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終幕
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虐待の容疑をかけて断罪しようとしたわたしの容疑は晴らされ、代わりに婚約者に立てようとしたムールカはシェンブルクの血を引かない不義の子だったと暴露された。
しかも盟約の主である天族は、自分を王の継嗣として認めないと言い出す始末。
自分が追い詰められていることに気づいたのだろう。
リドさまは陛下に縋るような視線を向けて、震える声で訴える。
しかし、陛下は先ほどまでの苦々しい表情をすでに消していた。
今はただ、冬の湖のように静かで冷たい瞳で、リドさまを見ている。
「……覚悟の上、と思っていいのだな?」
「は、はい?」
「……では、この場はわたしが預かろう。
リド。おまえの愚かさは、おまえの強みだった。
他者の言葉に流されやすいところはあるが、それを自覚し、人を見極め、忠言を受け容れて進めば、調和のとれた良い王になると思っていた。
しかしこうなってしまっては、非常に残念なことだがもはや手遅れだ」
陛下の冷たい瞳の正体は、時に冷酷な判断を下さねばならない、為政者のまなざしだ。
リドさまもそれに気づき、顔色を青くしていく。
「父上、お待ちください!」
リドさまが大声をあげる。
だが、陛下はもうリドさまから視線を外してしまった。
そして、大広間でその様子を注視していたわたしたちに語り掛ける。
「皆の者、聞いてほしい。
今日は婚約披露宴だったはずだが、茶番続きで混乱したであろう。リドの父親としてお詫び申し上げる。
混乱を収束させるためには、大きな決断をせねばなるまいな」
陛下が話始めたことで、周囲の貴族たちはヒソヒソ話をやめて陛下に視線を集中させた。
静寂が満ちた大広間に、陛下の低い声はよく通る。
「すべての原因は甘言に惑わされ、無実の罪でシェンブルクの娘を糾弾しようとした王太子にある。
よって、今回の騒ぎの責任を取らせるため、リドは廃嫡とし、当面の間の蟄居を命ずる」
「父上!?」
慌てて飛び出そうとしたリドさまを、陛下が片手で制する。
その様子を見ていた衛兵が音を立てずに出てきてリドさまの両脇を固めたのは、
きっと暴れだしたらすぐに取り押さえられるようにするためだ。
「諸国を外遊させていた第一王子グラッドを呼び戻し、あらたな王太子として着任させよう。
ムールカ嬢については……シェンブルク男爵に対処を任せよう。仔細はそちらで調査し、奥方とも対話を重ねて詳細をそちらで決定したのち、報告するように」
父は声を出さず、陛下に向かって深く頭を下げた。
その様子を確認し、陛下はルールーさんに声をかける。
「コーライル子爵についても、追って調査をし、沙汰を下す。
……これでいかがかな、天族の使者殿。ご満足いただけただろうか」
王の方から天族の機嫌を伺うような物言いに、周囲の貴族たちは再びどよめく。
見下してきた天族は、王ですらも敬意を払って接する必要がある存在だと示した形だ。
天族のことを見下してよい対象とみなして使役してきたつもりだったのに、
自分たちはずっと、手のひらの上で踊らされていたに過ぎなかった。
その自覚が、貴族たちの間で急激に広まっていく。
「到底満足のいくものではない。祝福された娘の傷は深く、癒すのには時がかかる。
ゆえに、ルミシカは天領で預かろう」
「……わかった。この国からの留学という立場でなら、ルミシカ嬢が天領で過ごすことを許そう。
だが、使者殿。
彼女はずっとこの国で暮らしてきたのだ。
天領はこことは習俗も慣習も何もかもが違う。
それを受け容れ、ここを出るかどうかは、あなたではなくルミシカ嬢が決めることではないかな?」
陛下の言葉によって、視線が、わたしに集まるのを感じた。
だけど、そんなこといきなり言われてもわけがわからない。
だって今日は、わたしとリドさまの婚約披露宴だったはずなのだ。
なのになんで、天領に留学するなんて話になるのだろう。
目の前で起きていることの整理がつかなくて言葉を出せないわたしを見て、
ルールーさんは陛下の視線を遮るようにわたしの前に立った。
「……そうやっていたずらにまた負担をかける気か。
彼女は今まで、重い荷物を背負いすぎた。もう、下ろさせてもいいだろう」
ルールーさんの背に隠されて、わたしからは陛下が見えない。
だけど陛下は、少しだけ笑った気がした。
「これは藪蛇か。二人のことは、二人に任せるべきかもしれんな」
聞こえた陛下の声は、どこか面白がるような響きがあった。
「さて、皆の者。話は聞いての通りだ。
今回の騒ぎは今後さらに大きな混乱をもたらすだろう。
しかし、必ずわたしがもう一度安定した治世を実現させる。
それまでどうか、力を貸してほしい」
陛下の言葉に、貴族たちは拍手を送る。
「は、廃嫡ってどういうことなんですか、父上!」
大広間にいる人間の中で、声を上げて反論しようとしたのはリドさま一人だけだった。
しかし陛下はそれに反応ひとつせず、翻って大広間を後にする。
その後ろを追いかけようとするリドさまは、陛下の護衛騎士によって拘束され、衛士に引き渡されてしまった。
「なんの真似だ! 僕は王太子だぞ! 下がれ、下がれ! こんなことが許されるわけがないだろう!」
叫びながら、引きずられるようにして大広間を出て行くリド殿下に、ルールーさんが下の階から声をかけた。
「聖女の血を継ぐことがルミシカの価値ではないとあなたが言ったように、王の血を継いでいることはあなたの価値ではないよ、王の子よ」
しかも盟約の主である天族は、自分を王の継嗣として認めないと言い出す始末。
自分が追い詰められていることに気づいたのだろう。
リドさまは陛下に縋るような視線を向けて、震える声で訴える。
しかし、陛下は先ほどまでの苦々しい表情をすでに消していた。
今はただ、冬の湖のように静かで冷たい瞳で、リドさまを見ている。
「……覚悟の上、と思っていいのだな?」
「は、はい?」
「……では、この場はわたしが預かろう。
リド。おまえの愚かさは、おまえの強みだった。
他者の言葉に流されやすいところはあるが、それを自覚し、人を見極め、忠言を受け容れて進めば、調和のとれた良い王になると思っていた。
しかしこうなってしまっては、非常に残念なことだがもはや手遅れだ」
陛下の冷たい瞳の正体は、時に冷酷な判断を下さねばならない、為政者のまなざしだ。
リドさまもそれに気づき、顔色を青くしていく。
「父上、お待ちください!」
リドさまが大声をあげる。
だが、陛下はもうリドさまから視線を外してしまった。
そして、大広間でその様子を注視していたわたしたちに語り掛ける。
「皆の者、聞いてほしい。
今日は婚約披露宴だったはずだが、茶番続きで混乱したであろう。リドの父親としてお詫び申し上げる。
混乱を収束させるためには、大きな決断をせねばなるまいな」
陛下が話始めたことで、周囲の貴族たちはヒソヒソ話をやめて陛下に視線を集中させた。
静寂が満ちた大広間に、陛下の低い声はよく通る。
「すべての原因は甘言に惑わされ、無実の罪でシェンブルクの娘を糾弾しようとした王太子にある。
よって、今回の騒ぎの責任を取らせるため、リドは廃嫡とし、当面の間の蟄居を命ずる」
「父上!?」
慌てて飛び出そうとしたリドさまを、陛下が片手で制する。
その様子を見ていた衛兵が音を立てずに出てきてリドさまの両脇を固めたのは、
きっと暴れだしたらすぐに取り押さえられるようにするためだ。
「諸国を外遊させていた第一王子グラッドを呼び戻し、あらたな王太子として着任させよう。
ムールカ嬢については……シェンブルク男爵に対処を任せよう。仔細はそちらで調査し、奥方とも対話を重ねて詳細をそちらで決定したのち、報告するように」
父は声を出さず、陛下に向かって深く頭を下げた。
その様子を確認し、陛下はルールーさんに声をかける。
「コーライル子爵についても、追って調査をし、沙汰を下す。
……これでいかがかな、天族の使者殿。ご満足いただけただろうか」
王の方から天族の機嫌を伺うような物言いに、周囲の貴族たちは再びどよめく。
見下してきた天族は、王ですらも敬意を払って接する必要がある存在だと示した形だ。
天族のことを見下してよい対象とみなして使役してきたつもりだったのに、
自分たちはずっと、手のひらの上で踊らされていたに過ぎなかった。
その自覚が、貴族たちの間で急激に広まっていく。
「到底満足のいくものではない。祝福された娘の傷は深く、癒すのには時がかかる。
ゆえに、ルミシカは天領で預かろう」
「……わかった。この国からの留学という立場でなら、ルミシカ嬢が天領で過ごすことを許そう。
だが、使者殿。
彼女はずっとこの国で暮らしてきたのだ。
天領はこことは習俗も慣習も何もかもが違う。
それを受け容れ、ここを出るかどうかは、あなたではなくルミシカ嬢が決めることではないかな?」
陛下の言葉によって、視線が、わたしに集まるのを感じた。
だけど、そんなこといきなり言われてもわけがわからない。
だって今日は、わたしとリドさまの婚約披露宴だったはずなのだ。
なのになんで、天領に留学するなんて話になるのだろう。
目の前で起きていることの整理がつかなくて言葉を出せないわたしを見て、
ルールーさんは陛下の視線を遮るようにわたしの前に立った。
「……そうやっていたずらにまた負担をかける気か。
彼女は今まで、重い荷物を背負いすぎた。もう、下ろさせてもいいだろう」
ルールーさんの背に隠されて、わたしからは陛下が見えない。
だけど陛下は、少しだけ笑った気がした。
「これは藪蛇か。二人のことは、二人に任せるべきかもしれんな」
聞こえた陛下の声は、どこか面白がるような響きがあった。
「さて、皆の者。話は聞いての通りだ。
今回の騒ぎは今後さらに大きな混乱をもたらすだろう。
しかし、必ずわたしがもう一度安定した治世を実現させる。
それまでどうか、力を貸してほしい」
陛下の言葉に、貴族たちは拍手を送る。
「は、廃嫡ってどういうことなんですか、父上!」
大広間にいる人間の中で、声を上げて反論しようとしたのはリドさま一人だけだった。
しかし陛下はそれに反応ひとつせず、翻って大広間を後にする。
その後ろを追いかけようとするリドさまは、陛下の護衛騎士によって拘束され、衛士に引き渡されてしまった。
「なんの真似だ! 僕は王太子だぞ! 下がれ、下がれ! こんなことが許されるわけがないだろう!」
叫びながら、引きずられるようにして大広間を出て行くリド殿下に、ルールーさんが下の階から声をかけた。
「聖女の血を継ぐことがルミシカの価値ではないとあなたが言ったように、王の血を継いでいることはあなたの価値ではないよ、王の子よ」
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