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鎧がはがされる
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それから、ルールーさんはクレンジングでわたしのおしろいをどんどん剥がしてしまった。
「まずは肌を整えないとねーって本当に肌ボロボロ。もうこのおしろい使うのやめなさいね。化粧水も自分の肌に合うものを選ばないと。しばらくはこの乾燥肌用のを使って保湿していきましょう」
化粧台の横に置かれた衣装箱の中は、異界につながっているのではないかと疑ってしまうほど、多種多様な瓶が入っていた。
それを取り出してはルールーさんはひとつずつ効能を説明していく。
青い瓶は保湿に優れた化粧水。ピンクの瓶は脂っぽい肌をサラサラにしたいときに使う化粧水。
彼が言うには、肌質に合わせて化粧品を選択することが一番重要であるらしい。
「本格的に使う前に一度手とかの目立たない場所に塗ってしばらく様子を見なさい。それで赤くなったりむしろ粉ふいたりするようならそれはもう使っちゃダメよ。
あと、一度これは大丈夫と思ったものでも肌は一刻一刻変化するものなのだから、ずっと使っていて問題ないということはあり得ないの。毎日自分の肌をよく観察し、その日の様子に合わせて化粧品を選びなさい」
そんな話をする間にもルールーさんの手はスルスルと動き、あっという間に、わたしのおしろいはすっかり剥がれ、壁ではない、ありのままの顔が鏡に映っていた。
皮膚の薄い、赤い顔。腫れぼったくて小さい一重の瞳。鼻は大きくはないが、高くもない。地味な顔だと自分でも思う。
可愛らしくあどけない妹とは、雲泥以上に差があるだろう。それなのに、
「あらあ、いいんじゃない?」
恥じ入ってうつむいたわたしの顎を掴み上げて、ものすごい至近距離まで顔を近づけてルールーさんは言った。
「化粧映えしそうな顔ね!」
そう言ってにっこりと笑うので、わたしは驚いて目を見開いて彼の不思議な色の瞳を見つめる。
はちみつと墨を混ぜたような色の瞳を笑みの形に歪ませて、彼はわたしの視線を正面から受け止めてくれた。
「大丈夫よ、あなた、かわいいわ」
「そんなことは」
ありません。
そう続けようとした言葉はしかし、最後まで言えなかった。
ルールーさんがわたしの顔に、すごい勢いで何かを塗り始めたからだ。
「こ、これは……?」
「しっ。今は顔を動かさないで。これは天領で作られているファンデーションよ」
「ふぁんで?」
「聞きなじみのない言葉でしょうけど、要はおしろいみたいなものよ。ほら、こうやって見れば色の違いがわかるかしら?」
ルールーさんは自分の手にファンデーションを何種類か塗って見せてくれた。
それは、わたしが普段使っているおしろいよりもずっと色が濃い。
「肌の色に近くしてあるの。さらにこれよりも濃いものを用意して、混ぜながら塗っていく。同じ色をただ重ねるだけだから、壁みたいな印象の顔になるの。陰影ってとっても大事なんだからね、覚えておきなさい」
指を使って、直接肌に触れて、ルールーさんはわたしに化粧を施していく。
他に誰もいない馬車の中、男性と二人きりになるなんて嫁入り前の貴族の子女としてはあり得ないことなのかもしれない。
なのに、彼の歌うような声が耳に響き、冷たい指が肌をなぞるのが今は心地よくて、それ以上何も考えられない。
「うん。ベースはこれでいいわね。次はチーク。はい、にっこり笑って」
指示に従って口角を上げようとするのだが、長年鉄面皮で過ごしてきた影響か、笑顔がぎこちないのは自分でもよくわかった。
「……笑顔が魅力的にならない人間はいないのよ? あなたのこれは、表情筋が弛んでいるせいね。顔のストレッチをして、顔の筋肉も鍛えなさい。毎日鏡の前で、笑顔の練習をするの。そうするうちに表情をつくることに慣れて、どんなときでも笑えるようになるから」
「は、はい」
「今日のところはそれでいいわ。はい、笑顔キープ。チーク、頬紅で血色と陰影を補うの。薔薇色の頬もいいけれど、やりすぎたら下品だわ。色の選び方には気をつけて。あなたは……コーラルピンクとかオレンジ系が似合うんじゃないかしら」
魔法のような言葉をいくつも言いながら、大きな筆のようなブラシで頬をひと撫で。
それだけで、わたしの顔の印象が随分変わる。
ルールーさんの肩越しに鏡が見える。
ファンデーションを重ねることであんなに恥ずかしかった赤い肌が見えなくなったのに、わたしの顔は壁みたいにのっぺりしていない。
ちゃんとした、ふつうの顔に見える。
「すごい……」
「すごいのはここからよ、次は目ね」
ルールーさんは次に、細い筆のようなものを取り出した。
「目を閉じていて」
何をされるのか不安には思わなかった。
不思議なことに、わたしはもうすでにこの時、彼に対する警戒心を微塵も抱いていなかったのだ。
「あいたたた!?」
だから、いきなり細い筆の先を目に突っ込んでくるだなんて、ちっとも思っていなかった。
「痛くない! 眼球に刺さってはいないでしょう!」
たしかにそれはそうなのだけれど、まぶたの内側には筆の先が入っている。痛くはないが、違和感は強い。
涙が出そうだ。
「泣かない! 滲むでしょ!」
今日会ったばかりの人間に対して、随分きびしくはないだろうか。
わたしが悶絶しているうちに、ルールーさんは作業を手早く済ませ、わたしを開放した。
「はいおわり。あとはまぶたの外側ね。まだ目を開けちゃだめよー」
もうこうなったら、とことん付き合ってみよう、という半ばヤケクソのような気持ちでわたしはルールーさんに顔を差し出した。
彼はそんなわたしに「いい子ね」と囁いて、今度はまつ毛とまぶたに何かを塗り始める。
そしてもうしばらくすると、
「うん、いいわ。目を開いてみて」
というルールーさんの満足げな声を合図に、わたしは言われた通りに目を開いた。
目の前には化粧台の鏡。そこに映っているのは、自分の顔のはずだ。
「……え?」
わたしが口を開けば、鏡の中のわたしも口を開く。だから間違いなく、そこにいるのはわたしのはずだ。
なのにそれが信じられないまま、わたしは傍らに立っているルールーさんを見上げた。
「驚いたの?」
「はい……これが、ほんとうにわたし?」
「それ以外に誰がいるのよ。あのね、言っとくけどこれ、そんなに濃い化粧じゃないわよ。あなたは顔のパーツが小さいけれど整っているから、それを強調しただけ。
黒目がちの瞳は目じりをアイラインで補えば印象が強くなるし、陰影をつけるだけでほら、顔が壁じゃなくなったでしょう?」
「はい……」
「それじゃあ、仕上げね」
そう言ってルールーさんは口紅と細い筆を手に取った。
長いまつ毛。それに彩られた瞳が、わたしの唇を見ている。
なんだか恥ずかしくなってしまって彼の姿を直視できず、筆で唇を囲って色を重ねていくルールーさんの背中を、鏡越しにわたしは見ていた。
「どう?」
口紅を塗り終わったルールーさんはわたしから離れて、反応を伺った。
わたしは、目の前の大きな鏡に映る自分の姿に、正面から対峙する。
鏡に映るのは、『壁顔令嬢』ではもはやなかった。
れっきとした、『女性』の姿だ。
わたしがただひたすらおしろいを塗りこんでいたのを、『化粧品に申し訳ないと思わないの?』とルールーさんが評した気持ちが、今なら少しだけわかる。
わたしはただ買い求めた化粧品を顔に塗りたくるだけだったから。
化粧の知識と技術が足りなかったのだ。化粧を教えてくれるような知り合いなんていなかったのだから、というのは言い訳にすぎない。誰かから教えてもらうことだけが、知識を得る方法ではないから。
そう考えを改めるには、今のこの顔は十分だった。
正しい化粧をするだけで、人はこんなに変わるものか、と感動さえした。
「……ありがとうございます、ルールーさん」
わたしが壁顔ではなくなったのは、ルールーさんの化粧のおかげだ。
だけど、上辺だけの化粧を取れば、すぐにいつもの顔になる。
ルールーさんはさっき二か月間でお勉強しましょうと言ってくれたけれど、わたしがルールーさんのような技術を身に着けたところで、遠い天領で作られたという数々の化粧品を手に入れる手段はない。
あの聞いたことのない名前の化粧品の数々は、天族の人々が扱う交易品だと思う。
本来王に献上されるものであり、わたしが使ってはいけないものだ。
もし今日のことが王家の人々に露見したら、ルールーさんが罰される可能性だってあるかもしれない。
だからもう、これで十分だ、と思った。
この化粧は、今日だけのものだ。
明日からはまた壁として過ごすことにしよう、と思った。
今、ルールーさんが見せてくれた化粧は、わたしの美しい夢にしよう。
今日のことを、ずっと覚えていよう。そうすれば、きっともうすこしだけ、
わたしは、持ちこたえられる。
「あなたはわたしに夢をみせてくれました。今日の思い出だけで、心穏やかに暮らしていけそうです。いつの日か王妃になったら、今日のご親切にきっと報いるとお約束します」
あたりまえの礼を述べて立ち去ろうとしたわたしを、ルールーさんは心底呆れたという顔をしながら押しとどめた。
「ちょっと待って、なんでそうなるのよ!」
「え?」
「言ったでしょ、二か月でちょっと変わったお勉強をしましょうって。あたしがあなたに化粧してあげるんじゃなくて、自分でこの化粧ができるようにならなければ意味はないわ。それに、あなたの立ち振る舞いも強制していく必要がある」
「ええと……でも、そこまでしていただくわけには」
わたしに構うことで、あなたの立場を悪くするわけにはいかない、と断ろうとしたが、言葉を最後まで紡ぐより早く、ルールーさんはぴしゃりと叱りつけるように言った。
「なら時間をひねり出しなさい。ちょっと化粧の知識がついたからって調子に乗らないこと。中途半端な変化は、見過ごされる場合が多いのよ。やるんだったら、徹底的にやりましょう」
厚意に甘えてはいけないとわたしは思ったが、
ルールーさんはどうやら、大層やる気であるようだ。
「まずは肌を整えないとねーって本当に肌ボロボロ。もうこのおしろい使うのやめなさいね。化粧水も自分の肌に合うものを選ばないと。しばらくはこの乾燥肌用のを使って保湿していきましょう」
化粧台の横に置かれた衣装箱の中は、異界につながっているのではないかと疑ってしまうほど、多種多様な瓶が入っていた。
それを取り出してはルールーさんはひとつずつ効能を説明していく。
青い瓶は保湿に優れた化粧水。ピンクの瓶は脂っぽい肌をサラサラにしたいときに使う化粧水。
彼が言うには、肌質に合わせて化粧品を選択することが一番重要であるらしい。
「本格的に使う前に一度手とかの目立たない場所に塗ってしばらく様子を見なさい。それで赤くなったりむしろ粉ふいたりするようならそれはもう使っちゃダメよ。
あと、一度これは大丈夫と思ったものでも肌は一刻一刻変化するものなのだから、ずっと使っていて問題ないということはあり得ないの。毎日自分の肌をよく観察し、その日の様子に合わせて化粧品を選びなさい」
そんな話をする間にもルールーさんの手はスルスルと動き、あっという間に、わたしのおしろいはすっかり剥がれ、壁ではない、ありのままの顔が鏡に映っていた。
皮膚の薄い、赤い顔。腫れぼったくて小さい一重の瞳。鼻は大きくはないが、高くもない。地味な顔だと自分でも思う。
可愛らしくあどけない妹とは、雲泥以上に差があるだろう。それなのに、
「あらあ、いいんじゃない?」
恥じ入ってうつむいたわたしの顎を掴み上げて、ものすごい至近距離まで顔を近づけてルールーさんは言った。
「化粧映えしそうな顔ね!」
そう言ってにっこりと笑うので、わたしは驚いて目を見開いて彼の不思議な色の瞳を見つめる。
はちみつと墨を混ぜたような色の瞳を笑みの形に歪ませて、彼はわたしの視線を正面から受け止めてくれた。
「大丈夫よ、あなた、かわいいわ」
「そんなことは」
ありません。
そう続けようとした言葉はしかし、最後まで言えなかった。
ルールーさんがわたしの顔に、すごい勢いで何かを塗り始めたからだ。
「こ、これは……?」
「しっ。今は顔を動かさないで。これは天領で作られているファンデーションよ」
「ふぁんで?」
「聞きなじみのない言葉でしょうけど、要はおしろいみたいなものよ。ほら、こうやって見れば色の違いがわかるかしら?」
ルールーさんは自分の手にファンデーションを何種類か塗って見せてくれた。
それは、わたしが普段使っているおしろいよりもずっと色が濃い。
「肌の色に近くしてあるの。さらにこれよりも濃いものを用意して、混ぜながら塗っていく。同じ色をただ重ねるだけだから、壁みたいな印象の顔になるの。陰影ってとっても大事なんだからね、覚えておきなさい」
指を使って、直接肌に触れて、ルールーさんはわたしに化粧を施していく。
他に誰もいない馬車の中、男性と二人きりになるなんて嫁入り前の貴族の子女としてはあり得ないことなのかもしれない。
なのに、彼の歌うような声が耳に響き、冷たい指が肌をなぞるのが今は心地よくて、それ以上何も考えられない。
「うん。ベースはこれでいいわね。次はチーク。はい、にっこり笑って」
指示に従って口角を上げようとするのだが、長年鉄面皮で過ごしてきた影響か、笑顔がぎこちないのは自分でもよくわかった。
「……笑顔が魅力的にならない人間はいないのよ? あなたのこれは、表情筋が弛んでいるせいね。顔のストレッチをして、顔の筋肉も鍛えなさい。毎日鏡の前で、笑顔の練習をするの。そうするうちに表情をつくることに慣れて、どんなときでも笑えるようになるから」
「は、はい」
「今日のところはそれでいいわ。はい、笑顔キープ。チーク、頬紅で血色と陰影を補うの。薔薇色の頬もいいけれど、やりすぎたら下品だわ。色の選び方には気をつけて。あなたは……コーラルピンクとかオレンジ系が似合うんじゃないかしら」
魔法のような言葉をいくつも言いながら、大きな筆のようなブラシで頬をひと撫で。
それだけで、わたしの顔の印象が随分変わる。
ルールーさんの肩越しに鏡が見える。
ファンデーションを重ねることであんなに恥ずかしかった赤い肌が見えなくなったのに、わたしの顔は壁みたいにのっぺりしていない。
ちゃんとした、ふつうの顔に見える。
「すごい……」
「すごいのはここからよ、次は目ね」
ルールーさんは次に、細い筆のようなものを取り出した。
「目を閉じていて」
何をされるのか不安には思わなかった。
不思議なことに、わたしはもうすでにこの時、彼に対する警戒心を微塵も抱いていなかったのだ。
「あいたたた!?」
だから、いきなり細い筆の先を目に突っ込んでくるだなんて、ちっとも思っていなかった。
「痛くない! 眼球に刺さってはいないでしょう!」
たしかにそれはそうなのだけれど、まぶたの内側には筆の先が入っている。痛くはないが、違和感は強い。
涙が出そうだ。
「泣かない! 滲むでしょ!」
今日会ったばかりの人間に対して、随分きびしくはないだろうか。
わたしが悶絶しているうちに、ルールーさんは作業を手早く済ませ、わたしを開放した。
「はいおわり。あとはまぶたの外側ね。まだ目を開けちゃだめよー」
もうこうなったら、とことん付き合ってみよう、という半ばヤケクソのような気持ちでわたしはルールーさんに顔を差し出した。
彼はそんなわたしに「いい子ね」と囁いて、今度はまつ毛とまぶたに何かを塗り始める。
そしてもうしばらくすると、
「うん、いいわ。目を開いてみて」
というルールーさんの満足げな声を合図に、わたしは言われた通りに目を開いた。
目の前には化粧台の鏡。そこに映っているのは、自分の顔のはずだ。
「……え?」
わたしが口を開けば、鏡の中のわたしも口を開く。だから間違いなく、そこにいるのはわたしのはずだ。
なのにそれが信じられないまま、わたしは傍らに立っているルールーさんを見上げた。
「驚いたの?」
「はい……これが、ほんとうにわたし?」
「それ以外に誰がいるのよ。あのね、言っとくけどこれ、そんなに濃い化粧じゃないわよ。あなたは顔のパーツが小さいけれど整っているから、それを強調しただけ。
黒目がちの瞳は目じりをアイラインで補えば印象が強くなるし、陰影をつけるだけでほら、顔が壁じゃなくなったでしょう?」
「はい……」
「それじゃあ、仕上げね」
そう言ってルールーさんは口紅と細い筆を手に取った。
長いまつ毛。それに彩られた瞳が、わたしの唇を見ている。
なんだか恥ずかしくなってしまって彼の姿を直視できず、筆で唇を囲って色を重ねていくルールーさんの背中を、鏡越しにわたしは見ていた。
「どう?」
口紅を塗り終わったルールーさんはわたしから離れて、反応を伺った。
わたしは、目の前の大きな鏡に映る自分の姿に、正面から対峙する。
鏡に映るのは、『壁顔令嬢』ではもはやなかった。
れっきとした、『女性』の姿だ。
わたしがただひたすらおしろいを塗りこんでいたのを、『化粧品に申し訳ないと思わないの?』とルールーさんが評した気持ちが、今なら少しだけわかる。
わたしはただ買い求めた化粧品を顔に塗りたくるだけだったから。
化粧の知識と技術が足りなかったのだ。化粧を教えてくれるような知り合いなんていなかったのだから、というのは言い訳にすぎない。誰かから教えてもらうことだけが、知識を得る方法ではないから。
そう考えを改めるには、今のこの顔は十分だった。
正しい化粧をするだけで、人はこんなに変わるものか、と感動さえした。
「……ありがとうございます、ルールーさん」
わたしが壁顔ではなくなったのは、ルールーさんの化粧のおかげだ。
だけど、上辺だけの化粧を取れば、すぐにいつもの顔になる。
ルールーさんはさっき二か月間でお勉強しましょうと言ってくれたけれど、わたしがルールーさんのような技術を身に着けたところで、遠い天領で作られたという数々の化粧品を手に入れる手段はない。
あの聞いたことのない名前の化粧品の数々は、天族の人々が扱う交易品だと思う。
本来王に献上されるものであり、わたしが使ってはいけないものだ。
もし今日のことが王家の人々に露見したら、ルールーさんが罰される可能性だってあるかもしれない。
だからもう、これで十分だ、と思った。
この化粧は、今日だけのものだ。
明日からはまた壁として過ごすことにしよう、と思った。
今、ルールーさんが見せてくれた化粧は、わたしの美しい夢にしよう。
今日のことを、ずっと覚えていよう。そうすれば、きっともうすこしだけ、
わたしは、持ちこたえられる。
「あなたはわたしに夢をみせてくれました。今日の思い出だけで、心穏やかに暮らしていけそうです。いつの日か王妃になったら、今日のご親切にきっと報いるとお約束します」
あたりまえの礼を述べて立ち去ろうとしたわたしを、ルールーさんは心底呆れたという顔をしながら押しとどめた。
「ちょっと待って、なんでそうなるのよ!」
「え?」
「言ったでしょ、二か月でちょっと変わったお勉強をしましょうって。あたしがあなたに化粧してあげるんじゃなくて、自分でこの化粧ができるようにならなければ意味はないわ。それに、あなたの立ち振る舞いも強制していく必要がある」
「ええと……でも、そこまでしていただくわけには」
わたしに構うことで、あなたの立場を悪くするわけにはいかない、と断ろうとしたが、言葉を最後まで紡ぐより早く、ルールーさんはぴしゃりと叱りつけるように言った。
「なら時間をひねり出しなさい。ちょっと化粧の知識がついたからって調子に乗らないこと。中途半端な変化は、見過ごされる場合が多いのよ。やるんだったら、徹底的にやりましょう」
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