【完結】俺の声を聴け!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
196 / 284
第3章:俺の声はどうだ!

177:プロポーズ

しおりを挟む


「お前!可愛いな!」
「……なに?急に」

 突然、エーイチを見て「可愛い!」と声を上げ始めたのは、まさかのエーイチに手首を掴まれているスリの少年だった。先程までの、涙目でエーイチを見上げていた姿がまるで嘘のように、興奮気味にエーイチににじり寄っている。

「特別に俺がお前を養ってやるよ!嫁さんにしてやる!」
「は?お前みたいなスリをやってるような最下層のガキが何言ってんのさ?」

 エーイチの丸い声が、またしても似合わない言葉で彩られている。心なしか、声の丸みも薄い気がする。しかし、少年は一切怯まない。キラキラとした目でエーイチに向かって背伸びをしている。

「いーよ!俺!甲斐性あるから!お前みたいな可愛くて面白いヤツを嫁にしたいって、ずっと思ってたんだ!あんなクソの役にも立たない男は止めて、俺にしとけよ!」

 そう言って少年が見てきたのは、紛れもなく俺の方だった。
は?コイツ、今何て言った?

「おい、まさかそのクソの役にも立たない男ってのは、一体誰の事を言ってるんだ?」
「お前だよ!バーカ!大切なモノ取られて、すぐ動けないヤツは絶対にこの先、生き残っていけないんだぜ!つまんねーヤツ!」
「はぁ!?他人のモノ盗っといて何言ってんだ!このクソガキ!」

 今やその少年は手首を掴んでいるエーイチにピタリとくっ付くと、俺に向かって舌を出してきた。コイツ、マジでムカツク!

「おい!エーイチは確かに可愛いかもしれねーけど!れっきとした男だぞ!残念だったな!?」
「っは!それの何が残念なんだよ!好きなヤツを嫁にして養うのに、男とか女とか関係あるのかよ!?俺は好きだったら、種族だって問わないね!お前はそうじゃねぇのかよ!?」
「ぐっ」

 会心の一撃を放ったつもりが、むしろカウンターを浴びてしまった。少年の純粋な目でそんな事を言われてしまっては、クリティカルヒットの上ダウンするしかないじゃないか。

「つまんねーつまんねー!お前、ほんとつまんねー!なぁ、こんなヤツ放っておいて、エーイチ、俺ん家に……ぐふっ!」
「だからさぁ、うるさいって言ってるじゃん」

 そんな少年の威勢の良い言葉を止めたのは、エーイチ本人だった。少年の顎を掴み上げる手に浮き上がる血管と骨から、そりゃあもう強い苛立ちを感じる。いや、本当にこんなエーイチ、初めてだ。

「僕の友達を、何も知らないお前がバカにしないでよ。だから言ったよね?お前みたいな生意気な子供の顎なんか、片手でどうにでも出来るんだってば」
「うぐぅっ」
「ちょっ!おい!エーイチ!?」

 冗談なのか本気なのか分からないエーイチの声に、俺は少年とエーイチの傍まで駆け寄った。子供の顎が砕け散るところなんか、間近で見たくないんだが!

「エーイチ!もういいじゃん!な?コレも取り返せた事だし!もう、テザー先輩の所に帰ろうぜ!」
「サトシは甘すぎるよ。だいたい、僕達は子供のお使いでここに来てるんじゃないんだから」
「そりゃあそうだけどさ……ちょっとやり過ぎじゃ」
「ねぇ、サトシ?今回の任務中、サトシが喋れなくなったら、それって相当ヤバイ事なんじゃない?ねぇ、そうだよね?」
「まぁ、うん……」

 エーイチの詰め寄るような冷静な言葉に、俺は言葉を続ける事が出来なかった。

「僕はね、サトシのそういう優しくて真っ直ぐな所は凄く好きだよ。そういう所に、僕は何度も救われてきたからね。だから、そんなサトシにここまで求めるのは自分勝手なんだと思うんだけど、」

 エーイチが俺をジッと見つめている。その目に、俺はハッキリと見覚えがあった。


『サトシ。まだまだ若造のキミに苦言を呈そう』


 そう、この目はナンス鉱山で、エーイチから苦言を呈された時の、あの目だ。多分、いや。きっと俺は今からエーイチに苦言を呈されるのだろう。

ゴクリと、唾液を喉の奥に呑み下す音が、俺の耳に直に響いた。

「サトシは目の前の事態に注目し過ぎて、感情に流される傾向があるね」
「……そう、かも」

 少年の顎を掴むエーイチの手には、まだ力が込められている。きっと相当痛いのだろう。少年の目には、やっぱり涙が滲んでいる。「一旦離してやってもいいんじゃないか?」と口に出して言ってやりたいが、今はそんな雰囲気ではなさそうだ。

「ねぇ、サトシは何の為に此処に来たの?」
「え、エイダに会って……情報を貰うため」
「そうだよね?そして、その役割を任されたのは、サトシ。キミだ」

 エーイチの目が少しだけ細められる。

「エイダに会えるのはサトシだけなのに、それで声を失ったらどうなる?」
「……」
「ソレが無くなったら、もうサトシは喋れなくなる。そんな事になれば、下手をすると情報を得るどころか、エイダと会う事すら叶わないかもしれない」

 そうだ。その通りだ。そして、エイダから情報を得られなかった場合、クリプラントはリーガラントとの戦争を余儀なくされるかもしれないのだ。

そんな事になったら、イーサはどうなる?

『こわい』

 戦争が怖いと言ったイーサを救う為に、俺はここまで来た筈だ。それなのに、到着してそうそうこの様だ。

「サトシ。目の前で起こっている事だけに注視して、善悪の判断や、利害の判断を行おうとすると、大きく見誤ってしまう可能性がある事を、ぜひ知っていて欲しい」
「……」

 以前のように、エーイチは俺に対して頭ごなしな言い方はしてこない。それに、俺を見る目は厳しいけれど、ソレが優しさの上に成り立つ厳しさだという事は、もう十分理解できる。

「僕は、今からこの子供を痛めつけてでも、盗みの差し金が誰なのかを問い詰めるよ。もし、誰かの指示で動いているのであれば、同じような事が起こりかねない。原因を突き止めないと」
「う、ん」
「……サトシは、そのままで居て。僕はサトシの友達だから、サトシの出来ない事をする。だから、サトシは僕に出来ない事をして」

 少しだけ泣きそうな顔で言われて、俺は頷いて良いものか迷った。いや、そこに居る少年を痛めつける事に対して躊躇っているワケではない。エーイチに嫌な部分を押し付けてしまっている自分の立ち位置に、妙な苛立ちを感じてしまっているのだ。

「……それは、」
「サトシ。今、僕に嫌な事を押し付けてしまってるんじゃ、なんて思って自分に、嫌気が差してるでしょ?」
「あ、いや……その」

 完全にバレていた。さすがエーイチだ。

「大丈夫だよ。僕、この子供を痛めつけるのに何の心も痛まないし。全然どうでもいい。だから気にしないで」
「でも、」
「ただ、僕が一つ気になる事があるとすればね」

言葉を詰まらせたエーイチが、酷く気まずそうな表情を浮かべた。

「子供を痛めつける僕を見て、サトシが僕を嫌いにならないかなって事だけ」
「っ!」
「サトシ、僕の事を嫌いにならないでね」

 エーイチが少しだけ視線を逸らしながら、恥ずかしそうに口にする。すると、それを見たと同時に、俺は背筋にピリと何かが走るような衝撃を得た。その感情ときたら、そう、強く思ってしまった。

「っ」
 エーイチ、可愛い過ぎ。って。

 その瞬間、俺の首元に懐かしい痛みと衝撃が走った。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれ同盟

kouta
BL
落ちこぼれ三人組はチートでした。 魔法学園で次々と起こる事件を正体隠した王子様や普通の高校生や精霊王の息子が解決するお話。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

処理中です...