こじらせ委員長と省エネ男子

みずしま

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5.溺愛されることになれていません

5-4

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 水族館デートの当日。

 二人でアパートの部屋を出て駅に向かった。隣を歩く玖堂は、まるで雑誌モデルのようだった。

 サックスブルーの半袖カットソーと、ブラックのテーパードスラックス。ボディバックを斜めかけした出で立ち。どの角度から見てもおしゃれ男子だ。

 こんなに素敵男子が駅にいたら、声をかけられるのは当然なわけで。

 案の定、目的地に着くまでに玖堂は何度もナンパされていた。その度にイライラとキュンが襲ってきた。

 玖堂が他人から声をかけられると、イライラする。

 けれど「恋人がいるので」と断るのを目の当たりにすると、胸がキュンと反応する。

 しかし当の本人は、まさかの天然ぶりを炸裂させていた。 

「道に迷う人が多いんだね」

 水族館の入口。チケット購入の列に並びながら、玖堂が俺を見下ろす。曇りなき眼だ。

 最初の目的が「道案内」だと本気で信じている。確かに、道に迷ったフリをして女性たちは玖堂に声をかけていた。ナンパは、そのついでというか。

 いやいや。ナンパが主目的だから。道に迷っているのは嘘だから。

 まったく、いつでもどこでもぽやーーっとして。俺の苦労も知らないで!

 俺は、冷めた目で玖堂を凝視した。

「ん、宮下? どうかした?」

 どうかした? じゃ、ねぇんだわ。

「ちゃんと自覚を持てよな」

「自覚?」

「他人を惹きつけるってこと」

 モテ男を彼氏に持つと大変だ。やれやれ、と思っていたら、玖堂が眉をひそめた。

「それを言うなら、宮下のほうだろ」

「え、どういうこと……?」

「電車の中で、サラリーマンにちょっかいかけられてた……!」

 ビシッと玖堂に指摘される。が、俺は覚えていない。幻でも見たのだろうか。

 もしかして、この暑さでやられた? いや、電車内は冷房がガンガンにきいていた。その可能性は低い。

「ちょっかいなんて、かけられてないぞ……」

 俺は困惑しながら、玖堂を見上げた。

 そもそも、どの角度から見ても平凡を絵に描いたような俺だ。そんなモブ的男子高校生にちょっかいをかける変わり者はいないだろう。

「手に触れようとしてた!!」

「いつ? どこで?」

「さっき! 電車の中で!」

 玖堂は引き下がらない。詳しく話を聞くと、俺が掴んでいたつり革にサラリーマンが触れたというのだ。そういえば、そんなことがあった気がする。

「間違って掴もうとしただけだと思う」

 俺はそう諭したが、玖堂は聞く耳を持たない。

「絶対にわざとだよ! 宮下のこと狙ってたね!」

 どこまでも意見を曲げないつもりらしい。そして、まだまだ玖堂の主張は続く。

「前から言おうと思ってたんだよ。宮下は無自覚すぎる! 学校で色んなヤツと仲良くして。隙だらけなんだよ! ぜったいに狙っているヤツがいるんだから……!」

 玖堂は力説しているが、どうやら大きな事実誤認があるようだ。

 たとえ俺に隙があったとしても、それに乗じてどうこうしようなんていう輩はいないだろう。

 列に並ぶこと十数分。ようやくチケット売場の窓口にたどり着いた。持論を展開する玖堂を横目で見ながら、俺は二人分のチケットを購入した。

「行くぞ」

 そう言って、玖堂の腕を引く。

 ただでさえ混雑している場所なので、のんびりしていたら迷惑になる。そう思って、チケット売場から移動した。

 玖堂の腕を引きながら、懐かしいなと思った。

 カップル然としたこの体勢で登校していたのかと思うと、今さらながら羞恥を感じる。玖堂が勘違いするはずだ。

 館内に入ると、幻想的な世界が広がっていた。水中でゆらゆらと揺れるクラゲを見ながら、このまま腕を組んでいても問題ないのでは? という考えが浮かぶ。なんといっても薄暗い。

 俺は、周囲の客をちらちらと確認した。各々が展示物に夢中になっている。よし、大丈夫だ。バレない。そう確信して、クラゲの水槽から離れて次のコーナーに向かう。

「このままで良いの?」

 玖堂に問われた。

 俺はすっとぼけて「何のこと?」と返す。

「腕、組んだままだけど」

「……これは、腕を組んでるとかじゃない。迷子防止策だ」

 さすがにムリがあるだろうな、と自分でも思う。しかし、素直になれない。

 俺は思春期なのだ。思春期とはそういうものだ。

「玖堂は、ぼんやりしてるから。迷子にならないように、俺がこうして策を講じてる」

「なるほど~~」

 え、まさかの納得……!?

「子どもの頃から、よく迷子になってたんだよ。だから助かる」

 玖堂がにこにこと笑う。

 どうやら、俺の企みは露見していないようだ。

 それにしても、よく迷子になっていた? 迷惑千万な子どもだな。玖堂の両親の苦労を想像したら、一気に疲れた。

「宮下、見て。ラッコがいる」

 玖堂が、うれしそうに指さす。

 どれどれ、と水槽を覗き込む。

「く、か、かわいい……!」

 俺の目の前を二頭のラッコがスイ~~と移動していく。思わず声が出た。

 もふっとした体毛と、つぶらな瞳。なんとも愛おしいフォルムだ。

 泳いでいたかと思えば、くるんと回転したり、両手で頬をむにむにしたり。もう癒しでしかない。

「あっちが『メルちゃん』だな。それで、こっちが『イルくん』らしいぞ」

 二頭のラッコの名前だ。

 案内板を見ると、フランス語で海と島の意味があると解説されている。

「オスとメスが一頭ずついて、水族館でいちばん人気みたいだね」

 玖堂が、水族館のサイトを見せてくれる。

 たしかに、トップページの目立つところにドドーンとラッコがいた。つぶらな瞳の二頭のラッコが、これでもかと愛嬌を振りまいている。

 オスの「イルくん」は芸達者なようだ。飼育員が持っているバケツに、集めたボールをせっせと投げ入れている。ボールをバケツに入れるたびに、観客からは歓声があがった。

 一方、メスの「メルちゃん」はマイペースな性格らしい。お気に入りの貝をお腹の上に乗せて、ぷかぷかと水面に浮かんでいる。勤勉なラッコはかわいい。自由気ままなラッコもかわいい。

 しばらくすると「イルくん」が「メルちゃん」のところにスイ~~と泳いでいく。そして、「メルちゃん」と同じ仰向けの体勢になった。

 ……あ、手を繋いだ!

 ゆらゆらと水面を漂いながら、ぎゅうっと手を繋ぎ合っているのだ。なんという微笑ましく尊い姿だろう。

 ラッコには、潮に流されて迷子にならないよう手を繋ぐ習性があるらしい。水槽のそばにある案内板「ラッコの生態」にも詳しく書かれている。

 ラッコのほうを見たまま、俺は玖堂の指に触れた。そっとすべり込ませるみたいにして手を繋ぐ。

 ビクリと玖堂が反応した。

「ラッコのまねだよ」

 言い訳するみたいにつぶやいた。

「腕を組むのにも飽きたし」

 相変わらず、俺は素直になれない。 

「そっか」

 玖堂はうなずいて、俺の手をぎゅうっと握ってくる。

「……そろそろ、時間だね」

「そうだな」

 大人気のラッコなので、時間制限があるのだ。ひとの波に押し出されるようにして、俺たちは歩き出した。

「お土産を買おう」

 玖堂が指さす方向には、お土産コーナーがあった。

「何買うんだ?」

「ラッコのぬいぐるみ!」

 満面の笑みで玖堂が答える。え、かわいい。

 玖堂が、ずんずんと先を急ぐ。「メルちゃん」と「イルくん」のぬいぐるみが山盛りになったコーナーをめがけて突進する。

「ふたつ買うのか?」

「ひとりぼっちだと、さみしいでしょ」

 微笑みながら俺を見下ろす。やっぱり、かわいい。

 玖堂が会計を済ませたあと、俺はもう一度レジに並んだ。 

「なにを買ったの?」

「ヘアクリップ」

 そう言った瞬間、玖堂の眉がぎゅうっと寄る。

「勘違いするなよ。自分用だから」

「宮下が、使うの……?」

「ちょっと前髪が伸びてきたから。勉強するときに鬱陶しいんだよ」

 小さな包みを開けると、中からラッコのヘアクリップが出てきた。

 貝を抱えているのが「メルちゃん」で、ボールを持っているのが「イルくん」。

「つけていい?」

 玖堂の申し出に戸惑う。

「え、今……?」

「つけてるところが見たい」

 駄々っ子みないな声で、玖堂が言う。

 まったく、仕方ないな。

 俺が了承すると、そろりと指が伸びてきた。長くて美しい玖堂の指。

 気づいたら、反射的に目を閉じていた。

「髪、さらさらだね」

「普通だろ」

 前髪を梳くように流して、ヘアピンで留める。

 ざわりと地肌を撫でられて、肌が粟立った。

「宮下って、あざといよね」

「どこがだよ」

 ムッとした。俺は決して計算高い人間ではない。

 目を開けると、至近距離に玖堂がいた。

「キス待ちの顔をしてた」

「はぁ!?」

 き、ききききすぅーーーー!?

 してねぇーーーーーー!!!

 あ、もしかして。目を閉じたから……?

「ば、場所を考えろよ! こんなところでしたら怒るからな……!」

 俺はテンパりながら玖堂に訴えた。

 正直なところ、怒るより泣くと思う。あまりの羞恥で。想像しただけで涙目になっているくらいなのだ。

「そうだね、考えよう」

 にこにこしながら、玖堂がうなずいた。

「か、考える……?」

「どこが良い?」 

「でゅ……!」

 思いっきり噛んだ。どこが良いとか聞かないで欲しい。そんなことを言われても困る。

 俺は真っ赤な顔で、玖堂の肩にパンチを繰り出した。
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