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魔女の過去3
しおりを挟む次に映し出されたのは、壁一面の本棚と、魔女が静かに本のページをめくっている様子でした。
(本屋? いや、図書館か? でも、飛鳥さんがいない。さっきの映像からどれだけ時間が経ったんだ?)
そんな男の子の疑問に答えるかのように、偶然、魔女は呟きます。
「さすがに一年もこの街に訪れてないと……新しい本もたくさん出てるわね」
そう言いながら、読み終わった本を元の場所に戻し、新しい本を見つけると読書を始めます。
しかし、時折窓の外を眺めたり、本を読み終わる前に何度も伸びをしたり等、本好きである魔女にしては集中できていませんでした。
読書を続けること三時間。
突然、魔女の背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「やっと見つけた!」
そこには、眉を吊り上げ、今にも掴みかかってきそうな飛鳥が立っていました。
魔女は驚いた様子もなく、飛鳥から目を逸らし、再び本に目を落とします。
「……どうしたの? 飛鳥も何か本を探しに? ……でも、飛鳥が好きな恋愛系の小説はここには――」
「はぐらかさないで!!」
「…………」
「先生から聞いた」
「そう……」
「退学した理由……玲が禁書室に入ったことも、事故で不老不死になったことも」
「まあ、知的好奇心には勝てないわよね。私は後悔してないし、むしろずっと読書が出来る身体が手に入ってラッキーだわ」
魔女は恐れていました。
飛鳥から嫌われることを。
受け入れられないことを。
知らなければ、曖昧にしておけば、"まだ"友達と言える、そう思えるからです。
それでも、いつかは向き合わなくてはいけないことだと魔女自身自覚しています。
だからこそ、今日、この日、一年経った卒業式のこの日、魔術学院があるこの街に魔女は訪れました。
「そういえば、今日は卒業式だったわね……卒業おめでとう飛鳥」
少しだけ、昔の様な変わらない関係で入れることを望んで――言います。
「後で約束を破ったって、文句を言われるのも嫌だから、一応来たけど……どうする? やめとく?」
魔女は飛鳥に一向に目を向けることなく話します。
一年前、飛鳥に理由を言わずに去った時と同じ様に。
「ムカつくっ!!!」
飛鳥の予想外な言葉に思わず、目を向けます。
そこで、魔女は驚きました。
久々にちゃんと見た飛鳥の顔は、
「私に理由を言わずに逃げたことも!」
怒りに満ち溢れた表情でも、
「周りのみんなが玲をバカにしてたことも!」
魔女を蔑むような表情でもなく、
「なにより!! 玲が私を信用してくれないのが一番っムカつくっ!!!」
涙で顔を濡らし、どうしようもなく悔しいといった表情をしていました。
「玲、あなた、私がこの程度の事で友達をやめるって思ったの?」
「それは……」
「そうなのね……あなたがそう思うなら友達なんかやめてやるわよ!」
「っ……!」
「あなたは、私を友達だと思ってなかったんでしょ? だから、私を信じてくれずに逃げた」
「そんなこと、私は――」
「だから! ……今度は、絶対信じられるように、ちゃんとあなたに伝えるわ」
飛鳥は、魔女に近づき碧い瞳を見ながら、心の奥に届くようにしっかりと気持ちを伝えます。
「私は玲の味方だから。みんながどう思おうと玲は、私の"親友"で、私の、私の……大切な人だよ」
飛鳥の予想外な言葉に魔女は呆気にとられ、一瞬声を失います。
同時に、胸の奥に湧き上がる温かい気持ちに困惑し、悟られまいと口を隠してしまいました。
「…………な、なにそれ……ま、まったく、恥ずかしいことを言う子ね」
「ふふっ、玲照れてる」
「照れてない!」
「え~、顔赤くなってるし、少しにやついてない?」
「ち、違っ! これは、その……そう! この本の内容が面白くて」
「ふ~ん、なになに? ……現代魔術と古代魔術の邂逅? それ指南書じゃん。流石に無理があるんじゃない? 玲?」
「ふんっ、座学が苦手なおバカな飛鳥には、この面白さがわからないでしょうね」
「でも、私は魔術学院をしっかり卒業してますから。どこぞの中退魔術師とは違いますぅ」
「なっ、バカ飛鳥の癖にどの口が!」
「……ぷっ、あはは、あははははっ! やっと元の調子に戻ったね」
そこで、やっと初めの話題から逸れていることに魔女は気付きます。
「あっ…………本当何してんだろ私……こんな、話し合うっていう、簡単なことが出来ないなんて……」
「本当だよ。玲は変なところで一人で抱え込みすぎ」
「何も言い返せないわ……で、飛鳥はどうして私がここにいるってわかったの?」
「あーそれはねえ、玲が来そうなところに、連絡用の式神を設置してたのよ。玲を見つけたら飛んで来るようにって。まさか、本好きの玲が、一年もこの魔術都市に訪れないとは思わなかったわ」
「まあ、気まずかったし、見つかったら嫌だったから……はぁ、一年も我慢した結果がこれかあ。もったいないことしたわね……」
「これに懲りたら、もう、相談もせずに逃げたりしないことね」
「わかったわ……」
「ふふっ、それじゃあ玲! 行きましょ! 約束は、守ってよね!」
「はいはい。飽きるまでは、あなたの旅、付き合ってあげるわ」
魔女は、飛鳥の手を取って旅立ちます。
それから、玲と飛鳥の目的のない旅が始まります。
様々な土地を巡り、歴史や風景、文化を知ります。
飛鳥と過ごす時間はとても幸せなもので、魔女は人生で一番充実した、楽しいひと時を過ごしました。
しかし、この時の魔女はまだ知りませんでした。
永遠の時を生きるという意味を、痛みを、辛さを。
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