ずっと妹と比べられてきた壁顔令嬢ですが、幸せになってもいいですか?

ひるね

文字の大きさ
17 / 27

ムールカの思惑

しおりを挟む
「しかし、ムールカ」

「私も、お姉さまとお話がしたいと思っていたのです。こんなことになるまでお姉さまを追い詰めてしまった原因はきっと、私たち家族にもあったのでしょうから」

 ムールカの言葉に従い、リドさまがわたしに道を譲る。

 わたしは震える足で一歩ずつムールカに歩み寄り、扇で隠れた彼女の顔が見える位置に入る。

 ムールカは、笑っていた。

 わたしたちを取り囲む人垣には聞こえない音量で、ムールカは語る。

「正直驚きです。あなたがここまで、変わることなんてないと思っていました。そんなに見た目を偽ってまで、婚約者の地位を手放したくなかったんですか?」

「……なんのこと?」

「ふふ、笑ってしまいそう。でも笑っちゃだめだわ、周りに変に思われるもの。
 朝から外に出ていた、というのは意外でした。ずっと部屋で陰気に引きこもっているものだと思っていましたから。だけど納得です。まさか雑技団のような者たちに混ざって曲芸の練習をしていたとは」

「曲芸?」

「その見た目ですよ。よく偽ったものですね、まるで壁じゃないみたいなお顔。私とは顔立ちが全く異なると思っていましたが、今なら姉妹だと言ってもみんなに納得してもらえそうじゃあないですか」

 壁顔は、化粧の知識と技術がなくて、化粧品の力を上手に使えなかったせいだった。
 今の顔は、化粧品の力を正しく借りることができるようになったから壁顔にならなくなっただけだ。

 化粧は本来の顔の良い部分を強調しているだけで、曲芸なんかじゃない。

「偽ってなんかいないわ。これが本来の、わたしの顔だもの」

 わたしの言葉を聞いたムールカは扇でもう一度顔を隠した。お腹を押さえ、苦しそうだ。

 わたしたちから少し離れて様子を窺っている周囲の人々には、もう一度ムールカが泣き出したように見えたかもしれない。

「ああ、おかしい! 笑わせないでください。あなたなんかが、美しくなれるわけないじゃないですか。天族に何かおかしな術をかけてもらったんでしょう?
 天族は見目麗しい人が多いというのも頷けます、皆そうやって、化粧をしただけだと言って顔かたちを変えるような怪しげな術を使っているのですね」

「術……?」

「とぼけた声、反応。お姉さまのそういうところがとても嫌いです。話が通じないんだもの。
 だけど、そんなことはもうどうでもいいです。どうせ今日でお別れなのだから」

「待って、ムールカ。お別れってどういうことなの?」

 ムールカが扇の向こうでどんな顔をしているのかわからない。
 だけど少なくとも、その目はひどく楽しそうだった。

「あなたは今日ここで、王太子の婚約者としての地位を失います。妹を虐待していたという罪によって」

「どうしてそうなるの? その背中の傷、随分ひどいようだけど、誰にやられたの?」

「まあ! 全部お姉さまのせいではないですか。あなたが無理やり私に馬乗りになって、鞭打つように私を嬲ったのです」

「何を……言っているの?」

「ただの事実です。あなたが私をこんなに痛めつけた。だから、婚約者の資格を剥奪されるのは当然です。そして、空いたその穴を埋めるためには、私が殿下と婚約するしかない。
 盟約に記されたシェンブルクの娘は、もう私しかいないのですから」

 ムールカが、表情がわたしにだけ見えるように扇を逸らす。

 にっこり笑った笑顔が、彼女の真意を如実にわたしに教えてくれた。

 そこまでされれば、いくらなんでもわたしにだってわかる。

「……なら、その傷はわざと自分でつけたのね。わたしを陥れるために」

 つまり、ムールカはわたしを追い落とし、空座となったリドさまの婚約者の位置に潜り込むために、芝居を打ったのだ。

「だけどわたしには……アリバイがある。ミーナも天族の皆も、わたしが早朝から城に来ていたことを証言してくれている」

「あいかわらず残念なおつむしかお持ちでないお姉さま。だからあなたは下賤な天族の民にしか相手にされないのです。
 証言だなんてどうだってよろしいの。現に私の背には傷があるのだから。……天族だなんて怪しげな者たちと通じていたと言い張るあなたと、殿下の庇護下にある私。みなさんの支持が得られるのは、どちらだと思いますか?」

 そう言われてしまっては、支持が集まるのは確かにムールカだろう。

 権力者とそれ以外の主張のどちらを信じますかと言われたら、貴族だったら誰だって権力がある方を選ぶ。
 間違っている、えん罪だととわかっていたとしても、保身に走るのは貴族として生き残るためには当然の行動だ。

 メイド長やミーナ、天族の皆がわたしを庇ってくれたことが、わたしにはどんな宝石をもらうより嬉しかったけれど、この場にいる多くの貴族にとってその証言に価値はない。

 身分の低い者の言葉は、信用に値するものではないのだ。

 そういう社会で、わたしたちは暮らしている。

「あなたの唯一の価値である『王太子の婚約者』という地位を失えば、シェンブルクに恥をかかせたあなたをお父様もお母様も許しはしないでしょう。これでようやく、あなたはシェンブルクから追い出されます」

 両親はわたしたちに無関心だった。
 あの人たちの関心はただ、わたしが盟約を果たしてリドさまに嫁ぐことだけに向けられていた。その務めさえ果たせば、あとはどうでもよかったのだろう。

 だから、わたしがその務めを果たせないとわかったらきっと、もうあの家には入ることさえ許されない。

 体が冷たくなっていく。わたしはここで妹を虐待した罪で断罪され、家を追放されるのかもしれない。

 王太子の婚約者という立場も、シェンブルクの娘という肩書も、望んで手に入れたわけではない。
 けれどもその二つだけが、孤立しているわたしに残されていたよすがだった。

 その二つがあったからこそ、ルールーさんだってわたしを見つけてくれたのだ。
 それを失ったら、自分がどうなってしまうのか想像さえできない。

 ムールカはそれをわかっている。わかっていてそれを奪い取るために入念に準備し、今ここに立っている。

 だけど、何がそこまで。

 どうしてムールカは、そこまでしてリドさまの婚約者という地位を欲したのだろう。

「ムールカはそこまでして、リドさまと婚約したかったの? そんなに、あの人を愛しているの?」

 恋は、どんなことをしてでも相手が欲しくなるという暴力的な想いだとシェラは言っていた。

 ムールカもそうなのだろうか。

 しかしわたしの疑問を聞いたムールカは、眉根にシワを寄せ、わたしを睨みつけた。

 怒り、呆れ、それだけでは説明のつかない、歪んだ顔だった。

「まだそんなことを言うんですか? どうしようもないほどにおめでたい人」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

本物の『神託の花嫁』は妹ではなく私なんですが、興味はないのでバックレさせていただいてもよろしいでしょうか?王太子殿下?

神崎 ルナ
恋愛
このシステバン王国では神託が降りて花嫁が決まることがある。カーラもその例の一人で王太子の神託の花嫁として選ばれたはずだった。「お姉様より私の方がふさわしいわ!!」妹――エリスのひと声がなければ。地味な茶色の髪の姉と輝く金髪と美貌の妹。傍から見ても一目瞭然、とばかりに男爵夫妻は妹エリスを『神託の花嫁のカーラ・マルボーロ男爵令嬢』として差し出すことにした。姉カーラは修道院へ厄介払いされることになる。修道院への馬車が盗賊の襲撃に遭うが、カーラは少しも動じず、盗賊に立ち向かった。カーラは何となく予感していた。いつか、自分がお払い箱にされる日が来るのではないか、と。キツい日課の合間に体も魔術も鍛えていたのだ。盗賊たちは魔術には不慣れなようで、カーラの力でも何とかなった。そこでカーラは木々の奥へ声を掛ける。「いい加減、出て来て下さらない?」その声に応じたのは一人の青年。ジェイドと名乗る彼は旅をしている吟遊詩人らしく、腕っぷしに自信がなかったから隠れていた、と謝罪した。が、カーラは不審に感じた。今使った魔術の範囲内にいたはずなのに、普通に話している? カーラが使ったのは『思っていることとは反対のことを言ってしまう魔術』だった。その魔術に掛かっているのならリュートを持った自分を『吟遊詩人』と正直に言えるはずがなかった。  カーラは思案する。このまま家に戻る訳にはいかない。かといって『神託の花嫁』になるのもごめんである。カーラは以前考えていた通り、この国を出ようと決心する。だが、「女性の一人旅は危ない」とジェイドに同行を申し出られる。   (※注 今回、いつもにもまして時代考証がゆるいですm(__)m ゆるふわでもOKだよ、という方のみお進み下さいm(__)m 

処理中です...