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終幕編1〜ララベル視点〜

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「もう一度、言うよ。私の小妖精の羽根……ララベルにアゲル……。逆行転生の呪文詠唱も羽根に記憶されているし、これですべてが解決出来る」

 夜明けが来るまでに、逆行転生の儀式を遂行する唯一の道。それは小妖精リリアが自らの羽根をララベルに授けて、ティーカップに映る月から過去へ戻る方法だった。
 即ち、小妖精リリアの命を引き換えにララベルは逆行転生をすることになる。犠牲を伴うやり方で自分だけ過去に戻り、絶望に満ちた未来を放棄するのはララベルのポリシーに反していた。

「で、出来るはずないじゃないっ。そんな恐ろしいこと! ねぇリリア、だって貴女そんなことをしたら、死んでしまうのよ? もっと自分を大切にしてよ……お願い……」
「ララベル、泣かないで。私、消えるの怖くないよ。だって、このままの流れで精霊界が続いたら、そのうち私は私じゃなくなっちゃう。精霊神官長や修道士の人達みたいに、聖女ミーアス以外崇められない生き方なんて嫌だよ。人も精霊も小妖精も……もっと自由であるべきなの」
「けれどっ! その為にリリアが消える必要ないわっ。ティエールだって、消える必要無かった! どうして、こんな酷い未来になってしまったの? やはり、姉のレイチェルが精霊様に嫁いだのは、間違いだったということ? 何で……うぅ……ひっく……」

 感極まったララベルは気持ちの面で限界だったのか、思わず涙が溢れて来て次の言葉を紡ぐことが出来ない。姉の結婚間近に突然起きた逆行転生、訳もわからず未来の精霊界に喚ばれてもなお気丈に振る舞っていたが……。姉の子孫のティエールが消され、その上相談相手の小妖精リリアまで消えるなんて、到底考えられないことだった。

 ララベルが潤んだ瞳で辛うじて目を開けると……ある瞬間、フッと影が差した。二人が迷っているうちに、天候が変わり徐々に暗雲が立ち込め始めたのだ。

 ――だが、異変はそれだけではなかった。
 黒い雲がうっすらと月明かりを妨害し、同時にララベルの頭の中に直接【何か】の声が響いてくる。

『……聖女ミーアス様を崇めよ』
『人間如きが、意思を持つのは間違えている。聖女ミーアス様の傀儡として生きるのだ』
『今も、過去も、未来も……この世は聖女ミーアス様のものッ』

(何なのこのおぞましい声は? 修道士達が言っていた【何か】の正体はこの声だというの?)

「声が……頭が……痛いっ」
「いけないっ! ララベル、闇の声に負けないで……回復の羽ばたきッ」

 ララベルが闇からの声に耐えきれなくなり頭を抱えて蹲ると、リリアが小妖精の羽ばたきで回復魔法をかけてくれる。闇の声もこれ以上ララベルに囁いても無駄と判断したのか、徐々に声は聞こえなくなっていった。そして声が消えていくのと同調するように、月を隠していた暗雲も一旦は去っていく。

「ありがとう……リリア。だいぶ良くなったわ。きっとあの声が、皆の言う【何か】の正体……聖女ミーアスを飲み込んだ悪魔の声だわ」
「危なかったね、ララベル。でも……そんなに時間が残されていない証拠だよ」
「リリア……」

 月明かりがティーカップに映り込んでいるうちに決断しなければ、本当に過去へ戻るルートが閉ざされるだろう。


「例えばね、今の時間軸の私が羽根を喪って消えたとしても。ララベルが過去の世界で時代を修正して、イザベルがこの時代に戻って来れれば……私は再び修復された時間に降り立つことが出来るの。だから、信じて……ララベル」

 いつの間にかララベルにとっての『今』は『未来の時間軸の今』に変化していた。そしてそれは、本来ならば時の旅人が持ってはいけない感情だ。いずれにせよ、ララベルは元の時代に戻ってカエラート男爵と結婚し、子孫を残さなくてはならない。そうしなければ、子孫のララベルが生まれてくることも、手紙をくれたカエサル少年が生まれることもないのだ。

「けど、私と貴女のお別れがこんな形になるなんて思いもしなかったから……」
「私の魂はララベルの羽根になるんだから、すぐにお別れじゃないよ」

(本当は分かっている……元の時代に帰って、正しい歴史を作らなきゃ駄目だって)

 ハラハラと溢れる涙をそっと拭ってくれるリリアを優しく撫でて、ついにララベルは小さく頷いた。

「……必ず、過去を……そしてティエールさんやリリアの存在する未来を取り返す」
「ララベル、一緒に行こう! 私と貴女はこれから同じ魂、そして一つの羽根になるの……!」
「えぇ……一緒よ、ずっとずっと……」

 青白い光がララベルを包み、小さな魂となって……ティーカップに映る月へと飛び込んでいった。

 ――舞台は再び、過去の世界へ。
 全ては過去と未来を繋ぎイザベル・カエラートと魂の邂逅を果たす為に。
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