ずっと妹と比べられてきた壁顔令嬢ですが、幸せになってもいいですか?

ひるね

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はちみつ色の、恋をした

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「ひとりで大丈夫、ね。それはいいのよ、いいんだけど……」

 語り終えたことに安心して息を吐いたわたしとは対照的に、ルールーさんはとても、微妙な顔をしていた。

「なんだか行き違いがあるように感じるのは気のせいかしら?」

 その顔を見るかぎり、考え抜いたわたしの決意と覚悟は、なんだかいまいちうまく伝わっていないようだ。

 お互いにハトが豆鉄砲を喰ったような顔をして、わたしたちは視線を重ねる。

 戸惑いの中で、先に口を開いたのはルールーさんだった。

「確認、しましょうか。そう、確認。ルミシカ、あなたは天領に来るのよね? あたしと一緒に」

「ええ、雑技団……いいえ。使者の方々と一緒に、天領まで送っていただきたいと思っています。
 もしかして、ご迷惑でしたか?」

「そんなことはないわよ、誘ったのはこっちなんだし。うーん、じゃあ問題はその後なのかしら。あのね、あなたはあたしの誘いを受けたのよ、シャラではなく。天領に行ったらあたしと一緒に暮らすってことよ。それはわかってるの?」

「えっ。そんなにルールーさんを拘束するつもりはありません。天領に行ったあとは、自分の力で生きて行こうと思います。わたしにできることは限られていますが……化粧品を作る工房のようなところをお手伝いしたりできたらいいな、と」

 わたしの言葉が終わる前に、ルールーさんは鋭く言った。

「なんでそうなるの!? キスまでしたのに」

「……大丈夫です、わかっています。勘違いなんてしていません。
 あれは、そういう演出だったのでしょう? わたしがあの場で家族を見捨てて自由になることを周囲の人々に納得させるためには、ドラマが必要だったから。恋愛の成就は、あの場にとても都合のいい展開でした。
 だからルールーさんは自分を犠牲にして、あのようなことまでしてくださった」

「バカじゃないのー?? そんなことするわけないじゃない、あたしを何だと思ってるのよ!」

 ルールーさんは、その場でへなへなと力を失ってしまった。
 そしてテーブルに突っ伏して、

「なんかヘンだと思ってたのよー! 告白して、受け入れてくれたはずなのに、全然嬉しそうじゃなかったし!」

 なんて言う。

 ここにきて、おかしいな、ということにわたしはようやく気付き始めていた。

 ルールーさんの言葉をそのまま解釈すれば、彼はわたしを、まるで本当に恋人として迎え入れる気みたいだ。

 だけどそんなの、ありえない。だって、

「だってルールーさんにとって、女性は恋愛の対象にならないのでしょう?」

「はあ!?」

 彼の口から聞いたこともないような大きな声を聞いて、わたしは驚いてしまう。

「だって、シャラが男性のような言葉を使うのは、自分の恋愛対象が女性だからだって……」

「それはシャラの都合でしょー!? なんであたしが誰を好きになるのか、あなたに決められないといけないの!」

 シャラと同じように、ルールーさんの言葉遣いもまた、恋愛対象からの関心を買うためだろうと思っていたわたしの考えは、どうやら間違っていたらしい。

 ならば、なぜ。

「言葉なんて装いのひとつよ。あたしはこの言葉遣いが持つ柔らかい響きが好きで使っているだけ」

 わたしの疑問を察して、先回りしてルールーさんが教えてくれる。

 確かに、柔らかい言葉遣いは彼の美しい振る舞いにとても似合っているのかもしれない。

 でも、それならなぜ、

 彼はわたしなんかにキスしたのだろう。

「うん……確かに、今まであたし自身の話をあなたにしてこなかったかもしれない。
 だけどだからって、そんな勘違いする前にあたしにちゃんと聞いておいてほしかったんだけど!」

「そ、そういうことを聞くのは失礼になることもある、と聞いたので」

「時と場合と相手によるっ!!」

「難しい……」

 ここ最近ずっと悩んでいたことが、ただの勘違いだったと知って打ちひしがれるわたしを見て、ルールーさんは大きくため息をついた。

「ルミシカのそういう、ものを深く考えるところは結構好きだけど、悩んだ末の結論が極端な方角に走り抜けていくのはなんなのかしら……」

 そう言いながらルールーさんは姿勢を立て直すと、テーブルの向こう側から手を伸ばし、わたしの両手を自分の手で包み込んでしまった。

 あたたかな体温が伝わってくる。

 その温もりに、大広間で感じた彼の唇を思い出してしまって、わたしは顔に血が上っているのを感じる。

 きっと顔は真っ赤になっている。
 両手を使って顔を隠してしまいたいが、両手はルールーさんの掌に掴まれたままで、動かすことができない。

「あたしはちゃんと、あなたが好きよ、ルミシカ」

 告げられる言葉に驚いて、目の前にあるルールーさんを見上げる。

「何をされても人を嫌わず、好かれようと努力して心に傷を負った弱さだって、あなたの優しさの裏返しだわ。その心をあたしに向けてほしいと思ったの。
 こうやって両手を塞いで閉じ込めて、あなたを独り占めしてしまいたいと思うくらい、あたしはあなたに夢中になってる」

 彼の顔も赤いと思うのはきっと、気のせいじゃない。

「今度はちゃんと、信じてくれる?」

 胸がいっぱいになって、息が詰まって、何も口に出すことができないわたしの、手のひらを持ち上げてルールーさんがキスをする。

「あたしと一緒に天領に行って、一緒に暮らしていきましょう? あたしは使者を続けるつもりだから、土地を渡り歩く日々になると思う。ついてきてくれるなら、慣れないうちは辛いだろうけれど、あたしもシャラも、他の皆だって精いっぱいサポートするわ。
 だけど、そうね。どうしても化粧品の工房で働きたいって言うなら、どこか紹介することもできるけど」

「……いいえ」

 さきほど告げたわたしの希望を考慮した提案をしてくれるルールーさんに、今度はわたしが言葉を返す番だった。

「わたしも、本当はみんなについて行って、ルールーさんと一緒にいたかったんです。だけど言えなかった。ルールーさんがわたし以外の誰かと親しくしているところを見たら、きっと嫉妬してしまうから。そんなの、もう耐えられないと思うから」

「なら、決まりね? あたしはあなたを選んだ。あなたはあたしを選ぶ。そう思っていいのよね?」

 金色の混じった瞳が、わたしにまなざしを向ける。

 とびきり甘ったるいはちみつの色。

 瞳に込められた情熱に気づいてしまった今は、視線を重ねるだけで冷静さが剥がされていくようだった。

 この人の前では、どんな鎧も何の役にもたたないだろう。
 それがとてもはずかしいのに、なぜか嬉しい。

 とにかく今は、もっと彼の近くに行きたくてたまらなくなる。

 その想いはルールーさんも同じようで、柔らかい微笑みでわたしを見て、そっと囁いたのだ。

「もう一度キスしたいのだけど、いいかしら?」

 ためらう理由は、もう何もなかった。
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