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聖クライシス-4

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 「おや、こんにちは。アナタも来たのですね。」
「ああ。あれだけ聖の話を聞いた割にまだ1度も鉄道とやらを利用していなかったからな。」
今日は聖電鉄10周年を記念した特別ダイヤでの運行らしい。特に車掌のアナウンスが違うだとか。一応参加資格は抽選だったらしいが聖に一言いったら枠を用意してくれた。だが俺がコネまで使ってここにいる理由は単に鉄道を楽しみたいからではない。この一般客の中に何が紛れ込んでいてもおかしくないと思ったからである。イベントに混ざったテロリストを捕らえた正義の味方としてなら例え注目を浴びてしまっても政府の仇とはならないだろう。
「ハーイ、皆様本日は聖電鉄10周年記念特別運行イベントへのご参加ありがとうゴザイマース!鉄道アナウンスの定型文ができてしまった今、邪道中の邪道となってしまった新田野流!今日限りリバイバルでーっす!」
「随分とはっちゃけたアナウンスだな。公共交通機関としてはどうなんだ…。」
「ワタシには違和感ですが、公共交通機関に馴染みのないアナタもそう思うのですか。」
「知識としてだけある分変に感じるのかもしれない。」
「なるほど…。」
 アナウンスはおかしなものだったが、鉄道に詳しい德がいたお陰でなんとなくは楽しめた。こちらでは鉄道の歴史は浅いが、向こうの世界では100年前には既に鉄道が存在していたようだ。また、初めは電力ではなく蒸気を動力にしていたらしい。
「それにしても羽地(バチ)と発電所の“バチバチ”を掛け合わせるとは…。あれは駄洒落と言った方がいいのではないか。」
「あの車掌サンがやっているラップというものは韻を踏むことを大事にしているらしいので…。ワタシもあまり詳しくはないですが…。」
「へぇ。中年くらいの年齢層が使う、所謂“おやじギャグ”というものが今では若者に人気というわけか。」
「常々思っていましたが、アナタいくつなんですか…。」
「まだ若いさ。おじいちゃんっ子ってやつなんだよ。」
まあ嘘は言っていない。実際創造主に捨てられてからしばらくの間俺を育ててくれた人物はおじいちゃんというかおじさんというか、そんな感じの人だった。
 その時先頭車両の方から轟音がし、車体が大きく揺れた。
「なんだ!?脱線か?」
「イエっ、ここらはあまりフクザツでは…っ」
「おい、このままじゃ車体が倒れるんじゃないか!?」
ガンッ、ガシャッ、キキィ―
「うっ、いだっ!」
「ハクジョウサンっ!大丈夫ですか!?」
「…ああ、急停止の弾みで叩きつけられただけだ。しかし一体何があったんだ。」
「運転士や車掌の情報を待ちましょう。」
 しかし10分ほど待ってもこのトラブルに関する放送などはなかった。乗客のほとんどはパニック状態だ。だが扉が閉ざされている以上ここから出て外の様子を確認することも逃げることもできない。
「おかしいですね…。通信機器がダメになってしまったのでしょうか。」
「何か前方が騒がしくないか?」
「人々がそちらに移動していますね。もしかして事故の弾みでどこかの連結部分が外れているのかもしれません!だったら、そこから外に出られますよ!」
「そうか、なら行ってみよう!」

 「…先日起きた鉄道爆破事件ですが、多くの死傷者を出し…」
あの後車両から脱出した俺たちはとんでもない光景を目にした。先頭車両は既に火の海の中にあり、炎は2,3両目にも移っていた。それだけではない。5両目より前の車体は横転し、後ろ半分から完全に切り離されていた。事故の発生や対応を告げるアナウンスがなかったのは車掌が爆破の衝撃で頭部を損傷し、意識不明の重体であったからだそうだ。この日運転士を務めた西畑という人物は鉄道運転技術を外国から学び運転士の指導育成に携わった者らしい。一方あの不思議なアナウンスをしていた車掌も同好会時代からのメンバーであり聖電鉄の中では主要な人物と言える。先頭の運転席にいた西畑は当然助からなかったが、車掌の新田野は後に意識を取り戻したそうだ。この爆破事件は聖電鉄主要メンバーを狙ったテロだ。あの特別運行で何かが起きるとは思ったがまさか外側から攻めてくるとは思いもしなかった。鉄道爆破事件は表地球では歴史的に何例も報告されているらしく予想は可能だったと德は自分自身を責めていたが、こちらに前例がない以上対策のしようがないと思う。
「…本日はテロに対抗する活動をする方々にお話を聞いてみましょう。」
「はい。皆さん先日の爆破事件はご存知ですね。聖電鉄を含め科学は我々に害を与えると考える方、これを見てどちらが害あるものかわかりましたよね。…エエ、ワタシは若市の者ではありませんが、若市の方々が意味のないterrorismを賛同するとは思えません。」
「なっ!?」
テレビ局の取材に答えていたのは德だった。あのような目に遭ってまだ戦おうと言うのか。まるでこの街の発展、いや聖電鉄のために身を投げる殉教者のようではないか。何故よそ者の彼がそこまでするのか。
「上総氏ら社員数名の無事も確認できていません。皆さん目を覚ましてください!本当の悪は誰か…」
「本当の悪、ね…。」
「それは秩序を乱した聖電鉄でしょう。」
「…!」
いつの間にか俺の隣に和装の人物が立っていた。
「元来若市のシステムは我々の妖術を基軸にして成り立っていたというのに。後から参入して散々に暴れてくれたのは彼らでしょう、ねぇ?」
そいつは明らかに俺に語り掛けているようだった。“我々”という表現を使ったということは人外の類だろう。
「だが人間が妖怪から独立するためには科学は必要不可欠だっただろう。いい加減あんたら老害は引っ込んでくれということだろう。」
「ほう、言ってくれますね。…あなただって“こちら側”でしょうに。」
「何故それを…!」


「…いない。逃げ足の速い奴め。」


 ひと月で状況が一転した。さすがに爆破事故はやりすぎだと考える者が多かったのだろう、聖電鉄は再び世間からの評価を取り戻しつつある。アンチからの被害をものともせず活動する德の力も大きいと思う。もちろんあの事故で西畑を失ったことは会社の戦力的にも精神的にも大きなダメージであった。未だ上総らが帰らないのも心配ではある。だがとりあえず最悪な気分で30を迎えずには済みそうだ。
「社長、今日はお誕生日でしょう。集会は自粛しているものの、ささやかな宴席は用意しております。」
「俺が生まれたのは夜だから残業でもしない限り社内で年は取れないんだ。…なんてね、冗談だよ。ありがとう。」
「ほら、御学友がお待ちですよ。」

 「聖。遅かったな。」
「このオフィス広すぎるんだよ。」
「本当は西畑さんや上総パイセンもいれば良かったっすけどね…。」
「新田野、それは言うな。」
「…彼は?」
「雑用係だってさ。別にそれくらい俺たちでやるのに。」
「ふーん。まあいいや。ケーキに蝋燭あるでしょ?電気を消そう。」
部屋の電気を消して蝋燭の火を吹き消す、そんな素朴な仲間内あるいは家族での誕生会のようなものも久々かもしれない。感傷に浸りながら蝋燭に息を吹きかけた瞬間、鋭い痛みが走った。
…これはナイフ…?誰が、どこから…?暗くてよくわからないが血がドクドクと流れて、わからない、何は起きているかわからない。でも俺はここで死ぬということだけはわかった。短い人生だった。結局時間を生み出そうとして時間に追われた、矛盾した人生だった。…あ、電気がついて…
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