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第1部 SHU始動編
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第1小隊の襲撃に、ウラユビケンタは不意を突かれたような表情をしていた。
その様子を見て彼らも交渉に映ろうかと一瞬思ったが、影がそれを許さなかった。
第1小隊のAU姿を見るや否や、一回のステップで6人のもとに到達した。
ペーパーバックが何とか対応し懐に潜り込めたが影はまたステップで躱す。
その隙を縫って小隊が散開した。
ペーパーバックが無線で告げる。
「使役体の攻撃を確認。行動開始します。」
「承認。速やかに。」
「了解。」
ヘッジホッグが加速する。
コンマ2秒の内に10メートル先の陰に突進するが避けられた。
回避の隙にカウボーイが拳銃を撃ちこむ。
貫通した。
だがダメージはまるで受けていない。
着弾点は粉塵が風に吹かれたように黒い粒子が流れまた元に戻った。
ダメージを与えられていないのでカウボーイの線はつながらない。
「こいつ実体がないのか!?」
「落ち着け! カウボーイ。」
ヘッジホッグが陰に向かってジグザグに突っ込んだ。
低い位置から上に向かってナイフを振り上げる。
だが拳ごとナイフは勢いを止められた。
影の後ろから声変わりもしていない声が叫ぶ。
「タロー! そいつら殺して!!」
その一瞬で空気が変わった。
握られた拳、そのための筋肉、それを支える影の身体。
すべてから殺気が感じられる。
特異獣のようでもない、だが獣的な、
・・・幼さ。
影の右足が動いた。
膝を折り曲げペーパーバックに向けて突き出す。
鋭いバリスタの如く音を鳴らしている。
(やべえ、死ぬ。)
だがペーパーバックの反射神経はそれに対応できた。
掴まれていない左手のナイフを影の右膝に当てた。
可能な限り力強く、身体の外側に薙ぐ。
膝に深傷ができた。
体幹を崩された影が掴んだペーパーバックの手を放す。
その瞬間にD.D.Lが潜行してペーパーバックを回収した。
「攻撃が当たった!」
ペーパーバックが報告する。
「条件は?」
「判らない。」
「何度か試すしかないですよ。」
「ああ!」
ペーパーバックとヘッジホッグが飛び出した。
二方向からの高速の突きが繰り出される。
影は左右から放たれた刃を左右の手で受け止めた。
受け止めた掌を刃の切っ先が貫いている。
さっきの粉塵は出ていない。
「避けて!!」
レッドが叫ぶ。
突進する二人は来た方へとステップした。
刹那、灼炎が影を襲う。
鋼を溶かす熱量の火球を受け、足元の土は溶けた。
だが影は生きていた。
「やっぱり。」
カウボーイが呟いた。
「判ったのか?」
ペーパーバックが無線を介して訊いた。
「ダイラタンシーに似てる。」
「ダイラタンシー?」
「ある条件の液体に素早く当たると固体のようになる現象だ。それに似てる。」
「でもじゃあなんでお前の拳銃は効かないのさ。」
「僕のは殺傷を目的としていない威力を弱めた奴だからだよ。ピクセルのもそう。ヘッジホッグ、ペーパーバック。可能な限り速度を上げて攻撃しろ。レッドはいったん退避。ジー・ジー!」
『なんだ。』
「俺が影を放り投げるから最大弾速で撃って!」
『了解。』
「ペーパーバック、僕に影を近づけて。」
「了解!」
ヘッジホッグが変わらず影に突進した。
先ほどよりも加速したそれは影を足を負傷した影を翻弄する。
その陰にペーパーバックが通常の速度で近づいた。
その隙を突こうとして影が手を伸ばす。
次の瞬間、加速したペーパーバックが影の正面に高速で数回切り込んだ。
さらに影の背後に回るとまた数回切り込む。
ペーパーバックが跳躍し後退しても、影は切られ続けているかのようにその場から動かなくなっていた。
複製固定の正しい用法、
「斬撃を影の周りに残した。」
能力者本人が斬撃を消すまで影はもう動けない。
「これならお前も近づけるだろ。」
「ありがとう。」
カウボーイが走り出す。
彼が狙うのは二丁拳銃のゼロ距離射撃。
弾丸が放たれてすぐならば、威力減衰も起こらない。
その思惑通り、二発の弾は影に刺さった。
D.D.Lがカウボーイを回収し、拳銃から線が伸びる。
「ペーパーバック! 斬撃解除!!」
「了解!」
無窮の斬撃が終わり、影は解放された。
そして再び、今度は線により拘束され、高く放り上げられた。
誰もが、ウラユビケンタも打ち上げられた影を見ていた。
「放り投げるってこれかぁ。」
ジー・ジーがスコープを覗く。
距離を考慮しつつ、照準が影と重なる。
ライフル弾が放たれた。
最速で打ち出せる弾が空を切り、影の頭に突き刺さる。
頭ははじけ飛び、宙に浮くまま、影は黒く風化していく。
着地するときには、完全に消滅していた。
ヴォイドがオペレーティングシステムから告げる。
「使役体一体消滅確認! そのまま目標と交・・・」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
子供の叫び声が小規模戦闘空間に響く。
その悲痛な声に誰もが武器を構えることさえ忘れていた。
「タロおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅうううう、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ、なんでみんないつもぼくのじゃまばかりするんだよ!! なんで!! なんで!!!」
ウラユビケンタが上着のチャックを開いた。
一方の面には鏡が、一方の面には何か入った小瓶がぶら下がっている。
「あの瓶・・・中身って・・・。」
「・・・生体組織だ。」
手あたり次第に瓶を鏡に映した。
肉塊が次々と鏡から飛び出していく。
「ぼくをまもれ!!! ぼくのじゃまをするやつらをみんなころせ!!!」
従順な肉塊が幼い身体を覆い始めた。
かつていじめっ子の目だったものはいじめられっ子の目に。
かつていじめっ子の爪だったものはいじめられっ子の爪に。
そうして人の身体を形成していく。
膨張し、硬化し、爪は鋭く、飛び出す骨は尖っている。
腕は太く、足はドレスのように繋がり伸び、身体は堅い殻で覆われた。
彼の、いじめられっ子の鎧が完成した。
「これは・・・。」
「・・・・・・。」
隊員は言葉を失っていた。
先ほどまで見えていた彼の姿は、肉たちに飲まれていった。
彼を守るように浮いていた使役体も取り込まれ、肉の鎧となっていた。
無線からヴォイドが叫ぶ
「速やかに撃破して下さい! 明確な敵意を有しています! 危険です! 急いで!!」
カガミハラがそのマイクを奪う音がした。
「いいか! やつは今までの特異因子事象とは比べ物にならないほど危険だ!! あれはどのデータとも一致しない! 頼む、必ず撃破しろ。 そして、無事に帰ってこい!!」
「了解・・・。」
ヒナタが葛藤していた。
今この瞬間、この子と戦うことが確定した。
助ける方法はないのか?
そもそもこの子が虐待から逃れることはできなかったのか?
どうして誰も助けてあげられないんだ。
・・・・・・俺も。
助けられ・・・
「ペーパーバック!!!」
カウボーイが叫ぶ。
ハッと気を立て直すと上から気配がした。
全長5メートルはある巨大な右腕が振り下ろされていた。
素早くナイフを構えなおし手首を軸に頭上で刃を交差させる。
腕から飛び出た何本もの骨の一本にナイフが引っ掛かった。
きりきりと音を立ててて鍔迫り合いのようになる。
体感したことのない重量だった。
それはこの肉の重みと、肉と幼子をつなぎとめる感情の重さ。
地面の土に足が沈みだす。
踏ん張れない。
「・・・がアッ!」
刃を右に逸らした。
巨腕が音を立てて砂埃を立てる。
ペーパーバックは腕を弾き左足に重心を寄せた体勢から、重心を軸に時計回りに回転した。
勢いをナイフに乗せ、一回転すると同時に肉に振り下ろす。
鎧の中から叫び声が漏れる。
ペーパーバックは舌打ちをした。
まだ生きてる回転の勢いを利用して腕越しに鎧の中心部へと近づき始めた。
腕に切り刻みながらウラユビケンタを目指す。
横幅2メートルの胸元から骨が伸びだした。
柔軟なそれがペーパーバックの身体に巻き付こうとする。
「させるか!」
ピクセルとカウボーイが弾丸を放った。
弾は正確に骨に当たり砕いた。
ペーパーバックが再び核を目指す
だが死角に入っていた短い左腕の動きを捉えることはできなかった。
ペーパーバックに到達する直前で左腕が膨張した。
2メートルある手で邪魔者を掴み投げ飛ばす。
速球で投げられたペーパーバックが木に衝突した。
バキッ。
ヒナタの体内で轟音が響く。
木が折れたのか、骨が折れたのかわからない。
体中が熱い。
意識が自然と遠退いていく。
骨が折れる感覚があった。
少なくとも肋骨は何本か逝った。
痛い。
初めての痛みだ。
周りで俺のコードネームを呼ぶ声がする。
・・・。
助けなきゃ。
戦わなきゃ。
ウラユビケンタを救わなければ。
救う?
さっきまで散々痛めつけていたのにか?
やっぱり誰も彼を助けようとしないじゃないか。
(無力化しろ。)
綺麗な言葉使いやがって。
・・・畜生。
このタイミングでか。
ちょっと、遅かったけどもう、いいや。
「ウラユビケンタの過去解析完了しました!!」
指令室に一人のSHU隊員が飛び込んできた。
彼女はオペレーション班情報解析局、真下アキナ、特異性は記憶潜行、写真に写った人間の記憶を最短32時間かけて解析する能力。
本来偵察途中で解析が終了するところであったが、より詳細まで解析するうちに戦闘中にまで時間を延ばしてしまった。
「解析結果、送信します!」
データチップがオペレーティングシステムのコンピューターに挿され、情報が隊員のAUに送信された。
「おい今はやめとけ、遅すぎるんだよ!」
「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい。」
無線からヴォイドに向けての謝罪の声が聞こえてくるが、ペーパーバックはこの情報を読み進める。
悲しい過去だった。
故に、
「なんでこんな遅くまで解析して・・・」
「ヴォイド。」
「なに!」
「W.T.w.Tにありがとうって言っといて。」
「? ・・・わかった。」
肉塊は現在ヘッジホッグとピクセルに牽制されている。
しかし二人も攻撃を躱すことに精いっぱいの様子だった。
その様子を確認してペーパーバックは起き上がる。
「ペーパーバック、攻撃再開する。」
怪我を負っていた。
ペーパーバックは間違いなく重傷を負っていた。
だが攻撃は先ほどよりも明確で、正確だった。
正面に向かってペーパーバックが走る。
巨腕の横薙ぎが左から迫る。
直径1メートルほどの腕を飛び越えつつその腕を切り裂いた。
横に流れた腕が肩部分を起点に90度回転した。
ペーパーバックの頭上に腕が現れる。
そして振り下ろされた。
ナイフで難なくはじき返す。
足の形状のせいで鎧はその場から動けない。
上半身の軸が崩れよろめく巨体の胸元に到達した。
殻に目掛けて刃を振るう。
堅い。
それでも何度でも刃を振るった。
これ以上この子を苦しませないように。
一刻も早く。
「ペーパーバック、どけ!」
無線が入った。
ジー・ジーだ。
狙撃ポイントから弾丸を発射する。
ただのライフル弾じゃない。
徹甲弾だ。
堅い装甲を打ち砕くとさらに肉の空間が広がっていた。
その中にうずくまっているウラユビケンタがいた。
彼に手を伸ばす。
肉がそれを拒みペーパーバックの腕を傷つける。
それでも両腕を伸ばす。
この鎧から抜け出させる。
ウラユビケンタの両腕に手が届いた。
あまりに細い腕だった。
悲しい細さだった。
肉に埋まるケンタの身体を持ち上げる。
音を立てて肉が千切れていく。
小さな体がすべて外に出た。
破いた殻から幼い身体が飛び出してくる。
ウラユビケンタが力なくペーパーバックに抱き着いた瞬間、ペーパーバックはAU外骨格を解除した。
ヒナタは冷たさをその皮膚に感じていた。
温かい。
すごく。
温かい。
知らなかった。
人の温かさを。
ずっと一人だったから。
タローは全然温かくなかった。
他の、ぼくがよんだ他の肉も。
でもこの人は、
・・・人は、あたたかい。
・・・・・・あれ?
なんで泣いてるの。
ぼく泣いてるの?
なんで・・・・・・。
・・・そうか。
忘れてたんだ。
知らなかったんじゃない。
温かさを。
・・・ママ。パパ。
なんでぼくを置いていったの。
さきにいっちゃったの。
・・・ママ、パパ。
あいたかったんだ、ぼくは・・・。
小さな体が泣いていた。
声を上げずに、静かに泣いていた。
泣き疲れて母親に縋る子供のように泣いていた。
ヒナタは背中を叩いてあげた。
ケンタがさらに抱きしめようと、四肢を動かそうとしているのが判る。
でも無理だった。
まるで身体を動かせそうにない。
ヒナタの後ろ髪を弄る細い指が、弱弱しく震えていた。
第1小隊が彼らの周りに近づく。
カウボーイの装甲に、ケンタの姿が映った。
そこからちいさな影が飛び出した。
赤ん坊だった。
四つん這いになってヒナタの方へと向かう。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
歩みが遅くなった。
やがて一歩も動けなくなり、横になり、風化して消えていった。
小さな身体もまた、黒い粒子となり、風に吹かれていった。
ヒナタの腕には何も残っていなかった。
その様子を見て彼らも交渉に映ろうかと一瞬思ったが、影がそれを許さなかった。
第1小隊のAU姿を見るや否や、一回のステップで6人のもとに到達した。
ペーパーバックが何とか対応し懐に潜り込めたが影はまたステップで躱す。
その隙を縫って小隊が散開した。
ペーパーバックが無線で告げる。
「使役体の攻撃を確認。行動開始します。」
「承認。速やかに。」
「了解。」
ヘッジホッグが加速する。
コンマ2秒の内に10メートル先の陰に突進するが避けられた。
回避の隙にカウボーイが拳銃を撃ちこむ。
貫通した。
だがダメージはまるで受けていない。
着弾点は粉塵が風に吹かれたように黒い粒子が流れまた元に戻った。
ダメージを与えられていないのでカウボーイの線はつながらない。
「こいつ実体がないのか!?」
「落ち着け! カウボーイ。」
ヘッジホッグが陰に向かってジグザグに突っ込んだ。
低い位置から上に向かってナイフを振り上げる。
だが拳ごとナイフは勢いを止められた。
影の後ろから声変わりもしていない声が叫ぶ。
「タロー! そいつら殺して!!」
その一瞬で空気が変わった。
握られた拳、そのための筋肉、それを支える影の身体。
すべてから殺気が感じられる。
特異獣のようでもない、だが獣的な、
・・・幼さ。
影の右足が動いた。
膝を折り曲げペーパーバックに向けて突き出す。
鋭いバリスタの如く音を鳴らしている。
(やべえ、死ぬ。)
だがペーパーバックの反射神経はそれに対応できた。
掴まれていない左手のナイフを影の右膝に当てた。
可能な限り力強く、身体の外側に薙ぐ。
膝に深傷ができた。
体幹を崩された影が掴んだペーパーバックの手を放す。
その瞬間にD.D.Lが潜行してペーパーバックを回収した。
「攻撃が当たった!」
ペーパーバックが報告する。
「条件は?」
「判らない。」
「何度か試すしかないですよ。」
「ああ!」
ペーパーバックとヘッジホッグが飛び出した。
二方向からの高速の突きが繰り出される。
影は左右から放たれた刃を左右の手で受け止めた。
受け止めた掌を刃の切っ先が貫いている。
さっきの粉塵は出ていない。
「避けて!!」
レッドが叫ぶ。
突進する二人は来た方へとステップした。
刹那、灼炎が影を襲う。
鋼を溶かす熱量の火球を受け、足元の土は溶けた。
だが影は生きていた。
「やっぱり。」
カウボーイが呟いた。
「判ったのか?」
ペーパーバックが無線を介して訊いた。
「ダイラタンシーに似てる。」
「ダイラタンシー?」
「ある条件の液体に素早く当たると固体のようになる現象だ。それに似てる。」
「でもじゃあなんでお前の拳銃は効かないのさ。」
「僕のは殺傷を目的としていない威力を弱めた奴だからだよ。ピクセルのもそう。ヘッジホッグ、ペーパーバック。可能な限り速度を上げて攻撃しろ。レッドはいったん退避。ジー・ジー!」
『なんだ。』
「俺が影を放り投げるから最大弾速で撃って!」
『了解。』
「ペーパーバック、僕に影を近づけて。」
「了解!」
ヘッジホッグが変わらず影に突進した。
先ほどよりも加速したそれは影を足を負傷した影を翻弄する。
その陰にペーパーバックが通常の速度で近づいた。
その隙を突こうとして影が手を伸ばす。
次の瞬間、加速したペーパーバックが影の正面に高速で数回切り込んだ。
さらに影の背後に回るとまた数回切り込む。
ペーパーバックが跳躍し後退しても、影は切られ続けているかのようにその場から動かなくなっていた。
複製固定の正しい用法、
「斬撃を影の周りに残した。」
能力者本人が斬撃を消すまで影はもう動けない。
「これならお前も近づけるだろ。」
「ありがとう。」
カウボーイが走り出す。
彼が狙うのは二丁拳銃のゼロ距離射撃。
弾丸が放たれてすぐならば、威力減衰も起こらない。
その思惑通り、二発の弾は影に刺さった。
D.D.Lがカウボーイを回収し、拳銃から線が伸びる。
「ペーパーバック! 斬撃解除!!」
「了解!」
無窮の斬撃が終わり、影は解放された。
そして再び、今度は線により拘束され、高く放り上げられた。
誰もが、ウラユビケンタも打ち上げられた影を見ていた。
「放り投げるってこれかぁ。」
ジー・ジーがスコープを覗く。
距離を考慮しつつ、照準が影と重なる。
ライフル弾が放たれた。
最速で打ち出せる弾が空を切り、影の頭に突き刺さる。
頭ははじけ飛び、宙に浮くまま、影は黒く風化していく。
着地するときには、完全に消滅していた。
ヴォイドがオペレーティングシステムから告げる。
「使役体一体消滅確認! そのまま目標と交・・・」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
子供の叫び声が小規模戦闘空間に響く。
その悲痛な声に誰もが武器を構えることさえ忘れていた。
「タロおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅうううう、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ、なんでみんないつもぼくのじゃまばかりするんだよ!! なんで!! なんで!!!」
ウラユビケンタが上着のチャックを開いた。
一方の面には鏡が、一方の面には何か入った小瓶がぶら下がっている。
「あの瓶・・・中身って・・・。」
「・・・生体組織だ。」
手あたり次第に瓶を鏡に映した。
肉塊が次々と鏡から飛び出していく。
「ぼくをまもれ!!! ぼくのじゃまをするやつらをみんなころせ!!!」
従順な肉塊が幼い身体を覆い始めた。
かつていじめっ子の目だったものはいじめられっ子の目に。
かつていじめっ子の爪だったものはいじめられっ子の爪に。
そうして人の身体を形成していく。
膨張し、硬化し、爪は鋭く、飛び出す骨は尖っている。
腕は太く、足はドレスのように繋がり伸び、身体は堅い殻で覆われた。
彼の、いじめられっ子の鎧が完成した。
「これは・・・。」
「・・・・・・。」
隊員は言葉を失っていた。
先ほどまで見えていた彼の姿は、肉たちに飲まれていった。
彼を守るように浮いていた使役体も取り込まれ、肉の鎧となっていた。
無線からヴォイドが叫ぶ
「速やかに撃破して下さい! 明確な敵意を有しています! 危険です! 急いで!!」
カガミハラがそのマイクを奪う音がした。
「いいか! やつは今までの特異因子事象とは比べ物にならないほど危険だ!! あれはどのデータとも一致しない! 頼む、必ず撃破しろ。 そして、無事に帰ってこい!!」
「了解・・・。」
ヒナタが葛藤していた。
今この瞬間、この子と戦うことが確定した。
助ける方法はないのか?
そもそもこの子が虐待から逃れることはできなかったのか?
どうして誰も助けてあげられないんだ。
・・・・・・俺も。
助けられ・・・
「ペーパーバック!!!」
カウボーイが叫ぶ。
ハッと気を立て直すと上から気配がした。
全長5メートルはある巨大な右腕が振り下ろされていた。
素早くナイフを構えなおし手首を軸に頭上で刃を交差させる。
腕から飛び出た何本もの骨の一本にナイフが引っ掛かった。
きりきりと音を立ててて鍔迫り合いのようになる。
体感したことのない重量だった。
それはこの肉の重みと、肉と幼子をつなぎとめる感情の重さ。
地面の土に足が沈みだす。
踏ん張れない。
「・・・がアッ!」
刃を右に逸らした。
巨腕が音を立てて砂埃を立てる。
ペーパーバックは腕を弾き左足に重心を寄せた体勢から、重心を軸に時計回りに回転した。
勢いをナイフに乗せ、一回転すると同時に肉に振り下ろす。
鎧の中から叫び声が漏れる。
ペーパーバックは舌打ちをした。
まだ生きてる回転の勢いを利用して腕越しに鎧の中心部へと近づき始めた。
腕に切り刻みながらウラユビケンタを目指す。
横幅2メートルの胸元から骨が伸びだした。
柔軟なそれがペーパーバックの身体に巻き付こうとする。
「させるか!」
ピクセルとカウボーイが弾丸を放った。
弾は正確に骨に当たり砕いた。
ペーパーバックが再び核を目指す
だが死角に入っていた短い左腕の動きを捉えることはできなかった。
ペーパーバックに到達する直前で左腕が膨張した。
2メートルある手で邪魔者を掴み投げ飛ばす。
速球で投げられたペーパーバックが木に衝突した。
バキッ。
ヒナタの体内で轟音が響く。
木が折れたのか、骨が折れたのかわからない。
体中が熱い。
意識が自然と遠退いていく。
骨が折れる感覚があった。
少なくとも肋骨は何本か逝った。
痛い。
初めての痛みだ。
周りで俺のコードネームを呼ぶ声がする。
・・・。
助けなきゃ。
戦わなきゃ。
ウラユビケンタを救わなければ。
救う?
さっきまで散々痛めつけていたのにか?
やっぱり誰も彼を助けようとしないじゃないか。
(無力化しろ。)
綺麗な言葉使いやがって。
・・・畜生。
このタイミングでか。
ちょっと、遅かったけどもう、いいや。
「ウラユビケンタの過去解析完了しました!!」
指令室に一人のSHU隊員が飛び込んできた。
彼女はオペレーション班情報解析局、真下アキナ、特異性は記憶潜行、写真に写った人間の記憶を最短32時間かけて解析する能力。
本来偵察途中で解析が終了するところであったが、より詳細まで解析するうちに戦闘中にまで時間を延ばしてしまった。
「解析結果、送信します!」
データチップがオペレーティングシステムのコンピューターに挿され、情報が隊員のAUに送信された。
「おい今はやめとけ、遅すぎるんだよ!」
「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい。」
無線からヴォイドに向けての謝罪の声が聞こえてくるが、ペーパーバックはこの情報を読み進める。
悲しい過去だった。
故に、
「なんでこんな遅くまで解析して・・・」
「ヴォイド。」
「なに!」
「W.T.w.Tにありがとうって言っといて。」
「? ・・・わかった。」
肉塊は現在ヘッジホッグとピクセルに牽制されている。
しかし二人も攻撃を躱すことに精いっぱいの様子だった。
その様子を確認してペーパーバックは起き上がる。
「ペーパーバック、攻撃再開する。」
怪我を負っていた。
ペーパーバックは間違いなく重傷を負っていた。
だが攻撃は先ほどよりも明確で、正確だった。
正面に向かってペーパーバックが走る。
巨腕の横薙ぎが左から迫る。
直径1メートルほどの腕を飛び越えつつその腕を切り裂いた。
横に流れた腕が肩部分を起点に90度回転した。
ペーパーバックの頭上に腕が現れる。
そして振り下ろされた。
ナイフで難なくはじき返す。
足の形状のせいで鎧はその場から動けない。
上半身の軸が崩れよろめく巨体の胸元に到達した。
殻に目掛けて刃を振るう。
堅い。
それでも何度でも刃を振るった。
これ以上この子を苦しませないように。
一刻も早く。
「ペーパーバック、どけ!」
無線が入った。
ジー・ジーだ。
狙撃ポイントから弾丸を発射する。
ただのライフル弾じゃない。
徹甲弾だ。
堅い装甲を打ち砕くとさらに肉の空間が広がっていた。
その中にうずくまっているウラユビケンタがいた。
彼に手を伸ばす。
肉がそれを拒みペーパーバックの腕を傷つける。
それでも両腕を伸ばす。
この鎧から抜け出させる。
ウラユビケンタの両腕に手が届いた。
あまりに細い腕だった。
悲しい細さだった。
肉に埋まるケンタの身体を持ち上げる。
音を立てて肉が千切れていく。
小さな体がすべて外に出た。
破いた殻から幼い身体が飛び出してくる。
ウラユビケンタが力なくペーパーバックに抱き着いた瞬間、ペーパーバックはAU外骨格を解除した。
ヒナタは冷たさをその皮膚に感じていた。
温かい。
すごく。
温かい。
知らなかった。
人の温かさを。
ずっと一人だったから。
タローは全然温かくなかった。
他の、ぼくがよんだ他の肉も。
でもこの人は、
・・・人は、あたたかい。
・・・・・・あれ?
なんで泣いてるの。
ぼく泣いてるの?
なんで・・・・・・。
・・・そうか。
忘れてたんだ。
知らなかったんじゃない。
温かさを。
・・・ママ。パパ。
なんでぼくを置いていったの。
さきにいっちゃったの。
・・・ママ、パパ。
あいたかったんだ、ぼくは・・・。
小さな体が泣いていた。
声を上げずに、静かに泣いていた。
泣き疲れて母親に縋る子供のように泣いていた。
ヒナタは背中を叩いてあげた。
ケンタがさらに抱きしめようと、四肢を動かそうとしているのが判る。
でも無理だった。
まるで身体を動かせそうにない。
ヒナタの後ろ髪を弄る細い指が、弱弱しく震えていた。
第1小隊が彼らの周りに近づく。
カウボーイの装甲に、ケンタの姿が映った。
そこからちいさな影が飛び出した。
赤ん坊だった。
四つん這いになってヒナタの方へと向かう。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
歩みが遅くなった。
やがて一歩も動けなくなり、横になり、風化して消えていった。
小さな身体もまた、黒い粒子となり、風に吹かれていった。
ヒナタの腕には何も残っていなかった。
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永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
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