ずっと妹と比べられてきた壁顔令嬢ですが、幸せになってもいいですか?

ひるね

文字の大きさ
13 / 27

嵐の前

しおりを挟む
 わたしはルールーさんと別れた後、控室として与えられた部屋でじっと出番を待っていた。

 これもリドさまの言いつけだ。
 さすがに王太子の婚約者ともなると、自分が主役のパーティーでもホストとして客人たちを迎え入れる必要はないらしい。

 部屋付きで働いている城のメイドさんたちには、それまで見知っていたわたしの顔と全く違う人物が現れたことに慌てたが、わたしのメイクを勉強したのだ、という説明とメイド長さんの「いえ、よく見れば同じ顔でございますね。何より瞳の奥のお色が、シェンブルクの血を引く証でございましょう。そのような方、シェンブルクのご当主とルミシカ様以外にはありえません」というフォローによって事なきを得た。

 わたしが家から使用人を連れてこなかったことにも驚かれてしまったが、わたしはむしろ驚かれたことに驚いてしまった。

 家の使用人を管理しているムールカが「お姉さまはメイドなんかに頼らず、自分のことくらい自分でできるようになったほうがいいのではありませんか?」と言ってわたしについていてくれたメイドを解雇してからは、わたしは外出するときも一人で行動していて、すっかりそれに慣れてしまっていたから。

 だが、確かに婚約者のいる令嬢としては奇異に映るかもしれない。
 あまりにもいつものことすぎて、すっかり失念していた。

 次にムールカに会ったら、外へ面目を立てるために使用人を融通してくれないか頼んだ方がいいかな、などと考えていたとき、披露宴会場となっている大広間から、わたしの部屋まで届く歓声が聞こえた。

「なんの声かしら?」

「ルミシカ様、ご存じないんですか? パーティーの前座に、天族の雑技団の皆様が舞を披露してくださっているんです。きっとその音ですよ」

 年若いメイドさんが「いいなあ、私も見てみたいなあ」と好奇心を露わにしてそわそわしているので、「なら、見に行ってきていいですよ。わたしはここで控えていますから」と言ったのだが、彼女は一向に動こうとしない。

 ずっと大広間への廊下に続くドアの方を気にしているので、行きたくないわけではなさそうなのだけれど。

「どうかしましたか?」

「ええと……ナイショですが、リド様のご命令なんです。ルミシカ様から目を離してはいけないって。できるだけおとなしくさせとけって」

「ああ……」

 リドさまは、よっぽどわたしを人目に晒したくないらしい。

 気づけば、わたしの部屋にいるメイドさんはすでに彼女一人だけだった。
 披露宴の当日なのだ。メイドさんたちも皆忙しいだろう。
 それなのに目の前にいるメイドさんは、リドさまの命令を忠実に守るためにわたしの側で控えているようだ。

 気の毒に、と思う。

 他のメイドさんと同じように会場で忙しく働いていれば、きっと少しだけでもルールーさんたちの舞を見ることができただろうに。
 わたしをこの場に閉じ込めるためだけに、彼女は貴重な機会を失おうとしている。

 しかし、こうも考えた。

 リドさまは『ルミシカから目を離すな』と言ったのだ。
 『ルミシカを部屋から出すな』と言ったわけではない。

「わかりました。なら、わたしも行くので一緒に大広間に行きましょう」

「えっ。ダメですよ、この部屋にいないと……」

「あら。リドさまは『わたしから』『目を離すな』とおっしゃったのでしょう? それなら、わたしが大広間に行って、あなたがついてきてくれるだけなら、命令違反にはなりませんよ」

 こんなこと、リドさまが聞いたら『そんなの屁理屈だ』と怒り出すだろう。

 二か月前のわたしなら、自分からリドさまの言いつけを破るなんて考えられなかっただろう。

 だけど、今は。

 見る者を虜にするという評判の天族の舞。
 あの人たちが心を込めて踊る舞を見てみたい。

 わたしの提案を聞いた若いメイドさんは目を見開いて、少し気まずそうにしてから「いいんですか?」と言った。

「もちろんです。大丈夫、人目に触れないよう、上の階からこっそりと見ましょう」

 披露宴会場である『蓮と黄金の間』と呼ばれる大広間は一階と二階の吹き抜けになっている。
 主な招待客は一階に通されてそこから動かないので、二階の通路には人目も少なく、広間の様子がよく見えるはずだった。

 人目を避けて廊下を抜け、メイドさん(聞いたところによると名前はミーナと言うらしい)を伴って二階から大広間に出ると、案の定、その場にいた人々は広間の中央にまなざしを向けており、二階になんて注目する人はいなかった。

 一階の中庭に面した広間では、すでに天族による舞が披露されている。

「ここならよく見えますね!」

 ミーナは興奮した様子で食い入るように下の階で踊る一座のみんなを見つめた。

 柔らかな布地で作られた天族の伝統衣装に身を包み、音楽に合わせて舞う一座のみんなは、テントで会った人々とはまるで別人みたいだった。

 不思議な形の楽器を巧みに操るのはカット、オウグ、フーリエ、ミラン、

 円形になって花開くような動きで場の中央を盛り上げるのはキシャ、コルム、ナドナ、エジュド、

 そして。中央で花形として踊る、シャラとルールー。

 音楽はゆったりとしたリズムに聞こえるのに、機敏で精緻な動きで踊る彼らの姿はまるで絵の中にしかない神の庭のように幽玄で、あの人たち全員と知り合いになったことの方が、今では不思議に感じる。

 だけど、あの人がわたしを見つけてくれた。

 見た目だけをもてはやされ、貴族からは疎まれる天族のルールーさんと、見た目を白眼視され、そのまなざしを恐れ、お飾りの王妃になりたがっていたわたし。
 とても遠い人だ。本当なら、出会うことなんてないはずだった。ましてや、話して親しくなるなんて。

 ルールーさんに初めて化粧してもらったとき、その日の思い出だけを胸にこれからずっと生きていけると思った。

 けれどこれから、わたしが本当に貴族の社会に受け入れられたとしたら。
 わたしは今までの思い出だけを糧に、生きて行かなければならないのだろうか?

 そんなの。

「嫌……」

 知らずにそう呟いてしまった瞬間、階下で踊るルールーさんと目が合ったと思うのは、舞台を観た時に誰もが感じるという自惚れなのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

処理中です...