1 / 4
第一章 婚約破棄断罪(裏事情)
ウチの図書室には妙なものが飛んでくる
しおりを挟む
1.婚約破棄
「スカーレット・トパーズ公爵令嬢、貴女との婚約を破棄する!」
ジェイド王太子は、舞踏会が始まって早々、高らかに宣言した。今宵は王太子の婚約者スカーレット・トパーズ公爵令嬢のデビュタントの日でもあり、彼女が本日の主役だった。
(いや、おいおい、そこは隣にヒロインを侍らせておくべきだろう。下級貴族令嬢とか、平民出身とかさ。説得力が足りないのよ。まあ、この婚約破棄自体が茶番だから仕方ないか)
「かしこまりました」
スカーレットは顔色一つ変えることなく、王太子に応えた。
周囲からどよめきは上がったが、それは事情を知らない、ほんの少数。すなわち、王宮事情に詳しくない十把一絡げの連中だ。玉座の国王と王妃も表情一つ変えず平然としているし、愛娘が目の前で恥をかかさせれたにも関わらず、トパーズ公爵夫妻もシャンパン片手に談笑しながら、成り行きを見ている。
豪奢な白のローブデコルテドレス、ダイヤモンドとプラチナ製のティアラ、首飾り、イヤリング、腕輪で飾った絶世の美女と言うにはまだ若すぎるが、美少女から脱皮しかけたスカーレットの美しさときたら、本当に王太子は婚約破棄が惜しくなかったのかとも思ってしまう。
幼い頃から次代の王妃に指名されて、徹底的にお妃教育を受けてきたスカーレットは、容認、マナー、性格、非の打ち所のない完璧な女性だった。
そこへ貴族たちの間を割って、青銀の髪をした美形がスカーレットに近づいてくる。北の大国ディビッド王太子だ。我が国の王太子よりも華やかな装いをしているが、彼が大国の王太子だからだけでなく、本日の主役の片割れだからだ。
「スカーレット・トパーズ嬢、私と結婚してくださいますか?」
ディビッド王太子は、茜色の美女の目の前に膝まづき、プラチナ製の箱を開ける。そこには王太子の瞳にも似た、大粒のエメラルドの指輪が入っていた。
「喜んで」
スカーレットが左手を差し出すと、ディビッド王太子は彼女の左手薬指に指輪をはめた。手袋ごしだがサイズはぴったり。いや、ここでサイズが違っていたら国の問題に発展する。
実はこの自国王太子の婚約破棄と北の大国王太子のプロポーズのワンセットは、ディビッド王太子が以前、たまたま所用で我が国訪問した際に王太子妃予定のスカーレット公爵令嬢に一目惚れして、紆余曲折の末、北の大国の王太子妃に内定したんだよね。そしてディビッド王太子の本来の婚約者である北の大国の侯爵令嬢が、我が国のジェイド王太子の婚約者となる。つまり婚約者入れ替えとなるのだが、別にこんな大ごとにして我が国の王太子に恥をかかせなくても良いと思うのだが、「大義名分は必要」との北の大国の意向により、こんな茶番が用意されたわけで。
まあ、代わりに北の大国の庇護も受けられるし、北の大国と取り合いになっていた銀山の所有権も正式に我が国のものとなったわけだから、持参金としては充分かもしれない。傾国の美女に相応しいスカーレット公爵令嬢、これは一気に諸外国に伝わるいい宣伝にもなるだろう。
ウチの国、大国でも小国でもないけど、作物以外は取り立てて名産もない、四方が他国に囲まれてるんで、外交が一番大切なんだよね。特に隣接する南の大国はレムリアン王国には脅威だったので、北の大国が後ろ盾につくのは我が国としても、願ってもない提案だった。
そうは言っても、婚約破棄で打ちのめされる悪役令嬢ストーリーが頭にこびりついた私としては「物足りねー」としか思えんけどさ。
私は、しがない伯爵令嬢。年齢はスカーレット様より2歳年下。14歳から社交界デビューは出来るが、大抵は16歳でデビュタントが多数。あまり若くして社交界デビューすると、婚約者探しで血眼になってると嘲笑される。ま、私の場合は姉のアテナが16歳社交界デビューするんで、ついでに私もってことになったわけで。お陰で面白いけど、物足りないないもの目撃できたわ。
ちなみに私、ダイアナ・リングは、家格は下がるけど子爵家嫡男と婚約しています。家柄は別に気にしていない。要は相性の問題で、婚約者のカイルとは昔ながらの気の合う仲間。まあ実際に結婚となったら、友達だった分、気恥ずかしいかもしれないけどさ。実在する人間の男性の中では、婚約者のカイルが一番かな。私、二次元オタクなんだよね。
まあ、普通の人にオタクなんて言っても「なんのこっちゃ?」と首を傾げられるだけだけど。ウチの図書室に、異世界の本がけっこー紛れ込んでくるのよ。別にウチの世界は魔術なんてものはないし、我が家もフツーの伯爵邸なんだけど、いつ頃からか妙な本があることに、書痴の私は気づいた。司書も気づいていたけどね。そして異世界の本を読めるのは、私と司書だけ。
前世で私は、異世界の住人だったのかなぁと想像すると楽しい。でもマンガのような異世界転生記憶とかは皆無。
それと図書室に飛んでくるのはマンガやライトノベルだけでない。マンガを読み込んでる私には分かる。専門書の類は、この世界に持ち込んだら劇的に生活は発展はするが、ヤバい兵器なども作られて世界が一変しかねないことも。だから黙ってる。楽しむのは私だけで充分だ。
「しかし、この一件で、我が国の殿下が各国から馬鹿にされるよなぁ。もっと穏便に出来なかったのかねぇ」
婚約者のカイルが、軽食と飲み物を立席型テーブルに乗せて、食べながら私の横に立っている。もちろん私も、ダンスなんて全く興味がなく、ビュッフェから目ぼしい料理を皿に大盛りにして、食べながら、出来の悪い茶番劇を後部から観覧していた。
カイルは私より2歳年上、姉と同じ年だ。私より少し前に社交界デビューを果たしている。姉と同年齢ながらも、昔から女伯爵が決まっている姉からバカにされ続けていたため、姉がそこそこの美人になったにも関わらず、姉のことはよく思っていない。いや、無関心。好意の裏は無関心と言うが、姉はカイルが身分が低くても、そこそこにイケメンになったから、無視されるのが気に入らないらしく、よくちょっかいを出しているが、てんで相手にされていない。
「もっとワクワクするような面白いことがあればいいのになぁ」
私が言うと、カイルにデコピンされた。
「社交界で面白いことなんて、大抵は失脚ものの大変なことだ。ただでさえ、こんな大ごとの後なんだ。あー、おまえのエスコートで王宮なんて魑魅魍魎の巣窟に来るんじゃなかったよ」
カイルは次期子爵とはいえ、地方の下級貴族の人間。本来なら、王宮の舞踏会に招待される資格のない。それ言うなら伯爵令嬢の私も、しがない次女だし、婚約者もいるから、王宮なんて来る必要あるのかねとも思ったけど。両親がうるさいから、まあ仕方がない。特に母親は「同等の家格の家に嫁がせてやれないから、せめてデビュタントは王宮で」と、伯爵家跡取りの姉への準備より、むしろ私の支度に燃えていた。
迷惑な情熱だ。私は姉と違って華やかさに欠けるし、楽しみにしていた王宮の軽食もそこまで美味しくない。街の店の料理のが美味しいのは、見た目より味で勝負してるからだよね。
「おまえ、デコの化粧が剥げてるから、化粧室で直してこい」
カイルは私を見下ろして言う。「デコピンで剥げさせたおまえが言うな」と悪態つきつつ、化粧室へ向かう。しかしまあ、王宮へ入るのも今回で最初で最後だろうけど、キンキンキラキラで落ち着かないことだ。
化粧室で侍女に化粧を直してもらい、舞踏会広間へ戻ろうとした時だった。
「そこの可愛いお嬢さん」
聞き惚れるほどいい声だが、王宮で逢引とは楽しそうではないか。つい柱に駆け寄り、ナンパ男とナンパされた女性を覗き見しようとワクワクして柱越しに振り返ると、目の前に男性がいた。侍女は社交界での超有名人を間近で見れた感激で失神した。
「ギャッ!」
慌てて逃げようとするが、ハイヒールって走るのに向いてない。私は男性に腕を掴まれた。おい、淑女に触れるのはご法度だと習わんかったか。いや、遊び相手探すようなナンパ野郎が、紳士マナーなんて気にするはずもなかったか。
「こんな可愛い子がいるなんて、物陰に隠れているのも役得だね」
ガス燈の火に照らされたその顔に「あっ!」と私は思わず声を上げた。姿形の本物を見たことは無いが、この人外の美貌と金髪と青い瞳は、評判の公爵子息で、王太子殿下の従兄。名前、忘れた。ただ公爵家の次男坊で、伯爵の爵位を持っているのは知っているし、社交界では既婚未婚、婚約者有無を問わずに女性を虜にするという超有名人だ。名前は記憶にない。そして私の好みの顔でもない。
「離していただけませんか。婚約者が待っているので」
「えー、嫌だ。せっかく好みの女の子とようやく巡り合えたのに」
とろけるような目で見つめるこの変態じみた美形に、全身鳥肌が立つ。なにより、他の女性に見つかったたら、嫉妬の的になるではないか。
「離せって言ってるだろうが!」
私はマンガで読んだ男の急所目掛けて蹴りを入れるが躱された。それどころか、お姫様抱っこされた。
「かわい子ちゃん、僕が宝物みたいに大事に大事にしてあげるから、婚約者なんて忘れようね。イイコトして、忘れさせてあげるから」
手際よく薬を嗅がされて、意識が遠のく。「コイツ、顔は極上でも、手慣れた調子で何人も女性を食ってやがる」と、危機感に悲鳴を上げたくても、やがて意識を失った。
2.ヤバい、ヤバい、ヤバい
目が覚めたとき、ダイアナは天蓋付きのベットの中にいた。同時に変態の手で、意識のないうちに、既に乙女でなくなっていたのを知った。冷や汗を流したいが、相手は一回で満足していないようで、まだ大人になって間もないダイアナの体を貪っており、心の冷えじゃなくて体の熱さが別の汗を流す。
抵抗しようにも、相手は青年で自分はまだ大人になりかけの少女に過ぎない。
「あ、目覚めたんだね。これからは大切にしてあげるからね。結婚も早くして、沢山子供を作ろうね」
人外美形が微笑みながら、ダイアナにキスをする。「ウゲェ」と吐き出したいが、組みし抱かれて逃げられない。
(コイツ、女性を騙す常套句を使ってやがるな。そーはいくか。コッチはマンガで日々学んでだよ。問題はカイルへの言い訳か。まあ、下手に隠すよりストレートに言ったほうが、カイルは理解するだろうな。婚約破棄はしたくないけど、こうなっちゃうと、別の相手探すのも視野に入れないとなぁ)
「なに考えてるの。僕以外のことに思いを巡らせるのは気に入らないな」
人外美形は不満を漏らす。
「相手の承諾なく、こんな事する変態に対する礼儀はない。コッチは将来潰されて、先々を考える必要があるんだ」
ダイアナはぶっきらぼうに言う。相手を非難しつつ、婚約破棄された先を考える。いっそ独身を貫いて、我が家の図書室に居候させて貰うのもありかも?
「心配せずとも、ちゃんと僕が君と結婚するよ。君みたいな子をずっと探してたんだ。明日にでも、婚約証明書を陛下から貰ってくるね。で、君は元婚約者とは婚約破棄。まあ、もうこうなったら先方なら断られるだろうね。ちゃんと元婚約者の家には慰謝料は払うよ。君を手に入れたことに比べたら、どれだけ吹っ掛けられても支払うから」
「そう言って、翌日には無知な女性を言いくるめて、逆に婚約相手に婚約破棄しないよう大金支払ってるんじゃないの?私は騙されないから」
「僕、こんなことしたのは、君が初めてだけど?」
「嘘つくな、この下衆が!貴様の薬の嗅がせ方、手慣れすぎてるんだよ!」
「あー、あれね。別に他の女性と遊ぶ方法でマスターしたんじゃなくて、むしろ逆。相手がいかがわしい薬使って、僕と既成事実を作りたがる相手が多くてさ。だから薬で眠らせて放置しとくの。あ、衛兵に言って休憩室に運ばせる配慮はしてるよ」
「明日になればバレる嘘を。まあ、明日になれば分かる。疲れた」
ダイアナは気絶するように寝た。今朝は早くからデビュタントの支度をに追われ、キンキラ王宮で気疲れした果てに、この結末。疲労困憊、体ガタガタ。疲れないはずがない。
「うーん、信じてもらえないか。君に婚約者がいなければ、こんな強硬手段取らなかったんだけどね。でもほんと、可愛いなぁ」
人外美形は、ダイアナの華奢な身体を抱きしめて、満足げに自らも眠りに落ちた。
ダイアナが次に目を覚ましたとき、天井がステンドグラスになった豪奢な風呂場の浴槽で、侍女5人がかりで全身を洗われていた。明るい浴室で、侍女と言えど知らない女性に、発育途中の全裸を見られた羞恥心に動揺して抵抗しようとするが、昨晩の執拗な人外変態美形のせいで、全身の力が入らない。結局、体を洗ってもらった上に、着替えもさせてもらい、部屋まで抱きかかえられて移動する羽目になった。
(おのれ、あいつロリコン入ってるな。以前読んだマンガに、光り輝くような容姿で生まれた王子が、天涯孤独の親戚の子を養女として自分好みに育てて、まだ幼さが残る養女に襲いかかって強引に妻にした話があった。いや、あれはロリコンというよりマザコンだったか、ナルシストだったか。自分の母親や自分に似ている理由で、養女を妻にしたんだったよな。それでも飽き足らず、美しいなら女だけでなく男にも手を出していた究極の変態。美形も極めすぎると、変態に進化するのは、現実世界でも同じなわけか)
ダイアナは美味しい朝食ー既に時計は昼食の時間になっていたがーを、侍女2人に食べさせてもらう。空腹だが、スプーンも持てないほど力が出ないのだ。もう1人の侍女からは、取っ手付きの椅子から滑り落ちないように支えてもらっていた。
(あの変態は、姿を現さないな。まあ、どうせ他の女のとこにでも行ったのだろう。私もさっさと家に帰りたい。カイルに昨晩のことを早く、報連相して、互いに今後の生き方を考えないといけないし)
ダイアナは美味しいクロワッサンをモクモグさせながら考える。
「あのー、お手数ですが家も私を心配しているでしょうし、早く帰りたいのですが」
食後のデザートのシュークリームとカフェオレを食べ終えた後、ダイアナは侍女に伝える。
ちなみにいま着ているのは寝間着でも、昨日のローブデコルテドレスでもなく、レースとフリルたっぷりの、ダイアナが絶対に選択しないピンク色の部屋着ドレスだった。サイズがあつらえたようにジャストフィットなのも恐怖を感じる。
「お疲れでしょうから、ベットにお運びしますね」
ダイアナの質問には応えず、侍女はニッコリ笑って、その細腕からは信じられない力でお姫様抱っこされながら、ダイアナは昨夜とは違う寝室に運ばれた。
(あいつ、マジでロリコンじゃんか。何なんだ、この寒気のするような部屋は)
家具は全て白木造りに金の縁取りがされた豪華なもの。しかしカーテンから絨毯や壁紙に至るまでパステルカラー、そしてカーテンや寝具には例外なくレース。棚には沢山の可愛らしいぬいぐるみが並び、ベットにも大きなピンク色のクマのぬいぐるみがドドンと存在感を示している。
対してダイアナの好みは、渋め重厚感のある部屋だ。自分の部屋も苔茶色基調の飾り気のない家具、紺色のカーテンとベージュ色の絨毯を敷いている。母親からは「こんな男の子みたいな部屋にするなんて」と日々嘆かれているが、別に女子力ゼロな訳では無い。沢山の本が詰まった本棚は専門書でカムフラージュしているが、その後ろには恋愛系ファンタジー系のマンガやライトノベルがずらりと並んでいた。
「あのー」
「それでは、ごゆっくり」
ダイアナの質問を笑顔でスルーして、侍女達は去った。
「こうなったら、自力で脱出するしかない」
食事したお陰で、多少は力が出た。だが部屋履きを履いて立ち上がると、足が小鹿のようにプルプル震えている。伝い歩きでないと移動も出来ない。
「おのれ、こんな時こそポーションを。なんてのはマンガの中にしか無いけどさ、せめてクソまずいが効果抜群の滋養強壮栄養ドリンクを飲ませてくれれば」
この世界の滋養強壮剤は強烈に不味いが、効き目は抜群だった。決して進んでのみたいものではないが、いまほどアレが必要だと痛感したことはない。扉まであと少し。棚に捕まりながら歩いたが、足が限界に達して倒れる。が、ふかふかな床に落ちることはなかった。あの人外変態美形が持っていたものを放り投げて支えてくれたのだ。
「駄目じゃないか、まだ寝ていないと。微熱だってあるのだから」
「誰のせいで、こうなった!早く私を家を返せ!」
「うん、まあ、ちょっと待っててね」
人外変態美形は、ベットにダイアナを戻す。そして放り投げたものを拾い上げて戻ってきた。3つの書簡箱。2つは見るからに金で出来た豪華なもので、宝石までちりばめられている。箱の留め金についた紋章。貴族令嬢の教育で、各家柄の紋章を覚えておくのは常識。一つはレムリアン王国の国王の紋章。もう一つは国王の実弟ウェルハーズ公爵の紋章。
「あ、思い出した。アンタの名前、チャニング伯爵だ。ファーストネームは知らんけど」
ウェルハーズ公爵家の紋章で、やっと思い出したダイアナ。
「えー、割と有名人かと思ってたのに。じゃ、改めて自己紹介。僕はエーヴェル・ウェルハーズ。公爵家の次男で、成人と同時にチャニング伯爵の爵位を父から譲られ、領地も得た。君も来年にはリング伯爵令嬢じゃなくて、チャニング伯爵夫人になるから。あ、でも陛下が結婚祝いに侯爵に叙爵してくれると言ってたから、侯爵夫人になるのかな。何処の領地くれるかで、また名称が変わるけど。
貴族の頭の痛いところ。爵位がコロコロ変わる。だから毎年発行される貴族名鑑は必需品。
「ファーストネームはどうでもいい。それより、ウチから何の報せを持ってきた」
そう尋ねながらも、ダイアナは嫌な予感しかしない。なにしろ国王陛下の紋章書簡箱、ウェルハーズ公爵家の紋章書簡箱、そしてリング家の紋章のついた、箱に装飾はあるが鉄製の書簡箱。
実家の書簡箱を受け取って中を開く。立派な公式文書用の紙には、エーヴェル・チャニング伯爵とダイアナ・リング伯爵令嬢の婚約が書かれ、末尾にはリング伯爵の承諾サインと当主の印章が押されていた。ダイアナは気絶しそうになるのを何とか堪えて、同封された手紙に目を通す。そこには歓喜した父親の踊るような文字で、大物婚約者をつり上げた喜びの文章が記されていた。
「はあ?冗談じゃないわよ!私はカイルと再来年結婚して、次期グレイ子爵夫人になるって決まってるのに!」
「あ、それも解決してきたよ。グレイ子爵家には即金で金貨千枚を慰謝料として支払って、婚約破棄してもらった。コッチの国王陛下の書簡とウチの父親の書簡は、公式文書での僕たちの婚約許可書。ウチの母なんて、一生僕が独身じゃないかと案じてたらしく、感涙しちゃってさ。直ぐに馴染みの洋裁店へ、ウェディングドレスの発注したよ。結婚式に関する費用は全てウチの実家が支払うから安心して。そして結婚式と披露宴兼舞踏会は、王宮でやることに決まったから。結婚式は6月6日。王太子殿下の結婚式が6月27日だから、来年の6月は忙しくなるね」
嬉しそうに話す人外変態美形改めてエーヴェル・チャニング伯爵は満面の笑みだ。
一方のダイアナはこの世の終わりみたいな顔をしている。
「冗談。公爵家の次期公爵でないとはいえ、国王陛下の甥。しかも性格はさておき、国内一の超美形で、アンタとの結婚を狙う既婚未婚者は数しれず。私、貴族世界から鼻つまみ者にされるじゃない。いまから破棄、婚約破棄!私は生涯実家で引き篭もるか、それが許されないなら修道院に入るから!」
「だーめ。君は僕の愛妻になって、幸せな家庭を作るの。子供は男の子3人、女の子はいくら居てもいいな。取り敢えずは4人以上欲しいかな」
「き、鬼畜!」
子供7人なんて、側室でもいれば軽く達成するが、大抵の正妻は3人生むのが限界。それ以上は社交にも影響が出るし、そもそも体のラインが崩れる。ダイアナは鳥肌が蕁麻疹に変化しそうな心地だった。いや、既に何かの病気かってぐらいに全身にエーヴェルのキスマークがつけられてるが。
「君に似た黒髪の子が欲しいなぁ。顔立ちもそっくりで。そうしたら、君の幼い頃を追体験できるよね?」
「他所のご令嬢にも、黒髪で更に美人な方は沢山おられますよ。家格と容姿の見解からすると、ナイジェル侯爵のご令嬢姉妹が全員、美しい黒髪と、更にお美しい顔立ちをしておりましたね」
「嫌だよ、ナイジェル侯爵のトコなんて。あそこの長女と次女は結託して、半年前の夜会で気が緩んでいた僕にワインに溶かした催淫剤を飲ませて、危うく僕の貞操と評判がガタ落ちになるところだったんだ。あの時、兄がいち早く異変に気づいて助けてくれたから、事なきを得たけど」
ウェルハーズ公爵の次期公爵といえば、グランベリー侯爵か。それなりの美形で有能で、国王に重用され、側近として働いている。ちなみに超がつく愛妻家で…
そう言えば、グランベリー侯爵の正妻、既に3人の子持ちで、いまも妊娠中だった気がする。幻の貴婦人と呼ばれているのは、常に妊娠中で、茶会や夜会に出れないからだ。
(怖え。この兄弟、どんだけ夜の戦に強いんだよ。絶対無理、私には無理過ぎる!)
「あの、私は体が丈夫でないものですから、高位貴族の夫人になるのは不適格かと」
「御冗談を。父君に聞いてるよ。君、相当なお転婆で、趣味は騎馬、特技は木登りと脱走。風邪の一つも引いたことのない、丈夫な心身と太鼓判を押されたよ」
「おのれ、お父様。余計なことを」
ダイアナは歯軋りする。でも本当のことだから、反論できない。でもこの男には、別の意味で強靭な肉体が必要だと思われる。そしてダイアナに、そっち系の強靭さはない。絶対ない。必ずない。賭けてもない!
「ともかく、一旦、家に返してください。婚約の有無がどうであれ、婚前の男女が一つ屋根の下にいるのは世間体が悪いですわ」
ダイアナはツンと澄まして言う。するとエーヴェルがベットに滑り込んできた。
「世間体なんて、実力で跳ね除ければいいだけの話。ウチの兄だって、婚前に婚約者を孕ませて、大慌てで挙式早めた経緯があるからね。僕も早く夫婦になれるなら、励まなきゃ」
ドレスに手をかけようとしたエーヴェルに、ダイアナはガブリと噛みつく。
「あー、ごめんごめん。いまの君に無理させてはいけないと、医師と侍女頭から雷落とされたんだった。体力戻るまで、添い寝で我慢しとかなきゃ」
エーヴェルはダイアナに噛みつかれた手を気にせず、空いたもう一方の手でダイアナを抱きしめる。そして血がにじむほど噛まれているにも関わらず、寝息を立てて眠りだした。
「何なの、この変態。痛覚ないんじゃ。つーか、寝てても忌々しい綺麗な顔。これ、女性だったら、絶対に傾国の美女として国を滅ぼせる展開激アツストーリー。我が国は無理だけど、大国に送り込んだら面白いことになってただろうなぁ」
欠伸して、ダイアナも正直なところ寝たりなかったので、スヤスヤと眠りだした。
3.帰宅
半月後、やっとダイアナはリング伯爵邸に帰れた。もっともいまは社交シーズンの最中なので、領地の本邸ではなく、王都のタウンハウスに居るわけだが。
帰れた理由が、微妙というか腹立たしいと言うか。単に月のものがきたからだ。それでもエーヴェルは引き留めたが、「一度ぐらい帰らせろ」と主張するダイアナに折れた形でのご帰宅だ。
チャニング伯爵家の紋章入の馬車が、リング伯爵家のタウンハウス前に止まり、ダイアナは下車した。あのウザい男は、里帰りを赦す代わりに、侍女を1人同行させた。
「本当は十名ぐらいつけたいけどね。僕のスィートハートは、隙あらば脱走する野良猫みたいだと評判らしいから」
ダイアナは、野良猫らしくこの絶世の美顔に爪でバリバリ引っ掻いてやりたいところだったが、社交界の御婦人の怒りが怖いので我慢した。社交界へは、結婚するまで出なくて良いとエーヴェルの意向により欠席出来るのは助かったが、チャニング夫人となったら悪夢の日々が増えるのは確実だ。何としても回避して、この悪魔から逃れねば。
「どういうことなの!」
玄関に入るなり、リング伯爵夫人と姉が開口一番、ダイアナを問い詰めた。
言葉は同じだが、意味合いが違う。リング伯爵夫人の場合は、どうやってあんな好物件を射止めたかの歓喜によるもの。姉アテナの場合は、王家と連なる人外美形を獲得した妹への嫉妬からだった。
「ともかく、休ませてよ。あ、彼女は変態…じゃなくて、チャニング伯爵家の侍女という名の監視人のミリアム」
ダイアナは背後の侍女を紹介する。ミリアムは、高位貴族令嬢もかくやというほど完璧なカーテシーをお披露目した。あの家の侍女は下級貴族令嬢や商家の娘といった身元のしっかりした人間ばかりなので、マナーは完璧だ。
早速、リビングに通される。リング伯爵邸の召使いがお茶と茶菓子を給仕して去る。人払いに、チャニング伯爵邸から派遣された侍女ミリアムだけは例外だった。
「さて、おまえがいきなりチャニング伯爵様と婚約したと聞かされたときには、仰天のあまりぎっくり腰になってしまった。いったい、何がどうなって、こうなったのだ?」
父のリング伯爵がダイアナに尋ねる。
「私も訳わかんないうちに拉致られたのよ」
そしてチャニング伯爵の侍女ミリアムがいるにも関わらず、ダイアナのエーヴェルに対する鬼畜ぶりを弾丸のように話しまくる。
話を聞いた両親は顔を曇らせるが、姉のアテナは「なんて素晴らしい」と夢見るように言う。何処が素晴らしいのか、夢見る女子が現実に直面した時の絶望感を知りやがれと、ダイアナはつい思ってしまった。
「髪色はともかく、容姿は似てるのだから、ダイアナの代わりに、私がチャニング伯爵と結婚出来ないかしら」
アテナの言う通り、ダイアナは黒髪でアテナは金褐色の髪色。顔立ちはパーツは似てもなくもないが、華やかなオーラを放つアテナと、地味なダイアナは正反対とも言える。だが姉妹であることには変わりない。
アテナの提案に、ダイアナは飛びつきたい。つい前のめりになってしまうが、背後のチャニング伯爵家次女が、ダイアナをグイッと背もたれに引き戻す。
「失礼ながら言葉を挟ませていただきますが、ご主人様のダイアナ様への寵愛が揺らぐことはございません。もしもダイアナ様が、ご主人様に対して愛情が少しでもございましたら、ご主人様も初対面の少女に、こんな鬼畜な真似はなさらなかったと思われます」
チャニング伯爵家の侍女ミリアムは、何気に主君をディスってる。
「まあ事情はどうであれ、国王陛下とウェルハーズ公爵閣下の承認入婚約証明書がある以上、よほどのことがない限り、ダイアナはチャニング卿との結婚は免れないだろうな。腹をくくるしかなさそうだぞ、ダイアナ」
リング伯爵は、深いため息をつきながら言う。エーヴェルの強引なやり方も、愛娘を父親としては激怒ものだが、身分が違いすぎる。そして憂うべきはダイアナの言動。この跳ねっ返りが、大人しく来年の結婚式まで大人しくしているとも思えない。
実際、ダイアナは腹の中である画策をしていた。
「スカーレット・トパーズ公爵令嬢、貴女との婚約を破棄する!」
ジェイド王太子は、舞踏会が始まって早々、高らかに宣言した。今宵は王太子の婚約者スカーレット・トパーズ公爵令嬢のデビュタントの日でもあり、彼女が本日の主役だった。
(いや、おいおい、そこは隣にヒロインを侍らせておくべきだろう。下級貴族令嬢とか、平民出身とかさ。説得力が足りないのよ。まあ、この婚約破棄自体が茶番だから仕方ないか)
「かしこまりました」
スカーレットは顔色一つ変えることなく、王太子に応えた。
周囲からどよめきは上がったが、それは事情を知らない、ほんの少数。すなわち、王宮事情に詳しくない十把一絡げの連中だ。玉座の国王と王妃も表情一つ変えず平然としているし、愛娘が目の前で恥をかかさせれたにも関わらず、トパーズ公爵夫妻もシャンパン片手に談笑しながら、成り行きを見ている。
豪奢な白のローブデコルテドレス、ダイヤモンドとプラチナ製のティアラ、首飾り、イヤリング、腕輪で飾った絶世の美女と言うにはまだ若すぎるが、美少女から脱皮しかけたスカーレットの美しさときたら、本当に王太子は婚約破棄が惜しくなかったのかとも思ってしまう。
幼い頃から次代の王妃に指名されて、徹底的にお妃教育を受けてきたスカーレットは、容認、マナー、性格、非の打ち所のない完璧な女性だった。
そこへ貴族たちの間を割って、青銀の髪をした美形がスカーレットに近づいてくる。北の大国ディビッド王太子だ。我が国の王太子よりも華やかな装いをしているが、彼が大国の王太子だからだけでなく、本日の主役の片割れだからだ。
「スカーレット・トパーズ嬢、私と結婚してくださいますか?」
ディビッド王太子は、茜色の美女の目の前に膝まづき、プラチナ製の箱を開ける。そこには王太子の瞳にも似た、大粒のエメラルドの指輪が入っていた。
「喜んで」
スカーレットが左手を差し出すと、ディビッド王太子は彼女の左手薬指に指輪をはめた。手袋ごしだがサイズはぴったり。いや、ここでサイズが違っていたら国の問題に発展する。
実はこの自国王太子の婚約破棄と北の大国王太子のプロポーズのワンセットは、ディビッド王太子が以前、たまたま所用で我が国訪問した際に王太子妃予定のスカーレット公爵令嬢に一目惚れして、紆余曲折の末、北の大国の王太子妃に内定したんだよね。そしてディビッド王太子の本来の婚約者である北の大国の侯爵令嬢が、我が国のジェイド王太子の婚約者となる。つまり婚約者入れ替えとなるのだが、別にこんな大ごとにして我が国の王太子に恥をかかせなくても良いと思うのだが、「大義名分は必要」との北の大国の意向により、こんな茶番が用意されたわけで。
まあ、代わりに北の大国の庇護も受けられるし、北の大国と取り合いになっていた銀山の所有権も正式に我が国のものとなったわけだから、持参金としては充分かもしれない。傾国の美女に相応しいスカーレット公爵令嬢、これは一気に諸外国に伝わるいい宣伝にもなるだろう。
ウチの国、大国でも小国でもないけど、作物以外は取り立てて名産もない、四方が他国に囲まれてるんで、外交が一番大切なんだよね。特に隣接する南の大国はレムリアン王国には脅威だったので、北の大国が後ろ盾につくのは我が国としても、願ってもない提案だった。
そうは言っても、婚約破棄で打ちのめされる悪役令嬢ストーリーが頭にこびりついた私としては「物足りねー」としか思えんけどさ。
私は、しがない伯爵令嬢。年齢はスカーレット様より2歳年下。14歳から社交界デビューは出来るが、大抵は16歳でデビュタントが多数。あまり若くして社交界デビューすると、婚約者探しで血眼になってると嘲笑される。ま、私の場合は姉のアテナが16歳社交界デビューするんで、ついでに私もってことになったわけで。お陰で面白いけど、物足りないないもの目撃できたわ。
ちなみに私、ダイアナ・リングは、家格は下がるけど子爵家嫡男と婚約しています。家柄は別に気にしていない。要は相性の問題で、婚約者のカイルとは昔ながらの気の合う仲間。まあ実際に結婚となったら、友達だった分、気恥ずかしいかもしれないけどさ。実在する人間の男性の中では、婚約者のカイルが一番かな。私、二次元オタクなんだよね。
まあ、普通の人にオタクなんて言っても「なんのこっちゃ?」と首を傾げられるだけだけど。ウチの図書室に、異世界の本がけっこー紛れ込んでくるのよ。別にウチの世界は魔術なんてものはないし、我が家もフツーの伯爵邸なんだけど、いつ頃からか妙な本があることに、書痴の私は気づいた。司書も気づいていたけどね。そして異世界の本を読めるのは、私と司書だけ。
前世で私は、異世界の住人だったのかなぁと想像すると楽しい。でもマンガのような異世界転生記憶とかは皆無。
それと図書室に飛んでくるのはマンガやライトノベルだけでない。マンガを読み込んでる私には分かる。専門書の類は、この世界に持ち込んだら劇的に生活は発展はするが、ヤバい兵器なども作られて世界が一変しかねないことも。だから黙ってる。楽しむのは私だけで充分だ。
「しかし、この一件で、我が国の殿下が各国から馬鹿にされるよなぁ。もっと穏便に出来なかったのかねぇ」
婚約者のカイルが、軽食と飲み物を立席型テーブルに乗せて、食べながら私の横に立っている。もちろん私も、ダンスなんて全く興味がなく、ビュッフェから目ぼしい料理を皿に大盛りにして、食べながら、出来の悪い茶番劇を後部から観覧していた。
カイルは私より2歳年上、姉と同じ年だ。私より少し前に社交界デビューを果たしている。姉と同年齢ながらも、昔から女伯爵が決まっている姉からバカにされ続けていたため、姉がそこそこの美人になったにも関わらず、姉のことはよく思っていない。いや、無関心。好意の裏は無関心と言うが、姉はカイルが身分が低くても、そこそこにイケメンになったから、無視されるのが気に入らないらしく、よくちょっかいを出しているが、てんで相手にされていない。
「もっとワクワクするような面白いことがあればいいのになぁ」
私が言うと、カイルにデコピンされた。
「社交界で面白いことなんて、大抵は失脚ものの大変なことだ。ただでさえ、こんな大ごとの後なんだ。あー、おまえのエスコートで王宮なんて魑魅魍魎の巣窟に来るんじゃなかったよ」
カイルは次期子爵とはいえ、地方の下級貴族の人間。本来なら、王宮の舞踏会に招待される資格のない。それ言うなら伯爵令嬢の私も、しがない次女だし、婚約者もいるから、王宮なんて来る必要あるのかねとも思ったけど。両親がうるさいから、まあ仕方がない。特に母親は「同等の家格の家に嫁がせてやれないから、せめてデビュタントは王宮で」と、伯爵家跡取りの姉への準備より、むしろ私の支度に燃えていた。
迷惑な情熱だ。私は姉と違って華やかさに欠けるし、楽しみにしていた王宮の軽食もそこまで美味しくない。街の店の料理のが美味しいのは、見た目より味で勝負してるからだよね。
「おまえ、デコの化粧が剥げてるから、化粧室で直してこい」
カイルは私を見下ろして言う。「デコピンで剥げさせたおまえが言うな」と悪態つきつつ、化粧室へ向かう。しかしまあ、王宮へ入るのも今回で最初で最後だろうけど、キンキンキラキラで落ち着かないことだ。
化粧室で侍女に化粧を直してもらい、舞踏会広間へ戻ろうとした時だった。
「そこの可愛いお嬢さん」
聞き惚れるほどいい声だが、王宮で逢引とは楽しそうではないか。つい柱に駆け寄り、ナンパ男とナンパされた女性を覗き見しようとワクワクして柱越しに振り返ると、目の前に男性がいた。侍女は社交界での超有名人を間近で見れた感激で失神した。
「ギャッ!」
慌てて逃げようとするが、ハイヒールって走るのに向いてない。私は男性に腕を掴まれた。おい、淑女に触れるのはご法度だと習わんかったか。いや、遊び相手探すようなナンパ野郎が、紳士マナーなんて気にするはずもなかったか。
「こんな可愛い子がいるなんて、物陰に隠れているのも役得だね」
ガス燈の火に照らされたその顔に「あっ!」と私は思わず声を上げた。姿形の本物を見たことは無いが、この人外の美貌と金髪と青い瞳は、評判の公爵子息で、王太子殿下の従兄。名前、忘れた。ただ公爵家の次男坊で、伯爵の爵位を持っているのは知っているし、社交界では既婚未婚、婚約者有無を問わずに女性を虜にするという超有名人だ。名前は記憶にない。そして私の好みの顔でもない。
「離していただけませんか。婚約者が待っているので」
「えー、嫌だ。せっかく好みの女の子とようやく巡り合えたのに」
とろけるような目で見つめるこの変態じみた美形に、全身鳥肌が立つ。なにより、他の女性に見つかったたら、嫉妬の的になるではないか。
「離せって言ってるだろうが!」
私はマンガで読んだ男の急所目掛けて蹴りを入れるが躱された。それどころか、お姫様抱っこされた。
「かわい子ちゃん、僕が宝物みたいに大事に大事にしてあげるから、婚約者なんて忘れようね。イイコトして、忘れさせてあげるから」
手際よく薬を嗅がされて、意識が遠のく。「コイツ、顔は極上でも、手慣れた調子で何人も女性を食ってやがる」と、危機感に悲鳴を上げたくても、やがて意識を失った。
2.ヤバい、ヤバい、ヤバい
目が覚めたとき、ダイアナは天蓋付きのベットの中にいた。同時に変態の手で、意識のないうちに、既に乙女でなくなっていたのを知った。冷や汗を流したいが、相手は一回で満足していないようで、まだ大人になって間もないダイアナの体を貪っており、心の冷えじゃなくて体の熱さが別の汗を流す。
抵抗しようにも、相手は青年で自分はまだ大人になりかけの少女に過ぎない。
「あ、目覚めたんだね。これからは大切にしてあげるからね。結婚も早くして、沢山子供を作ろうね」
人外美形が微笑みながら、ダイアナにキスをする。「ウゲェ」と吐き出したいが、組みし抱かれて逃げられない。
(コイツ、女性を騙す常套句を使ってやがるな。そーはいくか。コッチはマンガで日々学んでだよ。問題はカイルへの言い訳か。まあ、下手に隠すよりストレートに言ったほうが、カイルは理解するだろうな。婚約破棄はしたくないけど、こうなっちゃうと、別の相手探すのも視野に入れないとなぁ)
「なに考えてるの。僕以外のことに思いを巡らせるのは気に入らないな」
人外美形は不満を漏らす。
「相手の承諾なく、こんな事する変態に対する礼儀はない。コッチは将来潰されて、先々を考える必要があるんだ」
ダイアナはぶっきらぼうに言う。相手を非難しつつ、婚約破棄された先を考える。いっそ独身を貫いて、我が家の図書室に居候させて貰うのもありかも?
「心配せずとも、ちゃんと僕が君と結婚するよ。君みたいな子をずっと探してたんだ。明日にでも、婚約証明書を陛下から貰ってくるね。で、君は元婚約者とは婚約破棄。まあ、もうこうなったら先方なら断られるだろうね。ちゃんと元婚約者の家には慰謝料は払うよ。君を手に入れたことに比べたら、どれだけ吹っ掛けられても支払うから」
「そう言って、翌日には無知な女性を言いくるめて、逆に婚約相手に婚約破棄しないよう大金支払ってるんじゃないの?私は騙されないから」
「僕、こんなことしたのは、君が初めてだけど?」
「嘘つくな、この下衆が!貴様の薬の嗅がせ方、手慣れすぎてるんだよ!」
「あー、あれね。別に他の女性と遊ぶ方法でマスターしたんじゃなくて、むしろ逆。相手がいかがわしい薬使って、僕と既成事実を作りたがる相手が多くてさ。だから薬で眠らせて放置しとくの。あ、衛兵に言って休憩室に運ばせる配慮はしてるよ」
「明日になればバレる嘘を。まあ、明日になれば分かる。疲れた」
ダイアナは気絶するように寝た。今朝は早くからデビュタントの支度をに追われ、キンキラ王宮で気疲れした果てに、この結末。疲労困憊、体ガタガタ。疲れないはずがない。
「うーん、信じてもらえないか。君に婚約者がいなければ、こんな強硬手段取らなかったんだけどね。でもほんと、可愛いなぁ」
人外美形は、ダイアナの華奢な身体を抱きしめて、満足げに自らも眠りに落ちた。
ダイアナが次に目を覚ましたとき、天井がステンドグラスになった豪奢な風呂場の浴槽で、侍女5人がかりで全身を洗われていた。明るい浴室で、侍女と言えど知らない女性に、発育途中の全裸を見られた羞恥心に動揺して抵抗しようとするが、昨晩の執拗な人外変態美形のせいで、全身の力が入らない。結局、体を洗ってもらった上に、着替えもさせてもらい、部屋まで抱きかかえられて移動する羽目になった。
(おのれ、あいつロリコン入ってるな。以前読んだマンガに、光り輝くような容姿で生まれた王子が、天涯孤独の親戚の子を養女として自分好みに育てて、まだ幼さが残る養女に襲いかかって強引に妻にした話があった。いや、あれはロリコンというよりマザコンだったか、ナルシストだったか。自分の母親や自分に似ている理由で、養女を妻にしたんだったよな。それでも飽き足らず、美しいなら女だけでなく男にも手を出していた究極の変態。美形も極めすぎると、変態に進化するのは、現実世界でも同じなわけか)
ダイアナは美味しい朝食ー既に時計は昼食の時間になっていたがーを、侍女2人に食べさせてもらう。空腹だが、スプーンも持てないほど力が出ないのだ。もう1人の侍女からは、取っ手付きの椅子から滑り落ちないように支えてもらっていた。
(あの変態は、姿を現さないな。まあ、どうせ他の女のとこにでも行ったのだろう。私もさっさと家に帰りたい。カイルに昨晩のことを早く、報連相して、互いに今後の生き方を考えないといけないし)
ダイアナは美味しいクロワッサンをモクモグさせながら考える。
「あのー、お手数ですが家も私を心配しているでしょうし、早く帰りたいのですが」
食後のデザートのシュークリームとカフェオレを食べ終えた後、ダイアナは侍女に伝える。
ちなみにいま着ているのは寝間着でも、昨日のローブデコルテドレスでもなく、レースとフリルたっぷりの、ダイアナが絶対に選択しないピンク色の部屋着ドレスだった。サイズがあつらえたようにジャストフィットなのも恐怖を感じる。
「お疲れでしょうから、ベットにお運びしますね」
ダイアナの質問には応えず、侍女はニッコリ笑って、その細腕からは信じられない力でお姫様抱っこされながら、ダイアナは昨夜とは違う寝室に運ばれた。
(あいつ、マジでロリコンじゃんか。何なんだ、この寒気のするような部屋は)
家具は全て白木造りに金の縁取りがされた豪華なもの。しかしカーテンから絨毯や壁紙に至るまでパステルカラー、そしてカーテンや寝具には例外なくレース。棚には沢山の可愛らしいぬいぐるみが並び、ベットにも大きなピンク色のクマのぬいぐるみがドドンと存在感を示している。
対してダイアナの好みは、渋め重厚感のある部屋だ。自分の部屋も苔茶色基調の飾り気のない家具、紺色のカーテンとベージュ色の絨毯を敷いている。母親からは「こんな男の子みたいな部屋にするなんて」と日々嘆かれているが、別に女子力ゼロな訳では無い。沢山の本が詰まった本棚は専門書でカムフラージュしているが、その後ろには恋愛系ファンタジー系のマンガやライトノベルがずらりと並んでいた。
「あのー」
「それでは、ごゆっくり」
ダイアナの質問を笑顔でスルーして、侍女達は去った。
「こうなったら、自力で脱出するしかない」
食事したお陰で、多少は力が出た。だが部屋履きを履いて立ち上がると、足が小鹿のようにプルプル震えている。伝い歩きでないと移動も出来ない。
「おのれ、こんな時こそポーションを。なんてのはマンガの中にしか無いけどさ、せめてクソまずいが効果抜群の滋養強壮栄養ドリンクを飲ませてくれれば」
この世界の滋養強壮剤は強烈に不味いが、効き目は抜群だった。決して進んでのみたいものではないが、いまほどアレが必要だと痛感したことはない。扉まであと少し。棚に捕まりながら歩いたが、足が限界に達して倒れる。が、ふかふかな床に落ちることはなかった。あの人外変態美形が持っていたものを放り投げて支えてくれたのだ。
「駄目じゃないか、まだ寝ていないと。微熱だってあるのだから」
「誰のせいで、こうなった!早く私を家を返せ!」
「うん、まあ、ちょっと待っててね」
人外変態美形は、ベットにダイアナを戻す。そして放り投げたものを拾い上げて戻ってきた。3つの書簡箱。2つは見るからに金で出来た豪華なもので、宝石までちりばめられている。箱の留め金についた紋章。貴族令嬢の教育で、各家柄の紋章を覚えておくのは常識。一つはレムリアン王国の国王の紋章。もう一つは国王の実弟ウェルハーズ公爵の紋章。
「あ、思い出した。アンタの名前、チャニング伯爵だ。ファーストネームは知らんけど」
ウェルハーズ公爵家の紋章で、やっと思い出したダイアナ。
「えー、割と有名人かと思ってたのに。じゃ、改めて自己紹介。僕はエーヴェル・ウェルハーズ。公爵家の次男で、成人と同時にチャニング伯爵の爵位を父から譲られ、領地も得た。君も来年にはリング伯爵令嬢じゃなくて、チャニング伯爵夫人になるから。あ、でも陛下が結婚祝いに侯爵に叙爵してくれると言ってたから、侯爵夫人になるのかな。何処の領地くれるかで、また名称が変わるけど。
貴族の頭の痛いところ。爵位がコロコロ変わる。だから毎年発行される貴族名鑑は必需品。
「ファーストネームはどうでもいい。それより、ウチから何の報せを持ってきた」
そう尋ねながらも、ダイアナは嫌な予感しかしない。なにしろ国王陛下の紋章書簡箱、ウェルハーズ公爵家の紋章書簡箱、そしてリング家の紋章のついた、箱に装飾はあるが鉄製の書簡箱。
実家の書簡箱を受け取って中を開く。立派な公式文書用の紙には、エーヴェル・チャニング伯爵とダイアナ・リング伯爵令嬢の婚約が書かれ、末尾にはリング伯爵の承諾サインと当主の印章が押されていた。ダイアナは気絶しそうになるのを何とか堪えて、同封された手紙に目を通す。そこには歓喜した父親の踊るような文字で、大物婚約者をつり上げた喜びの文章が記されていた。
「はあ?冗談じゃないわよ!私はカイルと再来年結婚して、次期グレイ子爵夫人になるって決まってるのに!」
「あ、それも解決してきたよ。グレイ子爵家には即金で金貨千枚を慰謝料として支払って、婚約破棄してもらった。コッチの国王陛下の書簡とウチの父親の書簡は、公式文書での僕たちの婚約許可書。ウチの母なんて、一生僕が独身じゃないかと案じてたらしく、感涙しちゃってさ。直ぐに馴染みの洋裁店へ、ウェディングドレスの発注したよ。結婚式に関する費用は全てウチの実家が支払うから安心して。そして結婚式と披露宴兼舞踏会は、王宮でやることに決まったから。結婚式は6月6日。王太子殿下の結婚式が6月27日だから、来年の6月は忙しくなるね」
嬉しそうに話す人外変態美形改めてエーヴェル・チャニング伯爵は満面の笑みだ。
一方のダイアナはこの世の終わりみたいな顔をしている。
「冗談。公爵家の次期公爵でないとはいえ、国王陛下の甥。しかも性格はさておき、国内一の超美形で、アンタとの結婚を狙う既婚未婚者は数しれず。私、貴族世界から鼻つまみ者にされるじゃない。いまから破棄、婚約破棄!私は生涯実家で引き篭もるか、それが許されないなら修道院に入るから!」
「だーめ。君は僕の愛妻になって、幸せな家庭を作るの。子供は男の子3人、女の子はいくら居てもいいな。取り敢えずは4人以上欲しいかな」
「き、鬼畜!」
子供7人なんて、側室でもいれば軽く達成するが、大抵の正妻は3人生むのが限界。それ以上は社交にも影響が出るし、そもそも体のラインが崩れる。ダイアナは鳥肌が蕁麻疹に変化しそうな心地だった。いや、既に何かの病気かってぐらいに全身にエーヴェルのキスマークがつけられてるが。
「君に似た黒髪の子が欲しいなぁ。顔立ちもそっくりで。そうしたら、君の幼い頃を追体験できるよね?」
「他所のご令嬢にも、黒髪で更に美人な方は沢山おられますよ。家格と容姿の見解からすると、ナイジェル侯爵のご令嬢姉妹が全員、美しい黒髪と、更にお美しい顔立ちをしておりましたね」
「嫌だよ、ナイジェル侯爵のトコなんて。あそこの長女と次女は結託して、半年前の夜会で気が緩んでいた僕にワインに溶かした催淫剤を飲ませて、危うく僕の貞操と評判がガタ落ちになるところだったんだ。あの時、兄がいち早く異変に気づいて助けてくれたから、事なきを得たけど」
ウェルハーズ公爵の次期公爵といえば、グランベリー侯爵か。それなりの美形で有能で、国王に重用され、側近として働いている。ちなみに超がつく愛妻家で…
そう言えば、グランベリー侯爵の正妻、既に3人の子持ちで、いまも妊娠中だった気がする。幻の貴婦人と呼ばれているのは、常に妊娠中で、茶会や夜会に出れないからだ。
(怖え。この兄弟、どんだけ夜の戦に強いんだよ。絶対無理、私には無理過ぎる!)
「あの、私は体が丈夫でないものですから、高位貴族の夫人になるのは不適格かと」
「御冗談を。父君に聞いてるよ。君、相当なお転婆で、趣味は騎馬、特技は木登りと脱走。風邪の一つも引いたことのない、丈夫な心身と太鼓判を押されたよ」
「おのれ、お父様。余計なことを」
ダイアナは歯軋りする。でも本当のことだから、反論できない。でもこの男には、別の意味で強靭な肉体が必要だと思われる。そしてダイアナに、そっち系の強靭さはない。絶対ない。必ずない。賭けてもない!
「ともかく、一旦、家に返してください。婚約の有無がどうであれ、婚前の男女が一つ屋根の下にいるのは世間体が悪いですわ」
ダイアナはツンと澄まして言う。するとエーヴェルがベットに滑り込んできた。
「世間体なんて、実力で跳ね除ければいいだけの話。ウチの兄だって、婚前に婚約者を孕ませて、大慌てで挙式早めた経緯があるからね。僕も早く夫婦になれるなら、励まなきゃ」
ドレスに手をかけようとしたエーヴェルに、ダイアナはガブリと噛みつく。
「あー、ごめんごめん。いまの君に無理させてはいけないと、医師と侍女頭から雷落とされたんだった。体力戻るまで、添い寝で我慢しとかなきゃ」
エーヴェルはダイアナに噛みつかれた手を気にせず、空いたもう一方の手でダイアナを抱きしめる。そして血がにじむほど噛まれているにも関わらず、寝息を立てて眠りだした。
「何なの、この変態。痛覚ないんじゃ。つーか、寝てても忌々しい綺麗な顔。これ、女性だったら、絶対に傾国の美女として国を滅ぼせる展開激アツストーリー。我が国は無理だけど、大国に送り込んだら面白いことになってただろうなぁ」
欠伸して、ダイアナも正直なところ寝たりなかったので、スヤスヤと眠りだした。
3.帰宅
半月後、やっとダイアナはリング伯爵邸に帰れた。もっともいまは社交シーズンの最中なので、領地の本邸ではなく、王都のタウンハウスに居るわけだが。
帰れた理由が、微妙というか腹立たしいと言うか。単に月のものがきたからだ。それでもエーヴェルは引き留めたが、「一度ぐらい帰らせろ」と主張するダイアナに折れた形でのご帰宅だ。
チャニング伯爵家の紋章入の馬車が、リング伯爵家のタウンハウス前に止まり、ダイアナは下車した。あのウザい男は、里帰りを赦す代わりに、侍女を1人同行させた。
「本当は十名ぐらいつけたいけどね。僕のスィートハートは、隙あらば脱走する野良猫みたいだと評判らしいから」
ダイアナは、野良猫らしくこの絶世の美顔に爪でバリバリ引っ掻いてやりたいところだったが、社交界の御婦人の怒りが怖いので我慢した。社交界へは、結婚するまで出なくて良いとエーヴェルの意向により欠席出来るのは助かったが、チャニング夫人となったら悪夢の日々が増えるのは確実だ。何としても回避して、この悪魔から逃れねば。
「どういうことなの!」
玄関に入るなり、リング伯爵夫人と姉が開口一番、ダイアナを問い詰めた。
言葉は同じだが、意味合いが違う。リング伯爵夫人の場合は、どうやってあんな好物件を射止めたかの歓喜によるもの。姉アテナの場合は、王家と連なる人外美形を獲得した妹への嫉妬からだった。
「ともかく、休ませてよ。あ、彼女は変態…じゃなくて、チャニング伯爵家の侍女という名の監視人のミリアム」
ダイアナは背後の侍女を紹介する。ミリアムは、高位貴族令嬢もかくやというほど完璧なカーテシーをお披露目した。あの家の侍女は下級貴族令嬢や商家の娘といった身元のしっかりした人間ばかりなので、マナーは完璧だ。
早速、リビングに通される。リング伯爵邸の召使いがお茶と茶菓子を給仕して去る。人払いに、チャニング伯爵邸から派遣された侍女ミリアムだけは例外だった。
「さて、おまえがいきなりチャニング伯爵様と婚約したと聞かされたときには、仰天のあまりぎっくり腰になってしまった。いったい、何がどうなって、こうなったのだ?」
父のリング伯爵がダイアナに尋ねる。
「私も訳わかんないうちに拉致られたのよ」
そしてチャニング伯爵の侍女ミリアムがいるにも関わらず、ダイアナのエーヴェルに対する鬼畜ぶりを弾丸のように話しまくる。
話を聞いた両親は顔を曇らせるが、姉のアテナは「なんて素晴らしい」と夢見るように言う。何処が素晴らしいのか、夢見る女子が現実に直面した時の絶望感を知りやがれと、ダイアナはつい思ってしまった。
「髪色はともかく、容姿は似てるのだから、ダイアナの代わりに、私がチャニング伯爵と結婚出来ないかしら」
アテナの言う通り、ダイアナは黒髪でアテナは金褐色の髪色。顔立ちはパーツは似てもなくもないが、華やかなオーラを放つアテナと、地味なダイアナは正反対とも言える。だが姉妹であることには変わりない。
アテナの提案に、ダイアナは飛びつきたい。つい前のめりになってしまうが、背後のチャニング伯爵家次女が、ダイアナをグイッと背もたれに引き戻す。
「失礼ながら言葉を挟ませていただきますが、ご主人様のダイアナ様への寵愛が揺らぐことはございません。もしもダイアナ様が、ご主人様に対して愛情が少しでもございましたら、ご主人様も初対面の少女に、こんな鬼畜な真似はなさらなかったと思われます」
チャニング伯爵家の侍女ミリアムは、何気に主君をディスってる。
「まあ事情はどうであれ、国王陛下とウェルハーズ公爵閣下の承認入婚約証明書がある以上、よほどのことがない限り、ダイアナはチャニング卿との結婚は免れないだろうな。腹をくくるしかなさそうだぞ、ダイアナ」
リング伯爵は、深いため息をつきながら言う。エーヴェルの強引なやり方も、愛娘を父親としては激怒ものだが、身分が違いすぎる。そして憂うべきはダイアナの言動。この跳ねっ返りが、大人しく来年の結婚式まで大人しくしているとも思えない。
実際、ダイアナは腹の中である画策をしていた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる