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好みの顔
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「はい?」
フィーネの告白を聞くと、ユーグの笑顔は固まった。
「わたし、顔が好みじゃない人を、守り切れる自信がありません!」
ユーグは美しい眉間に皺をよせて足を組みなおすと、もう一度フィーネに向き合った。
「そんなウソをついてまで、私の騎士にはなりたくない?」
「ウソじゃないんです! わたし、ポンコツなんです……」
「……どういうことかな」
ユーグがフィーネの話を聞く姿勢をとったので、フィーネはためらいながら話始めた。
昔から、恋することがフィーネの行動に対するエネルギーだった。
恋をして、そのためにすることならなんでも頑張れた。
しかし、恋が終わると、腑抜けたように何もできなくなる。
道場の子倅に失恋した後もそうだ。
フィーネはそれまでほぼ常勝無敗だった剣術の試合で、誰にも勝てなくなった。
失恋の影響で体内の魔力が乱れ、魔力の色を見極める瞳の能力を失っただけではなく、剣気ひとつまともに纏うことができなくなっていたからだ。
その後、アナトルに出会い恋をしたことで瞳の能力は取り戻されたものの、アナトルが関係しないときには、空気の抜けた風船のようにフィーネは何の役にも立たなかった。
実践ではミスをしたことはない。アナトルを守るために揮う剣に、迷いなんて何もない。
しかしアナトルの護衛になってから、フィーネが試合に勝てたのは一度しかない。
フィーネがアナトルを救ったという話は偽りではないか。彼女は不正をして護衛騎士になったのではないか。
そういった、試合に勝てないフィーネを取り巻いた噂の真偽を確かめるために、アナトルが御前試合を見学したときだけだ。
このときは圧勝した。しかし、噂を完全に払拭することはできなかった。
だから未だに騎士団の内部からは、フィーネの実力を疑う声が後を絶たない。
だけどそれはすべて、試合に勝つことが彼女の恋につながらなかったからなのだ。
恋をすることがフィーネが頑張るためのエネルギー源だった。
裏を返せば、好きな人のためでなければ、彼女は頑張れないのだ。
「……確かに、きみが試合で勝てないという話は聞いた」
「それも全部、わたしの不徳です。モチベーションに実力が左右されるなんて、プロとして失格です。
……だから、お言葉はとっっってもありがたいのですが、殿下の騎士にはなれません!」
フィーネがそこまで話すと、部屋の中にはしばたく静寂が満ちた。
暖炉の薪が二人を急かすようにパチリ、と大きな音をたててはぜたところで、ユーグが正気を戻したかのようにぽつりと言う。
「……好みじゃない、か。そんなに、私は不細工だろうか」
「いいえ、いいえ。とっても美しいお顔だと思います。ただわたしの好みじゃないだけです」
「顔は、良ければ良いほどご婦人には喜ばれるものと思っていた……まさか、そんな理由で振られるなんて」
ユーグは十人とすれ違えば九人は間違いなく振り返る美貌を誇る顔を両手で覆って隠し、大きなため息をついて椅子の上でうなだれてしまった。
フィーネはなぜ第一王子がそんな反応をするのかてんで見当がつかず、励ますためにこう言った。
「やだなあ、わたしと殿下が恋をすることなんてありえないんですから、顔がわたしの好みじゃなくたって何の問題もありませんよ!」
それきり、ユーグは黙ってしまった。
しかし気を取り直したのか、今度はこうやって提案してきた。
「……アナトルはお金がないからきみを解雇したのだろう?」
「ええ」
「では、きみがお金を稼いでアナトルに貢げばいいんじゃないかな。いくらあっても困るものではないし、きみの献身をアナトルもきっと喜ぶ」
「……でも、わたしにそんなお金をつくる手段なんて」
「私がきみを雇おう。アナトルが出していた給金の五倍……いや、十倍でもいい。そうすれば、『好きな人のためにパフォーマンスを発揮する』という条件に当てはまるのではないかな」
「なるほど!」
好きな人(アナトル)のためじゃないと実力が発揮できないなら、多少強引でも仕事と好きな人と関連付けてしまえばいい。そうすればモチベーションも上がり、実力の発揮につながるはずだ。
フィーネにとって、今度の提案はまるで天の助けのように思えた。
アナトルがここ最近ずっと資金繰りに苦労していたことは、側で見ていたのでよく知っている。
そこへ自分が働いて手に入れたお金を持って行けば、アナトルも評価を改めてくれるかもしれない。「恋愛脳だなんて言って悪かった! やはり僕を守れるのはおまえしかいない。戻ってきてくれ!」と言って、もう一度護衛騎士として側に置いてくれるかもしれない。
そうなったら素敵だ。
なんて都合がいいんだろう。
そう考えたとたん、提案をしてくれたユーグの姿まで輝いて見えるのだから現金なものである。
「ぜひ! お願いします!」
「……うん。まあ、今はそれでいいよ。時間をかけて、まずは私のことを知ってもらうことから始めよう。……じっくりいこう。うん」
ユーグは自分を納得させるように何回も頷いている。
その様子を不思議に思いつつも、考えるのが苦手なフィーネは、なぜユーグがそんな提案をしてまでフィーネを雇おうとしているのか、ということまで考えが及ばない。
心配して扉の外から様子を見守っている第一王子私邸の使用人たちが、「おいたわしや、殿下」と涙をにじませていることなんて、これっぽっちも知る由がない。
フィーネの告白を聞くと、ユーグの笑顔は固まった。
「わたし、顔が好みじゃない人を、守り切れる自信がありません!」
ユーグは美しい眉間に皺をよせて足を組みなおすと、もう一度フィーネに向き合った。
「そんなウソをついてまで、私の騎士にはなりたくない?」
「ウソじゃないんです! わたし、ポンコツなんです……」
「……どういうことかな」
ユーグがフィーネの話を聞く姿勢をとったので、フィーネはためらいながら話始めた。
昔から、恋することがフィーネの行動に対するエネルギーだった。
恋をして、そのためにすることならなんでも頑張れた。
しかし、恋が終わると、腑抜けたように何もできなくなる。
道場の子倅に失恋した後もそうだ。
フィーネはそれまでほぼ常勝無敗だった剣術の試合で、誰にも勝てなくなった。
失恋の影響で体内の魔力が乱れ、魔力の色を見極める瞳の能力を失っただけではなく、剣気ひとつまともに纏うことができなくなっていたからだ。
その後、アナトルに出会い恋をしたことで瞳の能力は取り戻されたものの、アナトルが関係しないときには、空気の抜けた風船のようにフィーネは何の役にも立たなかった。
実践ではミスをしたことはない。アナトルを守るために揮う剣に、迷いなんて何もない。
しかしアナトルの護衛になってから、フィーネが試合に勝てたのは一度しかない。
フィーネがアナトルを救ったという話は偽りではないか。彼女は不正をして護衛騎士になったのではないか。
そういった、試合に勝てないフィーネを取り巻いた噂の真偽を確かめるために、アナトルが御前試合を見学したときだけだ。
このときは圧勝した。しかし、噂を完全に払拭することはできなかった。
だから未だに騎士団の内部からは、フィーネの実力を疑う声が後を絶たない。
だけどそれはすべて、試合に勝つことが彼女の恋につながらなかったからなのだ。
恋をすることがフィーネが頑張るためのエネルギー源だった。
裏を返せば、好きな人のためでなければ、彼女は頑張れないのだ。
「……確かに、きみが試合で勝てないという話は聞いた」
「それも全部、わたしの不徳です。モチベーションに実力が左右されるなんて、プロとして失格です。
……だから、お言葉はとっっってもありがたいのですが、殿下の騎士にはなれません!」
フィーネがそこまで話すと、部屋の中にはしばたく静寂が満ちた。
暖炉の薪が二人を急かすようにパチリ、と大きな音をたててはぜたところで、ユーグが正気を戻したかのようにぽつりと言う。
「……好みじゃない、か。そんなに、私は不細工だろうか」
「いいえ、いいえ。とっても美しいお顔だと思います。ただわたしの好みじゃないだけです」
「顔は、良ければ良いほどご婦人には喜ばれるものと思っていた……まさか、そんな理由で振られるなんて」
ユーグは十人とすれ違えば九人は間違いなく振り返る美貌を誇る顔を両手で覆って隠し、大きなため息をついて椅子の上でうなだれてしまった。
フィーネはなぜ第一王子がそんな反応をするのかてんで見当がつかず、励ますためにこう言った。
「やだなあ、わたしと殿下が恋をすることなんてありえないんですから、顔がわたしの好みじゃなくたって何の問題もありませんよ!」
それきり、ユーグは黙ってしまった。
しかし気を取り直したのか、今度はこうやって提案してきた。
「……アナトルはお金がないからきみを解雇したのだろう?」
「ええ」
「では、きみがお金を稼いでアナトルに貢げばいいんじゃないかな。いくらあっても困るものではないし、きみの献身をアナトルもきっと喜ぶ」
「……でも、わたしにそんなお金をつくる手段なんて」
「私がきみを雇おう。アナトルが出していた給金の五倍……いや、十倍でもいい。そうすれば、『好きな人のためにパフォーマンスを発揮する』という条件に当てはまるのではないかな」
「なるほど!」
好きな人(アナトル)のためじゃないと実力が発揮できないなら、多少強引でも仕事と好きな人と関連付けてしまえばいい。そうすればモチベーションも上がり、実力の発揮につながるはずだ。
フィーネにとって、今度の提案はまるで天の助けのように思えた。
アナトルがここ最近ずっと資金繰りに苦労していたことは、側で見ていたのでよく知っている。
そこへ自分が働いて手に入れたお金を持って行けば、アナトルも評価を改めてくれるかもしれない。「恋愛脳だなんて言って悪かった! やはり僕を守れるのはおまえしかいない。戻ってきてくれ!」と言って、もう一度護衛騎士として側に置いてくれるかもしれない。
そうなったら素敵だ。
なんて都合がいいんだろう。
そう考えたとたん、提案をしてくれたユーグの姿まで輝いて見えるのだから現金なものである。
「ぜひ! お願いします!」
「……うん。まあ、今はそれでいいよ。時間をかけて、まずは私のことを知ってもらうことから始めよう。……じっくりいこう。うん」
ユーグは自分を納得させるように何回も頷いている。
その様子を不思議に思いつつも、考えるのが苦手なフィーネは、なぜユーグがそんな提案をしてまでフィーネを雇おうとしているのか、ということまで考えが及ばない。
心配して扉の外から様子を見守っている第一王子私邸の使用人たちが、「おいたわしや、殿下」と涙をにじませていることなんて、これっぽっちも知る由がない。
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