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リオナの本性
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先ほどからカートは子爵夫人の言葉におうむ返しに反応するだけだ。それを見て危機感を抱いたのか、リオナが甲高い声で子爵夫人の発言を遮ろうとする。
「子爵夫人! あまりにも無礼だわ。どれだけカート様を馬鹿にすれば気が済むのよ!」
だが、子爵夫人は余裕の笑みで、「ごらんなさいな、カート様」と続けた。
「リオナ嬢はあなたを背にかばい、まるで私があなたを責めているみたいに言いますね。だけど私が問題にしているのは、リオナ・ヘッセただ一人ですよ」
「カート様! こんな人の言うこと、聞く必要はありません!」
「……いいや、ぜひ聞きたいな。子爵夫人、あなたは僕に何を教えたいのですか」
少しだけ落ち着きを取り戻し、子爵夫人に話を求めたカートを見て、夫人は笑みを深めたみたいだった。
「素直なところだけは、美点ですわね。……いいえ、素直すぎて簡単に騙されたのだから、やっぱり欠点かしら」
夫人に妖艶に微笑みかけられると、カートはたやすく頬を染めた。
空気の読めないその仕草に苛立ったのは、きっとすぐそばにいるリオナだけではなかったはずだ。
「先ほど申し上げましたとおり、今のこの国では女は自分の伴侶となる男を選ぶことでしか、社会的に成功できません。だから着飾り、教養を得て、よりよい男の恋の相手になろうとする。そのことを否定はいたしませんわ。女の武器を磨き、女として戦う女のことを、私は尊敬いたします。だけど、リオナ・ヘッセは違う。彼女はすでに相手のいる男を、下劣な手段で誘惑した。あなたのことですわ、カート様」
話を振られたカートはびくり、と震えたが、それ以上は何も言わなかった。
「あなたは自分に都合のいい言葉をささやき、自分に都合よく体で癒してくれる女に簡単に誘惑され、婚約者を裏切りました。だけど、カート様はお気づきかしら? それは全部、リオナ・ヘッセの計算の内だったということを。あなたが誘惑に弱いことがわかっていたから、彼女はあなたを誘惑したのです。……そしてリオナ・ヘッセはあなたを寝取って自分が成功するために、他の女性を犠牲にしようとした。私が許せないのは、そこですわ」
「どうしてあなたの許しなんて得ないといけないのよ!」
一方的に責められ続けることに耐えきれなくなったのか、リオナは叫ぶようにそう言った。
だけどその言葉は、自分の今までの所業を認めるのと同じことだ。
子爵夫人が憐れむような視線を向けたことで、リオナもそれに気づいたみたいに自分の口を押さえた。
「……男をつけあがらせ、勘違いした自信を持たせることは、女を軽く見て、扱うようになることにつながります。彼女を放置することは、他のすべての女性のためになりません。だから私たちは、彼女を社交界から追放しようと決めました。だから、彼女の相手をしないことにしたのです」
そこまで語ると、子爵夫人はダンスを終えたあとのようにお辞儀をして、目の前の二人に向かって告げるのだ。
「いかがですか、お二人とも。ここまで聞いても、アイラ様がリオナ・ヘッセを一方的に害しようとしたとおっしゃる?」
子爵夫人の最後の言葉を聞いて、カートとリオナの二人はようやく言葉を失ったみたいだった。
そして、子爵夫人に庇われているその後ろで、わたしは感銘を受けていた。
(そうだったのね……)
令嬢たちがわたしに追従してリオナを無視し始めたとき、あまりにも簡単に、彼女たちがモモの策に嵌ったことが怖かった。
だけど、違ったのだ。彼女たちがわたしの味方をしてくれていたのは、モモの策に嵌ったからではなかったのだ。
彼女たちは、リオナの本性を正確に見破っていた。
リオナを放置しておくことは、自分たちのためにもならないとわかっていたから、わたしに協力してくれていた。
リオナのような、男の弱みに付け込んで甘い言葉をささやいて女を裏切らせるような女を放置することが許せないから、立ち上がってくれたのだ。
強い人たちだ、とわたしは思う。周囲にいる男性陣も同じ気持ちのようで、見回すと彼らがキュッと顔を引き締めたのがわかる。
まるで自分たちの手綱を握っているのが、誰なのかを思い出したかのように。
呆然とした面持ちで周囲を見回ていたわたしの背を、他の令嬢の優しい手が撫でた。
「大丈夫です、アイラ様。みんなあなたの味方です。辛いことは、今日でぜんぶ終わりますわ。だって、あなたは何も悪くないんですもの!」
優しい、暖かい笑顔だった。わたしを安心させるために、彼女は笑ってくれていた。
わたしはたくさんの人に囲まれ、守られるように背に庇われている。
子爵夫人だけじゃない。カートの父親である侯爵、今隣にいてくれている令嬢、それから、この会場にいる多くの人々。
みんなが、わたしを庇ってくれていた。
カートとリオナのことも、正しく評価してくれていた。
その姿を見ながら、わたしはこんなことを考える。
モモの『復讐レシピ』は、周囲の人との交流を求めていた。
それは、周囲の人々と絶えずコミュニケーションすることで、わたし自身を理解してもらい、味方になってもらえ、ということだったのかもしれない。
(……いえ、ただの結果論かもしれない。モモは本気で、相手を嵌めるための策を考えてくれただけかもしれないけれど)
その可能性は否定できない。というか、その可能性のほうが高いような気もする。
しかし、今傍にいる皆がわたしの味方になってくれて、それゆえにカートとリオナを断罪しようとしているのは事実だ。
改めて、カートとリオナに視線を向ける。
二人には、わたしと違って味方は誰もいない。
彼らはたった二人ぼっちで、なぜ自分たちがこれほど非難されるのか、未だにちっともわかっていないようだった。
「き、きみがあんなことを言い出すからこんなことに!」
「あ、あたしのせいにするつもり!? そもそも、あなたがちゃんと仕事をしてこなかったからじゃない!」
ついには二人で言い争いを始めている。
その様子は――
かわいそうになるくらい、あまりにも無様だった。
わたしが何か声を出そうとしたとき、それより先に、冷たい氷のように冷静な声が熱気が立ち込める会場の中に響いた。
「子爵夫人! あまりにも無礼だわ。どれだけカート様を馬鹿にすれば気が済むのよ!」
だが、子爵夫人は余裕の笑みで、「ごらんなさいな、カート様」と続けた。
「リオナ嬢はあなたを背にかばい、まるで私があなたを責めているみたいに言いますね。だけど私が問題にしているのは、リオナ・ヘッセただ一人ですよ」
「カート様! こんな人の言うこと、聞く必要はありません!」
「……いいや、ぜひ聞きたいな。子爵夫人、あなたは僕に何を教えたいのですか」
少しだけ落ち着きを取り戻し、子爵夫人に話を求めたカートを見て、夫人は笑みを深めたみたいだった。
「素直なところだけは、美点ですわね。……いいえ、素直すぎて簡単に騙されたのだから、やっぱり欠点かしら」
夫人に妖艶に微笑みかけられると、カートはたやすく頬を染めた。
空気の読めないその仕草に苛立ったのは、きっとすぐそばにいるリオナだけではなかったはずだ。
「先ほど申し上げましたとおり、今のこの国では女は自分の伴侶となる男を選ぶことでしか、社会的に成功できません。だから着飾り、教養を得て、よりよい男の恋の相手になろうとする。そのことを否定はいたしませんわ。女の武器を磨き、女として戦う女のことを、私は尊敬いたします。だけど、リオナ・ヘッセは違う。彼女はすでに相手のいる男を、下劣な手段で誘惑した。あなたのことですわ、カート様」
話を振られたカートはびくり、と震えたが、それ以上は何も言わなかった。
「あなたは自分に都合のいい言葉をささやき、自分に都合よく体で癒してくれる女に簡単に誘惑され、婚約者を裏切りました。だけど、カート様はお気づきかしら? それは全部、リオナ・ヘッセの計算の内だったということを。あなたが誘惑に弱いことがわかっていたから、彼女はあなたを誘惑したのです。……そしてリオナ・ヘッセはあなたを寝取って自分が成功するために、他の女性を犠牲にしようとした。私が許せないのは、そこですわ」
「どうしてあなたの許しなんて得ないといけないのよ!」
一方的に責められ続けることに耐えきれなくなったのか、リオナは叫ぶようにそう言った。
だけどその言葉は、自分の今までの所業を認めるのと同じことだ。
子爵夫人が憐れむような視線を向けたことで、リオナもそれに気づいたみたいに自分の口を押さえた。
「……男をつけあがらせ、勘違いした自信を持たせることは、女を軽く見て、扱うようになることにつながります。彼女を放置することは、他のすべての女性のためになりません。だから私たちは、彼女を社交界から追放しようと決めました。だから、彼女の相手をしないことにしたのです」
そこまで語ると、子爵夫人はダンスを終えたあとのようにお辞儀をして、目の前の二人に向かって告げるのだ。
「いかがですか、お二人とも。ここまで聞いても、アイラ様がリオナ・ヘッセを一方的に害しようとしたとおっしゃる?」
子爵夫人の最後の言葉を聞いて、カートとリオナの二人はようやく言葉を失ったみたいだった。
そして、子爵夫人に庇われているその後ろで、わたしは感銘を受けていた。
(そうだったのね……)
令嬢たちがわたしに追従してリオナを無視し始めたとき、あまりにも簡単に、彼女たちがモモの策に嵌ったことが怖かった。
だけど、違ったのだ。彼女たちがわたしの味方をしてくれていたのは、モモの策に嵌ったからではなかったのだ。
彼女たちは、リオナの本性を正確に見破っていた。
リオナを放置しておくことは、自分たちのためにもならないとわかっていたから、わたしに協力してくれていた。
リオナのような、男の弱みに付け込んで甘い言葉をささやいて女を裏切らせるような女を放置することが許せないから、立ち上がってくれたのだ。
強い人たちだ、とわたしは思う。周囲にいる男性陣も同じ気持ちのようで、見回すと彼らがキュッと顔を引き締めたのがわかる。
まるで自分たちの手綱を握っているのが、誰なのかを思い出したかのように。
呆然とした面持ちで周囲を見回ていたわたしの背を、他の令嬢の優しい手が撫でた。
「大丈夫です、アイラ様。みんなあなたの味方です。辛いことは、今日でぜんぶ終わりますわ。だって、あなたは何も悪くないんですもの!」
優しい、暖かい笑顔だった。わたしを安心させるために、彼女は笑ってくれていた。
わたしはたくさんの人に囲まれ、守られるように背に庇われている。
子爵夫人だけじゃない。カートの父親である侯爵、今隣にいてくれている令嬢、それから、この会場にいる多くの人々。
みんなが、わたしを庇ってくれていた。
カートとリオナのことも、正しく評価してくれていた。
その姿を見ながら、わたしはこんなことを考える。
モモの『復讐レシピ』は、周囲の人との交流を求めていた。
それは、周囲の人々と絶えずコミュニケーションすることで、わたし自身を理解してもらい、味方になってもらえ、ということだったのかもしれない。
(……いえ、ただの結果論かもしれない。モモは本気で、相手を嵌めるための策を考えてくれただけかもしれないけれど)
その可能性は否定できない。というか、その可能性のほうが高いような気もする。
しかし、今傍にいる皆がわたしの味方になってくれて、それゆえにカートとリオナを断罪しようとしているのは事実だ。
改めて、カートとリオナに視線を向ける。
二人には、わたしと違って味方は誰もいない。
彼らはたった二人ぼっちで、なぜ自分たちがこれほど非難されるのか、未だにちっともわかっていないようだった。
「き、きみがあんなことを言い出すからこんなことに!」
「あ、あたしのせいにするつもり!? そもそも、あなたがちゃんと仕事をしてこなかったからじゃない!」
ついには二人で言い争いを始めている。
その様子は――
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