ぐざい

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『花』

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『花』
穏やかな日だったので、ネモゼラは少し森を歩いてみないかとルデルタを誘った。ルデルタは喜んだ。ここに来てから今まで、ネモゼラの小屋の周辺しか見たことがなかったので、とても嬉しい誘いだった。
ネモゼラはルデルタにマントを手渡した。森の中は木の枝の茂った場所も多いので身体を傷つけないためだ。
「そんなに危ない所に行く訳じゃないが、念のためだ」
「ありがとう。でも、少し大きいな」
マントはルデルタの身体をすっぽり包んでしまう。だが丈はぴったりだった。
「もしかして、俺のために用意してくれたのか?」
ルデルタの声がはずむ。ネモゼラは目をそらして鼻をかいている。心なしか頬が赤い。
「ネモゼラ?」
ルデルタがネモゼラの顔を覗き込む。ルデルタはネモゼラの腕に手をおいて、こちらを向かせようとする。
「ネモゼラ、そうなんだろう?照れたみたいにしていないでちゃんと言ってくれよ、なあ」
「そ、そうだよ、そうだ。お前のために俺の古いマントをだな…」
「ありがとう!」
ルデルタの顔が笑顔でいっぱいになった。まるで子供のようだ。いつ作ったのかとか、とても気に入ったとか、いろんなことを一度に話し出す。まるで子犬のようだ。ネモゼラは尻尾をぶんぶんさせてその様子を見た。

ネモゼラは軽い食事を少しと、水の入ったビン、ナイフなどのいくつかの荷物を鞄に詰めて肩にかけた。ネモゼラもマントを巻く。ふたりで初めて森にでかける。それぞれに胸を弾ませていた。外は暖かで心地の良い日差しが降り注いでいる。空の高い所で鳥が鳴く。

ネモゼラは森の木々が与えてくれるものがどれだけ豊かかを話した。ルデルタは高い木々を見上げながら、その言葉を丁寧に聞き、時々質問をした。ネモゼラはその都度、いろんな言葉で説明をした。ルデルタは目をきらきらさせながらネモゼラを見上げて相槌を打った。
花の咲く場所、河の水が穏やかな場所を順に歩いた。森に住む小さな生き物たちも時々姿を見せてくれた。
木陰でネモゼラは、ルデルタに疲れていないかと尋ねる。腰を下ろしてビンに入った水を交代で飲んだ。鞄に詰めてきたパンをふたりで別けあう。どこかからか小鳥たちがやってきて、ふたりのそばでパンくずを催促する。もらったパンくずでお腹をいっぱいにした小鳥たちはそれぞれにバードキスをし始め、それを見てルデルタがかわいいと言って笑った。穏やかだった。森はそんなふたりをただ見ている。
ネモゼラが守る小さな森は、とても大きな命の営みを持っていた。穏やかな光となくしてはいけない闇を交互に、森はずっと深く長く呼吸を繰り返していて、それがルデルタにもわかった。

休憩を終えて帰りの道を歩く。ルデルタに合わせてゆっくり歩くネモゼラの隣で、ルデルタはふと赤い花に気が付いた。足を止める。鮮やかな色に引き込まれた。
「なあ、ネモゼラ、あの花は?」
ルデルタが花に手を伸ばそうとしたその瞬間、ネモゼラがルデルタの腕を掴んだ。
「触るな!」
ひどく強い力だった。大きな声が耳に響く。ルデルタが驚いた表情でネモゼラを見つめる。ネモゼラの目が険しい。ルデルタは怯えた表情になりネモゼラははっとした。
「すまない、ルデルタ…」
ルデルタは黙っている。怯えて顔をそむけた。ネモゼラは手の力を緩める。しかしルデルタの肩をしっかりつかんで、ネモゼラは必死だった。
「ごめんルデルタ、聞いて、俺を見て聞いてくれ、あの花には、あの花と木には、毒があるんだ」
ルデルタはまだ顔をそむけている。が、その表情が少し変わったのがわかった。
「ひどい肌荒れを起こす。そのまま治らないことさえある。時々森の生き物があの木のとげで怪我をするんだ。化膿かのうした肌が原因になって高熱を出す。死んでしまうこともあった」
ネモゼラが必死なのが伝わってきた。ルデルタは強張った身体を緩めて、顔をネモゼラに向けた。目を見る。
「人間も同じように死ぬかはわからない。でも、もし…お前になにかあったら、俺は…っ」
ネモゼラの目が潤み始める。ルデルタはネモゼラの目から今にも落ちそうな涙を見た。
「ネモゼラ…」
ルデルタは背伸びをして精一杯手を伸ばし、ネモゼラの頬に触れた。ネモゼラは頭を下げると自分の額をルデルタの額にあてた。
「ごめん、ネモゼラ、泣かないでくれ」
ネモゼラが目を閉じる。大きな涙がルデルタの頬に落ちてくる。ネモゼラはルデルタを強く抱きしめた。
「あ…」
「ルデルタ…お前を…傷つけたくないんだ…ルデルタ…」
途切れ途切れの言葉がルデルタの耳元で聞こえる。鼻をすする音が時々聞こえ、ネモゼラの涙が、ルデルタの顔から首へぽたぽたと伝っていく。
「ごめん、ネモゼラ。ごめん…」
ネモゼラはさらに強くルデルタを抱きしめる。
「ネモゼラ、ごめん…く、苦しい…」
ネモゼラが顔をあげた。ルデルタは見つめている。ルデルタはネモゼラの涙を指でぬぐった。白い手で頬を撫でる。ネモゼラはその手を取って優しく口づけた。何度も何度もその美しい手に口づけする。

ルデルタはどきっとする。ネモゼラが自分の手に何度もキスをしている。唇をあてる小さなちゅっという音が聞こえる。胸がどきどきした。無意識に息があがる。
「ネモゼラ…やめて…くすぐったい…」
それを聞いたネモゼラは、ルデルタの手を口にあてたままルデルタの目を見つめる。とろりと濡れた黒い目の上でふたりの視線が絡み合う。ネモゼラの唇がわずかに開く。牙が覗いた。ルデルタはそれに気を取られ、ネモゼラはそれを見逃さなかった。ネモゼラの唇がルデルタの唇に唐突に重なる。

「…っ」
突然のキスにルデルタの目がちかちかする。ネモゼラの小さい吐息が聞こえる。頬にあたる息が熱い。ルデルタが離れようとするとさらに強くネモゼラが追い付いてくる。ルデルタの腰と頭をしっかりと抱いて、ネモゼラの口はルデルタに何度もむしゃぶりついた。歯と歯があたる。ネモゼラの舌はまさに獣だった。
「いや…ネモゼラ…やめて…」
ルデルタが小さく抗う。
「いやがらないで…」
ネモゼラは小さく否定する。さらに唇を重ね、ネモゼラはルデルタの唇に歯を立てる。ルデルタがびくんと反応する。ルデルタがそらしたその首にネモゼラは唇をあてた。白い首。自分の涙でルデルタの首が濡れている。赤い舌でそれを下から上へ舐めとっていく。舌が首を這い上がってくる。ルデルタはがくがくと震えだす。
「はあっ…はあっ…くっ…あ…いや…っ」
ルデルタの息はさらに熱くなってくる。腰に力がはいらなくなる。ネモゼラは優しくルデルタを抱き上げた。ネモゼラの腕の中でルデルタは浮いたまま、まだ続くキスを受け入れた。呼吸が追い付かない。気を失いそうになる。ネモゼラの歯と舌が、ルデルタの意識を舐めとっていく。それでもルデルタはネモゼラのその腕にしがみついた。離れないように。振り落とされて、自分がどこかに行ってしまわないように。
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