ずっと妹と比べられてきた壁顔令嬢ですが、幸せになってもいいですか?

ひるね

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壁顔の原因

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 妹に嫌われているのは知っている。邪険にされているのも。
 わたしだって妹が苦手だった。距離を置いて、できるだけ関わらないようにしてきた。

 それでも、だからこそ、どうすればよかったのか知りたかった。

 たった一人の妹なのだ。
 だから大事にしたかったのも、本当なのだ。

 幼いころ、ほんの一瞬のような短いひと時、わたしたちは仲のよい姉妹であった時期があったはずだ。
 記憶もおぼろげなあの一瞬、「おねえさま」と初めてわたしを呼んでくれたこの子の小さな姿を、わたしはまだ覚えている。

 だけど、もうムールカはあの頃のことを覚えていないのかもしれない。

 妹は歪んだ顔でわたしを睨みつけたまま、こう言った。

「見栄えがよくなったくらいで私と対等になれたとでも思いましたか、図々しい。
 なぜここまでするか? 答えは簡単です。
 あなたを、私の人生からなかったことにしたいから。それができないなら、もう一生絶対に会わずに、話も聞かず、知らないところで死んでいてほしいからですよ」

 ムールカの言葉は、わたしにとって毒だった。

 肺が痙攣したように縮んで、息がうまく吸い込めない。
 息苦しくなって、わたしの背中は丸まってしまう。

 シャラが、いつでも背筋を伸ばしていろ、それだけで堂々として見えるのだから、と教えてくれたのに。

「どうしてあなただけがシェンブルクの娘として扱われるんです? 勉学も、教養も、容姿だって私より秀でるところのないあなたが、どうして未来の王妃の地位を約束されているんです?
 あなたは王族の一員になるのにふさわしくない。愚かで醜く、浅ましいあなたが王妃になるのなんて、この国の誰一人望んでいません」

 わたしのネガティブな考えをそのまま取り出したような言葉で、ムールカはわたしに悪意を向ける。

 ルールーさんに教わった通りに笑って見せようと思うのに、表情筋がこわばって動かせない。

 いまのわたしはきっと、『壁顔令嬢』と呼ばれたころと同じ顔をしている。

「ああ、見苦しい。視界に入るだけで気持ちが悪い。あなたが姉であることは、私の人生の汚点です」

 ムールカはわたしと逆に自信を身に纏い、間違っていることを言っているとは微塵も思っていないまっすぐな瞳で、侮蔑の視線をわたしに向ける。

 王太子の婚約者という、日のあたる立場をムールカが欲しがっていることには気づいていた。
 けれどそれを譲り渡すことは不可能で、だからわたしはずっとムールカの顔色を伺って生きてきた。

『見苦しいですよ、お姉さま。出しゃばらずに控えていたらどうですか』

 澄んだ緑の瞳をまっすぐに向けてそう言われ、美しい妹を見て、わたしは自分の醜さを知った。

 美しい容姿、優秀な頭脳、気楽な立場に嫉妬し、この子さえいなければ、と思ってしまったことも数多い。

 醜いのは、外見だけじゃなくて心までもなのだと、この子を見るたび思い知る。

 ムールカは、わたしの醜さを映し出すための鏡だった。

 この鏡を見るたび突き付けられる自分の醜さから逃れるためにおしろいを塗り続け、
 いつしかわたしは『壁顔令嬢』と呼ばれるようになった。

 いつだって言ってきたし、言われてきたじゃないか。

 わたしは、醜く、見苦しい。

 全部ムールカの言う通りなのだ。
 どうして今日だけは、この子に立ち向かえるだなんて思ったんだろう。

「そう……よね」

 何が鎧だ。そんなもの、この子の前では何の役にも立たない。

 やっぱり。化粧なんて無駄だったんだ。
 何を調子に乗っていたんだろう。

「醜いお姉さま。私の前から早く姿を消してください。そして二度と現れないで。それだけが、私の願い。
 お優しいお姉さまなら、叶えてくださいますわよね?」

 ムールカがわたしに顔を寄せる。もう扇で隠されていないその顔は、天使の彫像のように愛らしい。

 ムールカはそのままわたしの頭に手をかざしたかと思うと、赤く染まった爪でわたしの髪に触る。
 そしてルールーさんがお守りと言って飾ってくれた天領の花をつまみ、くしゃりと潰してしまった。

 頬を伝うのが花に宿っていた露なのか、それとも涙なのか、わたしにはもうわからない。

 ただ、氷水の中に体を突き落とされたみたいに寒かった。
 体がひどく重かった。

 鼓動がうるさいほどに耳を打つ。
 どんなに盛んに息を吸い込んでも苦しくてたまらない。
 視界が歪み、上下左右を見失う。

 自分が立っているのかどうかすらあやふやになって、
 ひどい大声で叫びだしたい衝動に駆られる。

 ぎりぎりで保っていた心がついに壊れたのだと思った。
 感情が散り散りになって、今叫びだしたら、きっともう二度と元には戻れないような気がする。

 だけど、もうそれでいいのかもしれない。

 そうすればきっと気を失う。

 そうすれば目覚めたとき、きっと全部終わってる。

 そう、思った時だった。

「さて、これは奇妙なことね。王太子の婚約を祝うためにはせ参じれば、始まったのは婚約者の交代劇? どなたか、この道化にもわかるようにご説明いただけないかしら」

 響いたのは、芝居がかった口上。焦点の定まらない視界ではその正体は見えないが、耳が声を覚えている。

「ルールーさん……」

 呟くだけで、彼の姿が瞼の裏に浮かぶようだった。

 あの人に、こんなわたしの姿を見せたくはない。

 その一心でわたしは、崩れ落ちそうになる足に力をこめた。
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