すっかり面白がってる瀧宮会長と花蓮の暴走は止まらない。
…そして晴川悠一は伝説の人物となった。
数社のマスコミへ匿名の電話があり、半信半疑でテレビ局がカメラマンとレポーターを某県の桜の名所に派遣したところ、晴川悠一の美しい遺体が花びらに埋もれるようにして発見された。『創世記激闘大戦』のザイール総司令官そのものの格好をした晴川悠一は小指が一本ない代わりに、胸の上で組んだ手の下に1輪の青いクリスマスローズを忍ばせていた。
テレビ局はその様子を生中継しており、今にも目覚めそうな国宝級美形の眠るような姿に、晴川悠一ファンだけでなく、生中継を観ていた人々は落涙する。
駆けつけた某県の警察署に運ばれ、鑑識の結果、晴川悠一本人と断定された。晴川悠一の遺体は養父に引き取られたが、晴川悠一を起用していた各スポンサーと第一発見に貢献したテレビ局の申し出により、滝宮東京体育館にて、盛大な葬儀が行われた。
そのディスプレイの指揮を任されたのが私立一粒万倍大学で、サーシャ・ザイール総司令官の葬儀とそっくりの祭壇や体育館の飾り付けが、テレビ局と契約している舞台装置専門のプロの手を借りて行われた。
違っていたのは、献花ではなく晴川家の菩提寺系列の僧侶八名による読経の中での焼香。晴川悠一のイメージに沿った遺影を縁取るのは白いバラやカスミソウなどをはじめとする葉付きの白い花。遺影は合成で作られたザイール司令官の騎士正装姿で佇む等身大の晴川悠一パネルだったこと。
晴川悠一が所属していた事務所は潰れていたため、瀧宮会長が興した滝宮芸能プロダクションが取り仕切り、晴川悠一縁の芸能関係者の多くが参列した。親族席には、喪主を務める養父の他は異父弟及び悠一の実父と実母と養父の親戚が座ったが、実母の姿はない。ようやく幽霊から解放された実母は、やっと狂気の世界へ入ることが出来て、いまは専門病院に隔離されている。一般参列者は、当時のファンクラブに在籍していたファンの他、私立一粒万倍大学のディスプレイに携わった有志の者たち。そこには神妙な顔をしつつも笑いを堪えている花蓮も混じっていた。
ホールに入れなかった多くの一般人ファンは、サーシャ・ザイール総司令官の大学葬儀同様、ホールの外に設置されたコスプレ遺影と献花台に様々な花を供えた。
秋から行方不明で、発見された指から死亡が断定された晴川悠一がコスプレをして、死後数時間の姿で発見された謎について、医学会、ミステリー界、多くのマスコミが長く討論を繰り広げた。晴川悠一の死因は、くも膜下出血と鑑識は発表している。
「酷い!僕はヒーローの赤石大河推しなのに!みんなが僕をザイール総司令官推しだと勘違いしている!」
今度こそ完璧な透明化魔法をマスターして自分の葬儀に参列したタイガは、皆が死を悼んでくれていることよりも、自分の推しが誤解されているのを嘆いていた。
「別に構わないだろ。おまえ、花蓮のことを司令官って呼んでいるんだし」
「それとこれとは話が別です!オタクトーク仲間の皆だって、首を傾げてるじゃないですか!」
葬儀には『創世記倶楽部』の面々も参列しており、涙を流しつつも「大河君、熱烈ヒーロー推しだったよね?」と小声で囁やき合っている。花蓮は「ザイール司令官の最期を読破して、きっと宗旨替えしたのよ。だって地球帰還連合軍のやり方は酷かったじゃない?」とデマまで流していた。
「酷い、こんな裏切りは屈辱だよ!花蓮さんは、僕で遊んでー」
「おまえが花蓮を名前で呼ぶんじゃない!」
メソメソと愚痴を零すタイガの頭を、遼はおもいっきり叩いた。
4.GWドーム模様
『聖剣の騎士団』は日本列島ドームツアーを行っていた。御嶽リョウの引退ツアーライヴとあって、チケット争奪戦がファンクラブに入っていても激戦だった。メンバーは宣言通り、各地で精一杯の歌とパフォーマンスを披露する。
だが5月に入ったばかりのGWの最中、北海道でのリハーサル終了後の控え室の御嶽リョウは、いつになく不機嫌だった。
「今日って、東京スペシャルドームでサーシャ・ザイール司令官の葬儀なんだよね。俺もツアーがなければ行きたかったなぁ」
『創世記激闘大戦』ファンの富士森タツヤがボヤくと、殺気をみなぎらせてリョウが睨みつける。
「俺の前で、『創世記激闘大戦』の話をするんじゃねぇ!」
リョウがますます不機嫌になったので、メンバーは黙り込んだ。
その後、タツヤとジュンが連れ立ってトイレに行ったとき、「あんな不機嫌になるなんて、リョウもやっぱりザイール司令官の葬儀に行きたかったんだろうなぁ」と互いに頷き合いながら、盛大な誤解をしたのだった。
この日、『創世記激闘大戦』を掲載をする出版社とアニメ制作会社主催で、他星系侵略軍総司令官サーシャ・ザイールの葬儀が行われた。
会場入りできるのは、高倍率のチケット購入者のみ。入場者特典として、香典返しという名目のザイール総司令官スペシャル特集が原作マンガバージョンとアニメバージョンの2冊、それから青いクリスマスローズを手に持つ正装姿のザイール総司令官のミニ遺影がセットとなって渡された。
ドームの飾り付けはプロが行ったが、私立一粒万倍大学での葬儀内容が高評価を得ていたため、そのコンセプトを借りてドーム中は様々な青い花と緑の葉で覆われた。ステージに作られた祭壇も私立一粒万倍大学の規模よりはるかに大きいが、同じデザインが採用され、巨大遺影の画像は原作漫画家がこの日のために描いた姿だったもの。しかし額を縁取るのは大学葬儀と同じく葉のついた青いバラと白いバラだった。
黒い棺には、時期が過ぎた桜の花びらの代わりに薄桃色と白のミニチュアローズの生花の花びらが棺を満たし、青いクリスマスローズが1輪、その中央に横たわる。この造花のクリスマスローズは、私立一粒万倍大学の葬儀で使われたものを借用した。
東京スペシャルドームでの葬儀終了後、実際の使用された棺と小規模に作り直した祭壇と遺影は、都内の滝宮総合化学株式会社所有の小ホールに展示され、入場無料で1週間の献花と記帳を受け付けた。棺は東京にしか無いが、祭壇と遺影と献花台は全国主要都市にも設置された。
大学葬儀と違うのは、対局にセッティングされたステージで、ここでは楽団を従えたラフレシア腐人をはじめ、ザイール総司令官追悼歌を作詞作曲したアーティストのライヴが捧げられたことだ。プロ、アマ問わずにザイール司令官追悼歌を作ってネットに流す者は多く、その中から厳選して選ばれたアーティストが今回の追悼ライヴ参加に選ばれた。アマチュアも混じっていたが、殆どが一流アーティストだったので、このライヴだけでも観たかったファンは多いだろう。
献花出来るのはアリーナ席獲得者の特権で、花は持ち込み禁止。しかしドーム売店エリアに様々な花屋が臨時出店しており、自分好みの色や花を購入出来た。花屋はそれぞれ愛に関する花言葉を掲げた看板を立てて売っていたが、やはり一番人気は青く染めた薔薇で、それを専門的に扱う花屋はあっという間に品切れを起こして客からの非難が相次いだ。加工生花のため、追加増産が出来ないのが難点だった。
「永遠の愛」を意味する白いバラや白いトルコキキョウ、「貴方を愛している」の赤いバラや胡蝶蘭、「貴方だけを見つめている」ヒマワリなど、それぞれ愛に関する花言葉を持つ花が、1輪ごとにラッピングされて青いリボンが結ばれている。スタンド席の参列者は、見知らぬアリーナ席の客に声をかけて購入した花を代わりに託す者も多く、臨時出店の花屋は飛ぶように売れていくため、葬儀開始時間まで裏方で花の追加に忙殺された。
花蓮はスタンド貴賓席に瀧宮会長の隣に座る。タイガの姿がないのは、自分の葬儀でザイール総司令官推しと誤解された反抗心からだった。
「改めて見ると凄いものだな。アニメ業界へ、やはりウチも本格的に乗り出してみるか」
参列者一同が喪服参加のドーム内の雰囲気は圧巻もので、瀧宮会長は頭の中でソロバンを弾いている。
「全てのアニメが当たるとも限りませんから、無闇に手を出すのはどうかとも。しかし哀悼演説にウチの大学の教授を起用とするとは思いませんでした。桜井教授、新たに演説文を書き直したんですよ。批評を学生に聞かせて、修正に修正を重ねた大学葬儀以上の渾身作になっています」
祭壇の両脇にセットされた巨大スクリーンに映される、アニメで使われた音声付きザイール総司令官総集画像を食い入るように見つめながら、花蓮は言った。この編集画像ブルーレイも、後日発売された。
「あの演説は凄かったからねぇ。描いた僕も思わず感動して泣いてしまったほどだったよ」
瀧宮会長の隣に座るのは、今月末に雑誌連載最終回を迎える予定の『創世記激闘大戦』の原作漫画家だった。スタンド席着席の際、花蓮は卒倒するぐらい感激してモジモジしていたので、瀧宮会長が代わりに原作漫画家から直筆サインを書いてもらった。色紙は、もしも原作漫画家に直接会う機会があったらと、花蓮が持参していたものだった。
「反響が物凄くて、生で演説を聞きたいという声が殺到していましたからね。いやいや、一粒万倍大学のアニメ・マンガ研究科の卒業生はウチをはじめとして多くが業界で手腕を振るっていますが、あの教授の元で鍛えられたのなら、それも道理というものか」
「今回のテレビ放映権は、民放各社が争奪戦だったとか。大学葬儀や晴川悠一葬儀を放映したテレビ局とは違うところが今回の放映権を獲得しましたが、あそこはレポーターが素人丸出しでうるさいから心配ですねぇ」
「それにしても、3月末に今日の東京スペシャルドームのゴールデンウィークを抑えてしまうとは、瀧宮会長は相変わらず凄いですよ。既に在京球団のプロ野球開催予定が入っていたにも関わらず、野球を別の球場で行わせる荒業を行使したのですから」
『創世記激闘大戦』の雑誌社編集長やアニメ制作会社社長らが話す。
大学葬儀の話題で貴賓席の大人たちが盛り上がっている中、瀧宮会長の遠縁の娘として貴賓席入りした花蓮は、スクリーン映像を観つつ、一般観客席に座るオタ友とのスマホトークに忙しい。
ラフレシア腐人以外の『創世記倶楽部』のメンバーは、瀧宮会長の特権でアリーナ席最前列チケットで入場している。トークにはラフレシア腐人もドーム外の待機車から参加していた。彼女のライヴはトリを務めるのが最初から決定していたので、待機時間を有効に使えるのだ。皆の話題は「この場に大河(晴川悠一)君も一緒なら、良かったのにねぇ」とのことだった。スマホのトーク画面は、都筑家の自宅からタイガも見ているだろうから、「推しがタイガからザイール総司令官に変わったが、最終回直前の展開でまたヒーローに推しが戻っただろうか」などの内容に、今頃テレビ画面前で喚き散らしているに違いないと、花蓮は心のなかで意地悪く笑う。これでトークにタイガが参戦してきたら、また幽霊騒動で騒がれるだろうか。
ちなみに今回のドーム葬儀に「晴川悠一の幽霊が出てくるか?」も注目を集めていた。
会場の明かりが落とされ、スポットライトを浴びた桜井教授の熱烈な哀悼演説が始まる。既に講義外で何度も聞いているにも関わらず、花蓮は涙が止まらなかった。ドーム中が嗚咽の声に包まれる。
演説終了後に再びドーム内は明るくなり、祭壇向かいのステージのライヴが始まると同時に、献花が始まる。最初は原作漫画家、そして掲載雑誌編集長やアニメ制作会社の関係者一同が献花台に花を供える。大型スクリーンは、ステージ上の遺影と棺の中の青いクリスマスローズに切り替わった。関係者の献花が終わると、アリーナ席の列席者の献花が始まった。
テレビ放映は関係者の献花が終わると、ライヴステージに映像を切り替える。それぞれのアーティストが口パクでない哀悼歌を歌う。どれも秀作だったが、葬儀開始直前に主催関係者が危惧していた通り、テレビ局のレポーターがうるさくて歌が聞こえないと、非難の声が殺到したという。まあこの場合を想定して、ネット配信でレポーターのいない中継を公式制作会社が流していたのだが。
「最初に歌っていたのが、滝宮芸能プロダクション所属の新人アーティストですよね。確かに容姿、声量とも素晴らしいですが…」
献花から戻ってきた瀧宮会長に、花蓮は言う。トップを飾るとは一見華々しいが、関係者の献花を映すためにテレビ放映が無いため、最初の3組までは前座扱いされている。
「問題あるかね?」
瀧宮会長は座席に腰掛け、紙コップ入りのジュースの1つを花蓮に渡し、自分も飲む。献花の帰りに売店に立ち寄って買ってきたのだ。アリーナ席での飲食は禁止されているが、スタンド席の観客は売店で自由に買い食いすることが出来る。
「滝宮芸能プロダクションから出向という形で、リョウの抜けた『聖剣の騎士団』の穴を埋める予定なのが、彼なんですよね。やはり無理矢理、『聖剣の騎士団』を4人にすることは無いと思いますが」
「それはリョウを考えてのことかね、それとも第三者視点から?」
「第三者視点です。ファン心理を考えると、別の人間が入ることで、ファン離れが起きるのではないかと。『聖剣の騎士団』を3人で継続させた方が、一番いいと思いますが」
「セントクリアでも、四大陸の聖剣は1つ変わっても支障が無かったではないか。カナタ(新人アーティスト)も、いま積極的にプロモーションなどに起用して、人気が急上昇している」
瀧宮会長は声を落とす。会場がざわついているとは言え、周囲に会話を聞かれるのはマズイ。
「大陸統治とファン心理を一緒にされてもねぇ。そもそも『聖剣の騎士団』メンバーは年齢的に、アイドルとしては今が頂点かと。それならカナタ君とやらは、1人で勝負させた方が伸びると思いますよ。彼、まだ二十歳前でしたよね?」
花蓮も声を落とす。
「過渡期の起爆剤として、カナタの投入を『聖剣の騎士団』のプロダクションとも話し合って決めたのだがな。一番人気のリョウの抜けた穴は大きい。どちらにしろ、『聖剣の騎士団』のファン離れは起こる」
瀧宮会長は、商売の勘でいけると感じている。しかしファン心理考察の立場から、花蓮は思う。
「決定事項なら覆すのは無理なのでしょうね。ただ老婆心ながら進言すると、枯れていく美しさもあると思いますよ。それに4人よりも3人の方が、画面映えもします。ボーカルを真ん中にして、両サイドでパフォーマンスさせた方が見やすいですから。それと」
「なんだね?」
「残った『聖剣の騎士団』の3人、リョウが抜けたら化けると思うんですよ。今までは何となくリョウに引け目を感じて、無意識に抑えていたように見えるんです。トークの内容からして、3人の感覚の鋭さも垣間見えますし、彼らなら作曲は分からないけど、作詞の才能は少なくともある気がします。アイドルからアーティストへ脱皮するタイミングなんじゃないかなぁと」
花蓮は遼の前では『聖剣の騎士団』に無関心を貫いているが、課題レポート作成中のBGM代わりに、遼が都筑家に置いていくライヴのブルーレイディスクを観ている。いや、聴いているだけの間違いか。興味の対象でないからこそ、第三者目線で語れるのだ。
「ふむ…再検討の余地はありそうだな」
瀧宮会長は、花蓮の感性に一目置いている。儲けることは得意だが、ファン心理まで深く考察していなかったかもしれない。
後日、花蓮の進言は滝宮芸能プロダクションと『聖剣の騎士団』が所属するプロダクションとの幾度もの話し合いの結果、採用された。これはリョウを除く『聖剣の騎士団』の3人の強い希望でもあったので、『聖剣の騎士団』の空中分解を回避できたとも言える。
リョウの引退後、『聖剣の騎士団』は一時期人気が急落したが、残った3人は花蓮の読み通り、作詞ばかりか作曲の才能もあった。彼らは事務所の提供曲だけでなく、独自で制作して簡易スタジオで録音した楽曲をネットで流し、それが起爆剤となった。アイドルからアーティストに脱皮した『聖剣の騎士団』は、その後爆発的な人気を取り戻す。
加入予定だったカナタも、1人で活動を続けさせたところ個性をいかんなく発揮、独自路線で人気アーティストの階段を駆け上がった。
「第三者目線というのは、侮れないものだな」
後年、瀧宮会長は認識を改めた。
5.最終回
『創世記激闘大戦』の雑誌連載最終回号発売日当日、花蓮は日付が変わると同時にコンビニレジから予約していた雑誌2冊を受け取り、都筑家に戻るなり待機していたタイガと共に読みふけった。
ザイール総司令官の死の間際の言葉に揺り動かされたヒーロー赤石大河は、有志と共に地球帰還連合軍を離脱、核爆弾から負傷しながらも生き残った他星系侵略団と合流し、地球から離れた。ザイール総司令官の遺体から変じた青いクリスマスローズは、特別製のガラス温室に入れて彼らと共にある。
地球帰還連合は、再び荒れ果てた地球の再生に取り組むが、他星系侵略団ほど高い再生技術が無いため、汚染除去が進まない。めちゃくちゃな植物遺伝子操作の結果、原因不明の病が発生し、相次いで地球帰還連合の人々は倒れていく。彼らの中からも、他星系侵略団の技術を借りるべきだと言う声が上がり始め軍と対立、内戦が勃発した。更に荒れていく地球を、地球外からその模様を見ていたヒーロー赤石大河は我慢できず、仲間と共に地球に下りて軍と応戦しつつ、民間人を地球から脱出させる。化学武器を使おうとした軍に、ヒーロー赤石大河はかつての同胞を剣で貫いていく。満身創痍になりながらも、化学兵器を使わせずに赤石大河は退却した。
それから数年が流れ、地球に残った軍と彼らに賛同した一般人は、何もできずに放射能汚染と遺伝子操作の失敗によって死に絶えた。地球帰還連合の技術者や医療団は、殆どが脱出組に入っていたため、軍は為す術がなかったのだ。
他星系侵略団と地球帰還連合離脱者団は、地球に降り立つ。そして互いに協力し合って、地球再生に取り組んだ。それは他星系侵略団が最初に地球を再生させたときより、はるかに骨の折れる作業だったが、徐々に地球は絶滅在来種の植物を復活させて緑を取り戻す。畑を耕して笑う、すっかり大人になったヒーロー赤石大河。その横ではヒロインが弾ける笑顔を見せている。
輝く海が見渡せる大地に植えられた青いクリスマスローズが草に埋もれるようにして、風に揺らめいているシーンで完結となった。
「終わっちゃったわね」
花蓮は読み終えて脱力する。雑誌付録はヒーローと青いクリスマスローズのアクスタだった。
「これからは何を楽しみにすれば良いのやら」
タイガは泣きながら雑誌を閉じる。感動と寂しさが入り混じり、どう表現していいか、タイガ自身も戸惑う。同志である花蓮も同じかと思いきや、彼女の反応はタイガには信じられないものだった。
「いずれ別の推しが見つかるわよ、必ず。予想通りの定型形の終わり方だったけど、まあまあ及第点かな?」
原作漫画家と会ったときは感動のあまりモジモジして何も言えなかった割に、花蓮は辛辣な感想を述べる。
最高潮だったザイール総司令官とヒーロー赤石大河の戦闘シーンを終えた後は、付け足しのようなものだと花蓮は思っていた。別に推しが消えたからではなく、着地点として美しくはあるが、ベタなハッピーエンディングだなぁという感想しか、花蓮は抱けなかった。
ちなみにドーム葬儀のときにもらった、即興のザイール司令官の絵と一緒に描かれた漫画家のサインは、立派な額縁に入れて超大型テレビの上の壁に飾ってある。
「こんな感動ストーリーなのに、なんでそんな冷め切っているんですか!」
タイガは泣きながら花蓮を責める。
「うーん、なまじ大学で考察を学んでしまった弊害かも。広げるときはいいけど、畳み方って難しいわよね。奇想天外な終わり方にしたら大コケのリスクが高いし。66巻で最終巻となるわけだから、定型が一番無難よね」
花蓮は早くも、同雑紙に数号前から新連載で始まっている冒険ファンタジーに傾倒していた。
「司令官、酷いです!あんなに熱く論戦を交わしたのに、そんな感想って冷酷だ、鬼畜だ!」
「へー、珍しい。お前らがケンカしているなんて」
大学の単位を取るのと引退ドームツアーとアンダラ帝国の行き来を、三つ同時にこなして多忙な遼が、機嫌よく都筑家にやってきた。今夜は新曲レコーディングだったはず。
「仕事じゃなかったっけ?」
冷蔵庫からビールを取り出す遼に、花蓮は尋ねる。
「タケルが腹痛起こして、今夜は中止。あいつ、買い置きの海鮮丼にあたったみたいだな」
遼はダイニングテーブルの花蓮の隣の定位置に座る。「食う時間が読めないから、だからナマモノはやめておけって止めたのに」と、呟きながら。遼やその他のメンバーは、常温で深夜まで消費期限のあるオカズ全てに火が通った中華弁当にしていた。
「で、今日が忌々しい『創世記激闘大戦』の完結だったんだろ。花蓮の様子からして、大コケだったか?」
さも嬉しそうに、遼はグラスにビールを注ぐ。洗うのが面倒だからと缶から直接飲む花蓮と違って、遼は泡も楽しみたいからグラスへ丁寧に綺麗な泡が立つように注ぐ。
「大コケはしてないけど、お決まりな可もなく不可もない終わり方ね。それでいま、タイガと意見の相違が生じてるわけ」
「司令官は酷いんです!こんな感動回に、すっかり冷めきっていて!」
タイガは普段仲の悪い、というか一方的に嫌われている遼に訴える。
「花蓮は推しが死んでから、見る見る冷めていたじゃないか。雑誌購入への熱量が以前とは違うの、気づいていなかったのか?」
遼はビールを口にする。それを見みていたら花蓮も飲みたくなったので、ビール缶を取りにいく。
「感じ方は人それぞれなんだし、自分の意向を押し付けるのはどうかと思うがな」
「偉そうに。いつも私に自分の理念を押し付けているのは、遼じゃない」
花蓮は座って缶ビールを開けて、直接飲む。現に今も、遼は花蓮から缶ビールを取り上げて、グラスに注ごうとしていた。
「アニメは楽しみにしているわよ、色と動きがつくと雰囲気が変わるし、アニメ独自の補足もあるだろうから。でもやっぱり、ザイール司令官の死亡までかしらね。後はどうしても付け足しみたいな感覚になっちゃうのよ」
花蓮は付録のアクスタを「ハズレだからあげる」と、向かいに座るタイガのもとへ滑らせた。タイガは「ヒーローはハズレじゃない!」と言いつつ、ディスプレイ用と保存用が出来て内心嬉しい。
「終わり方が難しい、か。その点では俺はいい時期にアイドルを辞めることが出来るのかもな」
地球での遼の居場所は、瀧宮会長の秘書が内定している。会長の秘書ならば、行方をくらませても不自然ではないからだ。表向きはアイドル引退当初は周囲が騒がしいから、会社勤務は周囲に迷惑をかけるということにしておいた。
「引退するまで、気を抜かないでよ。遼の場合、普段は冷静な判断が下せるのに、見境なくなるとボロを出しかねないから。2次元であれ実在人物であれ、ファンの夢を壊して泣かせたら承知しないんだから!」
「おまえ次第だろ。俺が平常心を保てなくなるのは、花蓮のことだけだ」
「あのー、僕の前でイチャイチャしないでくれませんか?いま『創世記激闘大戦』最終回の余韻に浸りたいので」
「だったら、さっさと皇都へ帰れ。おまえ皇宮でいま、様々な特訓を受けている最中だろうが。秋には魔術学園入学も決まっていて、それまでに貴族マナーを身に着けつつ、将軍や参謀長から軍事講義を受けなきゃならない。俺と違って、おまえは日本の戦闘ゲームが下手くそだから、応用が利かない。ほら、さっさと帰れ帰れ」
遼はタイガを犬でも追っ払うかのように、手を払う。
タイガの魔力は辺境伯レベル。これは限りなく侯爵に近い魔力量で、グレイ伯爵家の養子となったいま、本来なら後継者に決定している長男を押し退けてグレイ伯爵家の後継ぎになるはずだった。
だがタイガは、聖剣アースブレーカーの臨時ソードマスターに指名された。遼が地球との往来で不在の中、タイガは魔術の基礎と軍知識を叩き込まれた後、臨時ソードマスターになるのだ。そのために皇都の魔術学園に入学し、卒業後は新たに辺境伯の叙爵を受けるのが内定していたが、鍛え方次第では侯爵レベルまで伸びそうな可能性を秘めている。元来、セントクリア世界の基礎魔力量は誕生時にほぼ決まっているが、異世界人チートが発揮されているからか、はたまた『願望の宝石』で得た魔力のためか、どちらにせよタイガの魔力量は少しずつだが上昇傾向にあった。
「分かりました、なんて言うはずないでしょ。今日のために、僕は特訓休暇を頂いておりますから。あとでアニメショップへ行って、今日発売の特典付きグッズを買うんだから。それよりお腹空いたので、夜食を作ってくれませんか。司令官だって、小腹が空いていますよね?」
これまで小心者だったタイガは、自身の葬儀で推しがザイール司令官だと日本中に勘違いされたことにやさぐれて、一皮むけた。今では遼にも言いたいことをズケズケ言えるほど成長している。
「私は大丈夫。さっき雑誌を買いに行ったコンビニで、『創世記激闘大戦』コラボのカップラーメン買ってきたから。ザイール司令官のレアカードがなかなか出ないのよねー。ノーマルはコンプリートしてるけど」
「あ、だったら僕もそっちがいいなぁ。僕の分、あります?」
「1人1会計限定5個までの購入だから、あるよ。一緒に食べてくれると助かる。ハズレは全部あげるからさ」
「ヒーローはハズレじゃないって、何度もー」
「夜中にカップラーメンなんて食べるな!俺が夜食を作る。そもそも花蓮、おまえ『創世記激闘大戦』は飽きたんじゃないのかよ!」
遼は立ち上がって冷蔵庫を開ける。「本当にコイツは、俺が居ないとロクなもの食わねぇ」と悪態を付きつつ。
「完結に文句を言っただけで、ザイール司令官への愛は変わらないわよ。いまザイール司令官ブームに乗じてグッズが大量に発売されているし、コラボカフェも先週から始まったから、明日(日付変わって今日)も予約してあるの。もちろん、初日にも朝一番を事前予約して行ってきたけどね。競争率高いから、ズルして思わず魔力使って抽選予約操作しちゃった」
「あ、ズルい!僕の分はないのですか?」
「私、基本的にコラボカフェは1人で行くの。時間制限がある中で、無駄なオタクトークで時間潰したくないのよ。タイガもそのぐらい、自分で取ってきなさいよ。魔術訓練のいい練習になるわよ」
「そうします、そうさせていただきます!当日券を魔力でゲットしてやる」
タイガの背中からオタクの情熱が燃え上がる。この情熱を、軍を動かす勉強に向けてくれたらいいのにと思う遼だった。遼は日本でテレビゲームの戦闘ものでタイガを鍛えようとしているが、ゲーム好きな割にタイガは下手くそで、これはもう資質の問題とかしか言えなかった。
「クソッ、『創世記激闘大戦』なんてさっさと滅びろ。あー、魔力操作で完結を大コケに作り変えてー」
「遼。私と本気で喧嘩したい?もちろん魔力のぶつけ合いで」
「…遠慮させていただきます」
遼は人参の皮を剥きながら、肩を落として言った。花蓮と魔力で決闘なんて、いくら聖剣持ちの元帥の自分でも敵うわけがない。「聖剣を砕くことの出来るほどの奴と喧嘩なんて、怖くて出来るか」、遼は呟きながら人参をスライサーで細くする。今日の野菜メニューは人参サラダだ。
しかしマイペースな花蓮は「ちっ、またハズレだ」と2つのカップラーメンの中に入った『創世記激闘大戦』の袋入赤石大河と林神威カードに悪態をつきつつ、カードをテーブルに放り投げ、ボットからお湯を注いでカップラーメンを作る。遼も舌打ちしながら、サラダを作る作業スピードを上げたのだった。
6.知ってたけど?
大学からの帰宅後、リビングのホットラインの光が点滅している。その色は青。皇宮からの連絡サイン。家族用にはオレンジと赤を設定したが、皇帝からの連絡が分かるよう、新たに青を加えた。
花蓮は日本産の青いフォーマルワンピースを着て、皇宮を訪ねた。アリオス皇帝から、「聖剣から大切な話があるから、すぐ来るように」と呼び出されたのだ。
豪奢な応接室では、皇帝の両脇に聖剣の化身のである美少女と美少年が座っている。
女官はアフタヌーンティーセットをテーブルに並べ、カップに紅茶を人数分注いでからカップに覆いをかけて去った。それと同時に、アリオス皇帝は応接室に遮断魔法をかける。
「突然の呼び出し、迷惑をかけた。だが聖剣様方からより、大事な話があるというので召喚した次第だ。悪く思わないでくれ」
アリオス皇帝が下手に出るのは、花蓮が『理の破壊者』だと聖剣アースブレーカーから聞かされていたからだ。怒らせて帝国ごと破壊されないよう、花蓮への対応には慎重にならなくてはならない。
「はあ、まあタイミング的に暇でしたから、今なら大丈夫ですけど。でもリアタイでアニメが見たいので、早目に用事を終わらせてもらえると助かります」
そう言って、花蓮は紅茶を飲む。帰宅してホットラインからの呼び出しを聞いてすぐ着替えて訪問したので、喉が渇いて小腹も空いていた。
美少年の姿を象った聖剣トリガークリスタルが前のめりになる。
「驚かずに聞いて欲しい。これを言うのは、時期を見てからと聖剣アースブレーカーとタイミングを狙っていたのだ」
聖剣トリガークリスタルの美少年は緊張を漲らせている。怒らせたら『理の破壊者』に壊されかねない恐怖もあった。
「おぬしは聖剣スカイドラゴンを屈服させた。聖剣スカイドラゴンは、北の大陸で新たなソードマスターを見つけて即位させ、いま北の大陸を守っている。だが北の大陸のソードマスターは…我が帝国でいうところの、タイガ・グレイ伯爵養子と同じ位置にある。ここまでは理解できるか?」
聖剣トリガークリスタルの美少年は、花蓮の顔色を伺う。
「ええ、分かっております。聖剣スカイドラゴンの真のソードマスターは私になっていて、私もまた遼と同じように、千年以上生きなくてはならない宿命を得たと、こうおっしゃりたいのでしょ?」
「…知っていたのか」
聖剣アースブレーカーは、驚愕する。それは聖剣アースブレーカーや皇帝も同様だった。
「今まで憶測でしかありませんでしたが、まあ、何となくそんな気はしてました。遼は私が結果的に、何の覚悟もなく故郷から離されてーいや、完全に離脱してないけどー千年の寿命を背負わされた。それについては負い目があったので、丁度いいですよ。タイガも臨時とは言え、ソードマスターを務めることになったわけですから、タイガも寿命が500年程度延びたかな?」
「750年だ。奴には明かしていないし、ステータスも操作して寿命を偽装しておる。いずれは話せねばならぬことだが」
聖剣アースブレーカーは言った。いまタイガは魔術学園入学や、軍事知識の講義でやることが山積みだ。そこへ寿命延長を話して心を煩わし、何も手につかなくなっては、元も子もない。
「タイガも可哀想に。まあ、オタ友の私が責任もって看取りますよ。恐らく3人の中で、私が一番長く生きるでしょうから。その計算でいくと、北の大陸の新皇帝も、寿命は800年程度ですかね?」
「いや、新たな皇国の皇帝は実際に聖剣スカイドラゴンと北の大陸の仲介役を務めておるから、千年の寿命を背負った。あの者の場合はソードマスターになる前から凍てついた北の大陸への殉死を覚悟していたし、だからこそソードマスターとなった時点で長命を背負わされたところで、揺らぐような軟な根性でもない」
「北の大陸の新たな皇帝は、どんな人物なのですか?」
花蓮は生ハムのサンドウィッチを食べながら尋ねる。皇帝の前でそんな失礼な態度を取れば、本来なら即座に近衛騎士によって首をはねられてもおかしくない。だがこの場では無礼講ということで、花蓮も地を出させてもらっている。
「聖剣スカイドラゴンにしては、これ以上無いほど上出来な人物を探し当てたようだ。我よりも力が強い聖剣スカイドラゴンによって、北の大陸は南の大陸に次ぐ快適な土地に変貌した」
そう語る聖剣トリガークリスタルは、どこか悔しげに唇を噛みしている。
「聖剣スカイドラゴンは、5振りの聖剣の中で頂点に立つ。加えて絶壁の地で暮らすうちに、ますます力を得た。そなたが存命中の間は、北の大陸も安泰であろう」
「一千年は保証されたわけか。良かったですね」
あっけらかんと他人事のように、花蓮は言う。だが2振りの聖剣の化身の表情が思わしくない。
「心配はその後だ。そなたという重石が外れたら、聖剣スカイドラゴンはさっさと北の大陸を
捨て去るでだろう。で、そのことについてなんだじゃが…」
聖剣アースブレーカーの美少女は言い淀む。代わりに聖剣トリガークリスタルの美少年が言った。
「おぬしの人生が500年を過ぎた辺りで、聖剣アースブレーカーのソードマスターと子供を作って欲しいのだ。ソードマスター同士の子供なら、おぬしレベルの子供が誕生する確率がー」
聖剣トリガークリスタルは口をつぐむ。目の前の亜麻色の髪の娘が、凶悪な顔でスコーンをジャガイモのように丸ごと噛りながら、睨みつけてきたからだ。
「人の事情まで干渉されるのは、いくら聖剣様といえど、失礼ではありませんが?」
花蓮は低い声で言う。場の空気が一気に凍りついた。
「まあ遼の粘着具合からして、いずれ子供が出来てもおかしくないですけど、我が子に私と同じ思いをさせたいと思いません。それぐらいなら、北の大陸は滅びればいい」
花蓮はパサパサになった口を潤すように、少し温くなった紅茶を一気飲みする。それから大振りの紅茶ボットから紅茶を注ぎ、アイテムボックスから出した国産シングルモルトウィスキーを足して飲む。
「別に千年先のことを今から見据えずとも、時が来れば何とかなると思いますよ。私や瀧宮会長ーブライド皇子ーがこのタイミングで膨大な魔力量を得て生まれ、ブライド皇子の息子である遼と私が出会ったのも、きっと私らに視えないところで何かしらの干渉があったのでしょう。それを神の御業というか、この世界の意思なのかまでは分かりません。ただ、私達が犠牲的精神で身を捧げるのとは違うと思うんです。そういう無理は、必ず綻びが生じて壊れる。私らがするべきは、足掻くのではなく、傍観です。その瞬間になってみないと分かりませんが、私は聖剣スカイドラゴンが人と交流していくうちに、自らの意思で北の大陸を護りたいと願うことに賭けていますがね」
花蓮の見解に、聖剣の化身達はもちろん、アリオス皇帝も目を見張る。
「あいつ、どれほど長命か知ったこっちゃないですが、歳だけ重ねたオッサン坊やじゃないですか。恐らく今後千年のうちに喜怒哀楽、様々なことを学んで吸収し、変わっていくことでしょう。仮に聖剣スカイドラゴンが居なくなったところで、そもそもアナタが北の大陸へ戻れば矛は収まるんです。人間にだけ負担を強いるのはやめてください」
花蓮は洋酒たっぷり使用のマドレーヌを頬張りつつ、聖剣トリガークリスタルを指差す。
聖剣トリガークリスタルの化身の少年はグッと息を詰まらせる。
「…聖剣スカイドラゴンが護る今の北の大陸と、かつて我が守護してきた北の大陸は、あまりにも違いすぎる。我の力が及ばなかったせいだ。温暖な気候が日常になった彼らが、再び雪に覆われた大地で暮らすのは哀れだと思わぬか?」
「人間を舐めてもらったら困ります。聖剣からしてみれば虫けらのように弱い存在でも、人間は知恵を絞って順応していけるんです。その点については、私が良い教本をお貸ししますよ。エロ本紛いの漫画ばかり読まず、たまにはマトモな漫画にも目を向けて下さい。丁度いい人間の不撓不屈を描いた漫画の雑誌掲載が終わったばかりなので、コミック最終巻が発刊になったら、全巻読破するように。これ、宿題です」
花蓮はちゃっかり、『創世記激闘大戦』の布教に乗り出す。いや、これは布教のためだけではない。不健全な漫画ばかりを読む聖剣を修正する使命がある。花蓮がウィスキー入り紅茶を嗜みながら自画自賛していると、その傍から聖剣アースブレーカーの声がかかる。
「ところで、今日は妾への献上品はないのか?もっと激しいものが良いのだが。あと、ブルーレイディスクも。修正なしというのは入手出来ぬか?」
元々は自分が発端だったとはいえ、花蓮は押し黙るしか無かった。
7.プロポーズ
夏至当日。日本では取り立てて行事はない。ただ蒸し暑いってだけの鬱陶しい梅雨の最中だ。
花蓮は夏至前後も大学の課題に取り組んでいた。「嫌いな人気作品への自己分析」という、厄介な論文と悪戦苦闘している。好きなことは大きい語れるが、興味のない作品を全巻読んで感想文とその理由の考察なんて拷問でしかない。一応文学部だが、まだ理数系の勉強のがスパッと答えが出て爽快だ。
そこへ発情しきった遼が、元帥正装服で現れるなり、椅子に座って課題に悪態をつく花蓮を後ろから抱きしめる。遼は金陽節恒例の聖剣お披露目儀式を神殿バルコニーから民主に向かって行ったので、高揚感が抜けないのだ。
「鬱陶しい、離れろ!」
花蓮は机に向かったまま、寮に電流を浴びせる。そのショックで寮は背中から倒れ、ついでに発情の熱も冷めた。だが寮のニヤニヤは止まらない。
「おまえさ、俺と子供作ってもいいって聖剣に言ったんだろ?」
「ああっ?」
椅子から振り返った花蓮の不機嫌絶頂凶悪顔は、百年も恋も醒めそうなほど酷かった。思わず遼が、後退りするほどに。
「口止めしていたのに、なにを聖剣どもの奴らバラしてんだよ。へし折ってやろうか」
花蓮から黒いオーラが噴き出している。これは聖剣の危機だ。
「違う!ただ金陽節の儀式で聖剣を抜いたとき、聖剣アースブレーカーの記憶が垣間見えたんだ。本当だ、信じてくれ!」
遼は懐にしまっていた片手に収まる宝石箱を取り出す。乳白色の陶器製で、銀梅花のモチーフで黄金の縁取りがされている。遼が蓋を開けると、花蓮の瞳のよう濃紺のスターサファイアの指輪が出てきた。花蓮が好みそうな、無駄な飾りのないシンプルだが良質な石で加工されたもので、プラチナ台の上で燦然と輝く。
「たまたま皇都の宝石店でこれを見つけたとき、花蓮に似合いそうだと購入してずっと持っていた。これを婚約指輪として、おまえに贈りたい」
遼は片膝をつい求婚する。本当はもっとロマンティックな場所で、最高のシチュエーションの中で格好をつけたかったが。
「遼の引退公演が終わったら、返事する。そもそもその求婚は、セントクリア世界での求婚?日本での求婚?ハッキリさせてくれない?」
花蓮は回転式の革製背もたれ椅子の肘掛けに肘について、足元で膝まづく遼に尋ねる。
「いや、それって関係あるのか?俺はおまえが欲しい、セントクリア世界も日本も関係なく」
「仮に日本での結婚なら、私が大学卒業して就職するまでお預け。セントクリア世界なら、『都筑花蓮』の人生がタイムオーバーになるまで待機。両方はなし。どっち?」
「大卒まで留年なしならあと2年、日本人平均寿命なら少なくとも60年お預けかよ!」
遼はすぐにでも花蓮を独占したい執着心があったので、花蓮が自分の子供を生んでくれると知った時には、天にも昇る心地だった。それがここにきて、お預け…
「私にだって生活があるのだし、いまは地球人だからね。こちらの流儀で主導させて貰うのは当然でしょ。大卒すぐは早すぎるな、就職して2年程度が着地点としてはいいか。あ、この場合は日本人としてね。セントクリア世界に一時的に帰還して結婚生活するなら、やはり『都筑花蓮』を一旦リセットしてからでないと。子供は地球では絶対に作らないから。遼みたいな規格外が生まれたら、日本で育てられないし。都筑花蓮が人生を終えて、その次の地球での人生を始めるまでの合間ぐらいなら、大公夫人を暇つぶしでやってあげてもいいし、1人ぐらい跡継ぎを生んでも構わないわよ。でも基本は地球人だから、私。大公夫人を務めるのもせいぜい50年、その後も地球で新たに形成する人物か全うされる合間合間に、セントクリアで遼の妻役をすることになるわね」
「…おまえ、冷たすぎる」
「丁度いいと思うけど?今後もずっとに一緒にいたら100年も経たずに飽きるわ、ずっと一緒なら必ず倦怠期がくるはずだって。オタ活していても分かるように、愛は長続きしない。たまに互いに別の相手と恋をして、それでまた新たな気持ちで一緒になるのが健全なのよ」
「おまえを他の男になんて譲るつもりはハナからない!」
遼は飛び起きて花蓮を抱きしめる。花蓮は反撃こそしなかったが、平静だった。
「10年、100年先なんて誰も心境の変化なんて分かりはしないわよ。少なくとも、私は永遠の愛は漫画や小説の中にしか実在しないと思ってる。愛は脆い錯覚ーそうか!それだ!」
花蓮は遼を突き飛ばすと、パソコンに凄まじい勢いで課題を打ち込んでいく。アイデアが降臨した瞬間だった。
遼は受け身を取っていたので、無様に壁や床に激突することはなかった。これでも花蓮からの攻撃はだいぶ読み取れるようになってきた。本気でやりあえば、またまだ花蓮の足元にも及ばないが。
「そう言うところが好きなんだから、仕方ないか。じゃ、俺はキッチンで食事の用意でもしてくるか」
遼は呟き、歩きながらマントを取って騎士服の上着のボタンを外す。まずは普段着に着替えて、エプロンをしなくては。ちなみに普段着は都筑家の隣室に遼専用のウォークインクローゼットがある。
「料理なら寿司がいい。ちらし寿司や海苔巻じゃなく、握りね。創作寿司でなく、新鮮な魚介オンリーの正統派のもので」
花蓮は忙しくパソコンに打ち込みながらリクエストを出す。
「おまえ、野菜を意図的に避けてるだろう。サラダと茶碗蒸しもつけるからな!」
遼は花蓮の書斎のドアを乱暴に閉めた。
書斎、と言ってもいいんだよな。壁中の天井まである括り付け本棚の中身が全て漫画と考察本だったとしても。遼は書斎とオタク部屋の境界がイマイチ分からなかったが、フィギュアやグッズが無いだけ書斎なのだろうと判じた。
「若いよねぇ、遼も。それとも遼のことだから、私は千年間粘着されるかな。考えるだけでもゾッとするな。たまには爽やかな恋愛も挟まないと、やってられないわ」
文章を打ち込みながら、花蓮はため息をついた。
課題を一区切り終えて、花蓮はダイニングキッチンへ向かう。既にダイニングテーブルには、遼渾身の寿司とサラダが並び、鍋の蒸し器には茶碗蒸し、片手鍋にはお吸い物が入っているのだろう。香りからすると、真竹のタケノコとワカメの吸い物っぽい。
遼はリビングの巨大スクリーンで、『聖剣の騎士団』のドームライヴの録画を観ている。ナルシストではなく、手には反省点や改善点を入念にチェックしてメモを走らせていた。
「遼はさ、本当は芸能界に居続けたいんじゃないの?」
花蓮は手を洗って冷蔵庫から日本酒を出す。瀧宮会長から贈られた、幻と言われる地域限定少量発売の地酒だ。
「あ、ようやく来たか」
遼はテレビを消してノートと筆記用具を置き、キッチンに戻る。そして吸い物を温めだす。茶碗蒸しの方はこれ以上火を通すとスが出そうなのでやめた。それに蒸し器の保温効果で、食べごろの温度になっているはず。
花蓮はテーブルの上の料理にこそ手を出していないが、地酒を玻璃の徳利に移して地酒の瓶を冷蔵庫に戻すと、早速徳利と揃いの玻璃の盃に注いで美味そうに飲んでいる。
恋人の飲酒を横目に、遼はため息をつく。全く、親父(瀧宮会長)も日本各地どころか、世界中の美酒を見つける度に、花蓮に送りつけるのはやめてほしいものだ。いや、こんなに美味そうに飲んでいると、つい与えたくなる気持ちもあるが、ザルの花蓮に飲ませるだけ美酒が勿体ないようにも思う。遼は適温になった吸い物の鍋を止めて、高級漆器に吸い物を注ぎ、茶わん蒸しを専用の皿に乗せて配膳する。
「じゃ、食べるか」
寿司やサラダのラップを取って、皿に醤油を入れる。遼はお坊ちゃま育ちのためか、蔵元で長期熟成された醤油に拘るが、花蓮は有名メーカーの一般的な醤油の方が食べやすいと、好んで安いものを使う。
「いただきます!」
花蓮は寿司を手で取って食べる派なので、おしぼりもちゃんと用意してある。遼はいい奥さんになれるねーと、花蓮は感心した。
「芸能界に戻るつもりはない。ただアイドルとして、完璧な終わり方をしたいんだ」
平目の昆布締めの握り寿司を、遼は箸で食べる。それから花蓮が遼のためについだ玻璃の盃の冷酒を口した。
「完璧主義な遼君。なら求婚は時期尚早だと分かってるわね?」
花蓮は、薄切りのキュウリで包んだイクラの軍艦巻を一口で食べる。軍艦巻きに海苔を使わないのは、遼の拘りだ。海苔がイクラやウニの素材を負かすという持論だが、キュウリのが青臭さがある分、イクラやウニの良さを殺していないだろうか。まあ、美味しいから良いけどと、花蓮は遠慮なく遼お手製握り寿司を休みなく食べる。
「バレるヘマはしないが、そうかも知れないな。俺は花蓮のことになると、見境がつかなくなるんだ」
「そういうところも、キチンと我慢する癖を付けないとね」
「頭じゃ分かっているつもりでも、つい暴走しちまうんだよな。話を戻すけど、俺は将来的に滝宮芸能プロダクションを手掛けたい。新たなアーティストを生み出して、最高の夢をファンに届ける手助けがしたいんだ。いつ頃からこんな事を思い描くようになったのか、俺自身も分からないけどな」
「気づいていないだけで、遼もオタク熱に感化されているのよ。だから見る側だけじゃ飽き足らず、作り出す夢をみちゃったわけ。私がそうだもん。推しを追いかけるうちに、夢を作るお手伝いがしたくなったのよね」
花蓮はそう言いながら、「このしまあじ、時期はずれなのに絶品」と連続して食べる。
「なら、ウチが立ち上げる予定のアニメ制作会社に花蓮くんには手伝ってもらわないとな」
いつの間にか瀧宮会長が定位置に座り、手を伸ばして大皿の寿司をつまんでいた。
「親父、来るときは連絡ぐらいしろよ」
パクパクと上等な魚を、わざわざ遼が市場まで出向いて厳選して買ってきて握った寿司を、瀧宮会長は平らげていく。
「丁度いい地酒が手に入ったんだ。岐阜県のどぶろくだが、これがまた美味くて。ぜひ花蓮くんにも飲んでもらいたいと参上した次第だ。あと飛騨牛の握り詰め合わせと、鱒寿司も買ってきたぞ」
瀧宮会長はテーブルに、岐阜と石川県のお土産を並べる。どれも酒の肴になりそうなものばかりだ。
「ったく、すっかり花蓮の父親みたいじゃないか。あれほど俺との仲を反対していたくせに」
遼は手早く、花蓮と自分用の寿司を皿に迅速かつ丁寧にまとめた。それから、瀧宮会長持参の寿司も個々の皿を出して3等分に盛り合わせて配膳した。つくづくマメな男だ。
「おまえとの交際は、2人の成り行きを見守るさ。それとは別に、娘を持つ父親の気分はこんななのかなぁと追体験しているんだ。長男と次男の嫁もそれなりに可愛いが、舅ということで一線を引かれているからな。瀧宮健司リセット後は、娘の父親を目指してみるか」
「会長、遼の教訓を生かさず、また地球人との間に子供を儲けるつもりですか?」
花蓮は、瀧宮会長が持参したどぶろくを、江戸切子硝子に3人分注いで配る。
「母さん以上の女性に出会えたなら、それもいいかと思う。出奔したセントクリア世界と、またこうして繋がりが生じた。地球人に限らず、アンダラ帝国の女性との恋愛も視野に入れている。私はおまえほど長く生きられないが、おまえの弟妹や甥っ子姪っ子をおまえの傍らにいさせたい。1人の孤独を味あわせたくない。遼、おまえには父上のように親しい者を見送るばかりで取り残される寂しい生涯を送ってほしくないんだ」
瀧宮会長もまた、末っ子に聖剣のソードマスターの宿命を背負わせたことを悔いていた。変更可能ならいつでも自分が担うと聖剣アースブレーカーにたびたび申し出たが、それが覆ることはなかった。それが悔しく、そして何故、先を考えずに打診があった時に聖剣の主を引き受けなかったのか、今でも自分を責めていた。たとえ愛妻や子供たちと出会わない人生を歩むことになっても、父である賢帝の苦悩の一生を子供が代わりに背負ってしまう宿命が分かっていたら、たとえどんな孤独や困難が待ち受けていようとも逃げなかったのに。
花蓮は遼が何処まで聖剣アースブレーカーから情報を引き出したか知らないが、瀧宮会長の『親』の一面に同情して種明かしすることにした。
「会長、ご心配なく。遼の最期は私が看取ります。私は『理の破壊者』、そして聖剣スカイドラゴンの真のソードマスターとして、千年の寿命を得ていますから」
瀧宮会長が動揺して立ち上がるのは分かるが、隣で目を大きく見開いている遼からして、そこまで聖剣アースブレーカーから情報は引き出せなかったようだ。まあ、それでもいいかと思う花蓮だった。
「本当に…本当におまえは、俺とずっと一緒に生きてくれるのか?」
遼の声は震えている。千年の孤独を共にするのは、無機質な聖剣とアリオス皇帝ぐらいだと思っていたからだ。遼が花蓮に涙を見せるのは、これが初めてだった。
「だからさっき言ったでしよ。ずっと一緒に居たら飽きるって。合間合間で恋愛しながら、気持ちを初心に返る必要があるわけでーちょっと、キツイ、苦しい!」
花蓮は覆いかぶさるように抱きついてきた遼の背中を最初は叩いたが、肩越しに声を出して泣く遼に、「やっぱり不安だったんだな」と叩くのをやめてポンポンあやすように背中を叩く。
向かいでは瀧宮会長も、両手で顔を覆って大泣きしていた。息子は千年の孤独を味わなくていいのだ、いつも寂しい目をしていた父親の賢帝のように。
2人が落ち着いてから、食事を再開する。すっかり茶碗蒸しとお吸い物は冷めてしまった。それでもお残しは厳禁のルールを持つ花蓮は、遼が作ったものも、瀧宮会長のお土産の寿司も完食した。
「しかし、それをいつから知っていたのだね?」
片付けられたダイニングテーブルの上で食後のお茶と名物和菓子を小皿に分けながら、瀧宮会長は尋ねる。遼は花蓮の後ろで洗い物をしていた。最新の食器洗浄機はあるが、泣き腫れた顔と体裁の悪さから食器や調理道具を手で洗っている。
「知らされたのは、つい最近です。聖剣2振りから直接聞かされていました。ですが聖剣スカイドラゴンを屈服させたときから、何となく予感はしていたんですよ。あれ、これって聖剣スカイドラゴンより上の立場になったということは、ソードマスターの類に思われているのかもって」
「そんな前から…君は動揺しなかったのか?」
瀧宮会長は驚きを隠せない。
「聖剣から断言されたとき、ショックよりも、私のせいで遼の運命を狂わせた責任が取れることに安堵しました。孤独って不思議なものですね。独りで閉じこもっているときはさほどでなくても、周囲に人が沢山いると余計に寂しさを感じるんです。自分が異物であることを嫌でも自覚させられる感覚、会長も憶えがあるのでは?」
「そうだな。私も皇子時代は、育ててくれた祖父母はともかく、たまに候爵領から皇宮へ赴いたときに会ったときの、腫れ物でも触るような母や姉には疎外感を突きつけられているようで、やるせなかった」
瀧宮会長は可愛い猫饅頭をクロモジ楊枝で切って口に入れる。
洗い物を終えた遼も落ち着きを取り戻し、花蓮の隣に座って茶道用の初夏にちなんだ茶菓子を食べだす。菖蒲を象った、上品な味の練切だ。
「俺は今までが幸せだったんだな。親父や花蓮、それとタイガは壮絶な孤独感を味わってきたのだから」
しみじみと言う遼に大して、花蓮は首をかしげる。花蓮は栗蒸し羊羹を食べていた。
「別にそこまで悲壮感も無かったけど。私は家でやりたいようにやってきたし、日本に来てからはオタ活で人生バラ色になっているから」
「あー、確かにトーイ・グレイから聞いたことあるな。花蓮は幼い頃からじゃじゃ馬で、兄たちは頭が上がらなかったと」
「ふーん。トーイ兄さん、そんな余計なこと言ってたんだ。帰ったら調教のし直しね」
花蓮は指を鳴らす。「あ、ヤベ」と遼は思ったが、花蓮を止めることの出来る奴は存在しない。遼は心の中でトーイに謝った。
「なににせよ、遼が孤独じゃないのが分かって、少しばかり罪悪感は消えた。ありがとう。君にはお礼に何か、何でも欲しい物を贈りたい。何かないか?」
「うーん、取り立てて欲しいものはいま…あ、この間、『創世記激闘大戦』の展示会にあった非売品のザイール司令官実物大フィギュア、格好良かったんですよね。各地での開催終わったたら、アレが欲しいです。寝室に飾りたい」
「分かった、制作会社と交渉しよう」
瀧宮会長は、快く承諾した。
それを聞いて花蓮の目をハートになり、実物大ザイール司令官がマントをひるがえして腰のサーベルを抜く瞬間の実物大図フィギュアを寝室の本棚脇に設置すれば、さぞ見栄えがいいだろうと妄想する。そのためには歴代フィギュアを納めたガラス棚をどこへ移動させようか、嬉しい部屋の模様替えシュミレーションに心が躍る。
「親父、余計なものを花蓮に与えるな!それでなくともここのリビングや私室は、オタクグッズで溢れかえっているんだ!」
都筑家はトイレと風呂場と遼のための物置部屋以外は全て、『創世記激闘大戦』が嫌でも目に付く。廊下には画廊のようにクリアファイルを専用の額物に入れて飾っているのだ。常々遼は、これら全てを思いのままに壊したら、さぞスッキリするだろうと考えていたのに、実物大フィギュアなんて邪魔くさいものが現れるなんて。しかも寝室の本棚脇といえば、嫌でもベッドから視界に入る。地獄でしかない。
「忌々しい『創世記激闘大戦』なんて、滅びてしまえ」
遼は決まり文句を呟きつつ、頭を抱える。そこへ花蓮の追い打ちが入る。
「生憎だけど、当分は無理ね。アニメと劇場版を織り交ぜても少なくとも3年は続くし、秋からはザイール総司令官の消失した母星での外伝を作者が連載を発表しているから」
「3年…外伝…」
遼は絶望的になる。ではこの家のオタク化は、ますます進むわけだ。
「ふーむ、やはりウチもアニメ制作会社を立ち上げよう。花蓮くんに指揮を執ってもらえば、新参会社でも当たるアニメが出来そうだ」
「それだと最初はネット配信専用から始めたほうがいいですね。オススメの良作は沢山ありますよ」
「あー、頭の痛い相談を今しないでくれ!」
せっかく遼は最愛の人と長く生きられる感動の余韻に浸れると思ったら、隣で父親と恋人はアニメ談義。そりゃあ、同じ系列会社に勤められたら嬉しいが、これまでに以上に花蓮の生活はアニメを軸に回ることになる。
「この世から漫画とアニメが絶滅すればいいんだ」
遼はお茶じゃやってられないと、ワインセラーから高級ワインを持ち出して、やけ酒を始めた。
8.クリスマス・イヴ
東京スペシャルドームでは、1年前のこの日に発表した通り、『聖剣の騎士団』御嶽リョウの引退ツアーファイナルが行われることになっていた。瀧宮会長一家は、瀧宮会長鶴の一声で重役の反対を押し切り、会社恒例クリスマス会を前日23日に前倒しした。東京スペシャルドームの貴賓席には瀧宮会長夫妻、長男一家、次男夫妻も座って御嶽リョウの団扇を手にしている。
ドーム球場外では外の売店で、当日チケットは手に入らなかったファンが、御嶽リョウグッズを目を血走らせて買い漁っていた。そのファン熱量は、監視の目を強化せずとも、転売ヤーが入れる余地がない。
外部売店はチケットを持たないファンと、チケット持ちファンのためのブースを離れた場所に分けていた。そうでないといらぬ争いが勃発するのが想定されたからだ。
その頃、楽屋は異様な空気が漂っていた。これまでのツアーとは違う、この日のためだけに作られた衣装を着て、4人は待機する。
他の3人は『聖剣の騎士団』4人最後で行うライヴへの感慨と緊張に包まれているはずだった。しかし御嶽リョウが放つドス黒いオーラが全てをぶち壊していた。
リョウの逆鱗に触れないように、3人は楽屋脇に固まってコソコソ会話している。
「あいつ、何であんなに不機嫌なんだ?リハーサルの時からトゲトゲしかっただろ?」
「家族一同が来ているというから緊張しているせいかも?」
「やっぱり引退したくなくなったのかもな。今回のドーム引退ツアー、リョウの熱量はどんどん上がっていたし」
「このまま続けられたら本当にいいんだけど、滝宮グループが黙ってないよな。いいトコのお坊ちゃんにも、しがらみが色々あって苦労があるもんだ。俺、一般家庭で良かったかも」
「そうだよな。人生レールが惹かれているって、キツイよな。フツーのトコなら反抗して飛び出せるけど、なにしろ日本屈指の滝宮グループとなると、逃げるに逃げられまい」
「リョウ、見た目と違って責任感強いしなぁ」
仲間たちは御嶽リョウに同情を寄せる。だが、リョウの不機嫌は引退とは全く別のトコにあった。
(花蓮の奴、徹頭徹尾『聖剣の騎士団』ライヴ鑑賞に一度も来なかったな。今日ぐらい来てくれたって良かったじゃないか。まあ行き先がコラボカフェやアニメショップでないだけ、マシだが)
遼は心の中で罵詈雑言並び立てる。もっとも不幸を一身に背負った奴等は別に居るのだが、たとえ試練が辛くても、クリスマスイヴに花蓮が近くに居るだけで天国じゃないか。
(おのれ、タイガ。この公演が終わったらボコボコにしてやる)
遼は嫉妬の炎を轟々燃やしていた。
このとき、確かにタイガ・グレイ伯爵養子は花蓮と一緒にいた。秋から魔術学園に入学して、異世界人平民として最初は苦労したが、芸能界で培った経験が役立ち、親しい友人達と憧れだった学園生活を送っている。しかし今は冬休み。クリスマス・イヴのリョウの引退ライヴを会場で見る予定だったのにー
「ぎゃー!」
絶許を上げながら、絶壁の地で聖剣アースブレーカーを手に仲間と共に退却する。ここで言う仲間とは、皇宮第3騎士団の面々だ。いまタイガは、第3騎士団を率いて、絶壁の地で元帥代行訓練を花蓮から教わっていた。
「タイガ、指揮系統を乱さない!アンタの手の聖剣はお飾りなの?」
樹海のてっぺんから、タイガと第3騎士団の様子を観察する花蓮が注意を飛ばす。その時、無謀なドラゴンが空中から花蓮に向かって襲ってきたが、花蓮は事も無げに背中に背負った宝物庫の大剣でドラゴンを一太刀で絶命させる。
樹海の下に落ちたドラゴンを、花蓮はアイテムボックスに回収する。
「チッ、灰色ドラゴンか。赤や青、黒のドラゴンの方が味は上なのよね。まあ腐ってもドラゴン、和牛よりは美味いけどさ」
既に花蓮はドラゴンの色や肉付きで、味の違いを知っている。答えは単純、実際に狩って食べているからだ。
「アリア、助けてくれ!」
第3騎士団所属のトーイ・グレイ伯爵子息が叫ぶ。
「ワイバーンごときでギャーギャーと。サド、助けてきなさい」
遼が花蓮の監視役につけている日本では大人しい飼い犬のサモエド犬は、ここへ連れてこられてから元のフェンリルに戻っており、館一棟分はありそうな巨大な体でワイバーンの群れに嬉々として襲いかかり、大きな口で次々とワイバーンを鵜呑みにしていく。
口の周りを血みどろにする最恐ラスボスクラスのフェンリルの姿にも驚愕だが、それを犬のように命じる花蓮こと元アリアルイーゼ伯爵令嬢にも、兄のトーイはもちろん、第3騎士団の面々も恐怖を憶えずにはいられない。
「ほら、背後にキマイラが迫っているわよ。タイガ、連携をとって倒しなさい!」
花蓮は再び上空へ舞いあがり、タイガに命じる。
タイガは聖剣アースブレーカーでキマイラに斬りかかるが、臨時のソードマスターのため、聖剣のコントロールが上手くいかない。余計に怒らせたキマイラに動揺するタイガに、聖剣アースブレーカーは言う。
「臨時マスター、まずはその恐怖心を取り除かぬと、妾を使いこなせぬぞ?」
「あんな化け物相手に、怖がるなというのが無理難題です!」
「それだけ文句言う元気があるなら、ほれ、もう一度。致命傷の1つでも負わせねば、痛い目に遭うのは自分じゃ」
襲いかかってくるキマイラに、タイガは「僕はヒーローの赤石大河だ、強敵にさえ立ち向かう勇気があるはず!」と、自己暗示をかけながらキマイラに応戦する。
その間、オークの大軍来襲に苦戦している第3騎士団の体たらくに呆れつつ、花蓮が空中から下りてきて指示を飛ばす。オークごときに大剣を使うまでも無いが、宝物庫のライフルや魔術で倒すと魔毒が回って食えたもので無い。食材として良質なオークは、魔術を出せずに大剣で切り捌くのが一番だ。
「アンタたち、隊列乱して闇雲に剣と魔術を使うんじゃないわよ!指揮官不在のときにどうすべきか、騎士学園で学んでるでしょ!」
花蓮は結界を張って、倒したオークをアイテムボックスに収納している。
「鬼畜か、おまえは!」
オークの巨大な群れと応戦しながら、兄のトーイが叫んでいるが、結界内の花蓮は気にもとめない。
「中級クラスのオークに苦戦するって、兄さんたちはレベル低すぎ。危機感のない鍛錬を繰り返しているから、その程度なのよ。実戦こそ一番の訓練ね。第3騎士団でこれだから、他の騎士団も一から叩き直すのを皇帝に進言しとこう」
花蓮は先ず隊列を崩さぬ方法を模索する。近くではようやくキマイラを倒して肩で息をしているタイガの姿が映る。
「タイガ、休んでないで仲間を助けなさい!なにボサッとしてるのよ!」
花蓮の檄に反応して、タイガはオークの群れに突っ込んでいく。
「もう一方は騎士団長チームで、さすが団長が的確な指示を飛ばしているけど、相手がヒュドラだとさすがに荷が重そうね」
沼地で応戦している別チームのもとへ、花蓮は転移する。
「おまえの妹、冷酷非道過ぎるだろう!」
トーイの仲間騎士が口々に怒鳴りつける。
「さんざん妹の容赦のなさは忠告したのに、耳を貸さなかったのはおまえだろ!クソッ、なんでこんな目に!」
トーイは泣きたくなる。確かにオークなら数は多いが、倒せないことも無い。しかし不可侵の絶壁の地での騎士鍛錬なんて、ハードを通り越して地獄でしか無い。二泊三日のキャンプと聞いていたが、誰もが初日で帰りたくなっていた。
そこへ現れたのは、樹海を飛び抜けるほど大きな7つのドラゴンの頭を持つ獣。
「オークの血の臭いに誘われてきたな。名前を持たぬ黙示録のドラゴン。妾を使う特訓には、またとない相手だ」
聖剣アースブレーカーは、嬉々として言う。地球では聖書のヨハネの黙示録に伝説上の魔物として記載されているが、こちらセントクリア世界でも神殿書物に『黙示録の怪物』のことは詳細に描かれている。魔物が実在する世界なので、よりリアルな描写がされていた。
「何でここに!アレは前回、司令官が倒したのに!」
「ここは絶壁の地。魔獣なんて島の意思でウジャウジャ湧き出るわい。前回、あの娘が倒したときよりよりもレベルが増しておる。心してかかれ」
聖剣アースブレーカーは、タイガに命じるなり、突っ込んでいく。タイガは聖剣アースブレーカーに操られるがまま、黙示録のドラゴンと戦う羽目になる。さすがは樹海最強の生き物。タイガの剣術の腕では、一筋縄ではいかない。聖剣アースブレーカーを持っていなければれば、既に7つの頭のドラゴンのどれかの口の中で咀嚼されているはず。この強敵を僅か一撃で倒した規格外の花蓮に、改めて尊敬と畏怖を憶えるのだった。
絶壁の地の休息エリアは、花蓮たちが一番最初に絶壁の島へ降り立った海岸だ。花蓮はバーベキューコンロを大量に出して、狩ってきたドラゴンを海岸に出すなり、薄切り肉にする。それをタイガが疲れた体に鞭打って、マジックソルト、焼肉のたれ、カレー粉で味付けして焼く。疲労困憊の第3騎士団は、もう恐怖がオーバーヒートし過ぎて、放心状態と化している。しかし鍛え上げた騎士だけあって、美味そうな肉の匂いには反応する。
だがあれはドラゴンのスライス肉。そんなものが美味いのか疑問に思っているところへ、花蓮とタイガが我先に焼けた肉を食べていく。
「うーん、美味しい!やはりドラゴン肉がこの世で一番美味しい」
タイガは口いっぱいに頬張りながら、満面の笑みを浮かべる。ドラゴン肉には治癒や回復力や免疫力の向上作用があるので、疲労(おもに精神的なもの)がどんどん癒されていくのを感じた。
「アリア、それ本当に美味いのか?」
すっかり窶れたトーイ・グレイは半信半疑で尋ねる。
「トーイ兄さん、また私の名前を間違えてる。まあ、今日は相当疲れてるみたいだから許してあげる。灰色ドラゴンだから若干味が落ちるけど、美味しいわよ。それにドラゴンは薬肉で、食べると元気が出るんだけど、まあ異世界人の私が言ったところで信じないわよね」
「いや、異世界に渡った生粋のセントクリア人だろうが。気は進まないが、ここは俺が騎士を代表してー」
「美味い!なんて肉だ!」
トーイが渋々立ち上がって毒見をしようとしたとき、第3騎士団長が決死の覚悟で肉を食べ、そのとろけるような美味しさに感嘆の声を上げる。騎士団長が猛烈な勢いで食べすすめるのを見た第3騎士団の面々は次々と肉に挑戦して、その美味さに恍惚となる。ちなみに、ここには遼がいないので、野菜はない。いや、タイガは遼から「俺が留守中、花蓮には野菜を食べさせるように」と、アイテムボックスに下ごしらえした野菜を詰め込んでいたが、この状況で野菜を出せるわけがない。コンロは全て、ドラゴン肉を焼いていて隙間がないのだ。
物凄い勢いで消えていく肉の味付けがおいつかないので、そのまま焼いてつけダレに食べもらう方法に切り替えた。
タイガをはじめ、騎士団が肉を食べる中、花蓮は箸を置く。
「沢山食べたらすぐに寝て心身回復。明日は朝から騎士団は騎士団長の指揮のもと、オルトロスの群れの殲滅訓練を受けてもらうわ。タイガは、黙示録の第一の魔物を倒したと言うから、明日は第二の魔物に挑戦してもらう。海の中にいるから、気をつけて。騎士団にはウチのフェンリルがお守り役を、タイガの討伐模様は私が見守るから。命の危機がきたらフェンリルも私も助けるけど、それまでは手出ししないから死ぬ覚悟で頑張りなさい」
花蓮の言葉に、団長をはじめ第3騎士団の面々はフォークと皿を落とす。その顔は顔面蒼白だ。
「それともオーグルの方が戦いやすいかな。犬の化け物と人食い巨人、好きな方を選んでいいわよ」
そして結界の外を指差す。樹海と砂浜の境界線に張られた外には、大蛇の集団に混じって人間に3倍から5倍ほどある巨人が取り囲んでいる。オーグルはよだれを垂らして、好物の人間を狙っていた。
「あの、司令官が付きっきりで僕の指導をしてくれるんですか?」
タイガは喜びに顔を輝かせる。若返ったタイガの美貌は、学園の貴族令嬢からも注目の的だ。皇女からも恋愛アピールを受けているが、タイガの想いの先に居るのは花蓮だ。
「タイガ、黙示録第一の7つ頭のレッドドラゴンを退治したんでしょ。なら明日は、海に住む黙示録第2の魔獣、7つのライオンの頭を持つ超巨大パンサーね。
翌朝、第3騎士団はオーグルと戦わせられる羽目に。
タイガに至っては、絶壁の地の二強たる、黙示録の怪物2匹と戦わされた。第1の魔獣は何とか倒せたが、海上という不利な場面では命の危機にさらされ、花蓮が第2の魔獣を一撃で倒して、首の皮一枚でタイガは助かった。
「この調子で2、3度、ここで鍛錬すれば対応力と魔力量も上がるわね。さすが絶壁の地、魔力量は生まれた時から上がらないと言われていたけど、中堅騎士のトーイ兄さんも魔力量増えたじゃない。こうなったら、元帥の遼が日本帰国の際は、私が絶壁の地で皆を徹底的に鍛えてあげるわね!」
二泊三日の特訓後に、花蓮は晴れやかな顔で言う。心身ともにボロ雑巾の第3騎士団は恐怖に慄き、年季が明けるか重傷で使い物にならない限り脱退が認められない騎士職を選択したことを心底から後悔していた。
「閣下、もうずっと帝国で居らして下さい!閣下の留守中は絶壁の地で、地獄の訓練を騎士団は持ち回りで行うと、訓練司令官(花蓮)が取り決めたのです!とてもじゃないが、我々の身が保ちません!」
引退ライヴを終えてアンダラ帝国の皇宮へ帰還した遼のもとに、第3騎士団をはじめとする主要な騎士たちが、元帥に泣きついたのは言うまでもない。そこには近衛騎士団もリストアップされている。元帥の軍事訓練の厳しさにも定評があったが、花蓮訓練司令官の冷血な特訓の比ではない。
他国にもアンダラ帝国訓練司令官の噂は瞬く間に広まり、それぞれの国は大陸を越えて安堵する。「アンダラ帝国の騎士じゃなくて、本当に良かったな」。
既に西の大陸からそれぞれの大陸に帰国した、聖剣スカイドラゴンの探索の旅で重軽傷を負った冒険者の生き残りが『絶壁の地』のリアルな恐ろしさを事細かに周囲に語っていたので、なおさらアンダラ帝国の騎士には同情を禁じ得ない。同時に、アンダラ帝国のラスボスは異世界人ハーフの元帥ではなく、その婚約者で元はアンダラ帝国伯爵令嬢、今は異世界人を名乗っている元帥の婚約者なのも公認されていた。「異世界人って、鬼畜の集団なんだな」、セントクリア世界では、地球人は皆、最強にして最凶の人種なのだと誤解されたのは言うまでもない。
蛇足だが、トーイ・グレイ伯爵子息は、鬼の訓練司令官の兄ということで、例外なく騎士全員から大いに責められる羽目となる。
8.婚約者
話は晩夏まで遡る。
北の大陸スカイドラゴン皇国の戴冠式を真冬に控え、北の大陸から届いた招待状への参加者について議論がなされた。表向きは皇帝夫妻宛てだが、ソードマスターたる大陸の支配者が参加することはなく、代理を立てるのが通例だ。
本来ならアンダラ帝国皇太子、アリオス皇帝の嫡男エルヴィス皇子夫妻が参列となるだろう。しかし公的書簡に添えられた私文書に、エディング皇帝は都筑花蓮が代表者として参列することを熱望していた。
「聖剣スカイドラゴンの真のソードマスターは、都筑花蓮こと、元グレイ伯爵令嬢だ。しかしこれを知る者は限られている。北の大陸の情勢も揺るがしかねない。そうかといって、皇帝の戴冠式に元伯爵令嬢を送り込むのは他国への面目が立たない。さて、どうすればいいものか」
議会にてアリオス皇帝は語るが、既にその着地点は着いていた。それに関しては骨が折れる作業を伴うが、先ずは議会の承認を得てからだ。
「皇太子ご夫妻のお披露目には格好の舞台ですが、先方の要望とあれば致し方ないことでございます。ここは、元帥閣下のご婚約者という立場で参加されるのが一番かと」
既にアリオス皇帝と秘密裏に決着がついていた大臣が述べる。
そこには眉をひそめる皇太子エルヴィスの姿があった。
「元帥の出席は、わが国としても威信を他国へアピール出来ます。しかし、絶壁の地で黙示録の魔物を掌でもて遊ぶほどの訓練司令官に、誰が説得役を務めるのですか?訓練司令官はいまや、異世界人。そもそも彼女へ意見できる立場の者がおりません」
皇太子エルヴィスの言う通りだった。
「元帥自身に説得してもらえまいか?」
玉座の一段下、皇太子とは皇帝を挟んで立派な席に腰掛ける遼に、アリオス皇帝は尋ねる。
「不可能に近い確率かと。私との婚約、結婚はこの世界では50年後だと決定されておりまして。そもそも公的な席で、淑女がコルセット無しで参加は自国はともかく、相手国側には失礼かと。ここにおられる方々は、彼女がコルセットを親の仇のように嫌っているのはご存知ですよね?」
遼は苦虫を噛み潰した顔になり、その事実を忘れていたアリオス皇帝含む重鎮らは身を震わせて自らの肩を抱く。
「恋人の閣下が説得しても無理かね。コルセットは補正下着でどうにでもなるし」
「私は既にプロポーズ断られているんです。保留というのが正解か。地球なら5年後に婚約と結婚、セントクリア世界では50年後だと」
「なぜ、ここの世界では50年後なんだね?」
アリオス皇帝は首をかしげる。結婚はともかく、婚約ならすぐに承諾してもいいと思うのだが。
「異世界の地球は、寿命がここより短いのです。私の住む日本という国は、その中でも長寿の枠に入っていますが、それでも80年あまり。花蓮から1度目の地球の人生をリセットさせてからでないと、婚約も結婚もしないと跳ね除けられました」
「困ったな。仮の婚約の路線で話してくれないか。今回ばかりの名義上でもいいからと」
アリオス皇帝や議会参加の重鎮たちは、遼に願い出たのだった。
気が進まぬまま、遼は地球の都筑家に瞬間移動する。丁度花蓮は、新たな推し少年マンガ雑誌の連載『異世界転生・血染めの復讐のレクイエム』を読んでいた。
ザイール司令官ほどの熱量はないが、主人公の残忍冷徹な美形主人公のグッズ購入ややコラボ行脚を始めている。
「ルドルフ・シービー卿、かっこいいわねー」
花蓮は、今度は青髪短髪の美形に熱を入れていた。
「残虐非道で人間性の欠片もない、でも心の中には自分を含む家族を惨殺された悲しい過去を持つ青年というのが、また突き刺さりますね」
今回の漫画は、推しが花蓮とタイガ双方とも一致したようだ。
「花蓮、おりいって話があるのだが」
「なに?」
花蓮は上の空で、ルドルフ・シービー卿の二次漫画シナリオを頭の中で作り出しながら返事する。大学の同人誌漫画家から、腐女子向けのストーリーを頼まれているのだ。相手を同じ異世界に転生した復讐相手の赤毛の美形にするのが良いか、忠誠を誓う部下か、はたまたシービー卿に仕える美少年が相手の方が絵的に受けるか。
遼はキッチンで湯を沸かし、コーヒーを入れる準備をする。お子様舌ののタイガは、インスタントのキャラメルマキアートスティックでいい。自分の分と花蓮の分は、豆に拘ったコーヒーをキチンとドリップで淹れる。その間、話の切り出しをどうすれば良いか頭を回転させていた。
先ずタイガのインスタントコーヒーを出す。タイガは雑誌を閉じて、早速泡をスプーンですくって味わっている。こういうところを見ると、年齢不相応な幼さが垣間見える。
自分たちのコーヒー淹れ終えて、ダイニングテーブルに置く。花蓮も雑誌を閉じて、コーヒーに手を伸ばした。
「北の大陸新皇帝の戴冠式に、おまえが招かれた。だが異世界人となった未婚女性を1人で参加させるのは相手方に無礼だと、俺がエスコートすることに決まった」
「ふーん、面倒だけど、北の大陸が生まれ変わったのには興味あるから、いいわよそれで。いまイチオシの漫画は、来年からアニメ化だし、どうしてもリアタイで見たいほどのアニメは今クールはないから」
「異世界人となったおまえの爵位を相応にするため、領地を持たないローズフィールド女公爵として、俺の婚約者となって参列ことになってもか?」
遼は真剣な面持ちで花蓮を見つめる。遼の心音はこのとき、自らの耳に聞こえるほどバクバク早なっていた。
「候爵でなく公爵ってことは、アリオス皇帝の娘身分になるわけね。仮の爵位、仮の婚約でよければいいわよ」
「本当か!」
遼は歓喜で立ち上がり、コーヒーカップの中身が揺れて溢れそうになる。
「あくまで対外的の仮の立場よ。今回の件が終わったら、一旦白紙。そのままにしておいたら、どんな難題押し付けられるか、分かったもんじゃないから」
花蓮は強調する。遼はともかく、皇帝に鎖をつけられるのはゴメンだ。「私は地球人、セントクリア世界から脱退したんだから、この度にいちいち問題持ち込まれてはたまらない」と、花蓮は心のなかで呟いた。
遼に言わせれば、花蓮みたいな怪獣に鎖をつけられる猛者など、異世界を含めて実在しないだろと突っ込みたいところだ。
「それでも、戴冠式典参加中は、婚約指輪をつけてくれるだろ。実はペアリング、用意してあるんだ」
遼は懐から、前回のスターサファイアとは違うシンプルな箱の指輪入れを出して開けると、濃紺のサファイアとスモーキーダイヤの小粒が2つ並んだペアリングが現れた。2人の瞳の色に合わせた、遼拘りの特注品だ。
「…仕事の早いことで。当日になったら付けるから、そのまま持ってて」
「いまから付けて慣れておいてもいいじゃないか!」
「アンタのことだから、また仕掛けがあるのではと警戒してるの。もっとも、どれほど仕掛けを施そうが、ぶち壊すのは簡単だけどね」
花蓮が底意地の悪い笑みを浮かべると、渋々ながら遼はペアリングを懐にしまった。確かにお邪魔虫のいるダイニングで、仮といえども指輪の交換するのは無粋かもしれない。どうせなら、皇宮の広いバラ園の真ん中でロマンティックにー
「司令官、そろそろ出ないと」
タイガは立ち上がって上着を羽織る。
「そろそろね。遼、私たちは『異世界転生・血染めの復讐劇』のイベントへ行ってくるから、留守番よろしく」
花蓮も上着とショルダーバッグを肩にかけて、2人仲良く家を出た。
「くそっ!もう新たな推しを見つけたのか!あの浮気者め、漫画なんて滅びてしまえ!」
遼は、同じく留守番のサモエドのサドを抱きしめて、漫画を呪った。
9.卒業後の進路
花蓮の親として登録してる、滝宮外交官は実在人物である。花蓮が大学3回生のときに任期が明けたのを期に退職、一旦帰国して任務終了報告と退職挨拶をすると、夫婦ともども余生を過ごす北欧での永住のため旅立った。
花蓮は仮の親の北欧永住を期に、港区のマンションを引き払って杉並区に中古豪邸を購入した。ある大物芸能人が暮らしていたらしいが、離婚を期に手放したので、箱の割には格安で購入できた。
交通の便は多少不便になるが、花蓮のオタクグッズが増え過ぎて展示出来る部屋が足りないのと、遼とタイガが仕事や学業が無いと都筑家に入り浸っていること、何よりフェンリルが擬態したサモエドのサドがテレビでたまたま見た保護犬施設の番組でスイスシェパードの雌に恋をして、この犬を引き取ることになったのだ。
劣悪な状況で繁殖犬として使い捨てられたスイスシェパードには名前がなく、花蓮のまたしても安直な名付けで『スシ』と名付けられた。大型犬2頭がウロウロするのは、マンションでは狭い。自由にセントクリア世界と往来できるサドはともかく、スシは地球の犬なので散歩させる必要がある。新たな自宅周辺には広い公園やドッグランやドッグカフェもあり、なにより自宅の広い庭をドッグカフランに改造したので、散歩ができない日でも犬たちを庭で遊ばせるることが出来た。
犬に擬態したフェンリルと、地球産の犬が繁殖できるか興味はあったが、健康体になったスシは2度ばかり子犬を数匹ずつ生んだ。フェンリルのサドが、花蓮に付いて絶壁の地での騎士団地獄の特訓しているとき、最上級シークレットエリアの『希望の宝石』の広場から1個失敬してきて、老犬の域に差し掛かっていたスシへ持ち帰り食べさせたのだ。スシはこれで若さと長命を得て、サドの立派な伴侶となった。
スシの生んだ子犬達は成長してから皇帝に献上したところ、フェンリルとのハーフ犬ということで、大いに喜ばれた。アリオス皇帝は番犬として自分や妃、皇太子夫妻にも分配し、大臣らも「次に子犬が生まれたら、ぜひ当家に引き取らせて下さい」と花蓮に頼んだ。見かけは犬だが、人語を介し話せて魔法を操れる忠犬は、たちまち皇宮で人気を博した。
私立一粒万倍大学4期生となった秋には、アニメ会社就職の内定を花蓮は得た。中堅どころの会社だが、拘ったアニメを造ることで定評のあるの会社だ。
しかし滝宮会長が裏から手を回し、花蓮卒業を期に始動させる滝宮アニメ制作会社へ、既に就任が決まっていたアニメ会社の花蓮の内定を取り消し、滝宮アニメ制作会社に引きずり込んだのである。当初、花蓮は怒り狂っていたが、作りたいアニメを花蓮の采配で劇場公開してもいいという約束を滝宮会長が契約時に約束したので、花蓮は卒業と同時に出版社にアニメ化交渉をする営業部長の就任が決まっている。滝宮アニメ制作会社には、他にも優秀な花蓮の大学同期や他校のサークル仲間も加わることになった。
「それ、完全に仕事じゃないよな?」
同時期に滝宮芸能プロダクションの社長職に就任予定の遼がボヤくと、「おまえは花蓮くんの目を信用出来ないのか?」と逆に問い詰められた。それを出されると押し黙るしか無い。
遼が所属していた『聖剣の騎士団』の新規メンバー加入の路線を覆し、いまアーティストとして『聖剣の騎士団』3人が活躍しているのが花蓮の助言がキッカケだったと、遼はのちのち瀧宮会長から聞かされた。
卒業前から花蓮が瀧宮会長を伴って『次期営業部長』の修行として取ってきた仕事は、すぐさま結果が出る。花蓮卒業後の秋に映画公開された劇場版アニメは観客動員数はもちろん、グッズの売り上げも社会的ブームを起こすほど最強となったのだ。漫画オタクの営業部が、人気作品ではないが、日の目を見ない名作漫画を続々と発掘してしてくる。
そしてこれは私立一粒万倍大学出身者の辣腕者がプロダクションのスタッフに多いこともあるが、彼らは先輩たちからアニメ業界を支えるクリエイターの待遇が悪いことを熟知している。花蓮を通して瀧宮会長に進言したことにより、賃金の安いフリーランスのイラストレーターら制作陣に、業界最高賃金を出して福利厚生の充実した自社社員に引き入れた判断も大きいだろう。仕事は好きだが生活に疲弊していた実力派アニメ制作陣が続々と参入し、たちまち滝宮アニメ制作会社は国内外アニメ部門の賞レース常連となる未来が待ちうけいた。
そして3月、花蓮は私立一粒万倍大学を卒業した。大学院に進学して博士号を取るのも想定したが、セントクリア世界のアンダラ帝国騎士団の調教が忙しくて、大学院進学はいずれ暇ができた時にと想定している。
オタクのプロフェッショナル養成場のような私立一粒万倍大学の卒業式は、コスプレで参加する卒業生も多い。遼もてっきり花蓮は『創世記激闘大戦』のザイール司令官のコスプレで出席するのかと思いきや、大正時代風のレトロな柄の袴で臨んだ。もちろん長い髪はハイカラさん風に結って。コスプレでなく袴姿の卒着生の姿が、この大学にしてはいつになく目立つ。
「アレって、昨年からテレビアニメで人気に火のついた大正時代ファンタジー『豪傑ハイカラさんに、軍人はひれ伏す』の影響ですよね。女学生たちが味方に付けた魔獣に、横暴な軍人を1から調教する痛快コメディー。笑いと恋愛とお仕置きが渦巻く様が時代背景や、所定時間で成敗する往年の時代劇を彷彿とさせるレトロ手法で、若い男女だけでなく高齢者にもウケているらしいですよ」
完全に遼の従弟に擬態しきったタイガが、得意げに言う。
「その情報、いらなかった」
遼は頭を抱えた。純粋にアニメとは関係なく、最後のぐらいは卒業生だから学生らしい袴姿だと思い込みたかった。
「甘いですね、元帥。司令官の脳は9割がアニメと漫画、7厘が元帥閣下、3厘が僕らや騎士団調教シュミレーションですかねぇ。だから元帥も、その擬態用婚約指輪もさっさと外したらどうですか。司令官は北の大陸の戴冠式参加が終わってすぐ、本来は皇帝陛下しか開けられない皇宮の禁断の宝物庫へ放り込んでいましたよ」
タイガは花蓮への想いを隠さなくなっていた。軍配が遼に上がっているのは間違いないが、アニメオタク仲間から切り崩していく方法はゼロではない。
代々皇帝のみが開閉できる禁断の宝物庫は、すっかり今では花蓮の不要物(遼からの愛が重い不用なプレゼント)のゴミ箱扱いされている。ここに入れておけば、元帥とは言え自力での遼は取り出せないからだ。以前、遼がプレゼントとした、GPS付きピンキーリングも、とっくに宝物庫の花蓮専用ガラクタ山に埋もれている。
「けっ、おまえなんかに負けはずないだろう。俺たちは人間界で2年後に結婚する約束をしているんだ!」
「僕はそれが破棄されるに賭けます。恐らく司令官、そんな口約束忘れていますよ」
「俺が思い出させる!既に日本でホテル式場、披露宴会場、特注ウェディングドレスとモーニングスーツ、お色直し用のドレスとあるお揃いのスーツも注文しているんだ!」
遼は2年後の結婚式のためにいち早く招待者リストも作り、都内の超高級ホテルに5月のゴールデンウイーク期間中の大安吉日に既に予約を入れていた。
「無理じいは逆効果ってのを忘れてますね。それで墓穴を掘って別れたら、僕に任せて下さい。元帥より理解ある夫になってみせますから」
「調子に乗るな!」
遼はタイガにひじ鉄(本気)を食らわせて、タイガはその場にうずくまった。「後で司令官に言いつけてやる」と、うめきながら。
私立一粒万倍大学卒業式は、例年なら大講堂で行われる。だが今年度卒業生の来賓がずば抜けて多いのと、アニメキャラ葬式イベントや晴川悠一葬儀ディスプレイをはじめ、今回の卒業生は在学中に多くの痕跡を残したので、業界からの注目を特に浴びていた。一粒万倍大学の今期卒業生は、いつになくアニメ、マンガ業界の採用率が高かった。
そういうことから、瀧宮会長が遠縁の可愛い娘の卒業式でもあるという名目で、卒業式のために東京スペシャルドーム球場を抑えた。ドーム内はディスプレイ科所属在校生が中心となって、春の花の生花造花を織り交ぜて、華やかな装飾がなされた。
この翌日にライヴを控えていた大物アーティストバンドは、「これ、少し弄くれば使えるんじゃね?」と通路の花道やステージの花の一部は撤去されたが、装飾の大半はライヴに生かされることになる。ちなみに彼らはリハーサルがてら、私立一粒万倍大学卒業式のライヴも担当している。他にも卒業生ラフレシア腐人や、『聖剣の騎士団』といった豪華アーティストライヴも行われる。式典後のフェス顔負けの豪華ライヴ目当てに、卒業生関係者に紛れ込もうとするファンも数多くいたため、大学側は出席希望親族に卒業生との血縁関係書類を事前提出させたとか。ちなみに瀧宮会長は花蓮の縁戚であり卒業式大手スポンサーでもあるため、貴賓席に瀧宮会長の出席はもちろん遼とタイガも招かれた。
アリーナ席には卒業生が、スタンド席には来賓客、卒業生家族、在校生らで埋め尽くされている。昨今の来賓客は両親祖父母と大所帯傾向が強いが、今回は親戚まで加わっている家族も多いので、スタンドはほぼ満席だった。
ステージは豪華な壇上が設けられていたが、その後に行われる卒業ライヴイベントのため、ステージの7割は音楽機材が設置されていて、式典最中はそれらが隠れるように幕が下り、壇上背後の金屏風は、凝った花の装飾がなされていた。先ず学長が式辞が述べ、続いて来賓のお偉いさんからの祝辞が続く。ステージ下では、各学部の主任教授が挨拶をして、それに応える形で学部所属の卒業生が答辞を読む。
退屈な行事でひときわ目を引いたのは、アニメ・マンガ研究科の桜井教授の感動を込めた祝辞であり、それに応える都筑花蓮の答辞がこれまた熱のこもったアニメとマンガ愛に溢れた言葉だったので、参列客や卒業生の胸を撃ち抜いた。
各学部学科代表が壇上に登って学長から卒業証書で手渡さへ、一連の式典は終了。
お待ちかねの卒業生バンドの演奏が始まった。本来は部外者たるアーティスト(アニメソングを担当したことのある歌手限定)の面々も参加して、彼らも卒業ライヴを楽しみながら演奏し、普通とは違う毛色の変わった声援を浴びてアーティストは皆が皆、悪い気がしなかった。
『聖剣の騎士団』が歌っている時、遼も懐かしさとあの場に居ない自分に複雑さを憶えたりもしたが、引退ライヴから2年が経ち、随分と道が分かれたものだと改めて実感した。引退の悔いはない。その後も仲間と連絡を取り合い、たまにプライベートで食事会をしている。しかし第三者視点でライヴを観るのは初めてで、御嶽リョウの引退は正解だったと改めて認識した滝宮遼だった。
私立一粒万倍大学卒業式の後は、打ち上げ飲み会が行われるいうことで、学部や学科によって分散した。
文学部アニメ・マンガ研究科は大学の小ホールを借り切って、宅配ファストフードを酒を持ち込んで食べながらのアニメ鑑賞会だ。そこには桜井教授をはじめとする、研究科の教授や講師も参加して、大学最後のオタ活講座が行われた。
「花蓮の奴、さっさと帰ってくればいいものを」
新都筑家豪邸の大型キッチンで、怒りの炎を燃やしながら、遼は猛烈な勢いで料理を作っている。
「しかしすごい豪邸だなー、ここが遼の家かよ」
家にはタイガの他に、『聖剣の騎士団』3人が招かれていた。
「ここは遼君の恋人の家です。遼君は近くに別宅がありますが、ここに半同棲しています。けど直に別れると思いますし、そうしたら僕が花蓮さんの後釜になります。早く別れてくれないかなー」
タイガは巨大テレビのある広いリビングで、『聖剣の騎士団』3人に料理ができるまでの間、お茶とお菓子を給仕している。茶菓子は、先ごろ始まった『創世記激闘大戦』の映画封切りに合わせて始まった、展示会限定ショップで売っていたキャラパッケージデザインのクッキーやウエハースだ。
「タイガ、おまえ勝手なこと言ってるんじゃねぇ!」
手にしたフライパンを危うくタイガに投げつけそうな、キッチンから振り返った鬼の顔の遼だった。
「おまえにそんな面があったとは。昔は何事にも動じず、冷めた奴だと思っていたけど」
「あるときを境に、アニメやマンガの話題を振ると、逆鱗の片鱗は見えていたけど、婚約者への愛ゆえだったのか。どんだけ惚れこんでるんだよ」
「早く間近で見たい!遼を骨抜きにした婚約者ちゃん!答辞のときは遠すぎて、背の高いハーフ顔としか分からなかったし。早く帰ってこないかなー」
『聖剣の騎士団』の元仲間たちは、言いたいことを口々に言う。遼は一息ついて平静を取り戻すと、猛烈な勢いでキャベツを刻み始めた。野菜、特にキャベツの千切りは遼の精神安定に役立っている。
『聖剣の騎士団』の仲間たちの話は、遼を無視して続いていく。そりゃあ、あのクールで無駄を嫌う神経質な面が強い遼が、オタク丸出しのリビングに甘んじていることからして、婚約者への大きな愛は丸わかりというもの。豪邸であっても普通の自宅に、特注ケース入り等身大ザイール総司令官のフィギュアがテレビの脇にドンと置かれ、スクリーンモドキのテレビと対極の壁には『創世記激闘大戦』の臨場感あふれる大型ジオラマ。様々なアニメが隙間なく埋まった公式販売ブルーレイ。そのほんの一画の少ないスペースに、『聖剣の騎士団』をはじめとするアーティストのディスクがあるのは、きっと遼の僅かな意地だろう。
リビングのガラステーブルは引き出し式で、ガラスを通して見える小分けされた引き出し内部には『聖剣激闘大戦』ザイール総司令官のレアグッズが飾られていた。いまタイガが給仕している食器も、日本の有名陶磁器メーカーと『創世記激闘大戦』コラボのティーカップセットだ。
「遼がポーカーフェイスを崩しだしたのが大学1回生夏ぐらいからだから、あの当時から付き合ってたのか。俺たちにも気づかせないなんて、凄い神経使ったんだろうな」
「執着愛じゃね?いまの形相からして、愛が重いのは遼の方だと見た。婚約者のことはよく知らないけど、今日の演説からして、恋愛に於いてはサバサバを通り越してドライに見えたし。アニメに興味が全振りしてそう」
「柄にもなく遼が薬指に指輪しているから、まさかとは思ったけど、マジで婚約していたとはね。あの答辞読んでた卒業生が遼の恋人なら、苦労しそう。あの名教授のもとで学んだけあって、アニメとマンガ愛が深すぎるオタクの真髄答辞だったな」
「就職組?それとも大学院進学?」
「大学院に進んだら、あの名物教授そっくりになりそうだな。アニメ熱血漢の権化って感じ?」
『聖剣の騎士団』の連中は大笑いする。名物教授とは、今も語り継がれるザイール総司令官葬儀で演説した桜井教授のことで、あれを期にテレビやネット配信からアニメ考察コメンテーターの仕事が業界から本業活動に支障をきたすほど舞い込んでいる。
「遼の甥っ子君からも話を聞きたいな。普段の遼って、どんな感じ?」
『聖剣の騎士団』連中は、タイガに話題を振る。姿を変える魔法を使っていたタイガだが、地球人のときの自信なさげで儚げだった晴川悠一と、いまの陽気で物怖じしないタイガが違い過ぎるので、仮に晴川悠一本人の顔をしていても気づかれなかったのではあるまいか。
「鬱陶しい粘着質のストーカー愛ですよ。恋人の花蓮さんに言い寄ろうものなら、その男を三枚おろしにしかねない執着ぶりです」
タイガはここぞとばかりに、遼の重たい愛情遍歴を語り『聖剣の騎士団』を爆笑させた。そこへ関係者との雑談を終えて訪ねてきた瀧宮会長が訪ねてきた。普段、仕事終わりが在京なら愛妻のもとへ直帰だが、遠方出張中はホテルから転移して都筑家で寛いでいる。今回は花蓮の卒業祝い持参でやっきたのに、留守なのは残念だ。
『聖剣の騎士団』の話題に瀧宮会長も加わって、遼がどれだけ恋人に迷惑をかけているかのエピソードに花を咲かせた。
(親父とタイガ、あとで覚えてろ。特にタイガ、おまえには明日から手加減一切無しの地獄の特訓をつけてやる)
遼は油を出して、唐揚げやエビフライ、チーズ巻牛カツ、自家製クリームコロッケなどを揚げながら胸に誓った。
10.愛されし者
謝恩会という名のオタ活講座を花蓮が中座して、トイレへ行った。用を済ませてトイレのドアを開けると、そこは洗面台ではなく、霧深い森の中に広大な湖があった。霧は出ても明るく、霧そのものにも七色のピンポン玉のような光が沢山浮いて動き回っている。よく見るとそれらは小さな妖精だった。
「異世界の稀有なる者よ。妾はそなた様な者が現れるのを待っていた」
純白の中世ドレス、黄金の髪は地面に届くほど長い美女。普通の人間と違うのは、背中に大きな透明な羽があることか。
「ここ、地球だよね。地球だけど、地球に隣接する聖域エリア。地球本体から避難した妖精や幻獣の避難所」
花蓮はさしたる驚きもなく、地球であって地球とは趣の異なる時が止まった世界に何の驚きも感慨もなく答える。こうした聖域は、セントクリア世界にもある。興味がないので行く気も無いが。
「ここはアヴァロンじゃ。私は湖の貴婦人モーガン・ル・フェイ。そなたに頼みがあって召喚した。いま地球が瀬戸際まで追い詰められているのは、そなたも存じているだろう。地球や人間に溜まった負の澱を、これで祓ってもらいたいのじゃ」
モーガン・ル・フェイは両手で、赤い鞘にドラゴンの金模様が施された長剣を掲げていた。
「エクスカリバー、また聖剣かよ。間に合ってるので、他をあたって」
せっかくアニメ談義と酒で心地よくなっていたのに、花蓮の機嫌は一気に急降下となる。
「そこを何とか!そなたが『理の破壊者』であり、『聖剣に愛されし者』なのは存じておる。そなたしか、この地球を守ることは出来ぬのだ!」
「そこまでお詳しいなら、私の評判も存じてますよね?私は人から何かを押し付けられるのは大嫌いだし、気に入らなければ世界丸ごとぶち壊せる破壊者だと言うことも。他を当たって下さい。それとも手始めに、このアヴァロンを粉々にしてやりましょうか?」
花蓮が不機嫌丸出しに脅すと、モーガン・ル・フェイは綺麗な涙を流しながら湖へ消えていき、花蓮の世界も元の大学化粧室へ戻った。
「ったく、なに勘違いしてるんだか。人1人が人柱になったところで、現場や未来を選択するのは、この地に生きる生きとし生けるものの裁量なんだと、浮世離れした神に近い存在には、そんな簡単な理もわからないのかしらねー」
花蓮は飲み直そうと、謝恩会会場の大学小ホールへ戻って行った。
…その後も花蓮は地球上の世界各国の聖剣封印者(神に近い妖精や精霊、神の眷属)に召喚されるが、ことごとく跳ね除け、逆に相手が震え上がるぐらい追い詰めた。
「私は聖剣ホイホイじゃないっていうのー。粘着されるのは遼だけで充分」
…そして花蓮は4月1日から就職し、念願の公私ともにアニメとマンガの世界に浸れる、キツい仕事もあるが手応えと充実感のある日々を過ごした。
2年後の遼と約束は果たしたか?
もちろん、一度した約束を花蓮は守る。それに滝宮芸能プロダクションで辣腕を振るう滝宮遼社長との地球での結婚は、花蓮が属する滝宮アニメ制作会社にとっても大きなメリットがあった。
更に仕事は多忙を極め、私生活でもすれ違いが多いなか、「俺と仕事のどっちが大事だ!」とたびたび遼の不興を買うが、知ったこっちゃない。花蓮にとって大事なのは、仕事とオタ活なのに変わりはない。
地球での約束は守ったのだ。花蓮は新たに自分が選んだ宝石飾りのない地球産のシンプルな結婚指輪をはめて、アニメ世界にどっぷり浸かった人生を謳歌した。
子供?それは滝宮遼、滝宮花蓮が地球での人生をリセットしてセントクリア世界へ一時帰還するまで、お・あ・ず・け。
聖剣トリガークリスタルが去り、皇帝一族が辺境に追いやられ軟禁された後、上級貴族が相次いで独立宣言し、暫定連盟国となった北の大陸。
新たな皇帝になろうと、聖剣スカイドラゴンを求めて旅立った大貴族達は遂に帰ってこなかった。
上級貴族全員が野心家だったわけではなく、使命感でもって絶壁の地へ向った者も多い。だがその使命感を別な形で発揮する高位貴族も居た。北の大陸に残るのを選択した公爵や侯爵らは、聖剣トリガークリスタルの守護を失い、例年にない寒波に苦しむ領民を懸命に守った。その中に、エディング侯爵という者が居た。
エディング侯爵は自領の領民ばかりか、領主を失って凍死寸前の他の領民を自ら率先して助けに行き、自領に保護した。その崇高な志に感化されたエディング侯爵の子息子女はもちろんのこと、彼を慕う伯爵、子爵、男爵らが次々と、危機に瀕した他の領民を自領へと迎えに出向いた。
食糧は切り詰めても足りなくなる一方だったが、エディング侯爵は他の領民を助けつつ、魔力を振り絞って、雪深く凍てついた畑から作物を集めた。エディング侯爵は家族や領民に食糧を分けるため、ほぼ絶食状態で昼夜を問わず救援に向った。そんな無茶をしては、いくら魔力量の高い侯爵とはいえ限界が来る。その日もボロボロな体にムチを打って、とある公爵領へ救援に向かい、到着した途端に倒れた。極寒の吹雪の中で、意識が朦朧としていく。
(ああ、もう駄目か。誰かが聖剣を持ち帰ってくれたら、北の大陸は救われるのに)
そして意識を失いかけた直前、不意に右手が暖かくなった。今際の際の幻覚かと思ったが、凍傷で指1本動かせなかった右手からドクドクと全身に魔力が巡りだすのを感じる。そして感覚を取り戻し、全身を覆い尽くすように積もった雪を払い除けて起き上がったエディング侯爵の右手には、いつの間にか氷のような長剣が収まっていた。
「儂は聖剣スカイドラゴン。真の主の命により、おぬしをソードマスターとして認める。さあ、立ち上がって儂を天に掲げよ」
エディング侯爵は都合のいい夢を視ているのかと思ったが、無意識に立ち上がると、猛吹雪の中で長剣を掲げる。途端に眩い閃光が北の大陸全土を覆い尽くした。一瞬にして吹雪が止んで、凍てついた大地から雪が消えた。真冬にも関わらず、黒い大地から一斉に芽吹き、早送りで成長していく。
そして次の瞬間には春の温もりの中、凍死した森が蘇った。空には鳥や魔獣が飛び交い、森には鹿や狼が駆けていく。畑は真冬だと言うのに、麦やジャガイモや苺をはじめ、北の大陸では滅多に食べられない西瓜やメロン、噂でしか聞いたことのないバナナまでも収穫期を迎えている。
「夢…?」
「疑うなら、そこに実っているオレンジでも食べたらどうだ。まったく、この儂が犠牲的精神の持ち主を主にするとは、堕ちたものだ」
右手に握っている長剣がため息をつく。
エディング侯爵の腰には、いつの間にか長剣を収める鞘がベルトに挟まっていた。エディング侯爵は聖剣スカイドラゴンを、長剣と揃いの氷のような色の鞘に収めた。隣にいつの間にか生えていたオレンジの木に驚きつつ、食べ頃の実を採って皮を剥き、エディング候爵は口に入れる。口いっぱいに広がる甘く濃厚でありながら爽やかな味。そういえば温室のオレンジの木も久しく実らなかったが、これほど甘く美味しいオレンジは人生で初めて食べた。
「本物…!」
エディング侯爵は夢中になってオレンジを頬張る。久しく感じていなかった満腹感を得ると、周囲の歓喜に気づく。畑では公爵領の多くの領民が、はしゃぎながら作物を収穫していたのだ。
「貴方は、本当に聖剣様なのですか?」
絶壁の地にあるという言われていた、主を持たぬ伝説の聖剣スカイドラゴン。それがどうして、何故、自分がソードマスターに選ばれたのか、思考が追いつかない。
「混乱するのも分からなくもない。儂とて、まさか北の大陸を守護する羽目になるとは思わなんだ。まったく、元凶の聖剣トリガークリスタルも忌々しいが、真の主の逆鱗に触れるのは二度と真っ平御免だから仕方がない」
「貴方様を遣わして下さった、真の主とはどのお方なのですが?」
絶壁の地へ赴いた親交のある貴族は何名か居た。彼らが聖剣スカイドラゴンを遣わしてくれたのだろうか?
聖剣スカイドラゴンは、ソードマスターの思考を読み取って否定する。
「違う。絶壁の地へやってきた北の大陸の者は、殆どが息絶えた。数少ない生存者も重傷を負って、北の大陸へ戻るのは何時になることやら。その生存者も、儂の真の主によって生存者全員が西の大陸へ脱出し、助かったようなものだがな」
「北の大陸を救ってくださった、真の主様の名を教えてください。何としても、その救世主様に御礼を申し上げなくては!」
「この世界には、もう居らぬ。だがその伴侶は、南の大陸にいる。南の大陸の皇帝に書簡を送れば、感謝の意は真の主へ届くだろう。真の主の名は、都筑花蓮。元の名は、アリアルイーゼ・グレイ伯爵令嬢。おぬしは直ちに南の大陸の皇帝と連絡を取り、皇帝を介して、儂の真の主へ約束を果たしたことを伝えねばならない。そうしないと、儂の身が危うくなる」
腰に下げた聖剣スカイドラゴンから、悪寒が激しい恐怖と共にエディング侯爵にも伝わってくる。エディング侯爵は、聖剣スカイドラゴンがどのようにして屈服させられたまでは分からなかったが、急を要する事態なことだけは伝わってきた。
「今すぐ、南の大陸の皇帝へ書簡を送ります」
エディング侯爵は自邸に転移すると、書斎に駆け込んで迅速かつ丁寧な挨拶と心からの謝辞を綴り、南の大陸の皇宮へ書簡を転移させた。エディング候爵領でも、同じく豊かな実りに歓声を上げる領民の声が、板戸を打ち付けた寒さよけの二重窓越しからも聞こえてくる。
エディング候爵は板戸を引き剥がし、窓を開けた。芳しい花の香りが鼻腔をくすぐる。歓喜に満ちた声は人々からだけでなく、空を舞う鳥や、農場を駆け巡る犬や家畜からも聞こえてくる。温かな日差しの下の豊かな緑に見惚れていると、机の上の魔法陣が輝きだし、細長い立派な留め具付きの箱が届いた。中身は、先ほど送った南の大陸からの返信だった。
南の大陸のアリオス皇帝から、聖剣スカイドラゴンのソードマスター就任への祝いの言葉と、都筑花蓮への伝言確かに承ったことが記された、精巧な文様入りの高価な紙の書簡が入っていた。いの一番に聖剣スカイドラゴンが、エディング候爵をソードマスターに選んだことも都筑花蓮へ伝えると付け加えられている。
その間、聖剣スカイドラゴンは南の大陸の聖剣アースブレーカーと聖剣トリガークリスタルの爆笑が伝わってきて、屈辱にワナワナと震えたのだった。
その日のうちに、北の大陸に残った全貴族がエディング侯爵邸を訪問し、最大の感謝と忠誠を誓った。
聖剣スカイドラゴンは、氷のような見た目に反して、寒さが嫌いだった。だから北の大陸でありながら、南の大陸までとはいかなくても、温暖な気候を保つことを宣言した。北の大陸の人々も、1年の殆どが雪に覆われた気候に辟易としていたので、聖剣スカイドラゴンの意向には諸手を上げて賛成した。
北の大陸の貴族は満場一致でエディング侯爵を皇帝に指名し、皇国の名もスノーファントムから、スカイドラゴン皇国へと改名した。
エディング皇帝の意向で復興を最優先にしたため、戴冠式は1年後の『復活節』と名付けられた聖剣スカイドラゴンがこの地に降臨した日に行われた。列席者には、東の大陸の王太子、西の大陸は連合国代表としてカルサイト王国の国王が出席。そして南の大陸からは元帥にして聖剣アースブレーカーのソードマスター、リョウ・ザイール・ロータス大公が参列した。元帥は亜麻色の髪の婚約者を伴っており、その女性を見るなり聖剣スカイドラゴンは、「ギャー、出た!」と厳粛な戴冠式で絹を裂くような悲鳴を上げたのだった。
戴冠式終了後、聖剣スカイドラゴンは花蓮から「人を化け物扱いするな!」と、長い説教をされたのは言うまでもない。
2.華麗なる最期
桜が今年も3月末には満開を迎えた。満開宣言が出たこの日、私立一粒万倍大学の大講堂で、大規模な葬儀が行われた。弔われたのは、サーシャ・ザイール。『創世記激闘大戦』の他星系侵略連盟総司令官だった2次元のキャラクターだ。
私立一粒万倍大学で葬儀が行われる2日前、隔週掲載のマンガ雑誌、春の特大号で荒廃した地球を占拠していた他星系侵略連盟団は、地球帰還連合軍に敗れた。ザイール司令官は、その号でヒーロー赤石大河と激闘の末に戦死したのである。
地球を占拠した他星系侵略連盟は、母星が砕け散って還る場所のない、いくつもの星の流浪の民が集まって構成された。
荒廃はしているが再生の見込みがある地球を奪った他星系侵略連盟は、方方の星の技術によって、地球の絶滅した植物や生物を再生させ、汚染された海を浄化して絶滅した海洋生物も蘇らせた。昔の緑の大地と青い海を取り戻した地球で、ようやく安住の地を得た他星系侵略連盟の人々だったが、地球帰還連合軍の核兵器使用急襲により、その半数が緑の大地と共に消失した。
ザイール総司令官は直ちに軍を編成したが、地球帰還連合軍に圧されていく。ヒーロー赤石大河とザイール総司令官は一騎打ちの末、無敵のザイール総司令官は赤石大河にとどめを刺した。ザイール総司令官は核兵器が使用された際、バリア装置を作動させたが、そのときに重傷を負っていたのだ。
絶命の直前、ザイール総司令官はヒーロー赤石大河に息も絶え絶えに言う。
「母星が残ったおまえ達には分かるまい。だが、地球とて何度も核兵器を使われたら、いずれ再生能力どころか、ボロボロに砕け散るぞ。我が故郷、ハーキマー星のように」
そして戦死したザイール総司令官の肉体は、青いクリスマスローズへと変化する。ザイール総司令官は、人間よりもエルフや妖精に近い存在だった。
「俺たちは、なんて愚かな真似を…」
ヒーロー赤石大河は、荒廃した地で咲く青いクリスマスローズの前に跪いて慟哭。ここで春の特大号雑誌の話は終わった。
雑誌発売日午前零時、『創世記激闘大戦』最新号を読んだ読者から、ネットでザイール総司令官を悼む声が続出する。
私立一粒万倍大学文学部アニメ・マンガ研究科の桜井教授は、『創世記激闘大戦』を掲載する雑誌社へ朝一番にザイール総司令官の葬儀許可を申請し、雑誌社と漫画家の許可を得る。そして学長に大講堂の使用許可を貰うと、在校生および卒業生に『創世記激闘大戦』サーシャ・ザイール総司令官の葬儀の準備を呼びかけた。
花蓮をはじめとする『創世記激闘大戦』オタクの在校生及び卒業生は直ちに桜井教授のもとへ集結し、葬儀の準備に取り掛かった。
私立一粒万倍大学のアニメ・マンガ研究科の卒業生は、その業界へ就職した者が多い。そうした縁で私立一粒万倍大学で行われるザイール総司令官の葬儀の話は、あっという間に日本中を駆け巡り、葬儀参加を希望する一般ファンが殺到した。だが一般人を受け入れては収拾がつかなくなるため、葬儀参列は私立一粒万倍大学の在校生及び卒業生のみに限定された。
『創世記激闘大戦』の出版社にも、ザイール総司令官の葬儀主催を求める声が殺到、アニメ会社を巻き込んでの緊急会議が行われた。その話を聞きつけた滝宮総合化学株式会社の瀧宮会長がスポンサーを名乗りを上げて、東京スペシャルドームを借り切って、雑誌社とアニメ制作会社公認のザイール総司令官葬儀が行われる事が決定した。
その試金石として、私立一粒万倍大学主催のザイール総司令官葬儀は注目を集めた。一般人の参加禁止を掲げた大学側も、特例として雑誌社とアニメ会社関係者の参列が認め、『創世記激闘大戦』の漫画家と最大手スポンサーの瀧宮会長も参列者に名を連ねた。
私立一粒万倍大学の大講堂は、美術学部ディスプレイ科の生徒によって、多様な青い花と白のカスミソウと共に、本物の木々から採取した様々な種類の緑の葉で飾られた。
青い花は一般人ファンの需要も高まっていたため全国的に品薄で、一粒万倍大学美術学部の生徒らが中心となり、総出で造花の青い花を制作。アニメ・マンガ研究科の生徒は白い花を青く染める作業に没頭し、大量の青い花が出来上がった。
雑誌社と漫画家の許可を得て、アニメの一部からコピーした正装のサーシャ・ザイール総司令官の巨大な遺影を制作すると、葉付きの青いバラと白いバラで遺影は縁取られて大講堂の舞台に飾られた。復興した地球をイメージした、春の野山を模した祭壇が設けられ、葬儀会社から黒い棺を購入し、そのなかに桜の花びらを敷き詰める。美術学部の教授渾身作の青いクリスマスローズ1輪が本物の桜の花びらの褥にそっと置かれた。
参列者のドレスコードは喪服、もしくはそれに準じた服装。
静粛な葬儀は、アニメ・マンガ研究科の桜井教授の哀悼の演説からはじまった。それはサーシャ・ザイール総司令官の偉業と、平和への訴え。熱弁を奮う桜井教授は、サーシャ・ザイール総司令官の重症オタクでもあったので、花蓮をはじめとするザイール総司令官推しの在校生及び卒業生は、教授の言葉に号泣する。
その後は大学関係者、特別葬儀参列者、在校生、卒業生の全員の順で献花台に花を供えた。舞台に献花台を設置するのは参列者の人数的にも無理があったため、献花台は舞台下に設置された。
列席者は先ず舞台に上がり、亡骸に見立てた青いクリスマスローズの入った棺に一礼してから舞台を下りて、それから献花台に花を供えて遺影に敬礼して席に戻る流れとなった。献花は列席者がそれぞれ用意、もしくは大学側が用意した青いバラの造花が配られた。花蓮は白いトルコキキョウを献花に選んだ。花言葉は「永遠の愛」。
列席者もそれぞれがザイール総司令官に相応しいと考えた花を供花し、献花台は色とりどりの花でいっぱいになる。大講堂は広いが優先入場は、特別列席者の漫画家や雑誌社、アニメ会社の面々。それから葬儀準備に携わった者たち。残りの席は先着順となったため、大講堂の外にも在校生、卒業生が列をなして献花を待っていた。
「フィクションにここまでやるかねー」
姿を消す魔法で大講堂に紛れ込んだ滝宮遼は呆れ果てる。その隣では、最近やっと異世界トリップを習得したタイガ・アカイシ・グレイが、やはり透明化魔法で紛れ込んで号泣している。
「ていうか、おまえ、あいつを殺したヒーローのファンなのに、なんで泣いているわけ?」
遼は首を傾げる。
「あなたには、ザイール総司令官の志が分からないのですか!そんな冷血漢で、よく司令官(花蓮)の恋人が務まりますね!」
タイガは涙でぐしゃぐしゃになった顔で遼を睨みつける。国宝級美形と讃えられたタイガの号泣顔は、お世辞にも美しいとは言えなかった。
「いや、普通の感性ならマンガ読んで感動しても、葬式まで行うって無いだろう。マジで有り得ないというか、親父もドーム球場をアニメキャラのために押さえるって、花蓮のオタク毒が回ってるよなぁ」
遼は自分の父親に呆れ果てる。ちょうど舞台上で、瀧宮会長が深々と棺に一礼しているところだった。
「僕も参列してきます」
いつの間にかタイガは、この世に存在しない青いクリスマスローズの生花を持っていた。造形魔法で作り出したのだろう。彼は献花の列に紛れ込む。
「ここの奴ら、重症だな」
遼はため息をついた。少なくとも分かった事がある。花蓮の重症オタクは花蓮が特殊なのではなく、この大学の関係者をはじめとして、オタクという人種は理解しがたい変わり者だってことだ。
…この2人の侵入者行為が、後に大騒動の発端になるとは、このとき誰も思っていなかった。
3.伝説の男
私立一粒万倍大学大講堂のサーシャ・ザイール総司令官の葬儀模様は、民放一社によって生中継された。レポーター参加は無しの、カメラマン1人のみの中継。このカメラマンは、私立一粒万倍大学卒業生だった。
献花終了後は、非公認・ザイール総司令官敬愛楽団の演奏、ラフレシア腐人作詞作曲編曲ボーカルの事前録音曲で幕を閉じた。
ラフレシア腐人こと早瀬紗耶は、ザイール総司令官のための哀悼曲を作成し、吹奏楽サークルの演奏で渾身を込めて歌った。この歌は、サーシャ・ザイール総司令官の葬儀のためだけに作ったので、当初は一般発売を考えていなかった。しかしテレビカメラが入ったことで世間に知れ渡って反響を呼び、急襲発売が決定された。
「困ったことになったなぁ」
都筑家のダイニングテーブルで、イタリア式本格派カルボナーラパスタを食べる瀧宮会長は、ため息混じりに呟く。
テーブルにズラリと並ぶイタリアン料理は、瀧宮総合化学株式会社参加のレトルト食品事業部が制作した試験段階のレトルト・イタリアンフルコースで、その感想を調査するために、花蓮達に試食させていたのだ。アクアパッツァ、ドルチェ、ビザなど種類も豊富だ。
「まさか、テレビに映っていたとはねぇ。遼、アンタの責任ね」
花蓮はエスカルゴの壺焼きを白ワインで食べながら、遼を批判する。
「なんで俺が?」
「だって、タイガに透明化魔法をレクチャーしたのは、遼なんでしょ。テレビカメラに映り込むって、有り得ないんだけど」
「俺はコイツにやり方を完璧に叩き込んだぞ。ミスったのは、この馬鹿のほうじゃないか!」
遼はフォークに突き刺したミラノ風カツレツを、斜め向かいに座るタイガに向ける。
「すいません、すいません!」
シーザーサラダを食べていたタイガは、カトラリーを置いて頭を下げる。ちなみにこのシーザーサラダだけはレトルトではなく、遼の手作りだ。レトルトサンプルを見るなり「野菜が足りない!」と、遼が即席で作った。
タイガと瀧宮会長の背後のリビングを占める巨大テレビからは、私立一粒万倍大学主催のサーシャ・ザイール総司令官の葬儀の録画が流れていた。だが問題となっているのは、マンガキャラのための倒錯的葬儀の模様ではない。棺に一礼するタイガの姿が半透明ながらバッチリ映り込んでいたのだ。生前より若返った姿なのは、『願望の宝石』を食べたとき、無意識に花蓮と同じ歳になりたいと願ったからである。喪服に身を包んだ晴川悠一の美貌絶頂期の姿は、ネットでも多く取り上げられている。
各テレビ局は、生放送した民放テレビ局から映像を借りて、特集で晴川悠一の心霊映像を検証していた。晴川悠一が『創世記激闘大戦』のファンだったことは関係者から明かされていたので、ザイール総司令官の葬儀に化けて出てきたという声と、有名大学教授による「合成画像だ」という声で、コメンテーターの意見は真っ二つに割れた。
瀧宮会長がリモコンで別チャンネルに変えると、他の番組では「晴川悠一の遺体は何処に?」を全面特集していた。
「あー、これってもう遺体をどっかから出さないと収拾つかない感じ?」
花蓮は頭を抱える。指一本なら、野生の猿の遺骸から失敬した指を使って、タイガの遺伝子や形状をコピーすることが出来た。だが人1体分となると、野生の熊かゴリラの遺骸を探してきてコピーしなくてはならない。不可能ではないが、魔術操作を考えると面倒くさい。そもそも花蓮は破壊は得意だが、造形や創造系の魔術は苦手なのだ。
「コイツにやらせればいいだろ。造形魔法スキル持ちなんだし、医学部目指してたぐらいだから、簡単だろ?」
遼は提案する。
「自分の遺骸のコピーですか。気が進みませんが、まあ自分のやらかした事なので、責任は取ります。時間経過からして、白骨だけで充分ですね」
タイガは深いため息をつく。誰が好き好んで、自分の白骨死体を作りたいものだろうか。
「無理に作らなくても良いと思うがね。晴川悠一は伝説の人物になった、それで構わないんじゃないか?」
「そうは言うけど親父、もしも今回の幽霊騒動がなければ、それも有りだったかもしれない。けれど世間が忘れかけていた頃に幽霊が出てくるのは、どうかと思うぞ?」
「でも人の噂も七十五日と言うし、放って置いてもいいかも。ただ晴川悠一の墓がないのは、ファンからすると寂しい限りだろうね。死亡はほぼ決定としても、指のコピーだけじゃ葬式も出せないから」
フィクションのサーシャ・ザイール総司令官が立派な葬儀を出してもらえたのに、実在した晴川悠一は葬儀どころか墓もないのは寂しいかもしれないなと、花蓮は思う。
「だが白骨死体というのも美しくない。いっそサスペンス定型の脂漏になって発見とかはどうかね?」
「親父、楽しんでいるだろう。そもそも首つった奴の脂漏なんて、おぞましい限りじゃないか」
遼はここへ転移してきた時の晴川悠一の絶命寸前の姿を思い起こす。アレは酷かった。国宝級美形なんて欠片さえ見出せない悲惨な姿だった。
「そう言えば、タイガの実母につけておいた幽霊をまだ消してなかったわ。そろそろ解放してあげてもいいかも?」
花蓮はタイガの着ていた服に、晴川悠一の実母にのみ視える幽霊を付け、絶対に気が狂わない無限恐怖を味合わせる罰を施していたのだ。
「おまえ、どんなイタズラ仕掛けたんだよ」
花蓮のことだ、容赦のない仕返しをしたに違いない。遼は断言できた。
「美しい終わり方って、難しいわね。はるか昔の名作劇場ってアニメシリーズってさ、大抵が感動的に終わっているけど、原作は殆ど最後が湿っぽい終わり方なのよね。講義でアニメを観てから、その後の原作のオチを知らされたわ。教授の結論は、ファンの熱烈な要望があっても、原作者が無理矢理捻り出したストーリー展開に夢はないってこと」
「それ、ザイール総司令官の哀悼演説した教授の講義?」
タイガは興味を示す。あれほど白熱した演説を聞いていたら、女装してでも私立一粒万倍大学アニメ・マンガ研究科へ入学したいと本気で思ってしまった。
ちなみに同じ事を考えた者はタイガだけではない。男子受験生は入学資格自体がないので涙を飲んだが、翌年の女子受験生の私立一粒万倍大学への受験者数は過去最高の倍率だったらしい。
「なら最初から仕切り直せばいい。終わりを首吊りではなく、病死に変えればいいのだ。標高の高い山から、氷漬けの美しい遺体が発見されたオチはどうだ?」
瀧宮会長は名案だとばかりに瞳を煌めかせる。
「あー、それって、ある名作劇場の物語のラストがそんなだったわ。でも秋に亡くなったのに国内で氷漬けの遺体なんてーあっ、そうか。別に標高の高い山から発見されなくても良いのよね。葬祭場の安置所とか」
「誰が葬祭場に運んだんだって話になるじゃないか。白骨が一番お手軽でいいだろ」
「定型通りに考えるから、ややこしくなるのよ。でも葬祭場や病院だとご迷惑がかかるから、警察署なんてどうかしら?」
「それこそ警察が可哀想だろ。日夜、国民のために頑張ってくれているのに。いっそ七不思議に乗じて、桜の木の下から死にたてホヤホヤの美しい遺体で発見されればいいんじゃないか?」
遼は投げやりな発言をしたが、「それだ!」と花蓮と瀧宮会長は同時に叫ぶ。
「私もまだまだだわ。定型に囚われすぎていたから、自由な発想が得られなかったのね」
「タイガ君が本物の伝説になれる、いい機会だ。遼、おまえにそんな発想が出来るとは、父さんも鼻が高いぞ」
「あのー、僕は伝説になりたくないんですけどー」
「つべこべ言わない!」
タイガの反論を、瀧宮会長と花蓮は封じる。セントクリア世界からの異端な移住者同士、2人とも地球の理からぶっ飛んでいる。遼とタイガが初めて結託して純粋なセントクリア人2名の説得にかかったが、すっかり面白がってる瀧宮会長と花蓮の暴走は止まらない。
…そして晴川悠一は伝説の人物となった。
数社のマスコミへ匿名の電話があり、半信半疑でテレビ局がカメラマンとレポーターを某県の桜の名所に派遣したところ、晴川悠一の美しい遺体が花びらに埋もれるようにして発見された。『創世記激闘大戦』のザイール総司令官そのものの格好をした晴川悠一は小指が一本ない代わりに、胸の上で組んだ手の下に1輪の青いクリスマスローズを忍ばせていた。
テレビ局はその様子を生中継しており、今にも目覚めそうな国宝級美形の眠るような姿に、晴川悠一ファンだけでなく、生中継を観ていた人々は落涙する。
駆けつけた某県の警察署に運ばれ、鑑識の結果、晴川悠一本人と断定された。晴川悠一の遺体は養父に引き取られたが、晴川悠一を起用していた各スポンサーと第一発見に貢献したテレビ局の申し出により、滝宮東京体育館にて、盛大な葬儀が行われた。
そのディスプレイの指揮を任されたのが私立一粒万倍大学で、サーシャ・ザイール総司令官の葬儀とそっくりの祭壇や体育館の飾り付けが、テレビ局と契約している舞台装置専門のプロの手を借りて行われた。
違っていたのは、献花ではなく晴川家の菩提寺系列の僧侶八名による読経の中での焼香。晴川悠一のイメージに沿った遺影を縁取るのは白いバラやカスミソウなどをはじめとする葉付きの白い花。遺影は合成で作られたザイール司令官の騎士正装姿で佇む等身大の晴川悠一パネルだったこと。
晴川悠一が所属していた事務所は潰れていたため、瀧宮会長が興した滝宮芸能プロダクションが取り仕切り、晴川悠一縁の芸能関係者の多くが参列した。親族席には、喪主を務める養父の他は異父弟及び悠一の実父と実母と養父の親戚が座ったが、実母の姿はない。ようやく幽霊から解放された実母は、やっと狂気の世界へ入ることが出来て、いまは専門病院に隔離されている。一般参列者は、当時のファンクラブに在籍していたファンの他、私立一粒万倍大学のディスプレイに携わった有志の者たち。そこには神妙な顔をしつつも笑いを堪えている花蓮も混じっていた。
ホールに入れなかった多くの一般人ファンは、サーシャ・ザイール総司令官の大学葬儀同様、ホールの外に設置されたコスプレ遺影と献花台に様々な花を供えた。
秋から行方不明で、発見された指から死亡が断定された晴川悠一がコスプレをして、死後数時間の姿で発見された謎について、医学会、ミステリー界、多くのマスコミが長く討論を繰り広げた。晴川悠一の死因は、くも膜下出血と鑑識は発表している。
「酷い!僕はヒーローの赤石大河推しなのに!みんなが僕をザイール総司令官推しだと勘違いしている!」
今度こそ完璧な透明化魔法をマスターして自分の葬儀に参列したタイガは、皆が死を悼んでくれていることよりも、自分の推しが誤解されているのを嘆いていた。
「別に構わないだろ。おまえ、花蓮のことを司令官って呼んでいるんだし」
「それとこれとは話が別です!オタクトーク仲間の皆だって、首を傾げてるじゃないですか!」
葬儀には『創世記倶楽部』の面々も参列しており、涙を流しつつも「大河君、熱烈ヒーロー推しだったよね?」と小声で囁やき合っている。花蓮は「ザイール司令官の最期を読破して、きっと宗旨替えしたのよ。だって地球帰還連合軍のやり方は酷かったじゃない?」とデマまで流していた。
「酷い、こんな裏切りは屈辱だよ!花蓮さんは、僕で遊んでー」
「おまえが花蓮を名前で呼ぶんじゃない!」
メソメソと愚痴を零すタイガの頭を、遼はおもいっきり叩いた。
4.GWドーム模様
『聖剣の騎士団』は日本列島ドームツアーを行っていた。御嶽リョウの引退ツアーライヴとあって、チケット争奪戦がファンクラブに入っていても激戦だった。メンバーは宣言通り、各地で精一杯の歌とパフォーマンスを披露する。
だが5月に入ったばかりのGWの最中、北海道でのリハーサル終了後の控え室の御嶽リョウは、いつになく不機嫌だった。
「今日って、東京スペシャルドームでサーシャ・ザイール司令官の葬儀なんだよね。俺もツアーがなければ行きたかったなぁ」
『創世記激闘大戦』ファンの富士森タツヤがボヤくと、殺気をみなぎらせてリョウが睨みつける。
「俺の前で、『創世記激闘大戦』の話をするんじゃねぇ!」
リョウがますます不機嫌になったので、メンバーは黙り込んだ。
その後、タツヤとジュンが連れ立ってトイレに行ったとき、「あんな不機嫌になるなんて、リョウもやっぱりザイール司令官の葬儀に行きたかったんだろうなぁ」と互いに頷き合いながら、盛大な誤解をしたのだった。
この日、『創世記激闘大戦』を掲載をする出版社とアニメ制作会社主催で、他星系侵略軍総司令官サーシャ・ザイールの葬儀が行われた。
会場入りできるのは、高倍率のチケット購入者のみ。入場者特典として、香典返しという名目のザイール総司令官スペシャル特集が原作マンガバージョンとアニメバージョンの2冊、それから青いクリスマスローズを手に持つ正装姿のザイール総司令官のミニ遺影がセットとなって渡された。
ドームの飾り付けはプロが行ったが、私立一粒万倍大学での葬儀内容が高評価を得ていたため、そのコンセプトを借りてドーム中は様々な青い花と緑の葉で覆われた。ステージに作られた祭壇も私立一粒万倍大学の規模よりはるかに大きいが、同じデザインが採用され、巨大遺影の画像は原作漫画家がこの日のために描いた姿だったもの。しかし額を縁取るのは大学葬儀と同じく葉のついた青いバラと白いバラだった。
黒い棺には、時期が過ぎた桜の花びらの代わりに薄桃色と白のミニチュアローズの生花の花びらが棺を満たし、青いクリスマスローズが1輪、その中央に横たわる。この造花のクリスマスローズは、私立一粒万倍大学の葬儀で使われたものを借用した。
東京スペシャルドームでの葬儀終了後、実際の使用された棺と小規模に作り直した祭壇と遺影は、都内の滝宮総合化学株式会社所有の小ホールに展示され、入場無料で1週間の献花と記帳を受け付けた。棺は東京にしか無いが、祭壇と遺影と献花台は全国主要都市にも設置された。
大学葬儀と違うのは、対局にセッティングされたステージで、ここでは楽団を従えたラフレシア腐人をはじめ、ザイール総司令官追悼歌を作詞作曲したアーティストのライヴが捧げられたことだ。プロ、アマ問わずにザイール司令官追悼歌を作ってネットに流す者は多く、その中から厳選して選ばれたアーティストが今回の追悼ライヴ参加に選ばれた。アマチュアも混じっていたが、殆どが一流アーティストだったので、このライヴだけでも観たかったファンは多いだろう。
献花出来るのはアリーナ席獲得者の特権で、花は持ち込み禁止。しかしドーム売店エリアに様々な花屋が臨時出店しており、自分好みの色や花を購入出来た。花屋はそれぞれ愛に関する花言葉を掲げた看板を立てて売っていたが、やはり一番人気は青く染めた薔薇で、それを専門的に扱う花屋はあっという間に品切れを起こして客からの非難が相次いだ。加工生花のため、追加増産が出来ないのが難点だった。
「永遠の愛」を意味する白いバラや白いトルコキキョウ、「貴方を愛している」の赤いバラや胡蝶蘭、「貴方だけを見つめている」ヒマワリなど、それぞれ愛に関する花言葉を持つ花が、1輪ごとにラッピングされて青いリボンが結ばれている。スタンド席の参列者は、見知らぬアリーナ席の客に声をかけて購入した花を代わりに託す者も多く、臨時出店の花屋は飛ぶように売れていくため、葬儀開始時間まで裏方で花の追加に忙殺された。
花蓮はスタンド貴賓席に瀧宮会長の隣に座る。タイガの姿がないのは、自分の葬儀でザイール総司令官推しと誤解された反抗心からだった。
「改めて見ると凄いものだな。アニメ業界へ、やはりウチも本格的に乗り出してみるか」
参列者一同が喪服参加のドーム内の雰囲気は圧巻もので、瀧宮会長は頭の中でソロバンを弾いている。
「全てのアニメが当たるとも限りませんから、無闇に手を出すのはどうかとも。しかし哀悼演説にウチの大学の教授を起用とするとは思いませんでした。桜井教授、新たに演説文を書き直したんですよ。批評を学生に聞かせて、修正に修正を重ねた大学葬儀以上の渾身作になっています」
祭壇の両脇にセットされた巨大スクリーンに映される、アニメで使われた音声付きザイール総司令官総集画像を食い入るように見つめながら、花蓮は言った。この編集画像ブルーレイも、後日発売された。
「あの演説は凄かったからねぇ。描いた僕も思わず感動して泣いてしまったほどだったよ」
瀧宮会長の隣に座るのは、今月末に雑誌連載最終回を迎える予定の『創世記激闘大戦』の原作漫画家だった。スタンド席着席の際、花蓮は卒倒するぐらい感激してモジモジしていたので、瀧宮会長が代わりに原作漫画家から直筆サインを書いてもらった。色紙は、もしも原作漫画家に直接会う機会があったらと、花蓮が持参していたものだった。
「反響が物凄くて、生で演説を聞きたいという声が殺到していましたからね。いやいや、一粒万倍大学のアニメ・マンガ研究科の卒業生はウチをはじめとして多くが業界で手腕を振るっていますが、あの教授の元で鍛えられたのなら、それも道理というものか」
「今回のテレビ放映権は、民放各社が争奪戦だったとか。大学葬儀や晴川悠一葬儀を放映したテレビ局とは違うところが今回の放映権を獲得しましたが、あそこはレポーターが素人丸出しでうるさいから心配ですねぇ」
「それにしても、3月末に今日の東京スペシャルドームのゴールデンウィークを抑えてしまうとは、瀧宮会長は相変わらず凄いですよ。既に在京球団のプロ野球開催予定が入っていたにも関わらず、野球を別の球場で行わせる荒業を行使したのですから」
『創世記激闘大戦』の雑誌社編集長やアニメ制作会社社長らが話す。
大学葬儀の話題で貴賓席の大人たちが盛り上がっている中、瀧宮会長の遠縁の娘として貴賓席入りした花蓮は、スクリーン映像を観つつ、一般観客席に座るオタ友とのスマホトークに忙しい。
ラフレシア腐人以外の『創世記倶楽部』のメンバーは、瀧宮会長の特権でアリーナ席最前列チケットで入場している。トークにはラフレシア腐人もドーム外の待機車から参加していた。彼女のライヴはトリを務めるのが最初から決定していたので、待機時間を有効に使えるのだ。皆の話題は「この場に大河(晴川悠一)君も一緒なら、良かったのにねぇ」とのことだった。スマホのトーク画面は、都筑家の自宅からタイガも見ているだろうから、「推しがタイガからザイール総司令官に変わったが、最終回直前の展開でまたヒーローに推しが戻っただろうか」などの内容に、今頃テレビ画面前で喚き散らしているに違いないと、花蓮は心のなかで意地悪く笑う。これでトークにタイガが参戦してきたら、また幽霊騒動で騒がれるだろうか。
ちなみに今回のドーム葬儀に「晴川悠一の幽霊が出てくるか?」も注目を集めていた。
会場の明かりが落とされ、スポットライトを浴びた桜井教授の熱烈な哀悼演説が始まる。既に講義外で何度も聞いているにも関わらず、花蓮は涙が止まらなかった。ドーム中が嗚咽の声に包まれる。
演説終了後に再びドーム内は明るくなり、祭壇向かいのステージのライヴが始まると同時に、献花が始まる。最初は原作漫画家、そして掲載雑誌編集長やアニメ制作会社の関係者一同が献花台に花を供える。大型スクリーンは、ステージ上の遺影と棺の中の青いクリスマスローズに切り替わった。関係者の献花が終わると、アリーナ席の列席者の献花が始まった。
テレビ放映は関係者の献花が終わると、ライヴステージに映像を切り替える。それぞれのアーティストが口パクでない哀悼歌を歌う。どれも秀作だったが、葬儀開始直前に主催関係者が危惧していた通り、テレビ局のレポーターがうるさくて歌が聞こえないと、非難の声が殺到したという。まあこの場合を想定して、ネット配信でレポーターのいない中継を公式制作会社が流していたのだが。
「最初に歌っていたのが、滝宮芸能プロダクション所属の新人アーティストですよね。確かに容姿、声量とも素晴らしいですが…」
献花から戻ってきた瀧宮会長に、花蓮は言う。トップを飾るとは一見華々しいが、関係者の献花を映すためにテレビ放映が無いため、最初の3組までは前座扱いされている。
「問題あるかね?」
瀧宮会長は座席に腰掛け、紙コップ入りのジュースの1つを花蓮に渡し、自分も飲む。献花の帰りに売店に立ち寄って買ってきたのだ。アリーナ席での飲食は禁止されているが、スタンド席の観客は売店で自由に買い食いすることが出来る。
「滝宮芸能プロダクションから出向という形で、リョウの抜けた『聖剣の騎士団』の穴を埋める予定なのが、彼なんですよね。やはり無理矢理、『聖剣の騎士団』を4人にすることは無いと思いますが」
「それはリョウを考えてのことかね、それとも第三者視点から?」
「第三者視点です。ファン心理を考えると、別の人間が入ることで、ファン離れが起きるのではないかと。『聖剣の騎士団』を3人で継続させた方が、一番いいと思いますが」
「セントクリアでも、四大陸の聖剣は1つ変わっても支障が無かったではないか。カナタ(新人アーティスト)も、いま積極的にプロモーションなどに起用して、人気が急上昇している」
瀧宮会長は声を落とす。会場がざわついているとは言え、周囲に会話を聞かれるのはマズイ。
「大陸統治とファン心理を一緒にされてもねぇ。そもそも『聖剣の騎士団』メンバーは年齢的に、アイドルとしては今が頂点かと。それならカナタ君とやらは、1人で勝負させた方が伸びると思いますよ。彼、まだ二十歳前でしたよね?」
花蓮も声を落とす。
「過渡期の起爆剤として、カナタの投入を『聖剣の騎士団』のプロダクションとも話し合って決めたのだがな。一番人気のリョウの抜けた穴は大きい。どちらにしろ、『聖剣の騎士団』のファン離れは起こる」
瀧宮会長は、商売の勘でいけると感じている。しかしファン心理考察の立場から、花蓮は思う。
「決定事項なら覆すのは無理なのでしょうね。ただ老婆心ながら進言すると、枯れていく美しさもあると思いますよ。それに4人よりも3人の方が、画面映えもします。ボーカルを真ん中にして、両サイドでパフォーマンスさせた方が見やすいですから。それと」
「なんだね?」
「残った『聖剣の騎士団』の3人、リョウが抜けたら化けると思うんですよ。今までは何となくリョウに引け目を感じて、無意識に抑えていたように見えるんです。トークの内容からして、3人の感覚の鋭さも垣間見えますし、彼らなら作曲は分からないけど、作詞の才能は少なくともある気がします。アイドルからアーティストへ脱皮するタイミングなんじゃないかなぁと」
花蓮は遼の前では『聖剣の騎士団』に無関心を貫いているが、課題レポート作成中のBGM代わりに、遼が都筑家に置いていくライヴのブルーレイディスクを観ている。いや、聴いているだけの間違いか。興味の対象でないからこそ、第三者目線で語れるのだ。
「ふむ…再検討の余地はありそうだな」
瀧宮会長は、花蓮の感性に一目置いている。儲けることは得意だが、ファン心理まで深く考察していなかったかもしれない。
後日、花蓮の進言は滝宮芸能プロダクションと『聖剣の騎士団』が所属するプロダクションとの幾度もの話し合いの結果、採用された。これはリョウを除く『聖剣の騎士団』の3人の強い希望でもあったので、『聖剣の騎士団』の空中分解を回避できたとも言える。
リョウの引退後、『聖剣の騎士団』は一時期人気が急落したが、残った3人は花蓮の読み通り、作詞ばかりか作曲の才能もあった。彼らは事務所の提供曲だけでなく、独自で制作して簡易スタジオで録音した楽曲をネットで流し、それが起爆剤となった。アイドルからアーティストに脱皮した『聖剣の騎士団』は、その後爆発的な人気を取り戻す。
加入予定だったカナタも、1人で活動を続けさせたところ個性をいかんなく発揮、独自路線で人気アーティストの階段を駆け上がった。
「第三者目線というのは、侮れないものだな」
後年、瀧宮会長は認識を改めた。
5.最終回
『創世記激闘大戦』の雑誌連載最終回号発売日当日、花蓮は日付が変わると同時にコンビニレジから予約していた雑誌2冊を受け取り、都筑家に戻るなり待機していたタイガと共に読みふけった。
ザイール総司令官の死の間際の言葉に揺り動かされたヒーロー赤石大河は、有志と共に地球帰還連合軍を離脱、核爆弾から負傷しながらも生き残った他星系侵略団と合流し、地球から離れた。ザイール総司令官の遺体から変じた青いクリスマスローズは、特別製のガラス温室に入れて彼らと共にある。
地球帰還連合は、再び荒れ果てた地球の再生に取り組むが、他星系侵略団ほど高い再生技術が無いため、汚染除去が進まない。めちゃくちゃな植物遺伝子操作の結果、原因不明の病が発生し、相次いで地球帰還連合の人々は倒れていく。彼らの中からも、他星系侵略団の技術を借りるべきだと言う声が上がり始め軍と対立、内戦が勃発した。更に荒れていく地球を、地球外からその模様を見ていたヒーロー赤石大河は我慢できず、仲間と共に地球に下りて軍と応戦しつつ、民間人を地球から脱出させる。化学武器を使おうとした軍に、ヒーロー赤石大河はかつての同胞を剣で貫いていく。満身創痍になりながらも、化学兵器を使わせずに赤石大河は退却した。
それから数年が流れ、地球に残った軍と彼らに賛同した一般人は、何もできずに放射能汚染と遺伝子操作の失敗によって死に絶えた。地球帰還連合の技術者や医療団は、殆どが脱出組に入っていたため、軍は為す術がなかったのだ。
他星系侵略団と地球帰還連合離脱者団は、地球に降り立つ。そして互いに協力し合って、地球再生に取り組んだ。それは他星系侵略団が最初に地球を再生させたときより、はるかに骨の折れる作業だったが、徐々に地球は絶滅在来種の植物を復活させて緑を取り戻す。畑を耕して笑う、すっかり大人になったヒーロー赤石大河。その横ではヒロインが弾ける笑顔を見せている。
輝く海が見渡せる大地に植えられた青いクリスマスローズが草に埋もれるようにして、風に揺らめいているシーンで完結となった。
「終わっちゃったわね」
花蓮は読み終えて脱力する。雑誌付録はヒーローと青いクリスマスローズのアクスタだった。
「これからは何を楽しみにすれば良いのやら」
タイガは泣きながら雑誌を閉じる。感動と寂しさが入り混じり、どう表現していいか、タイガ自身も戸惑う。同志である花蓮も同じかと思いきや、彼女の反応はタイガには信じられないものだった。
「いずれ別の推しが見つかるわよ、必ず。予想通りの定型形の終わり方だったけど、まあまあ及第点かな?」
原作漫画家と会ったときは感動のあまりモジモジして何も言えなかった割に、花蓮は辛辣な感想を述べる。
最高潮だったザイール総司令官とヒーロー赤石大河の戦闘シーンを終えた後は、付け足しのようなものだと花蓮は思っていた。別に推しが消えたからではなく、着地点として美しくはあるが、ベタなハッピーエンディングだなぁという感想しか、花蓮は抱けなかった。
ちなみにドーム葬儀のときにもらった、即興のザイール司令官の絵と一緒に描かれた漫画家のサインは、立派な額縁に入れて超大型テレビの上の壁に飾ってある。
「こんな感動ストーリーなのに、なんでそんな冷め切っているんですか!」
タイガは泣きながら花蓮を責める。
「うーん、なまじ大学で考察を学んでしまった弊害かも。広げるときはいいけど、畳み方って難しいわよね。奇想天外な終わり方にしたら大コケのリスクが高いし。66巻で最終巻となるわけだから、定型が一番無難よね」
花蓮は早くも、同雑紙に数号前から新連載で始まっている冒険ファンタジーに傾倒していた。
「司令官、酷いです!あんなに熱く論戦を交わしたのに、そんな感想って冷酷だ、鬼畜だ!」
「へー、珍しい。お前らがケンカしているなんて」
大学の単位を取るのと引退ドームツアーとアンダラ帝国の行き来を、三つ同時にこなして多忙な遼が、機嫌よく都筑家にやってきた。今夜は新曲レコーディングだったはず。
「仕事じゃなかったっけ?」
冷蔵庫からビールを取り出す遼に、花蓮は尋ねる。
「タケルが腹痛起こして、今夜は中止。あいつ、買い置きの海鮮丼にあたったみたいだな」
遼はダイニングテーブルの花蓮の隣の定位置に座る。「食う時間が読めないから、だからナマモノはやめておけって止めたのに」と、呟きながら。遼やその他のメンバーは、常温で深夜まで消費期限のあるオカズ全てに火が通った中華弁当にしていた。
「で、今日が忌々しい『創世記激闘大戦』の完結だったんだろ。花蓮の様子からして、大コケだったか?」
さも嬉しそうに、遼はグラスにビールを注ぐ。洗うのが面倒だからと缶から直接飲む花蓮と違って、遼は泡も楽しみたいからグラスへ丁寧に綺麗な泡が立つように注ぐ。
「大コケはしてないけど、お決まりな可もなく不可もない終わり方ね。それでいま、タイガと意見の相違が生じてるわけ」
「司令官は酷いんです!こんな感動回に、すっかり冷めきっていて!」
タイガは普段仲の悪い、というか一方的に嫌われている遼に訴える。
「花蓮は推しが死んでから、見る見る冷めていたじゃないか。雑誌購入への熱量が以前とは違うの、気づいていなかったのか?」
遼はビールを口にする。それを見みていたら花蓮も飲みたくなったので、ビール缶を取りにいく。
「感じ方は人それぞれなんだし、自分の意向を押し付けるのはどうかと思うがな」
「偉そうに。いつも私に自分の理念を押し付けているのは、遼じゃない」
花蓮は座って缶ビールを開けて、直接飲む。現に今も、遼は花蓮から缶ビールを取り上げて、グラスに注ごうとしていた。
「アニメは楽しみにしているわよ、色と動きがつくと雰囲気が変わるし、アニメ独自の補足もあるだろうから。でもやっぱり、ザイール司令官の死亡までかしらね。後はどうしても付け足しみたいな感覚になっちゃうのよ」
花蓮は付録のアクスタを「ハズレだからあげる」と、向かいに座るタイガのもとへ滑らせた。タイガは「ヒーローはハズレじゃない!」と言いつつ、ディスプレイ用と保存用が出来て内心嬉しい。
「終わり方が難しい、か。その点では俺はいい時期にアイドルを辞めることが出来るのかもな」
地球での遼の居場所は、瀧宮会長の秘書が内定している。会長の秘書ならば、行方をくらませても不自然ではないからだ。表向きはアイドル引退当初は周囲が騒がしいから、会社勤務は周囲に迷惑をかけるということにしておいた。
「引退するまで、気を抜かないでよ。遼の場合、普段は冷静な判断が下せるのに、見境なくなるとボロを出しかねないから。2次元であれ実在人物であれ、ファンの夢を壊して泣かせたら承知しないんだから!」
「おまえ次第だろ。俺が平常心を保てなくなるのは、花蓮のことだけだ」
「あのー、僕の前でイチャイチャしないでくれませんか?いま『創世記激闘大戦』最終回の余韻に浸りたいので」
「だったら、さっさと皇都へ帰れ。おまえ皇宮でいま、様々な特訓を受けている最中だろうが。秋には魔術学園入学も決まっていて、それまでに貴族マナーを身に着けつつ、将軍や参謀長から軍事講義を受けなきゃならない。俺と違って、おまえは日本の戦闘ゲームが下手くそだから、応用が利かない。ほら、さっさと帰れ帰れ」
遼はタイガを犬でも追っ払うかのように、手を払う。
タイガの魔力は辺境伯レベル。これは限りなく侯爵に近い魔力量で、グレイ伯爵家の養子となったいま、本来なら後継者に決定している長男を押し退けてグレイ伯爵家の後継ぎになるはずだった。
だがタイガは、聖剣アースブレーカーの臨時ソードマスターに指名された。遼が地球との往来で不在の中、タイガは魔術の基礎と軍知識を叩き込まれた後、臨時ソードマスターになるのだ。そのために皇都の魔術学園に入学し、卒業後は新たに辺境伯の叙爵を受けるのが内定していたが、鍛え方次第では侯爵レベルまで伸びそうな可能性を秘めている。元来、セントクリア世界の基礎魔力量は誕生時にほぼ決まっているが、異世界人チートが発揮されているからか、はたまた『願望の宝石』で得た魔力のためか、どちらにせよタイガの魔力量は少しずつだが上昇傾向にあった。
「分かりました、なんて言うはずないでしょ。今日のために、僕は特訓休暇を頂いておりますから。あとでアニメショップへ行って、今日発売の特典付きグッズを買うんだから。それよりお腹空いたので、夜食を作ってくれませんか。司令官だって、小腹が空いていますよね?」
これまで小心者だったタイガは、自身の葬儀で推しがザイール司令官だと日本中に勘違いされたことにやさぐれて、一皮むけた。今では遼にも言いたいことをズケズケ言えるほど成長している。
「私は大丈夫。さっき雑誌を買いに行ったコンビニで、『創世記激闘大戦』コラボのカップラーメン買ってきたから。ザイール司令官のレアカードがなかなか出ないのよねー。ノーマルはコンプリートしてるけど」
「あ、だったら僕もそっちがいいなぁ。僕の分、あります?」
「1人1会計限定5個までの購入だから、あるよ。一緒に食べてくれると助かる。ハズレは全部あげるからさ」
「ヒーローはハズレじゃないって、何度もー」
「夜中にカップラーメンなんて食べるな!俺が夜食を作る。そもそも花蓮、おまえ『創世記激闘大戦』は飽きたんじゃないのかよ!」
遼は立ち上がって冷蔵庫を開ける。「本当にコイツは、俺が居ないとロクなもの食わねぇ」と悪態を付きつつ。
「完結に文句を言っただけで、ザイール司令官への愛は変わらないわよ。いまザイール司令官ブームに乗じてグッズが大量に発売されているし、コラボカフェも先週から始まったから、明日(日付変わって今日)も予約してあるの。もちろん、初日にも朝一番を事前予約して行ってきたけどね。競争率高いから、ズルして思わず魔力使って抽選予約操作しちゃった」
「あ、ズルい!僕の分はないのですか?」
「私、基本的にコラボカフェは1人で行くの。時間制限がある中で、無駄なオタクトークで時間潰したくないのよ。タイガもそのぐらい、自分で取ってきなさいよ。魔術訓練のいい練習になるわよ」
「そうします、そうさせていただきます!当日券を魔力でゲットしてやる」
タイガの背中からオタクの情熱が燃え上がる。この情熱を、軍を動かす勉強に向けてくれたらいいのにと思う遼だった。遼は日本でテレビゲームの戦闘ものでタイガを鍛えようとしているが、ゲーム好きな割にタイガは下手くそで、これはもう資質の問題とかしか言えなかった。
「クソッ、『創世記激闘大戦』なんてさっさと滅びろ。あー、魔力操作で完結を大コケに作り変えてー」
「遼。私と本気で喧嘩したい?もちろん魔力のぶつけ合いで」
「…遠慮させていただきます」
遼は人参の皮を剥きながら、肩を落として言った。花蓮と魔力で決闘なんて、いくら聖剣持ちの元帥の自分でも敵うわけがない。「聖剣を砕くことの出来るほどの奴と喧嘩なんて、怖くて出来るか」、遼は呟きながら人参をスライサーで細くする。今日の野菜メニューは人参サラダだ。
しかしマイペースな花蓮は「ちっ、またハズレだ」と2つのカップラーメンの中に入った『創世記激闘大戦』の袋入赤石大河と林神威カードに悪態をつきつつ、カードをテーブルに放り投げ、ボットからお湯を注いでカップラーメンを作る。遼も舌打ちしながら、サラダを作る作業スピードを上げたのだった。
6.知ってたけど?
大学からの帰宅後、リビングのホットラインの光が点滅している。その色は青。皇宮からの連絡サイン。家族用にはオレンジと赤を設定したが、皇帝からの連絡が分かるよう、新たに青を加えた。
花蓮は日本産の青いフォーマルワンピースを着て、皇宮を訪ねた。アリオス皇帝から、「聖剣から大切な話があるから、すぐ来るように」と呼び出されたのだ。
豪奢な応接室では、皇帝の両脇に聖剣の化身のである美少女と美少年が座っている。
女官はアフタヌーンティーセットをテーブルに並べ、カップに紅茶を人数分注いでからカップに覆いをかけて去った。それと同時に、アリオス皇帝は応接室に遮断魔法をかける。
「突然の呼び出し、迷惑をかけた。だが聖剣様方からより、大事な話があるというので召喚した次第だ。悪く思わないでくれ」
アリオス皇帝が下手に出るのは、花蓮が『理の破壊者』だと聖剣アースブレーカーから聞かされていたからだ。怒らせて帝国ごと破壊されないよう、花蓮への対応には慎重にならなくてはならない。
「はあ、まあタイミング的に暇でしたから、今なら大丈夫ですけど。でもリアタイでアニメが見たいので、早目に用事を終わらせてもらえると助かります」
そう言って、花蓮は紅茶を飲む。帰宅してホットラインからの呼び出しを聞いてすぐ着替えて訪問したので、喉が渇いて小腹も空いていた。
美少年の姿を象った聖剣トリガークリスタルが前のめりになる。
「驚かずに聞いて欲しい。これを言うのは、時期を見てからと聖剣アースブレーカーとタイミングを狙っていたのだ」
聖剣トリガークリスタルの美少年は緊張を漲らせている。怒らせたら『理の破壊者』に壊されかねない恐怖もあった。
「おぬしは聖剣スカイドラゴンを屈服させた。聖剣スカイドラゴンは、北の大陸で新たなソードマスターを見つけて即位させ、いま北の大陸を守っている。だが北の大陸のソードマスターは…我が帝国でいうところの、タイガ・グレイ伯爵養子と同じ位置にある。ここまでは理解できるか?」
聖剣トリガークリスタルの美少年は、花蓮の顔色を伺う。
「ええ、分かっております。聖剣スカイドラゴンの真のソードマスターは私になっていて、私もまた遼と同じように、千年以上生きなくてはならない宿命を得たと、こうおっしゃりたいのでしょ?」
「…知っていたのか」
聖剣アースブレーカーは、驚愕する。それは聖剣アースブレーカーや皇帝も同様だった。
「今まで憶測でしかありませんでしたが、まあ、何となくそんな気はしてました。遼は私が結果的に、何の覚悟もなく故郷から離されてーいや、完全に離脱してないけどー千年の寿命を背負わされた。それについては負い目があったので、丁度いいですよ。タイガも臨時とは言え、ソードマスターを務めることになったわけですから、タイガも寿命が500年程度延びたかな?」
「750年だ。奴には明かしていないし、ステータスも操作して寿命を偽装しておる。いずれは話せねばならぬことだが」
聖剣アースブレーカーは言った。いまタイガは魔術学園入学や、軍事知識の講義でやることが山積みだ。そこへ寿命延長を話して心を煩わし、何も手につかなくなっては、元も子もない。
「タイガも可哀想に。まあ、オタ友の私が責任もって看取りますよ。恐らく3人の中で、私が一番長く生きるでしょうから。その計算でいくと、北の大陸の新皇帝も、寿命は800年程度ですかね?」
「いや、新たな皇国の皇帝は実際に聖剣スカイドラゴンと北の大陸の仲介役を務めておるから、千年の寿命を背負った。あの者の場合はソードマスターになる前から凍てついた北の大陸への殉死を覚悟していたし、だからこそソードマスターとなった時点で長命を背負わされたところで、揺らぐような軟な根性でもない」
「北の大陸の新たな皇帝は、どんな人物なのですか?」
花蓮は生ハムのサンドウィッチを食べながら尋ねる。皇帝の前でそんな失礼な態度を取れば、本来なら即座に近衛騎士によって首をはねられてもおかしくない。だがこの場では無礼講ということで、花蓮も地を出させてもらっている。
「聖剣スカイドラゴンにしては、これ以上無いほど上出来な人物を探し当てたようだ。我よりも力が強い聖剣スカイドラゴンによって、北の大陸は南の大陸に次ぐ快適な土地に変貌した」
そう語る聖剣トリガークリスタルは、どこか悔しげに唇を噛みしている。
「聖剣スカイドラゴンは、5振りの聖剣の中で頂点に立つ。加えて絶壁の地で暮らすうちに、ますます力を得た。そなたが存命中の間は、北の大陸も安泰であろう」
「一千年は保証されたわけか。良かったですね」
あっけらかんと他人事のように、花蓮は言う。だが2振りの聖剣の化身の表情が思わしくない。
「心配はその後だ。そなたという重石が外れたら、聖剣スカイドラゴンはさっさと北の大陸を
捨て去るでだろう。で、そのことについてなんだじゃが…」
聖剣アースブレーカーの美少女は言い淀む。代わりに聖剣トリガークリスタルの美少年が言った。
「おぬしの人生が500年を過ぎた辺りで、聖剣アースブレーカーのソードマスターと子供を作って欲しいのだ。ソードマスター同士の子供なら、おぬしレベルの子供が誕生する確率がー」
聖剣トリガークリスタルは口をつぐむ。目の前の亜麻色の髪の娘が、凶悪な顔でスコーンをジャガイモのように丸ごと噛りながら、睨みつけてきたからだ。
「人の事情まで干渉されるのは、いくら聖剣様といえど、失礼ではありませんが?」
花蓮は低い声で言う。場の空気が一気に凍りついた。
「まあ遼の粘着具合からして、いずれ子供が出来てもおかしくないですけど、我が子に私と同じ思いをさせたいと思いません。それぐらいなら、北の大陸は滅びればいい」
花蓮はパサパサになった口を潤すように、少し温くなった紅茶を一気飲みする。それから大振りの紅茶ボットから紅茶を注ぎ、アイテムボックスから出した国産シングルモルトウィスキーを足して飲む。
「別に千年先のことを今から見据えずとも、時が来れば何とかなると思いますよ。私や瀧宮会長ーブライド皇子ーがこのタイミングで膨大な魔力量を得て生まれ、ブライド皇子の息子である遼と私が出会ったのも、きっと私らに視えないところで何かしらの干渉があったのでしょう。それを神の御業というか、この世界の意思なのかまでは分かりません。ただ、私達が犠牲的精神で身を捧げるのとは違うと思うんです。そういう無理は、必ず綻びが生じて壊れる。私らがするべきは、足掻くのではなく、傍観です。その瞬間になってみないと分かりませんが、私は聖剣スカイドラゴンが人と交流していくうちに、自らの意思で北の大陸を護りたいと願うことに賭けていますがね」
花蓮の見解に、聖剣の化身達はもちろん、アリオス皇帝も目を見張る。
「あいつ、どれほど長命か知ったこっちゃないですが、歳だけ重ねたオッサン坊やじゃないですか。恐らく今後千年のうちに喜怒哀楽、様々なことを学んで吸収し、変わっていくことでしょう。仮に聖剣スカイドラゴンが居なくなったところで、そもそもアナタが北の大陸へ戻れば矛は収まるんです。人間にだけ負担を強いるのはやめてください」
花蓮は洋酒たっぷり使用のマドレーヌを頬張りつつ、聖剣トリガークリスタルを指差す。
聖剣トリガークリスタルの化身の少年はグッと息を詰まらせる。
「…聖剣スカイドラゴンが護る今の北の大陸と、かつて我が守護してきた北の大陸は、あまりにも違いすぎる。我の力が及ばなかったせいだ。温暖な気候が日常になった彼らが、再び雪に覆われた大地で暮らすのは哀れだと思わぬか?」
「人間を舐めてもらったら困ります。聖剣からしてみれば虫けらのように弱い存在でも、人間は知恵を絞って順応していけるんです。その点については、私が良い教本をお貸ししますよ。エロ本紛いの漫画ばかり読まず、たまにはマトモな漫画にも目を向けて下さい。丁度いい人間の不撓不屈を描いた漫画の雑誌掲載が終わったばかりなので、コミック最終巻が発刊になったら、全巻読破するように。これ、宿題です」
花蓮はちゃっかり、『創世記激闘大戦』の布教に乗り出す。いや、これは布教のためだけではない。不健全な漫画ばかりを読む聖剣を修正する使命がある。花蓮がウィスキー入り紅茶を嗜みながら自画自賛していると、その傍から聖剣アースブレーカーの声がかかる。
「ところで、今日は妾への献上品はないのか?もっと激しいものが良いのだが。あと、ブルーレイディスクも。修正なしというのは入手出来ぬか?」
元々は自分が発端だったとはいえ、花蓮は押し黙るしか無かった。
7.プロポーズ
夏至当日。日本では取り立てて行事はない。ただ蒸し暑いってだけの鬱陶しい梅雨の最中だ。
花蓮は夏至前後も大学の課題に取り組んでいた。「嫌いな人気作品への自己分析」という、厄介な論文と悪戦苦闘している。好きなことは大きい語れるが、興味のない作品を全巻読んで感想文とその理由の考察なんて拷問でしかない。一応文学部だが、まだ理数系の勉強のがスパッと答えが出て爽快だ。
そこへ発情しきった遼が、元帥正装服で現れるなり、椅子に座って課題に悪態をつく花蓮を後ろから抱きしめる。遼は金陽節恒例の聖剣お披露目儀式を神殿バルコニーから民主に向かって行ったので、高揚感が抜けないのだ。
「鬱陶しい、離れろ!」
花蓮は机に向かったまま、寮に電流を浴びせる。そのショックで寮は背中から倒れ、ついでに発情の熱も冷めた。だが寮のニヤニヤは止まらない。
「おまえさ、俺と子供作ってもいいって聖剣に言ったんだろ?」
「ああっ?」
椅子から振り返った花蓮の不機嫌絶頂凶悪顔は、百年も恋も醒めそうなほど酷かった。思わず遼が、後退りするほどに。
「口止めしていたのに、なにを聖剣どもの奴らバラしてんだよ。へし折ってやろうか」
花蓮から黒いオーラが噴き出している。これは聖剣の危機だ。
「違う!ただ金陽節の儀式で聖剣を抜いたとき、聖剣アースブレーカーの記憶が垣間見えたんだ。本当だ、信じてくれ!」
遼は懐にしまっていた片手に収まる宝石箱を取り出す。乳白色の陶器製で、銀梅花のモチーフで黄金の縁取りがされている。遼が蓋を開けると、花蓮の瞳のよう濃紺のスターサファイアの指輪が出てきた。花蓮が好みそうな、無駄な飾りのないシンプルだが良質な石で加工されたもので、プラチナ台の上で燦然と輝く。
「たまたま皇都の宝石店でこれを見つけたとき、花蓮に似合いそうだと購入してずっと持っていた。これを婚約指輪として、おまえに贈りたい」
遼は片膝をつい求婚する。本当はもっとロマンティックな場所で、最高のシチュエーションの中で格好をつけたかったが。
「遼の引退公演が終わったら、返事する。そもそもその求婚は、セントクリア世界での求婚?日本での求婚?ハッキリさせてくれない?」
花蓮は回転式の革製背もたれ椅子の肘掛けに肘について、足元で膝まづく遼に尋ねる。
「いや、それって関係あるのか?俺はおまえが欲しい、セントクリア世界も日本も関係なく」
「仮に日本での結婚なら、私が大学卒業して就職するまでお預け。セントクリア世界なら、『都筑花蓮』の人生がタイムオーバーになるまで待機。両方はなし。どっち?」
「大卒まで留年なしならあと2年、日本人平均寿命なら少なくとも60年お預けかよ!」
遼はすぐにでも花蓮を独占したい執着心があったので、花蓮が自分の子供を生んでくれると知った時には、天にも昇る心地だった。それがここにきて、お預け…
「私にだって生活があるのだし、いまは地球人だからね。こちらの流儀で主導させて貰うのは当然でしょ。大卒すぐは早すぎるな、就職して2年程度が着地点としてはいいか。あ、この場合は日本人としてね。セントクリア世界に一時的に帰還して結婚生活するなら、やはり『都筑花蓮』を一旦リセットしてからでないと。子供は地球では絶対に作らないから。遼みたいな規格外が生まれたら、日本で育てられないし。都筑花蓮が人生を終えて、その次の地球での人生を始めるまでの合間ぐらいなら、大公夫人を暇つぶしでやってあげてもいいし、1人ぐらい跡継ぎを生んでも構わないわよ。でも基本は地球人だから、私。大公夫人を務めるのもせいぜい50年、その後も地球で新たに形成する人物か全うされる合間合間に、セントクリアで遼の妻役をすることになるわね」
「…おまえ、冷たすぎる」
「丁度いいと思うけど?今後もずっとに一緒にいたら100年も経たずに飽きるわ、ずっと一緒なら必ず倦怠期がくるはずだって。オタ活していても分かるように、愛は長続きしない。たまに互いに別の相手と恋をして、それでまた新たな気持ちで一緒になるのが健全なのよ」
「おまえを他の男になんて譲るつもりはハナからない!」
遼は飛び起きて花蓮を抱きしめる。花蓮は反撃こそしなかったが、平静だった。
「10年、100年先なんて誰も心境の変化なんて分かりはしないわよ。少なくとも、私は永遠の愛は漫画や小説の中にしか実在しないと思ってる。愛は脆い錯覚ーそうか!それだ!」
花蓮は遼を突き飛ばすと、パソコンに凄まじい勢いで課題を打ち込んでいく。アイデアが降臨した瞬間だった。
遼は受け身を取っていたので、無様に壁や床に激突することはなかった。これでも花蓮からの攻撃はだいぶ読み取れるようになってきた。本気でやりあえば、またまだ花蓮の足元にも及ばないが。
「そう言うところが好きなんだから、仕方ないか。じゃ、俺はキッチンで食事の用意でもしてくるか」
遼は呟き、歩きながらマントを取って騎士服の上着のボタンを外す。まずは普段着に着替えて、エプロンをしなくては。ちなみに普段着は都筑家の隣室に遼専用のウォークインクローゼットがある。
「料理なら寿司がいい。ちらし寿司や海苔巻じゃなく、握りね。創作寿司でなく、新鮮な魚介オンリーの正統派のもので」
花蓮は忙しくパソコンに打ち込みながらリクエストを出す。
「おまえ、野菜を意図的に避けてるだろう。サラダと茶碗蒸しもつけるからな!」
遼は花蓮の書斎のドアを乱暴に閉めた。
書斎、と言ってもいいんだよな。壁中の天井まである括り付け本棚の中身が全て漫画と考察本だったとしても。遼は書斎とオタク部屋の境界がイマイチ分からなかったが、フィギュアやグッズが無いだけ書斎なのだろうと判じた。
「若いよねぇ、遼も。それとも遼のことだから、私は千年間粘着されるかな。考えるだけでもゾッとするな。たまには爽やかな恋愛も挟まないと、やってられないわ」
文章を打ち込みながら、花蓮はため息をついた。
課題を一区切り終えて、花蓮はダイニングキッチンへ向かう。既にダイニングテーブルには、遼渾身の寿司とサラダが並び、鍋の蒸し器には茶碗蒸し、片手鍋にはお吸い物が入っているのだろう。香りからすると、真竹のタケノコとワカメの吸い物っぽい。
遼はリビングの巨大スクリーンで、『聖剣の騎士団』のドームライヴの録画を観ている。ナルシストではなく、手には反省点や改善点を入念にチェックしてメモを走らせていた。
「遼はさ、本当は芸能界に居続けたいんじゃないの?」
花蓮は手を洗って冷蔵庫から日本酒を出す。瀧宮会長から贈られた、幻と言われる地域限定少量発売の地酒だ。
「あ、ようやく来たか」
遼はテレビを消してノートと筆記用具を置き、キッチンに戻る。そして吸い物を温めだす。茶碗蒸しの方はこれ以上火を通すとスが出そうなのでやめた。それに蒸し器の保温効果で、食べごろの温度になっているはず。
花蓮はテーブルの上の料理にこそ手を出していないが、地酒を玻璃の徳利に移して地酒の瓶を冷蔵庫に戻すと、早速徳利と揃いの玻璃の盃に注いで美味そうに飲んでいる。
恋人の飲酒を横目に、遼はため息をつく。全く、親父(瀧宮会長)も日本各地どころか、世界中の美酒を見つける度に、花蓮に送りつけるのはやめてほしいものだ。いや、こんなに美味そうに飲んでいると、つい与えたくなる気持ちもあるが、ザルの花蓮に飲ませるだけ美酒が勿体ないようにも思う。遼は適温になった吸い物の鍋を止めて、高級漆器に吸い物を注ぎ、茶わん蒸しを専用の皿に乗せて配膳する。
「じゃ、食べるか」
寿司やサラダのラップを取って、皿に醤油を入れる。遼はお坊ちゃま育ちのためか、蔵元で長期熟成された醤油に拘るが、花蓮は有名メーカーの一般的な醤油の方が食べやすいと、好んで安いものを使う。
「いただきます!」
花蓮は寿司を手で取って食べる派なので、おしぼりもちゃんと用意してある。遼はいい奥さんになれるねーと、花蓮は感心した。
「芸能界に戻るつもりはない。ただアイドルとして、完璧な終わり方をしたいんだ」
平目の昆布締めの握り寿司を、遼は箸で食べる。それから花蓮が遼のためについだ玻璃の盃の冷酒を口した。
「完璧主義な遼君。なら求婚は時期尚早だと分かってるわね?」
花蓮は、薄切りのキュウリで包んだイクラの軍艦巻を一口で食べる。軍艦巻きに海苔を使わないのは、遼の拘りだ。海苔がイクラやウニの素材を負かすという持論だが、キュウリのが青臭さがある分、イクラやウニの良さを殺していないだろうか。まあ、美味しいから良いけどと、花蓮は遠慮なく遼お手製握り寿司を休みなく食べる。
「バレるヘマはしないが、そうかも知れないな。俺は花蓮のことになると、見境がつかなくなるんだ」
「そういうところも、キチンと我慢する癖を付けないとね」
「頭じゃ分かっているつもりでも、つい暴走しちまうんだよな。話を戻すけど、俺は将来的に滝宮芸能プロダクションを手掛けたい。新たなアーティストを生み出して、最高の夢をファンに届ける手助けがしたいんだ。いつ頃からこんな事を思い描くようになったのか、俺自身も分からないけどな」
「気づいていないだけで、遼もオタク熱に感化されているのよ。だから見る側だけじゃ飽き足らず、作り出す夢をみちゃったわけ。私がそうだもん。推しを追いかけるうちに、夢を作るお手伝いがしたくなったのよね」
花蓮はそう言いながら、「このしまあじ、時期はずれなのに絶品」と連続して食べる。
「なら、ウチが立ち上げる予定のアニメ制作会社に花蓮くんには手伝ってもらわないとな」
いつの間にか瀧宮会長が定位置に座り、手を伸ばして大皿の寿司をつまんでいた。
「親父、来るときは連絡ぐらいしろよ」
パクパクと上等な魚を、わざわざ遼が市場まで出向いて厳選して買ってきて握った寿司を、瀧宮会長は平らげていく。
「丁度いい地酒が手に入ったんだ。岐阜県のどぶろくだが、これがまた美味くて。ぜひ花蓮くんにも飲んでもらいたいと参上した次第だ。あと飛騨牛の握り詰め合わせと、鱒寿司も買ってきたぞ」
瀧宮会長はテーブルに、岐阜と石川県のお土産を並べる。どれも酒の肴になりそうなものばかりだ。
「ったく、すっかり花蓮の父親みたいじゃないか。あれほど俺との仲を反対していたくせに」
遼は手早く、花蓮と自分用の寿司を皿に迅速かつ丁寧にまとめた。それから、瀧宮会長持参の寿司も個々の皿を出して3等分に盛り合わせて配膳した。つくづくマメな男だ。
「おまえとの交際は、2人の成り行きを見守るさ。それとは別に、娘を持つ父親の気分はこんななのかなぁと追体験しているんだ。長男と次男の嫁もそれなりに可愛いが、舅ということで一線を引かれているからな。瀧宮健司リセット後は、娘の父親を目指してみるか」
「会長、遼の教訓を生かさず、また地球人との間に子供を儲けるつもりですか?」
花蓮は、瀧宮会長が持参したどぶろくを、江戸切子硝子に3人分注いで配る。
「母さん以上の女性に出会えたなら、それもいいかと思う。出奔したセントクリア世界と、またこうして繋がりが生じた。地球人に限らず、アンダラ帝国の女性との恋愛も視野に入れている。私はおまえほど長く生きられないが、おまえの弟妹や甥っ子姪っ子をおまえの傍らにいさせたい。1人の孤独を味あわせたくない。遼、おまえには父上のように親しい者を見送るばかりで取り残される寂しい生涯を送ってほしくないんだ」
瀧宮会長もまた、末っ子に聖剣のソードマスターの宿命を背負わせたことを悔いていた。変更可能ならいつでも自分が担うと聖剣アースブレーカーにたびたび申し出たが、それが覆ることはなかった。それが悔しく、そして何故、先を考えずに打診があった時に聖剣の主を引き受けなかったのか、今でも自分を責めていた。たとえ愛妻や子供たちと出会わない人生を歩むことになっても、父である賢帝の苦悩の一生を子供が代わりに背負ってしまう宿命が分かっていたら、たとえどんな孤独や困難が待ち受けていようとも逃げなかったのに。
花蓮は遼が何処まで聖剣アースブレーカーから情報を引き出したか知らないが、瀧宮会長の『親』の一面に同情して種明かしすることにした。
「会長、ご心配なく。遼の最期は私が看取ります。私は『理の破壊者』、そして聖剣スカイドラゴンの真のソードマスターとして、千年の寿命を得ていますから」
瀧宮会長が動揺して立ち上がるのは分かるが、隣で目を大きく見開いている遼からして、そこまで聖剣アースブレーカーから情報は引き出せなかったようだ。まあ、それでもいいかと思う花蓮だった。
「本当に…本当におまえは、俺とずっと一緒に生きてくれるのか?」
遼の声は震えている。千年の孤独を共にするのは、無機質な聖剣とアリオス皇帝ぐらいだと思っていたからだ。遼が花蓮に涙を見せるのは、これが初めてだった。
「だからさっき言ったでしよ。ずっと一緒に居たら飽きるって。合間合間で恋愛しながら、気持ちを初心に返る必要があるわけでーちょっと、キツイ、苦しい!」
花蓮は覆いかぶさるように抱きついてきた遼の背中を最初は叩いたが、肩越しに声を出して泣く遼に、「やっぱり不安だったんだな」と叩くのをやめてポンポンあやすように背中を叩く。
向かいでは瀧宮会長も、両手で顔を覆って大泣きしていた。息子は千年の孤独を味わなくていいのだ、いつも寂しい目をしていた父親の賢帝のように。
2人が落ち着いてから、食事を再開する。すっかり茶碗蒸しとお吸い物は冷めてしまった。それでもお残しは厳禁のルールを持つ花蓮は、遼が作ったものも、瀧宮会長のお土産の寿司も完食した。
「しかし、それをいつから知っていたのだね?」
片付けられたダイニングテーブルの上で食後のお茶と名物和菓子を小皿に分けながら、瀧宮会長は尋ねる。遼は花蓮の後ろで洗い物をしていた。最新の食器洗浄機はあるが、泣き腫れた顔と体裁の悪さから食器や調理道具を手で洗っている。
「知らされたのは、つい最近です。聖剣2振りから直接聞かされていました。ですが聖剣スカイドラゴンを屈服させたときから、何となく予感はしていたんですよ。あれ、これって聖剣スカイドラゴンより上の立場になったということは、ソードマスターの類に思われているのかもって」
「そんな前から…君は動揺しなかったのか?」
瀧宮会長は驚きを隠せない。
「聖剣から断言されたとき、ショックよりも、私のせいで遼の運命を狂わせた責任が取れることに安堵しました。孤独って不思議なものですね。独りで閉じこもっているときはさほどでなくても、周囲に人が沢山いると余計に寂しさを感じるんです。自分が異物であることを嫌でも自覚させられる感覚、会長も憶えがあるのでは?」
「そうだな。私も皇子時代は、育ててくれた祖父母はともかく、たまに候爵領から皇宮へ赴いたときに会ったときの、腫れ物でも触るような母や姉には疎外感を突きつけられているようで、やるせなかった」
瀧宮会長は可愛い猫饅頭をクロモジ楊枝で切って口に入れる。
洗い物を終えた遼も落ち着きを取り戻し、花蓮の隣に座って茶道用の初夏にちなんだ茶菓子を食べだす。菖蒲を象った、上品な味の練切だ。
「俺は今までが幸せだったんだな。親父や花蓮、それとタイガは壮絶な孤独感を味わってきたのだから」
しみじみと言う遼に大して、花蓮は首をかしげる。花蓮は栗蒸し羊羹を食べていた。
「別にそこまで悲壮感も無かったけど。私は家でやりたいようにやってきたし、日本に来てからはオタ活で人生バラ色になっているから」
「あー、確かにトーイ・グレイから聞いたことあるな。花蓮は幼い頃からじゃじゃ馬で、兄たちは頭が上がらなかったと」
「ふーん。トーイ兄さん、そんな余計なこと言ってたんだ。帰ったら調教のし直しね」
花蓮は指を鳴らす。「あ、ヤベ」と遼は思ったが、花蓮を止めることの出来る奴は存在しない。遼は心の中でトーイに謝った。
「なににせよ、遼が孤独じゃないのが分かって、少しばかり罪悪感は消えた。ありがとう。君にはお礼に何か、何でも欲しい物を贈りたい。何かないか?」
「うーん、取り立てて欲しいものはいま…あ、この間、『創世記激闘大戦』の展示会にあった非売品のザイール司令官実物大フィギュア、格好良かったんですよね。各地での開催終わったたら、アレが欲しいです。寝室に飾りたい」
「分かった、制作会社と交渉しよう」
瀧宮会長は、快く承諾した。
それを聞いて花蓮の目をハートになり、実物大ザイール司令官がマントをひるがえして腰のサーベルを抜く瞬間の実物大図フィギュアを寝室の本棚脇に設置すれば、さぞ見栄えがいいだろうと妄想する。そのためには歴代フィギュアを納めたガラス棚をどこへ移動させようか、嬉しい部屋の模様替えシュミレーションに心が躍る。
「親父、余計なものを花蓮に与えるな!それでなくともここのリビングや私室は、オタクグッズで溢れかえっているんだ!」
都筑家はトイレと風呂場と遼のための物置部屋以外は全て、『創世記激闘大戦』が嫌でも目に付く。廊下には画廊のようにクリアファイルを専用の額物に入れて飾っているのだ。常々遼は、これら全てを思いのままに壊したら、さぞスッキリするだろうと考えていたのに、実物大フィギュアなんて邪魔くさいものが現れるなんて。しかも寝室の本棚脇といえば、嫌でもベッドから視界に入る。地獄でしかない。
「忌々しい『創世記激闘大戦』なんて、滅びてしまえ」
遼は決まり文句を呟きつつ、頭を抱える。そこへ花蓮の追い打ちが入る。
「生憎だけど、当分は無理ね。アニメと劇場版を織り交ぜても少なくとも3年は続くし、秋からはザイール総司令官の消失した母星での外伝を作者が連載を発表しているから」
「3年…外伝…」
遼は絶望的になる。ではこの家のオタク化は、ますます進むわけだ。
「ふーむ、やはりウチもアニメ制作会社を立ち上げよう。花蓮くんに指揮を執ってもらえば、新参会社でも当たるアニメが出来そうだ」
「それだと最初はネット配信専用から始めたほうがいいですね。オススメの良作は沢山ありますよ」
「あー、頭の痛い相談を今しないでくれ!」
せっかく遼は最愛の人と長く生きられる感動の余韻に浸れると思ったら、隣で父親と恋人はアニメ談義。そりゃあ、同じ系列会社に勤められたら嬉しいが、これまでに以上に花蓮の生活はアニメを軸に回ることになる。
「この世から漫画とアニメが絶滅すればいいんだ」
遼はお茶じゃやってられないと、ワインセラーから高級ワインを持ち出して、やけ酒を始めた。
8.クリスマス・イヴ
東京スペシャルドームでは、1年前のこの日に発表した通り、『聖剣の騎士団』御嶽リョウの引退ツアーファイナルが行われることになっていた。瀧宮会長一家は、瀧宮会長鶴の一声で重役の反対を押し切り、会社恒例クリスマス会を前日23日に前倒しした。東京スペシャルドームの貴賓席には瀧宮会長夫妻、長男一家、次男夫妻も座って御嶽リョウの団扇を手にしている。
ドーム球場外では外の売店で、当日チケットは手に入らなかったファンが、御嶽リョウグッズを目を血走らせて買い漁っていた。そのファン熱量は、監視の目を強化せずとも、転売ヤーが入れる余地がない。
外部売店はチケットを持たないファンと、チケット持ちファンのためのブースを離れた場所に分けていた。そうでないといらぬ争いが勃発するのが想定されたからだ。
その頃、楽屋は異様な空気が漂っていた。これまでのツアーとは違う、この日のためだけに作られた衣装を着て、4人は待機する。
他の3人は『聖剣の騎士団』4人最後で行うライヴへの感慨と緊張に包まれているはずだった。しかし御嶽リョウが放つドス黒いオーラが全てをぶち壊していた。
リョウの逆鱗に触れないように、3人は楽屋脇に固まってコソコソ会話している。
「あいつ、何であんなに不機嫌なんだ?リハーサルの時からトゲトゲしかっただろ?」
「家族一同が来ているというから緊張しているせいかも?」
「やっぱり引退したくなくなったのかもな。今回のドーム引退ツアー、リョウの熱量はどんどん上がっていたし」
「このまま続けられたら本当にいいんだけど、滝宮グループが黙ってないよな。いいトコのお坊ちゃんにも、しがらみが色々あって苦労があるもんだ。俺、一般家庭で良かったかも」
「そうだよな。人生レールが惹かれているって、キツイよな。フツーのトコなら反抗して飛び出せるけど、なにしろ日本屈指の滝宮グループとなると、逃げるに逃げられまい」
「リョウ、見た目と違って責任感強いしなぁ」
仲間たちは御嶽リョウに同情を寄せる。だが、リョウの不機嫌は引退とは全く別のトコにあった。
(花蓮の奴、徹頭徹尾『聖剣の騎士団』ライヴ鑑賞に一度も来なかったな。今日ぐらい来てくれたって良かったじゃないか。まあ行き先がコラボカフェやアニメショップでないだけ、マシだが)
遼は心の中で罵詈雑言並び立てる。もっとも不幸を一身に背負った奴等は別に居るのだが、たとえ試練が辛くても、クリスマスイヴに花蓮が近くに居るだけで天国じゃないか。
(おのれ、タイガ。この公演が終わったらボコボコにしてやる)
遼は嫉妬の炎を轟々燃やしていた。
このとき、確かにタイガ・グレイ伯爵養子は花蓮と一緒にいた。秋から魔術学園に入学して、異世界人平民として最初は苦労したが、芸能界で培った経験が役立ち、親しい友人達と憧れだった学園生活を送っている。しかし今は冬休み。クリスマス・イヴのリョウの引退ライヴを会場で見る予定だったのにー
「ぎゃー!」
絶許を上げながら、絶壁の地で聖剣アースブレーカーを手に仲間と共に退却する。ここで言う仲間とは、皇宮第3騎士団の面々だ。いまタイガは、第3騎士団を率いて、絶壁の地で元帥代行訓練を花蓮から教わっていた。
「タイガ、指揮系統を乱さない!アンタの手の聖剣はお飾りなの?」
樹海のてっぺんから、タイガと第3騎士団の様子を観察する花蓮が注意を飛ばす。その時、無謀なドラゴンが空中から花蓮に向かって襲ってきたが、花蓮は事も無げに背中に背負った宝物庫の大剣でドラゴンを一太刀で絶命させる。
樹海の下に落ちたドラゴンを、花蓮はアイテムボックスに回収する。
「チッ、灰色ドラゴンか。赤や青、黒のドラゴンの方が味は上なのよね。まあ腐ってもドラゴン、和牛よりは美味いけどさ」
既に花蓮はドラゴンの色や肉付きで、味の違いを知っている。答えは単純、実際に狩って食べているからだ。
「アリア、助けてくれ!」
第3騎士団所属のトーイ・グレイ伯爵子息が叫ぶ。
「ワイバーンごときでギャーギャーと。サド、助けてきなさい」
遼が花蓮の監視役につけている日本では大人しい飼い犬のサモエド犬は、ここへ連れてこられてから元のフェンリルに戻っており、館一棟分はありそうな巨大な体でワイバーンの群れに嬉々として襲いかかり、大きな口で次々とワイバーンを鵜呑みにしていく。
口の周りを血みどろにする最恐ラスボスクラスのフェンリルの姿にも驚愕だが、それを犬のように命じる花蓮こと元アリアルイーゼ伯爵令嬢にも、兄のトーイはもちろん、第3騎士団の面々も恐怖を憶えずにはいられない。
「ほら、背後にキマイラが迫っているわよ。タイガ、連携をとって倒しなさい!」
花蓮は再び上空へ舞いあがり、タイガに命じる。
タイガは聖剣アースブレーカーでキマイラに斬りかかるが、臨時のソードマスターのため、聖剣のコントロールが上手くいかない。余計に怒らせたキマイラに動揺するタイガに、聖剣アースブレーカーは言う。
「臨時マスター、まずはその恐怖心を取り除かぬと、妾を使いこなせぬぞ?」
「あんな化け物相手に、怖がるなというのが無理難題です!」
「それだけ文句言う元気があるなら、ほれ、もう一度。致命傷の1つでも負わせねば、痛い目に遭うのは自分じゃ」
襲いかかってくるキマイラに、タイガは「僕はヒーローの赤石大河だ、強敵にさえ立ち向かう勇気があるはず!」と、自己暗示をかけながらキマイラに応戦する。
その間、オークの大軍来襲に苦戦している第3騎士団の体たらくに呆れつつ、花蓮が空中から下りてきて指示を飛ばす。オークごときに大剣を使うまでも無いが、宝物庫のライフルや魔術で倒すと魔毒が回って食えたもので無い。食材として良質なオークは、魔術を出せずに大剣で切り捌くのが一番だ。
「アンタたち、隊列乱して闇雲に剣と魔術を使うんじゃないわよ!指揮官不在のときにどうすべきか、騎士学園で学んでるでしょ!」
花蓮は結界を張って、倒したオークをアイテムボックスに収納している。
「鬼畜か、おまえは!」
オークの巨大な群れと応戦しながら、兄のトーイが叫んでいるが、結界内の花蓮は気にもとめない。
「中級クラスのオークに苦戦するって、兄さんたちはレベル低すぎ。危機感のない鍛錬を繰り返しているから、その程度なのよ。実戦こそ一番の訓練ね。第3騎士団でこれだから、他の騎士団も一から叩き直すのを皇帝に進言しとこう」
花蓮は先ず隊列を崩さぬ方法を模索する。近くではようやくキマイラを倒して肩で息をしているタイガの姿が映る。
「タイガ、休んでないで仲間を助けなさい!なにボサッとしてるのよ!」
花蓮の檄に反応して、タイガはオークの群れに突っ込んでいく。
「もう一方は騎士団長チームで、さすが団長が的確な指示を飛ばしているけど、相手がヒュドラだとさすがに荷が重そうね」
沼地で応戦している別チームのもとへ、花蓮は転移する。
「おまえの妹、冷酷非道過ぎるだろう!」
トーイの仲間騎士が口々に怒鳴りつける。
「さんざん妹の容赦のなさは忠告したのに、耳を貸さなかったのはおまえだろ!クソッ、なんでこんな目に!」
トーイは泣きたくなる。確かにオークなら数は多いが、倒せないことも無い。しかし不可侵の絶壁の地での騎士鍛錬なんて、ハードを通り越して地獄でしか無い。二泊三日のキャンプと聞いていたが、誰もが初日で帰りたくなっていた。
そこへ現れたのは、樹海を飛び抜けるほど大きな7つのドラゴンの頭を持つ獣。
「オークの血の臭いに誘われてきたな。名前を持たぬ黙示録のドラゴン。妾を使う特訓には、またとない相手だ」
聖剣アースブレーカーは、嬉々として言う。地球では聖書のヨハネの黙示録に伝説上の魔物として記載されているが、こちらセントクリア世界でも神殿書物に『黙示録の怪物』のことは詳細に描かれている。魔物が実在する世界なので、よりリアルな描写がされていた。
「何でここに!アレは前回、司令官が倒したのに!」
「ここは絶壁の地。魔獣なんて島の意思でウジャウジャ湧き出るわい。前回、あの娘が倒したときよりよりもレベルが増しておる。心してかかれ」
聖剣アースブレーカーは、タイガに命じるなり、突っ込んでいく。タイガは聖剣アースブレーカーに操られるがまま、黙示録のドラゴンと戦う羽目になる。さすがは樹海最強の生き物。タイガの剣術の腕では、一筋縄ではいかない。聖剣アースブレーカーを持っていなければれば、既に7つの頭のドラゴンのどれかの口の中で咀嚼されているはず。この強敵を僅か一撃で倒した規格外の花蓮に、改めて尊敬と畏怖を憶えるのだった。
絶壁の地の休息エリアは、花蓮たちが一番最初に絶壁の島へ降り立った海岸だ。花蓮はバーベキューコンロを大量に出して、狩ってきたドラゴンを海岸に出すなり、薄切り肉にする。それをタイガが疲れた体に鞭打って、マジックソルト、焼肉のたれ、カレー粉で味付けして焼く。疲労困憊の第3騎士団は、もう恐怖がオーバーヒートし過ぎて、放心状態と化している。しかし鍛え上げた騎士だけあって、美味そうな肉の匂いには反応する。
だがあれはドラゴンのスライス肉。そんなものが美味いのか疑問に思っているところへ、花蓮とタイガが我先に焼けた肉を食べていく。
「うーん、美味しい!やはりドラゴン肉がこの世で一番美味しい」
タイガは口いっぱいに頬張りながら、満面の笑みを浮かべる。ドラゴン肉には治癒や回復力や免疫力の向上作用があるので、疲労(おもに精神的なもの)がどんどん癒されていくのを感じた。
「アリア、それ本当に美味いのか?」
すっかり窶れたトーイ・グレイは半信半疑で尋ねる。
「トーイ兄さん、また私の名前を間違えてる。まあ、今日は相当疲れてるみたいだから許してあげる。灰色ドラゴンだから若干味が落ちるけど、美味しいわよ。それにドラゴンは薬肉で、食べると元気が出るんだけど、まあ異世界人の私が言ったところで信じないわよね」
「いや、異世界に渡った生粋のセントクリア人だろうが。気は進まないが、ここは俺が騎士を代表してー」
「美味い!なんて肉だ!」
トーイが渋々立ち上がって毒見をしようとしたとき、第3騎士団長が決死の覚悟で肉を食べ、そのとろけるような美味しさに感嘆の声を上げる。騎士団長が猛烈な勢いで食べすすめるのを見た第3騎士団の面々は次々と肉に挑戦して、その美味さに恍惚となる。ちなみに、ここには遼がいないので、野菜はない。いや、タイガは遼から「俺が留守中、花蓮には野菜を食べさせるように」と、アイテムボックスに下ごしらえした野菜を詰め込んでいたが、この状況で野菜を出せるわけがない。コンロは全て、ドラゴン肉を焼いていて隙間がないのだ。
物凄い勢いで消えていく肉の味付けがおいつかないので、そのまま焼いてつけダレに食べもらう方法に切り替えた。
タイガをはじめ、騎士団が肉を食べる中、花蓮は箸を置く。
「沢山食べたらすぐに寝て心身回復。明日は朝から騎士団は騎士団長の指揮のもと、オルトロスの群れの殲滅訓練を受けてもらうわ。タイガは、黙示録の第一の魔物を倒したと言うから、明日は第二の魔物に挑戦してもらう。海の中にいるから、気をつけて。騎士団にはウチのフェンリルがお守り役を、タイガの討伐模様は私が見守るから。命の危機がきたらフェンリルも私も助けるけど、それまでは手出ししないから死ぬ覚悟で頑張りなさい」
花蓮の言葉に、団長をはじめ第3騎士団の面々はフォークと皿を落とす。その顔は顔面蒼白だ。
「それともオーグルの方が戦いやすいかな。犬の化け物と人食い巨人、好きな方を選んでいいわよ」
そして結界の外を指差す。樹海と砂浜の境界線に張られた外には、大蛇の集団に混じって人間に3倍から5倍ほどある巨人が取り囲んでいる。オーグルはよだれを垂らして、好物の人間を狙っていた。
「あの、司令官が付きっきりで僕の指導をしてくれるんですか?」
タイガは喜びに顔を輝かせる。若返ったタイガの美貌は、学園の貴族令嬢からも注目の的だ。皇女からも恋愛アピールを受けているが、タイガの想いの先に居るのは花蓮だ。
「タイガ、黙示録第一の7つ頭のレッドドラゴンを退治したんでしょ。なら明日は、海に住む黙示録第2の魔獣、7つのライオンの頭を持つ超巨大パンサーね。
翌朝、第3騎士団はオーグルと戦わせられる羽目に。
タイガに至っては、絶壁の地の二強たる、黙示録の怪物2匹と戦わされた。第1の魔獣は何とか倒せたが、海上という不利な場面では命の危機にさらされ、花蓮が第2の魔獣を一撃で倒して、首の皮一枚でタイガは助かった。
「この調子で2、3度、ここで鍛錬すれば対応力と魔力量も上がるわね。さすが絶壁の地、魔力量は生まれた時から上がらないと言われていたけど、中堅騎士のトーイ兄さんも魔力量増えたじゃない。こうなったら、元帥の遼が日本帰国の際は、私が絶壁の地で皆を徹底的に鍛えてあげるわね!」
二泊三日の特訓後に、花蓮は晴れやかな顔で言う。心身ともにボロ雑巾の第3騎士団は恐怖に慄き、年季が明けるか重傷で使い物にならない限り脱退が認められない騎士職を選択したことを心底から後悔していた。
「閣下、もうずっと帝国で居らして下さい!閣下の留守中は絶壁の地で、地獄の訓練を騎士団は持ち回りで行うと、訓練司令官(花蓮)が取り決めたのです!とてもじゃないが、我々の身が保ちません!」
引退ライヴを終えてアンダラ帝国の皇宮へ帰還した遼のもとに、第3騎士団をはじめとする主要な騎士たちが、元帥に泣きついたのは言うまでもない。そこには近衛騎士団もリストアップされている。元帥の軍事訓練の厳しさにも定評があったが、花蓮訓練司令官の冷血な特訓の比ではない。
他国にもアンダラ帝国訓練司令官の噂は瞬く間に広まり、それぞれの国は大陸を越えて安堵する。「アンダラ帝国の騎士じゃなくて、本当に良かったな」。
既に西の大陸からそれぞれの大陸に帰国した、聖剣スカイドラゴンの探索の旅で重軽傷を負った冒険者の生き残りが『絶壁の地』のリアルな恐ろしさを事細かに周囲に語っていたので、なおさらアンダラ帝国の騎士には同情を禁じ得ない。同時に、アンダラ帝国のラスボスは異世界人ハーフの元帥ではなく、その婚約者で元はアンダラ帝国伯爵令嬢、今は異世界人を名乗っている元帥の婚約者なのも公認されていた。「異世界人って、鬼畜の集団なんだな」、セントクリア世界では、地球人は皆、最強にして最凶の人種なのだと誤解されたのは言うまでもない。
蛇足だが、トーイ・グレイ伯爵子息は、鬼の訓練司令官の兄ということで、例外なく騎士全員から大いに責められる羽目となる。
8.婚約者
話は晩夏まで遡る。
北の大陸スカイドラゴン皇国の戴冠式を真冬に控え、北の大陸から届いた招待状への参加者について議論がなされた。表向きは皇帝夫妻宛てだが、ソードマスターたる大陸の支配者が参加することはなく、代理を立てるのが通例だ。
本来ならアンダラ帝国皇太子、アリオス皇帝の嫡男エルヴィス皇子夫妻が参列となるだろう。しかし公的書簡に添えられた私文書に、エディング皇帝は都筑花蓮が代表者として参列することを熱望していた。
「聖剣スカイドラゴンの真のソードマスターは、都筑花蓮こと、元グレイ伯爵令嬢だ。しかしこれを知る者は限られている。北の大陸の情勢も揺るがしかねない。そうかといって、皇帝の戴冠式に元伯爵令嬢を送り込むのは他国への面目が立たない。さて、どうすればいいものか」
議会にてアリオス皇帝は語るが、既にその着地点は着いていた。それに関しては骨が折れる作業を伴うが、先ずは議会の承認を得てからだ。
「皇太子ご夫妻のお披露目には格好の舞台ですが、先方の要望とあれば致し方ないことでございます。ここは、元帥閣下のご婚約者という立場で参加されるのが一番かと」
既にアリオス皇帝と秘密裏に決着がついていた大臣が述べる。
そこには眉をひそめる皇太子エルヴィスの姿があった。
「元帥の出席は、わが国としても威信を他国へアピール出来ます。しかし、絶壁の地で黙示録の魔物を掌でもて遊ぶほどの訓練司令官に、誰が説得役を務めるのですか?訓練司令官はいまや、異世界人。そもそも彼女へ意見できる立場の者がおりません」
皇太子エルヴィスの言う通りだった。
「元帥自身に説得してもらえまいか?」
玉座の一段下、皇太子とは皇帝を挟んで立派な席に腰掛ける遼に、アリオス皇帝は尋ねる。
「不可能に近い確率かと。私との婚約、結婚はこの世界では50年後だと決定されておりまして。そもそも公的な席で、淑女がコルセット無しで参加は自国はともかく、相手国側には失礼かと。ここにおられる方々は、彼女がコルセットを親の仇のように嫌っているのはご存知ですよね?」
遼は苦虫を噛み潰した顔になり、その事実を忘れていたアリオス皇帝含む重鎮らは身を震わせて自らの肩を抱く。
「恋人の閣下が説得しても無理かね。コルセットは補正下着でどうにでもなるし」
「私は既にプロポーズ断られているんです。保留というのが正解か。地球なら5年後に婚約と結婚、セントクリア世界では50年後だと」
「なぜ、ここの世界では50年後なんだね?」
アリオス皇帝は首をかしげる。結婚はともかく、婚約ならすぐに承諾してもいいと思うのだが。
「異世界の地球は、寿命がここより短いのです。私の住む日本という国は、その中でも長寿の枠に入っていますが、それでも80年あまり。花蓮から1度目の地球の人生をリセットさせてからでないと、婚約も結婚もしないと跳ね除けられました」
「困ったな。仮の婚約の路線で話してくれないか。今回ばかりの名義上でもいいからと」
アリオス皇帝や議会参加の重鎮たちは、遼に願い出たのだった。
気が進まぬまま、遼は地球の都筑家に瞬間移動する。丁度花蓮は、新たな推し少年マンガ雑誌の連載『異世界転生・血染めの復讐のレクイエム』を読んでいた。
ザイール司令官ほどの熱量はないが、主人公の残忍冷徹な美形主人公のグッズ購入ややコラボ行脚を始めている。
「ルドルフ・シービー卿、かっこいいわねー」
花蓮は、今度は青髪短髪の美形に熱を入れていた。
「残虐非道で人間性の欠片もない、でも心の中には自分を含む家族を惨殺された悲しい過去を持つ青年というのが、また突き刺さりますね」
今回の漫画は、推しが花蓮とタイガ双方とも一致したようだ。
「花蓮、おりいって話があるのだが」
「なに?」
花蓮は上の空で、ルドルフ・シービー卿の二次漫画シナリオを頭の中で作り出しながら返事する。大学の同人誌漫画家から、腐女子向けのストーリーを頼まれているのだ。相手を同じ異世界に転生した復讐相手の赤毛の美形にするのが良いか、忠誠を誓う部下か、はたまたシービー卿に仕える美少年が相手の方が絵的に受けるか。
遼はキッチンで湯を沸かし、コーヒーを入れる準備をする。お子様舌ののタイガは、インスタントのキャラメルマキアートスティックでいい。自分の分と花蓮の分は、豆に拘ったコーヒーをキチンとドリップで淹れる。その間、話の切り出しをどうすれば良いか頭を回転させていた。
先ずタイガのインスタントコーヒーを出す。タイガは雑誌を閉じて、早速泡をスプーンですくって味わっている。こういうところを見ると、年齢不相応な幼さが垣間見える。
自分たちのコーヒー淹れ終えて、ダイニングテーブルに置く。花蓮も雑誌を閉じて、コーヒーに手を伸ばした。
「北の大陸新皇帝の戴冠式に、おまえが招かれた。だが異世界人となった未婚女性を1人で参加させるのは相手方に無礼だと、俺がエスコートすることに決まった」
「ふーん、面倒だけど、北の大陸が生まれ変わったのには興味あるから、いいわよそれで。いまイチオシの漫画は、来年からアニメ化だし、どうしてもリアタイで見たいほどのアニメは今クールはないから」
「異世界人となったおまえの爵位を相応にするため、領地を持たないローズフィールド女公爵として、俺の婚約者となって参列ことになってもか?」
遼は真剣な面持ちで花蓮を見つめる。遼の心音はこのとき、自らの耳に聞こえるほどバクバク早なっていた。
「候爵でなく公爵ってことは、アリオス皇帝の娘身分になるわけね。仮の爵位、仮の婚約でよければいいわよ」
「本当か!」
遼は歓喜で立ち上がり、コーヒーカップの中身が揺れて溢れそうになる。
「あくまで対外的の仮の立場よ。今回の件が終わったら、一旦白紙。そのままにしておいたら、どんな難題押し付けられるか、分かったもんじゃないから」
花蓮は強調する。遼はともかく、皇帝に鎖をつけられるのはゴメンだ。「私は地球人、セントクリア世界から脱退したんだから、この度にいちいち問題持ち込まれてはたまらない」と、花蓮は心のなかで呟いた。
遼に言わせれば、花蓮みたいな怪獣に鎖をつけられる猛者など、異世界を含めて実在しないだろと突っ込みたいところだ。
「それでも、戴冠式典参加中は、婚約指輪をつけてくれるだろ。実はペアリング、用意してあるんだ」
遼は懐から、前回のスターサファイアとは違うシンプルな箱の指輪入れを出して開けると、濃紺のサファイアとスモーキーダイヤの小粒が2つ並んだペアリングが現れた。2人の瞳の色に合わせた、遼拘りの特注品だ。
「…仕事の早いことで。当日になったら付けるから、そのまま持ってて」
「いまから付けて慣れておいてもいいじゃないか!」
「アンタのことだから、また仕掛けがあるのではと警戒してるの。もっとも、どれほど仕掛けを施そうが、ぶち壊すのは簡単だけどね」
花蓮が底意地の悪い笑みを浮かべると、渋々ながら遼はペアリングを懐にしまった。確かにお邪魔虫のいるダイニングで、仮といえども指輪の交換するのは無粋かもしれない。どうせなら、皇宮の広いバラ園の真ん中でロマンティックにー
「司令官、そろそろ出ないと」
タイガは立ち上がって上着を羽織る。
「そろそろね。遼、私たちは『異世界転生・血染めの復讐劇』のイベントへ行ってくるから、留守番よろしく」
花蓮も上着とショルダーバッグを肩にかけて、2人仲良く家を出た。
「くそっ!もう新たな推しを見つけたのか!あの浮気者め、漫画なんて滅びてしまえ!」
遼は、同じく留守番のサモエドのサドを抱きしめて、漫画を呪った。
9.卒業後の進路
花蓮の親として登録してる、滝宮外交官は実在人物である。花蓮が大学3回生のときに任期が明けたのを期に退職、一旦帰国して任務終了報告と退職挨拶をすると、夫婦ともども余生を過ごす北欧での永住のため旅立った。
花蓮は仮の親の北欧永住を期に、港区のマンションを引き払って杉並区に中古豪邸を購入した。ある大物芸能人が暮らしていたらしいが、離婚を期に手放したので、箱の割には格安で購入できた。
交通の便は多少不便になるが、花蓮のオタクグッズが増え過ぎて展示出来る部屋が足りないのと、遼とタイガが仕事や学業が無いと都筑家に入り浸っていること、何よりフェンリルが擬態したサモエドのサドがテレビでたまたま見た保護犬施設の番組でスイスシェパードの雌に恋をして、この犬を引き取ることになったのだ。
劣悪な状況で繁殖犬として使い捨てられたスイスシェパードには名前がなく、花蓮のまたしても安直な名付けで『スシ』と名付けられた。大型犬2頭がウロウロするのは、マンションでは狭い。自由にセントクリア世界と往来できるサドはともかく、スシは地球の犬なので散歩させる必要がある。新たな自宅周辺には広い公園やドッグランやドッグカフェもあり、なにより自宅の広い庭をドッグカフランに改造したので、散歩ができない日でも犬たちを庭で遊ばせるることが出来た。
犬に擬態したフェンリルと、地球産の犬が繁殖できるか興味はあったが、健康体になったスシは2度ばかり子犬を数匹ずつ生んだ。フェンリルのサドが、花蓮に付いて絶壁の地での騎士団地獄の特訓しているとき、最上級シークレットエリアの『希望の宝石』の広場から1個失敬してきて、老犬の域に差し掛かっていたスシへ持ち帰り食べさせたのだ。スシはこれで若さと長命を得て、サドの立派な伴侶となった。
スシの生んだ子犬達は成長してから皇帝に献上したところ、フェンリルとのハーフ犬ということで、大いに喜ばれた。アリオス皇帝は番犬として自分や妃、皇太子夫妻にも分配し、大臣らも「次に子犬が生まれたら、ぜひ当家に引き取らせて下さい」と花蓮に頼んだ。見かけは犬だが、人語を介し話せて魔法を操れる忠犬は、たちまち皇宮で人気を博した。
私立一粒万倍大学4期生となった秋には、アニメ会社就職の内定を花蓮は得た。中堅どころの会社だが、拘ったアニメを造ることで定評のあるの会社だ。
しかし滝宮会長が裏から手を回し、花蓮卒業を期に始動させる滝宮アニメ制作会社へ、既に就任が決まっていたアニメ会社の花蓮の内定を取り消し、滝宮アニメ制作会社に引きずり込んだのである。当初、花蓮は怒り狂っていたが、作りたいアニメを花蓮の采配で劇場公開してもいいという約束を滝宮会長が契約時に約束したので、花蓮は卒業と同時に出版社にアニメ化交渉をする営業部長の就任が決まっている。滝宮アニメ制作会社には、他にも優秀な花蓮の大学同期や他校のサークル仲間も加わることになった。
「それ、完全に仕事じゃないよな?」
同時期に滝宮芸能プロダクションの社長職に就任予定の遼がボヤくと、「おまえは花蓮くんの目を信用出来ないのか?」と逆に問い詰められた。それを出されると押し黙るしか無い。
遼が所属していた『聖剣の騎士団』の新規メンバー加入の路線を覆し、いまアーティストとして『聖剣の騎士団』3人が活躍しているのが花蓮の助言がキッカケだったと、遼はのちのち瀧宮会長から聞かされた。
卒業前から花蓮が瀧宮会長を伴って『次期営業部長』の修行として取ってきた仕事は、すぐさま結果が出る。花蓮卒業後の秋に映画公開された劇場版アニメは観客動員数はもちろん、グッズの売り上げも社会的ブームを起こすほど最強となったのだ。漫画オタクの営業部が、人気作品ではないが、日の目を見ない名作漫画を続々と発掘してしてくる。
そしてこれは私立一粒万倍大学出身者の辣腕者がプロダクションのスタッフに多いこともあるが、彼らは先輩たちからアニメ業界を支えるクリエイターの待遇が悪いことを熟知している。花蓮を通して瀧宮会長に進言したことにより、賃金の安いフリーランスのイラストレーターら制作陣に、業界最高賃金を出して福利厚生の充実した自社社員に引き入れた判断も大きいだろう。仕事は好きだが生活に疲弊していた実力派アニメ制作陣が続々と参入し、たちまち滝宮アニメ制作会社は国内外アニメ部門の賞レース常連となる未来が待ちうけいた。
そして3月、花蓮は私立一粒万倍大学を卒業した。大学院に進学して博士号を取るのも想定したが、セントクリア世界のアンダラ帝国騎士団の調教が忙しくて、大学院進学はいずれ暇ができた時にと想定している。
オタクのプロフェッショナル養成場のような私立一粒万倍大学の卒業式は、コスプレで参加する卒業生も多い。遼もてっきり花蓮は『創世記激闘大戦』のザイール司令官のコスプレで出席するのかと思いきや、大正時代風のレトロな柄の袴で臨んだ。もちろん長い髪はハイカラさん風に結って。コスプレでなく袴姿の卒着生の姿が、この大学にしてはいつになく目立つ。
「アレって、昨年からテレビアニメで人気に火のついた大正時代ファンタジー『豪傑ハイカラさんに、軍人はひれ伏す』の影響ですよね。女学生たちが味方に付けた魔獣に、横暴な軍人を1から調教する痛快コメディー。笑いと恋愛とお仕置きが渦巻く様が時代背景や、所定時間で成敗する往年の時代劇を彷彿とさせるレトロ手法で、若い男女だけでなく高齢者にもウケているらしいですよ」
完全に遼の従弟に擬態しきったタイガが、得意げに言う。
「その情報、いらなかった」
遼は頭を抱えた。純粋にアニメとは関係なく、最後のぐらいは卒業生だから学生らしい袴姿だと思い込みたかった。
「甘いですね、元帥。司令官の脳は9割がアニメと漫画、7厘が元帥閣下、3厘が僕らや騎士団調教シュミレーションですかねぇ。だから元帥も、その擬態用婚約指輪もさっさと外したらどうですか。司令官は北の大陸の戴冠式参加が終わってすぐ、本来は皇帝陛下しか開けられない皇宮の禁断の宝物庫へ放り込んでいましたよ」
タイガは花蓮への想いを隠さなくなっていた。軍配が遼に上がっているのは間違いないが、アニメオタク仲間から切り崩していく方法はゼロではない。
代々皇帝のみが開閉できる禁断の宝物庫は、すっかり今では花蓮の不要物(遼からの愛が重い不用なプレゼント)のゴミ箱扱いされている。ここに入れておけば、元帥とは言え自力での遼は取り出せないからだ。以前、遼がプレゼントとした、GPS付きピンキーリングも、とっくに宝物庫の花蓮専用ガラクタ山に埋もれている。
「けっ、おまえなんかに負けはずないだろう。俺たちは人間界で2年後に結婚する約束をしているんだ!」
「僕はそれが破棄されるに賭けます。恐らく司令官、そんな口約束忘れていますよ」
「俺が思い出させる!既に日本でホテル式場、披露宴会場、特注ウェディングドレスとモーニングスーツ、お色直し用のドレスとあるお揃いのスーツも注文しているんだ!」
遼は2年後の結婚式のためにいち早く招待者リストも作り、都内の超高級ホテルに5月のゴールデンウイーク期間中の大安吉日に既に予約を入れていた。
「無理じいは逆効果ってのを忘れてますね。それで墓穴を掘って別れたら、僕に任せて下さい。元帥より理解ある夫になってみせますから」
「調子に乗るな!」
遼はタイガにひじ鉄(本気)を食らわせて、タイガはその場にうずくまった。「後で司令官に言いつけてやる」と、うめきながら。
私立一粒万倍大学卒業式は、例年なら大講堂で行われる。だが今年度卒業生の来賓がずば抜けて多いのと、アニメキャラ葬式イベントや晴川悠一葬儀ディスプレイをはじめ、今回の卒業生は在学中に多くの痕跡を残したので、業界からの注目を特に浴びていた。一粒万倍大学の今期卒業生は、いつになくアニメ、マンガ業界の採用率が高かった。
そういうことから、瀧宮会長が遠縁の可愛い娘の卒業式でもあるという名目で、卒業式のために東京スペシャルドーム球場を抑えた。ドーム内はディスプレイ科所属在校生が中心となって、春の花の生花造花を織り交ぜて、華やかな装飾がなされた。
この翌日にライヴを控えていた大物アーティストバンドは、「これ、少し弄くれば使えるんじゃね?」と通路の花道やステージの花の一部は撤去されたが、装飾の大半はライヴに生かされることになる。ちなみに彼らはリハーサルがてら、私立一粒万倍大学卒業式のライヴも担当している。他にも卒業生ラフレシア腐人や、『聖剣の騎士団』といった豪華アーティストライヴも行われる。式典後のフェス顔負けの豪華ライヴ目当てに、卒業生関係者に紛れ込もうとするファンも数多くいたため、大学側は出席希望親族に卒業生との血縁関係書類を事前提出させたとか。ちなみに瀧宮会長は花蓮の縁戚であり卒業式大手スポンサーでもあるため、貴賓席に瀧宮会長の出席はもちろん遼とタイガも招かれた。
アリーナ席には卒業生が、スタンド席には来賓客、卒業生家族、在校生らで埋め尽くされている。昨今の来賓客は両親祖父母と大所帯傾向が強いが、今回は親戚まで加わっている家族も多いので、スタンドはほぼ満席だった。
ステージは豪華な壇上が設けられていたが、その後に行われる卒業ライヴイベントのため、ステージの7割は音楽機材が設置されていて、式典最中はそれらが隠れるように幕が下り、壇上背後の金屏風は、凝った花の装飾がなされていた。先ず学長が式辞が述べ、続いて来賓のお偉いさんからの祝辞が続く。ステージ下では、各学部の主任教授が挨拶をして、それに応える形で学部所属の卒業生が答辞を読む。
退屈な行事でひときわ目を引いたのは、アニメ・マンガ研究科の桜井教授の感動を込めた祝辞であり、それに応える都筑花蓮の答辞がこれまた熱のこもったアニメとマンガ愛に溢れた言葉だったので、参列客や卒業生の胸を撃ち抜いた。
各学部学科代表が壇上に登って学長から卒業証書で手渡さへ、一連の式典は終了。
お待ちかねの卒業生バンドの演奏が始まった。本来は部外者たるアーティスト(アニメソングを担当したことのある歌手限定)の面々も参加して、彼らも卒業ライヴを楽しみながら演奏し、普通とは違う毛色の変わった声援を浴びてアーティストは皆が皆、悪い気がしなかった。
『聖剣の騎士団』が歌っている時、遼も懐かしさとあの場に居ない自分に複雑さを憶えたりもしたが、引退ライヴから2年が経ち、随分と道が分かれたものだと改めて実感した。引退の悔いはない。その後も仲間と連絡を取り合い、たまにプライベートで食事会をしている。しかし第三者視点でライヴを観るのは初めてで、御嶽リョウの引退は正解だったと改めて認識した滝宮遼だった。
私立一粒万倍大学卒業式の後は、打ち上げ飲み会が行われるいうことで、学部や学科によって分散した。
文学部アニメ・マンガ研究科は大学の小ホールを借り切って、宅配ファストフードを酒を持ち込んで食べながらのアニメ鑑賞会だ。そこには桜井教授をはじめとする、研究科の教授や講師も参加して、大学最後のオタ活講座が行われた。
「花蓮の奴、さっさと帰ってくればいいものを」
新都筑家豪邸の大型キッチンで、怒りの炎を燃やしながら、遼は猛烈な勢いで料理を作っている。
「しかしすごい豪邸だなー、ここが遼の家かよ」
家にはタイガの他に、『聖剣の騎士団』3人が招かれていた。
「ここは遼君の恋人の家です。遼君は近くに別宅がありますが、ここに半同棲しています。けど直に別れると思いますし、そうしたら僕が花蓮さんの後釜になります。早く別れてくれないかなー」
タイガは巨大テレビのある広いリビングで、『聖剣の騎士団』3人に料理ができるまでの間、お茶とお菓子を給仕している。茶菓子は、先ごろ始まった『創世記激闘大戦』の映画封切りに合わせて始まった、展示会限定ショップで売っていたキャラパッケージデザインのクッキーやウエハースだ。
「タイガ、おまえ勝手なこと言ってるんじゃねぇ!」
手にしたフライパンを危うくタイガに投げつけそうな、キッチンから振り返った鬼の顔の遼だった。
「おまえにそんな面があったとは。昔は何事にも動じず、冷めた奴だと思っていたけど」
「あるときを境に、アニメやマンガの話題を振ると、逆鱗の片鱗は見えていたけど、婚約者への愛ゆえだったのか。どんだけ惚れこんでるんだよ」
「早く間近で見たい!遼を骨抜きにした婚約者ちゃん!答辞のときは遠すぎて、背の高いハーフ顔としか分からなかったし。早く帰ってこないかなー」
『聖剣の騎士団』の元仲間たちは、言いたいことを口々に言う。遼は一息ついて平静を取り戻すと、猛烈な勢いでキャベツを刻み始めた。野菜、特にキャベツの千切りは遼の精神安定に役立っている。
『聖剣の騎士団』の仲間たちの話は、遼を無視して続いていく。そりゃあ、あのクールで無駄を嫌う神経質な面が強い遼が、オタク丸出しのリビングに甘んじていることからして、婚約者への大きな愛は丸わかりというもの。豪邸であっても普通の自宅に、特注ケース入り等身大ザイール総司令官のフィギュアがテレビの脇にドンと置かれ、スクリーンモドキのテレビと対極の壁には『創世記激闘大戦』の臨場感あふれる大型ジオラマ。様々なアニメが隙間なく埋まった公式販売ブルーレイ。そのほんの一画の少ないスペースに、『聖剣の騎士団』をはじめとするアーティストのディスクがあるのは、きっと遼の僅かな意地だろう。
リビングのガラステーブルは引き出し式で、ガラスを通して見える小分けされた引き出し内部には『聖剣激闘大戦』ザイール総司令官のレアグッズが飾られていた。いまタイガが給仕している食器も、日本の有名陶磁器メーカーと『創世記激闘大戦』コラボのティーカップセットだ。
「遼がポーカーフェイスを崩しだしたのが大学1回生夏ぐらいからだから、あの当時から付き合ってたのか。俺たちにも気づかせないなんて、凄い神経使ったんだろうな」
「執着愛じゃね?いまの形相からして、愛が重いのは遼の方だと見た。婚約者のことはよく知らないけど、今日の演説からして、恋愛に於いてはサバサバを通り越してドライに見えたし。アニメに興味が全振りしてそう」
「柄にもなく遼が薬指に指輪しているから、まさかとは思ったけど、マジで婚約していたとはね。あの答辞読んでた卒業生が遼の恋人なら、苦労しそう。あの名教授のもとで学んだけあって、アニメとマンガ愛が深すぎるオタクの真髄答辞だったな」
「就職組?それとも大学院進学?」
「大学院に進んだら、あの名物教授そっくりになりそうだな。アニメ熱血漢の権化って感じ?」
『聖剣の騎士団』の連中は大笑いする。名物教授とは、今も語り継がれるザイール総司令官葬儀で演説した桜井教授のことで、あれを期にテレビやネット配信からアニメ考察コメンテーターの仕事が業界から本業活動に支障をきたすほど舞い込んでいる。
「遼の甥っ子君からも話を聞きたいな。普段の遼って、どんな感じ?」
『聖剣の騎士団』連中は、タイガに話題を振る。姿を変える魔法を使っていたタイガだが、地球人のときの自信なさげで儚げだった晴川悠一と、いまの陽気で物怖じしないタイガが違い過ぎるので、仮に晴川悠一本人の顔をしていても気づかれなかったのではあるまいか。
「鬱陶しい粘着質のストーカー愛ですよ。恋人の花蓮さんに言い寄ろうものなら、その男を三枚おろしにしかねない執着ぶりです」
タイガはここぞとばかりに、遼の重たい愛情遍歴を語り『聖剣の騎士団』を爆笑させた。そこへ関係者との雑談を終えて訪ねてきた瀧宮会長が訪ねてきた。普段、仕事終わりが在京なら愛妻のもとへ直帰だが、遠方出張中はホテルから転移して都筑家で寛いでいる。今回は花蓮の卒業祝い持参でやっきたのに、留守なのは残念だ。
『聖剣の騎士団』の話題に瀧宮会長も加わって、遼がどれだけ恋人に迷惑をかけているかのエピソードに花を咲かせた。
(親父とタイガ、あとで覚えてろ。特にタイガ、おまえには明日から手加減一切無しの地獄の特訓をつけてやる)
遼は油を出して、唐揚げやエビフライ、チーズ巻牛カツ、自家製クリームコロッケなどを揚げながら胸に誓った。
10.愛されし者
謝恩会という名のオタ活講座を花蓮が中座して、トイレへ行った。用を済ませてトイレのドアを開けると、そこは洗面台ではなく、霧深い森の中に広大な湖があった。霧は出ても明るく、霧そのものにも七色のピンポン玉のような光が沢山浮いて動き回っている。よく見るとそれらは小さな妖精だった。
「異世界の稀有なる者よ。妾はそなた様な者が現れるのを待っていた」
純白の中世ドレス、黄金の髪は地面に届くほど長い美女。普通の人間と違うのは、背中に大きな透明な羽があることか。
「ここ、地球だよね。地球だけど、地球に隣接する聖域エリア。地球本体から避難した妖精や幻獣の避難所」
花蓮はさしたる驚きもなく、地球であって地球とは趣の異なる時が止まった世界に何の驚きも感慨もなく答える。こうした聖域は、セントクリア世界にもある。興味がないので行く気も無いが。
「ここはアヴァロンじゃ。私は湖の貴婦人モーガン・ル・フェイ。そなたに頼みがあって召喚した。いま地球が瀬戸際まで追い詰められているのは、そなたも存じているだろう。地球や人間に溜まった負の澱を、これで祓ってもらいたいのじゃ」
モーガン・ル・フェイは両手で、赤い鞘にドラゴンの金模様が施された長剣を掲げていた。
「エクスカリバー、また聖剣かよ。間に合ってるので、他をあたって」
せっかくアニメ談義と酒で心地よくなっていたのに、花蓮の機嫌は一気に急降下となる。
「そこを何とか!そなたが『理の破壊者』であり、『聖剣に愛されし者』なのは存じておる。そなたしか、この地球を守ることは出来ぬのだ!」
「そこまでお詳しいなら、私の評判も存じてますよね?私は人から何かを押し付けられるのは大嫌いだし、気に入らなければ世界丸ごとぶち壊せる破壊者だと言うことも。他を当たって下さい。それとも手始めに、このアヴァロンを粉々にしてやりましょうか?」
花蓮が不機嫌丸出しに脅すと、モーガン・ル・フェイは綺麗な涙を流しながら湖へ消えていき、花蓮の世界も元の大学化粧室へ戻った。
「ったく、なに勘違いしてるんだか。人1人が人柱になったところで、現場や未来を選択するのは、この地に生きる生きとし生けるものの裁量なんだと、浮世離れした神に近い存在には、そんな簡単な理もわからないのかしらねー」
花蓮は飲み直そうと、謝恩会会場の大学小ホールへ戻って行った。
…その後も花蓮は地球上の世界各国の聖剣封印者(神に近い妖精や精霊、神の眷属)に召喚されるが、ことごとく跳ね除け、逆に相手が震え上がるぐらい追い詰めた。
「私は聖剣ホイホイじゃないっていうのー。粘着されるのは遼だけで充分」
…そして花蓮は4月1日から就職し、念願の公私ともにアニメとマンガの世界に浸れる、キツい仕事もあるが手応えと充実感のある日々を過ごした。
2年後の遼と約束は果たしたか?
もちろん、一度した約束を花蓮は守る。それに滝宮芸能プロダクションで辣腕を振るう滝宮遼社長との地球での結婚は、花蓮が属する滝宮アニメ制作会社にとっても大きなメリットがあった。
更に仕事は多忙を極め、私生活でもすれ違いが多いなか、「俺と仕事のどっちが大事だ!」とたびたび遼の不興を買うが、知ったこっちゃない。花蓮にとって大事なのは、仕事とオタ活なのに変わりはない。
地球での約束は守ったのだ。花蓮は新たに自分が選んだ宝石飾りのない地球産のシンプルな結婚指輪をはめて、アニメ世界にどっぷり浸かった人生を謳歌した。
子供?それは滝宮遼、滝宮花蓮が地球での人生をリセットしてセントクリア世界へ一時帰還するまで、お・あ・ず・け。
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レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
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