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断罪、開始
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「アイラ・ザクセン! 今日をもってきみとの婚約を破棄させてもらう!」
モモが人形を通して『もうじき向こうから『婚約破棄』を宣言してくるころですよ』と言ってから数日とおかず、ある夜会に出席したわたしに、婚約者であるカートは宣言した。
「カート様……そんな、本気でおっしゃっているの……?」
「ああ、アイラ。もちろん本気だとも! きみがリオナにしてきた仕打ちを知らないとは言わせないぞ!」
カートの胸に頭を預けたリオナは、勝ち誇った笑みでわたしを見ていた。
愚かにも、これでわたしが傷つくと信じているのだろう。
悔やんで泣きわめいて、許しを請うとでも思っているのだろう。
わたしの気持ちはとっくの昔にカートから離れている。
だからそんな考えは――あまりにも、浅はかだとも知らずに。
「ひどいです、カート様……わたしはずっと、影ながらあなたをお支えしてきたというのに……!!」
「誰がそんなことをしてくれと頼んだ!? きみはずっと僕の仕事を奪っていただけなのに、偉そうなことを言うな! それだけでなく、きみは僕の心が離れたと知るとすぐにリオナの嫌がらせを始めたじゃないか! いい加減恥を知れ、アイラ!」
わたしを断罪しようと声を張り上げるカートの前で、わたしはただ、レースのハンカチを口に当てて、この日のために鍛えた演技力で泣き崩れてみせるだけでよかった。
それだけで、周囲の視線が驚きから同情に代わっていくのが、肌でわかった。
モモの計画通りだ。
彼女はこうなることを、予想していた。
そして、こうも言っていた。
『カートがアイラさんを断罪するために立ち上がったら、しばらくの間はしおらしい態度をとっていてください。それだけで、助けてくれる人が現れるはずですから』
そしてその言葉通りに、わたしを庇うような人影が現れた。
「あなたは……」
カートとよく似た面差しの男性。彼は、カートの父親であるヴィゼン侯爵だ。
「カート、おまえ、何を馬鹿なことを言っているんだ!?」
彼はわたしの前に出て、わたしを庇うように立ちふさがると、カートに向かって鋭い声でそう言った。
「なぜアイラを庇うのですか、父上! その女は僕がやるべきだった侯爵の跡継ぎとしての仕事を奪っていたんですよ! そのせいで先日、子爵閣下が『確かに噂どおり、アイラ嬢のほうが次期侯爵と呼ばれるのにふさわしいですな』なんて言っていたのを、父上だって聞いたでしょう!」
「馬鹿者! 跡継ぎの仕事を自ら放り出して遊び惚けていたのはお前のほうだ! そもそも、彼女は自ら望んで仕事していたわけじゃない。本来お前が務めるべき執務を、将来の妻として、おまえの名代としてフォローしていただけだ。彼女はおまえの名代として会議に出席するたび『カート様であれば、もっと立派にお勤めを果たしてくれるでしょう』と言っておまえの顔を立てていたんだぞ!」
「ぼ、僕がそんなことをしてほしいと頼んだわけではない! 父上はアイラに騙されているんだ! アイラは父上の優しさに付け込んで侯爵家を乗っ取ろうとしているんだっ!」
リオナに何かを吹き込まれたのだろう。カートはまだ、わたしへの攻撃の手を緩めるつもりはないみたいだった。
そんなカートに、彼の父親である侯爵閣下は感情のうかがい知れない瞳を向けてから、はあ、と重いため息をついて「もう黙ってくれないか、カート」と諦めたように言った。
「……アイラは、おまえがやるべき務めを完璧にこなしてくれていただけじゃない。勉強会や講演会に積極的に参加して、常に自分の能力を高める努力を怠らなかった。すべて、私がおまえに期待していたことだ。しかしおまえは私が何度言っても自分の義務を果たそうとはせず、そこの令嬢と遊び続けるだけだった。……おまえには、自分が私の期待を裏切り続けていた自覚がないようだ。あの子爵がおまえではなくてアイラを『次期侯爵』と呼んだのだって、ひとえにおまえの無能を皮肉っただけにすぎない。恥を知るべきはおまえのほうだよ、カート」
「そんな……!」
「おまえが無能だから、アイラはおまえをフォローせざるをえなかったんだ。だが、彼女が恩着せがましいこことを言ったことなんてないぞ。それどころか、おまえを悪しざまに言う人に向かっても、何度でも『カートはやればできる人だ』と言っていたんだ! アイラは誰よりも最後まで、おまえを信じていたというのに……!!」
カートは顔色を白黒とさせながら、なんとか父の言葉を否定しようと、愚かな発言を繰り返す。
「そ、それすらもアイラの計算のうちです! そうやって父上に取り入って、侯爵家を牛耳るつもりに決まってる! 目を覚ましてください、父上!」
「目を覚ますのはお前の方だ、カート! アイラは今まで、おまえの浮気を知りながらも心を取り戻すため精一杯努力し、至らぬお前を補ってきた。それはすべて、おまえを心のそこから愛していたからなんだぞ! だというのにおまえ自身がその想いを、そんな風に言うなんて……まったく、あきれ果ててこれ以上は言葉が出てこない」
そして一度顔を伏せて首を振ると、毅然と姿勢を正して、カートに宣言した。
「今日と言う今日は、私とてお前を見限る覚悟ができたぞ!」
モモが人形を通して『もうじき向こうから『婚約破棄』を宣言してくるころですよ』と言ってから数日とおかず、ある夜会に出席したわたしに、婚約者であるカートは宣言した。
「カート様……そんな、本気でおっしゃっているの……?」
「ああ、アイラ。もちろん本気だとも! きみがリオナにしてきた仕打ちを知らないとは言わせないぞ!」
カートの胸に頭を預けたリオナは、勝ち誇った笑みでわたしを見ていた。
愚かにも、これでわたしが傷つくと信じているのだろう。
悔やんで泣きわめいて、許しを請うとでも思っているのだろう。
わたしの気持ちはとっくの昔にカートから離れている。
だからそんな考えは――あまりにも、浅はかだとも知らずに。
「ひどいです、カート様……わたしはずっと、影ながらあなたをお支えしてきたというのに……!!」
「誰がそんなことをしてくれと頼んだ!? きみはずっと僕の仕事を奪っていただけなのに、偉そうなことを言うな! それだけでなく、きみは僕の心が離れたと知るとすぐにリオナの嫌がらせを始めたじゃないか! いい加減恥を知れ、アイラ!」
わたしを断罪しようと声を張り上げるカートの前で、わたしはただ、レースのハンカチを口に当てて、この日のために鍛えた演技力で泣き崩れてみせるだけでよかった。
それだけで、周囲の視線が驚きから同情に代わっていくのが、肌でわかった。
モモの計画通りだ。
彼女はこうなることを、予想していた。
そして、こうも言っていた。
『カートがアイラさんを断罪するために立ち上がったら、しばらくの間はしおらしい態度をとっていてください。それだけで、助けてくれる人が現れるはずですから』
そしてその言葉通りに、わたしを庇うような人影が現れた。
「あなたは……」
カートとよく似た面差しの男性。彼は、カートの父親であるヴィゼン侯爵だ。
「カート、おまえ、何を馬鹿なことを言っているんだ!?」
彼はわたしの前に出て、わたしを庇うように立ちふさがると、カートに向かって鋭い声でそう言った。
「なぜアイラを庇うのですか、父上! その女は僕がやるべきだった侯爵の跡継ぎとしての仕事を奪っていたんですよ! そのせいで先日、子爵閣下が『確かに噂どおり、アイラ嬢のほうが次期侯爵と呼ばれるのにふさわしいですな』なんて言っていたのを、父上だって聞いたでしょう!」
「馬鹿者! 跡継ぎの仕事を自ら放り出して遊び惚けていたのはお前のほうだ! そもそも、彼女は自ら望んで仕事していたわけじゃない。本来お前が務めるべき執務を、将来の妻として、おまえの名代としてフォローしていただけだ。彼女はおまえの名代として会議に出席するたび『カート様であれば、もっと立派にお勤めを果たしてくれるでしょう』と言っておまえの顔を立てていたんだぞ!」
「ぼ、僕がそんなことをしてほしいと頼んだわけではない! 父上はアイラに騙されているんだ! アイラは父上の優しさに付け込んで侯爵家を乗っ取ろうとしているんだっ!」
リオナに何かを吹き込まれたのだろう。カートはまだ、わたしへの攻撃の手を緩めるつもりはないみたいだった。
そんなカートに、彼の父親である侯爵閣下は感情のうかがい知れない瞳を向けてから、はあ、と重いため息をついて「もう黙ってくれないか、カート」と諦めたように言った。
「……アイラは、おまえがやるべき務めを完璧にこなしてくれていただけじゃない。勉強会や講演会に積極的に参加して、常に自分の能力を高める努力を怠らなかった。すべて、私がおまえに期待していたことだ。しかしおまえは私が何度言っても自分の義務を果たそうとはせず、そこの令嬢と遊び続けるだけだった。……おまえには、自分が私の期待を裏切り続けていた自覚がないようだ。あの子爵がおまえではなくてアイラを『次期侯爵』と呼んだのだって、ひとえにおまえの無能を皮肉っただけにすぎない。恥を知るべきはおまえのほうだよ、カート」
「そんな……!」
「おまえが無能だから、アイラはおまえをフォローせざるをえなかったんだ。だが、彼女が恩着せがましいこことを言ったことなんてないぞ。それどころか、おまえを悪しざまに言う人に向かっても、何度でも『カートはやればできる人だ』と言っていたんだ! アイラは誰よりも最後まで、おまえを信じていたというのに……!!」
カートは顔色を白黒とさせながら、なんとか父の言葉を否定しようと、愚かな発言を繰り返す。
「そ、それすらもアイラの計算のうちです! そうやって父上に取り入って、侯爵家を牛耳るつもりに決まってる! 目を覚ましてください、父上!」
「目を覚ますのはお前の方だ、カート! アイラは今まで、おまえの浮気を知りながらも心を取り戻すため精一杯努力し、至らぬお前を補ってきた。それはすべて、おまえを心のそこから愛していたからなんだぞ! だというのにおまえ自身がその想いを、そんな風に言うなんて……まったく、あきれ果ててこれ以上は言葉が出てこない」
そして一度顔を伏せて首を振ると、毅然と姿勢を正して、カートに宣言した。
「今日と言う今日は、私とてお前を見限る覚悟ができたぞ!」
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