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三 皇子イザークについて
紅茶はいかがです?
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調査はここで行き詰まりを見せていた。皇位継承順は「出生順である」というのが前提だ。しかしながら、わざわざフィリベルト帝は「順番を当てろ」と言った。「出生順ではないことを示せ」と言っていることは明白だ。何かが胸に棘となって引っ掛かっているが、それがどうももどかしい。
ジークリットは行方不明。ヴァルフリードと愛妾ジークリット以外の皇家の人間の髪色は、黒。この二つしか分かっていないではないか。
あと話を聞けるのは、アガーテ皇女とイザーク皇子。さて、皇弟ジルヴァンについて詳しいのは、もちろんイザークだろう、父なのだから。
「──愛妾ジークリットですか」
だから、帝宮のイザークの私邸にその足で向かったアウローラは、イザークの平然と語る真相にこれでもかと仰天するはめになった。
「彼女は、私の母です」
──どういうことか?
もう一度申し上げますね。愛妾ジークリットは、私の母である正妃ローザリンデです。あ、今、侍従が紅茶を運んできますから、もう少々お待ちくださいね。
──つまり、同一人物ということか。
食い気味ですねえ。え、茶葉の銘柄も? そっちもですか? 来てのお楽しみです。……本題に戻りましょうか。そうです。簡単なことです。母は、「愛妾ジークリット」という人格を捨て、「正妃ローザリンデ」という架空の人物に成りすますことにしたのです。
──どうして、そんなことを。
そちらの家令ヨアヒムが語った通りですよ。ヴァルフリード兄上の尊厳とお命を守るためです。髪を、染めて。
──髪?
ええ、髪です。「ジークリット」は燃えるような緋色の髪の持ち主。ですから、それを隠すために、「ローザリンデ」は染め粉で髪を黒く染めたのです。
──迂闊、髪を染めるという可能性を見落としていた。
案外、あっさりとした真相でしょう?
──いいえ、あっさりどころか、謎が深まった。
私が、核心をはぐらかしていることに、お気づきになりましたか。やはり、アウローラ殿下は、聡い方だ。
──二人が同一人物であるのなら、「正妃ローザリンデに憎まれていたから」という愛妾ジークリットの逃亡理由は通らないはず。
そう、それです、本当の理由です。きっとヨアヒムは、それこそ言うのを恐れたのでしょうね。皇家の闇そのものでございますからね。……ですが、私なら話せると、あなたは踏んだわけだ。
──早く話してほしい。
そう焦らないでください。ほら、紅茶が運ばれてまいりました。今日の茶葉は南海産の最上級品みたいですよ。……え、美味しい? それはそれは。お口に合いましたようで、よろしゅうございました。
そうだ、茶といえば! 庭師たちにも、あの「毒入り薔薇ジャム」、好評でしたよ。あ、毒は本当に入っていない。ええ、おっしゃる通りです。承知しておりますよ。はい、冗談が過ぎましたね。
ええと、そうですねえ、何から話したものか……。
そう、母のことですね。母は元々、ジルヴァン父上の正妃ではありませんでした。
──どういうこと?
ジークリットは、この帝国で最も尊いお方こその愛妾だったのですよ。……おお、だいぶ驚かれますね。くれぐれも、話に夢中になりすぎて紅茶で火傷しないでくださいね。
──皇帝フィリベルト陛下からの寵愛を受けていたというのか。
その通りです。フィリベルト陛下も、そしてきっとジルヴァン父上も、同じ女性を愛していた。愛してしまった。兄弟で、同じ女性を。本来であれば、国が乱れる所以です。……ああ、そんな顔をなさらないでください。よくある話ではないですか。皇家では特にそうだった、それだけのことです。
──それで、何が起こってしまった。
母は、最初にフィリベルト陛下を選びました。
──最初に?
ええ、次にジルヴァン父上を選びました。
──どういうことか分からなくなったから、ぼかさずに教えてほしい。
すみませんね、回りくどい言い方をしてしまって。私は理屈を捏ねまわすたちがありまして。まったく、ヴァルフリード兄上のような果断さがほしいものです。……また話が逸れてしまいましたね。アウローラ殿下、むっとなさらないでください。今度こそちゃんと話しますから。
つまり、端的に説明するなら、こういうこと。
「ジークリット」はフィリベルト陛下の御子を身ごもった愛妾でした。そして、その状態で「ローザリンデ」は皇弟ジルヴァンの正妃となったわけです。
──待ってほしい。
お気づきになりましたか。いや、なりますよね。
──ヴァルフリード皇子の本当の父親は。
ご明察。フィリベルト陛下です。母は、ジルヴァン父上の元へ嫁ぐ前に、すでに兄上を身ごもっていたそうです。
ははは、ずいぶんと驚かれたようで。ええ、私も真相に辿りついたときは、眠れなくなりましたよ。紅茶、もう一杯いかがです? 手が震えておいでだ。無理もありませんね。
──なぜ、ヴァルフリードの存在を隠す必要があった。
簡単なことです。フィリベルト陛下には、むろん皇后さまがいらっしゃるからです。アガーテ殿下の御母堂ですね。このままでは赤子のヴァルフリード兄上が、皇后さまを支持する派閥から睨まれるどころか、殺されかねない……そうお考えになるのは、至極もっともな当然の帰結です。
最終的に、フィリベルト陛下の愛妾だった母は、ジルヴァン父上の「愛妾」を偽装して、さらに「正妃」に生まれ変わり、次は父上との間に私をもうけました。
──ジルヴァン皇弟は全て承知の上か。
もちろん。最初から、全ては承知の上です。兄であるフィリベルト陛下のために、そして、ヴァルフリード兄上のお命のために。ひどく歪んだ、兄弟の絆ですねえ。
──なんということを。
全ては、皇家の血筋を絶やさぬため。もし兄上がフィリベルト陛下の実子だと知れていたらどうなっていたことか。正統な皇位継承者として担ぎ上げられるか、あるいは、邪魔な落胤として暗殺されるか。どちらにせよ、辛酸極まる道だったでしょうね。
──ヴァルフリードは、何も知らされていない。
ええ、当然です。自分は愛されていないと、今もお思いでしょうね。自分は妾腹、「血だらけ殿下」と。価値のない人殺しだと。
──あなたたちが、許せない。
そうですかね? これも、一つの愛情の形なのでは? アウローラ殿下ならきっと分かっていただけるはずだ。何も知らない兄上こそが幸せなのだ、と。……あ、紅茶に薔薇ジャムを入れると甘くて美味しくなりますよ。ほら、試してみてください。
ジークリットとローザリンデ、二人から譲り受けた、薔薇の味を。
ジークリットは行方不明。ヴァルフリードと愛妾ジークリット以外の皇家の人間の髪色は、黒。この二つしか分かっていないではないか。
あと話を聞けるのは、アガーテ皇女とイザーク皇子。さて、皇弟ジルヴァンについて詳しいのは、もちろんイザークだろう、父なのだから。
「──愛妾ジークリットですか」
だから、帝宮のイザークの私邸にその足で向かったアウローラは、イザークの平然と語る真相にこれでもかと仰天するはめになった。
「彼女は、私の母です」
──どういうことか?
もう一度申し上げますね。愛妾ジークリットは、私の母である正妃ローザリンデです。あ、今、侍従が紅茶を運んできますから、もう少々お待ちくださいね。
──つまり、同一人物ということか。
食い気味ですねえ。え、茶葉の銘柄も? そっちもですか? 来てのお楽しみです。……本題に戻りましょうか。そうです。簡単なことです。母は、「愛妾ジークリット」という人格を捨て、「正妃ローザリンデ」という架空の人物に成りすますことにしたのです。
──どうして、そんなことを。
そちらの家令ヨアヒムが語った通りですよ。ヴァルフリード兄上の尊厳とお命を守るためです。髪を、染めて。
──髪?
ええ、髪です。「ジークリット」は燃えるような緋色の髪の持ち主。ですから、それを隠すために、「ローザリンデ」は染め粉で髪を黒く染めたのです。
──迂闊、髪を染めるという可能性を見落としていた。
案外、あっさりとした真相でしょう?
──いいえ、あっさりどころか、謎が深まった。
私が、核心をはぐらかしていることに、お気づきになりましたか。やはり、アウローラ殿下は、聡い方だ。
──二人が同一人物であるのなら、「正妃ローザリンデに憎まれていたから」という愛妾ジークリットの逃亡理由は通らないはず。
そう、それです、本当の理由です。きっとヨアヒムは、それこそ言うのを恐れたのでしょうね。皇家の闇そのものでございますからね。……ですが、私なら話せると、あなたは踏んだわけだ。
──早く話してほしい。
そう焦らないでください。ほら、紅茶が運ばれてまいりました。今日の茶葉は南海産の最上級品みたいですよ。……え、美味しい? それはそれは。お口に合いましたようで、よろしゅうございました。
そうだ、茶といえば! 庭師たちにも、あの「毒入り薔薇ジャム」、好評でしたよ。あ、毒は本当に入っていない。ええ、おっしゃる通りです。承知しておりますよ。はい、冗談が過ぎましたね。
ええと、そうですねえ、何から話したものか……。
そう、母のことですね。母は元々、ジルヴァン父上の正妃ではありませんでした。
──どういうこと?
ジークリットは、この帝国で最も尊いお方こその愛妾だったのですよ。……おお、だいぶ驚かれますね。くれぐれも、話に夢中になりすぎて紅茶で火傷しないでくださいね。
──皇帝フィリベルト陛下からの寵愛を受けていたというのか。
その通りです。フィリベルト陛下も、そしてきっとジルヴァン父上も、同じ女性を愛していた。愛してしまった。兄弟で、同じ女性を。本来であれば、国が乱れる所以です。……ああ、そんな顔をなさらないでください。よくある話ではないですか。皇家では特にそうだった、それだけのことです。
──それで、何が起こってしまった。
母は、最初にフィリベルト陛下を選びました。
──最初に?
ええ、次にジルヴァン父上を選びました。
──どういうことか分からなくなったから、ぼかさずに教えてほしい。
すみませんね、回りくどい言い方をしてしまって。私は理屈を捏ねまわすたちがありまして。まったく、ヴァルフリード兄上のような果断さがほしいものです。……また話が逸れてしまいましたね。アウローラ殿下、むっとなさらないでください。今度こそちゃんと話しますから。
つまり、端的に説明するなら、こういうこと。
「ジークリット」はフィリベルト陛下の御子を身ごもった愛妾でした。そして、その状態で「ローザリンデ」は皇弟ジルヴァンの正妃となったわけです。
──待ってほしい。
お気づきになりましたか。いや、なりますよね。
──ヴァルフリード皇子の本当の父親は。
ご明察。フィリベルト陛下です。母は、ジルヴァン父上の元へ嫁ぐ前に、すでに兄上を身ごもっていたそうです。
ははは、ずいぶんと驚かれたようで。ええ、私も真相に辿りついたときは、眠れなくなりましたよ。紅茶、もう一杯いかがです? 手が震えておいでだ。無理もありませんね。
──なぜ、ヴァルフリードの存在を隠す必要があった。
簡単なことです。フィリベルト陛下には、むろん皇后さまがいらっしゃるからです。アガーテ殿下の御母堂ですね。このままでは赤子のヴァルフリード兄上が、皇后さまを支持する派閥から睨まれるどころか、殺されかねない……そうお考えになるのは、至極もっともな当然の帰結です。
最終的に、フィリベルト陛下の愛妾だった母は、ジルヴァン父上の「愛妾」を偽装して、さらに「正妃」に生まれ変わり、次は父上との間に私をもうけました。
──ジルヴァン皇弟は全て承知の上か。
もちろん。最初から、全ては承知の上です。兄であるフィリベルト陛下のために、そして、ヴァルフリード兄上のお命のために。ひどく歪んだ、兄弟の絆ですねえ。
──なんということを。
全ては、皇家の血筋を絶やさぬため。もし兄上がフィリベルト陛下の実子だと知れていたらどうなっていたことか。正統な皇位継承者として担ぎ上げられるか、あるいは、邪魔な落胤として暗殺されるか。どちらにせよ、辛酸極まる道だったでしょうね。
──ヴァルフリードは、何も知らされていない。
ええ、当然です。自分は愛されていないと、今もお思いでしょうね。自分は妾腹、「血だらけ殿下」と。価値のない人殺しだと。
──あなたたちが、許せない。
そうですかね? これも、一つの愛情の形なのでは? アウローラ殿下ならきっと分かっていただけるはずだ。何も知らない兄上こそが幸せなのだ、と。……あ、紅茶に薔薇ジャムを入れると甘くて美味しくなりますよ。ほら、試してみてください。
ジークリットとローザリンデ、二人から譲り受けた、薔薇の味を。
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