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天族の青年 2
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そう言ってもう一度伸ばしてくるルールーさんの腕を、わたしは一歩下がって避けた。
「どうしたの? 何がそんなに嫌?」
きっとこの人は、とてもいい人なんだと思う。
縁もゆかりもないわたしを気に留めて、自分の技術を無償で提供してくれようというのだから。
その誠意に応じるためには、わたしの本心を伝えることが一番手っ取り早いと思った。
だって、わたしの本性を知れば、誰もわたしの力になろうだなんて思わないに決まっている。
「化粧は、鎧なんです。醜いわたしを隠すための」
「醜い?」
「はい。わたしの本性は、嫉妬や羨望でひどく歪んでいるんです。見苦しくて醜くて、正視に堪えません。
……ルールーさんもご存じのようですが、わたしは将来リドさまに嫁ぐことが決まっています。だから、それまでおしろいを塗りたくって化粧をしてもこの程度と思われていたほうが、素顔を知られた時もきっとお互い、傷つかないで済むでしょう?」
引くほどネガティブで、気持ちの悪いわたしの本音。
これを知れば、誰だってわたしから距離を置きたくなるだろう。
むしろそうあってほしいとすら思いながら、わたしは偽らざる本心を告げた。
わたしを見ないでほしい。知らないままでいてほしい。だって全部知られてしまったら、もっと嫌いになるに決まっているから。
だからおしろいで分厚い壁を作って、外の世界と自分の心を隔てるのだ。
そうでもしなければ、わたしは人前に立てない。
そうしなければ……あまりにも無様だ。
しかしルールーさんは、わたしの言葉を聞いて「んー」とちょっと唸った後に、わたしの頬をひっぱたいた。
「ばっかじゃないの」
痛みよりも衝撃に驚いて、叩かれた頬をさすって見上げると、彼は瞳に怒りを湛えてわたしを見ていた。
「汚い自分の心を隠すために汚い化粧をするですって? それってつまり、自分の心は汚いんですってその化粧で喧伝しながら、それでも嫌いにならないでくださいって媚びてるように聞こえる。
あのね、他人にはあなたの中身なんて目に見えないの。人は人を見た目で判断するものなの。
あなたが汚い化粧をして人前に立てば、それがあなたの本性だと思って勝手に見下すわ」
「……」
「化粧は鎧だって言ったわね。あたしもその考えには賛成よ。だけどその鎧が、そんなに粗末でどうするの? 他人の品定めするような視線が怖くてそんなこと言うんでしょうけれど、ぶっちゃけあなたが思っているほど、世間はあなたに興味ないわよ、きっと」
「……いいえ」
「? なにが?」
どうして、今日初めて会った人にそんなことを言われなくちゃいけないんだろうという気持ちはある。だけど耳を塞ぎたくなるのは、それが少なからず本当だと自分でもわかっているから。
それなのに、そんなこと認めたくないくて。とにかく、彼の言葉を否定したくて、わたしは「いいえ」と繰り返す。
「……いいえ、いいえ! わたしは王太子妃にならなければいけません。だから、いつも見られていることを、まなざしを意識しなくてはいけないんです。妹も、みんなもそう言うからそれが正しいんです。
だけどわたしは……王太子妃に、ふ、ふさわしくなんてないんです。醜くて見苦しくて、嫉妬深くて浅ましくて。だからせめて、名ばかりの王妃になって城の奥深くに閉じこもるまで、全部隠しておかなければいけないんです!」
言ってることが支離滅裂なことくらい、混乱のさなかにあるわたしにだってわかる。
それでも止められなかった。堰を切るように、今まで溜めていた感情が、彼の前で一気に噴き出したみたいだ。
どうしてこんなに本音がすらすらと出てしまうんだろう、と考えて一つ思い当たる。
さっきのクレンジング。あれによって化粧の一部が落とされているのだ。
だから、わたしの心を守り、心を隠す鎧がない。
どうしよう、どうすればいいの、と血の気の引いたわたしが黙った隙に、ルールーさんは至極落ち着いてこう言った。
「あなたの、責任を果たそうとするこころざしは立派だわ。そういう主君に仕えられるなら、臣下としても喜べる。ならこうしましょう、未来の女王様?」
「……?」
「いくら名ばかりの王妃になろうとしたって、どうしても外に出る務めはあるはずよ。そういうときにせめてふるまいが自信にあふれていなくては、王家を慕う人みんなが不安に思うわ。
どうかしら、あたしたちが城に留まる二か月間で、今までとはちょっと変わった方向からお勉強してみない?
幸いにも、あたしたち芸人は見られるのがお仕事で、どうすれば人からよく見られるようになるかということは教えてあげられるわ」
「……そんなことをして、あなたにどんな利益があるって言うんです?」
「だってあなたは未来の女王様よ。お近づきになって恩を売って損はないわ。そうね、これは訓練なのよ。
あなたはこれから、臣下の忠言を聞く訓練をするの。臣下の言葉に耳を貸さない君主なんているだけ無駄だわ」
これは勉強で、臣下の言葉を聞く訓練。
わたしが断りにくいように、ルールーさんは言葉を重ねていく。
「ねえ、試しに一回くらい、きれいにお化粧することもいいものだと思うのだけど?」
ルールーさんは握手を求めるように、わたしに向かって手のひらを差し出した。
わたしはしばらく逡巡したあと、おそるおそるその手に自分の手を重ねる。
すると、ルールーさんはにっこりと笑ってしっかりとわたしの手を握った。まるで、「契約成立ね」と言わんばかりだった。そしてそのまま、もう一度クレンジング剤を含ませた小さな布を取り出して、わたしを鏡の前に座らせる。
わたしは醜く、見苦しい。見た目もそうだけど、何より中身が。
その自覚があって、化粧はどんどん濃くなった。
化粧が厚いという自覚はある。
だけど、この鎧を外すには遅すぎる、とずっと思っていた。
それでも、変わりたいと、思っていなかったわけではないのです――。
「どうしたの? 何がそんなに嫌?」
きっとこの人は、とてもいい人なんだと思う。
縁もゆかりもないわたしを気に留めて、自分の技術を無償で提供してくれようというのだから。
その誠意に応じるためには、わたしの本心を伝えることが一番手っ取り早いと思った。
だって、わたしの本性を知れば、誰もわたしの力になろうだなんて思わないに決まっている。
「化粧は、鎧なんです。醜いわたしを隠すための」
「醜い?」
「はい。わたしの本性は、嫉妬や羨望でひどく歪んでいるんです。見苦しくて醜くて、正視に堪えません。
……ルールーさんもご存じのようですが、わたしは将来リドさまに嫁ぐことが決まっています。だから、それまでおしろいを塗りたくって化粧をしてもこの程度と思われていたほうが、素顔を知られた時もきっとお互い、傷つかないで済むでしょう?」
引くほどネガティブで、気持ちの悪いわたしの本音。
これを知れば、誰だってわたしから距離を置きたくなるだろう。
むしろそうあってほしいとすら思いながら、わたしは偽らざる本心を告げた。
わたしを見ないでほしい。知らないままでいてほしい。だって全部知られてしまったら、もっと嫌いになるに決まっているから。
だからおしろいで分厚い壁を作って、外の世界と自分の心を隔てるのだ。
そうでもしなければ、わたしは人前に立てない。
そうしなければ……あまりにも無様だ。
しかしルールーさんは、わたしの言葉を聞いて「んー」とちょっと唸った後に、わたしの頬をひっぱたいた。
「ばっかじゃないの」
痛みよりも衝撃に驚いて、叩かれた頬をさすって見上げると、彼は瞳に怒りを湛えてわたしを見ていた。
「汚い自分の心を隠すために汚い化粧をするですって? それってつまり、自分の心は汚いんですってその化粧で喧伝しながら、それでも嫌いにならないでくださいって媚びてるように聞こえる。
あのね、他人にはあなたの中身なんて目に見えないの。人は人を見た目で判断するものなの。
あなたが汚い化粧をして人前に立てば、それがあなたの本性だと思って勝手に見下すわ」
「……」
「化粧は鎧だって言ったわね。あたしもその考えには賛成よ。だけどその鎧が、そんなに粗末でどうするの? 他人の品定めするような視線が怖くてそんなこと言うんでしょうけれど、ぶっちゃけあなたが思っているほど、世間はあなたに興味ないわよ、きっと」
「……いいえ」
「? なにが?」
どうして、今日初めて会った人にそんなことを言われなくちゃいけないんだろうという気持ちはある。だけど耳を塞ぎたくなるのは、それが少なからず本当だと自分でもわかっているから。
それなのに、そんなこと認めたくないくて。とにかく、彼の言葉を否定したくて、わたしは「いいえ」と繰り返す。
「……いいえ、いいえ! わたしは王太子妃にならなければいけません。だから、いつも見られていることを、まなざしを意識しなくてはいけないんです。妹も、みんなもそう言うからそれが正しいんです。
だけどわたしは……王太子妃に、ふ、ふさわしくなんてないんです。醜くて見苦しくて、嫉妬深くて浅ましくて。だからせめて、名ばかりの王妃になって城の奥深くに閉じこもるまで、全部隠しておかなければいけないんです!」
言ってることが支離滅裂なことくらい、混乱のさなかにあるわたしにだってわかる。
それでも止められなかった。堰を切るように、今まで溜めていた感情が、彼の前で一気に噴き出したみたいだ。
どうしてこんなに本音がすらすらと出てしまうんだろう、と考えて一つ思い当たる。
さっきのクレンジング。あれによって化粧の一部が落とされているのだ。
だから、わたしの心を守り、心を隠す鎧がない。
どうしよう、どうすればいいの、と血の気の引いたわたしが黙った隙に、ルールーさんは至極落ち着いてこう言った。
「あなたの、責任を果たそうとするこころざしは立派だわ。そういう主君に仕えられるなら、臣下としても喜べる。ならこうしましょう、未来の女王様?」
「……?」
「いくら名ばかりの王妃になろうとしたって、どうしても外に出る務めはあるはずよ。そういうときにせめてふるまいが自信にあふれていなくては、王家を慕う人みんなが不安に思うわ。
どうかしら、あたしたちが城に留まる二か月間で、今までとはちょっと変わった方向からお勉強してみない?
幸いにも、あたしたち芸人は見られるのがお仕事で、どうすれば人からよく見られるようになるかということは教えてあげられるわ」
「……そんなことをして、あなたにどんな利益があるって言うんです?」
「だってあなたは未来の女王様よ。お近づきになって恩を売って損はないわ。そうね、これは訓練なのよ。
あなたはこれから、臣下の忠言を聞く訓練をするの。臣下の言葉に耳を貸さない君主なんているだけ無駄だわ」
これは勉強で、臣下の言葉を聞く訓練。
わたしが断りにくいように、ルールーさんは言葉を重ねていく。
「ねえ、試しに一回くらい、きれいにお化粧することもいいものだと思うのだけど?」
ルールーさんは握手を求めるように、わたしに向かって手のひらを差し出した。
わたしはしばらく逡巡したあと、おそるおそるその手に自分の手を重ねる。
すると、ルールーさんはにっこりと笑ってしっかりとわたしの手を握った。まるで、「契約成立ね」と言わんばかりだった。そしてそのまま、もう一度クレンジング剤を含ませた小さな布を取り出して、わたしを鏡の前に座らせる。
わたしは醜く、見苦しい。見た目もそうだけど、何より中身が。
その自覚があって、化粧はどんどん濃くなった。
化粧が厚いという自覚はある。
だけど、この鎧を外すには遅すぎる、とずっと思っていた。
それでも、変わりたいと、思っていなかったわけではないのです――。
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