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終幕編1〜ララベル視点〜
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ザァアアアア……ザァアアアア。
「ここは、何処。逆行転生の儀式は成功したの……この音は随分と大きいけれど酷い雨でも降っているの? それとも……」
小妖精の羽根を譲り受けたララベルが、月を渡り辿り着いた先は……過去のホーネット邸の象徴たる噴水だった。大理石の床……正確には、噴水のふちにぺたんと倒れて気を失っていたようだ。ゆっくりと起き上がって空を見上げると、クッキリと美しい月。淡い光はすべてを見守るように、ララベルの透き通る羽根を照らしている。
「私、リリアから小妖精の羽根を貰って、ティーカップに映る月に飛び込んで……。無事に過去へと戻って来れたのね。けど、まさかこの小さな身体で逆行転生するなんて、何故。未来が変わってしまったから、きちんとした状態でイザベルと入れ替わることが出来なかったのかしら」
そう……彼女は、人間の肩にちょこんと乗れるくらいの小妖精サイズの魂のまま、時空を超えたのだ。ララベルの呟きは、すべて独り言として風に消えていく。小妖精リリアが居なくなったため、先程までは聞こえていたはずの相槌は、もう聞こえてこない。
(嗚呼、リリア……本当に消えてしまったのね。ううん、落ち込んでいる場合じゃないわ。イザベルが入っているはずの私の肉体を見つけ出して、魂の交替をしなくては本来の歴史が大幅に変わってしまう)
慣れない羽根を動かしてララベルは、ふわふわとホーネット邸の庭を浮遊し始めた。そこで、すぐに異変に気づく。自慢の花壇は焼け焦げ、戦闘の痕跡が所々に見られた。瘴気の種類から察するに、悪霊の類が襲撃にやってきたのだろう。
窓やドアから屋敷の中に入りたかったが、目ぼしい出入り口は閉ざされていて、自らの肉体に戻ることすら出来ない。
(この小妖精状態じゃ、使用人に入れてくれと頼んでも私だって気づいてもらえないわ。出入り口が開いていそうな場所は……勝手口裏の庭エリアなら)
* * *
最も人の出入りが頻繁に行われるところといえば、屋敷の勝手口裏の庭エリアである。怪我人や病人がいるのであれば、手当てや食事のために水が必要になるだろうし、裏庭に設置された井戸水を利用すると踏んだのだ。物資の搬入口としても使われており休憩スペースも併設されている為、必ず誰かしらは使う場所と言える。
しばらく待機していると、木のバケツを両手に抱えたメイドや、薬草の箱を運びながら慌てふためく声がざわざわと聞こえてきた。
「まさか悪魔の魂が宿るペンダントをお祓いするはずが、返り討ちの如くレイチェル様が倒れるなんて! 明日には精霊様の元へと嫁がなくてはいけないのに」
「巫女の祈りが弱くなっているのか……? レイチェル様が人間でなくなり始めているから、ララベル様との双子の魂がリンクしなくなっているのかねぇ。そういう時期を狙って、ホーネット一族を目の敵にしていた貴族が悪霊を送り込んできたんじゃないかな」
「もう駄目なんだよ、ホーネット一族は! こんなことなら、カエラート男爵とララベル様の縁談を先に進めてレイチェル様と精霊様との婚姻は先延ばしにするべきだったんだ!」
どうやら一足遅く、レイチェルは聖女ミーアスの魂を喰らった元凶とも言える悪魔のペンダントを手にしてしまったようだ。その行為は、ホーネット邸の倉庫に保管されていた禁断の箱を開けてしまったことを意味していた。
そして悪魔のペンダントに手をつけたことによって、使用人達からの信頼が失われつつあることも目に見えて分かった。
「こんな言い方良くないけど……祟りなのでは。レイチェル様は巫女としては優秀かもしれないが所詮は人間。精霊様に嫁入りなんて大それたことを考えたから……。だから、呪いのペンダントが発動して」
「きっとあれは、欲が強くなった人間の魂を罰するためのものなんだよ」
次第に使用人達の話題がレイチェルの陰口に傾いていくと、幼少期からレイチェル達の世話をしているばあやさんが必死になって庇い始める。
「そんなことを言っては、あまりにもレイチェル様が可哀想だと思わないかのう。レイチェル様は禍いを収めようとして、皆の為に自らを犠牲にしておる。それが分からぬ者にレイチェル様の看病などしてほしくないわいっ。この薬草箱はワシが……ぐぬぬ、重いのう……」
「まぁまぁ、ばあやさんも皆さんも落ち着いて……薬草の箱はオレが持ちますよ」
「おお、済まないねぇ。看病はワシとララベル様でするとしよう」
ばあやさんはバケツを持つのもようやくの体力にも関わらず、薬草の木箱を陰口を叩く使用人から取り上げて自らが持とうとする。
その姿は最後までレイチェルを信じ、助けようとする気持ちの現れのように感じられた。見かねたのか……若い庭師が、重い薬草箱をばあやさんに代わりヒョイっと持ち上げた。
(ばあやさん、庭師さん……最後までレイチェルを信じてくれてありがとう。屋敷の中に私と入れ替わっているイザベルがいるのよね……そうだわ、あの薬草箱の中に潜り込めば!)
シュッ!
一瞬、薬草箱に宿った光をララベルの魂だと気付く者は誰もいない。懐かしい草花の香りに抱かれながら、ララベルはレイチェルを……未来を救う方法を懸命に考えるのだった。
「ここは、何処。逆行転生の儀式は成功したの……この音は随分と大きいけれど酷い雨でも降っているの? それとも……」
小妖精の羽根を譲り受けたララベルが、月を渡り辿り着いた先は……過去のホーネット邸の象徴たる噴水だった。大理石の床……正確には、噴水のふちにぺたんと倒れて気を失っていたようだ。ゆっくりと起き上がって空を見上げると、クッキリと美しい月。淡い光はすべてを見守るように、ララベルの透き通る羽根を照らしている。
「私、リリアから小妖精の羽根を貰って、ティーカップに映る月に飛び込んで……。無事に過去へと戻って来れたのね。けど、まさかこの小さな身体で逆行転生するなんて、何故。未来が変わってしまったから、きちんとした状態でイザベルと入れ替わることが出来なかったのかしら」
そう……彼女は、人間の肩にちょこんと乗れるくらいの小妖精サイズの魂のまま、時空を超えたのだ。ララベルの呟きは、すべて独り言として風に消えていく。小妖精リリアが居なくなったため、先程までは聞こえていたはずの相槌は、もう聞こえてこない。
(嗚呼、リリア……本当に消えてしまったのね。ううん、落ち込んでいる場合じゃないわ。イザベルが入っているはずの私の肉体を見つけ出して、魂の交替をしなくては本来の歴史が大幅に変わってしまう)
慣れない羽根を動かしてララベルは、ふわふわとホーネット邸の庭を浮遊し始めた。そこで、すぐに異変に気づく。自慢の花壇は焼け焦げ、戦闘の痕跡が所々に見られた。瘴気の種類から察するに、悪霊の類が襲撃にやってきたのだろう。
窓やドアから屋敷の中に入りたかったが、目ぼしい出入り口は閉ざされていて、自らの肉体に戻ることすら出来ない。
(この小妖精状態じゃ、使用人に入れてくれと頼んでも私だって気づいてもらえないわ。出入り口が開いていそうな場所は……勝手口裏の庭エリアなら)
* * *
最も人の出入りが頻繁に行われるところといえば、屋敷の勝手口裏の庭エリアである。怪我人や病人がいるのであれば、手当てや食事のために水が必要になるだろうし、裏庭に設置された井戸水を利用すると踏んだのだ。物資の搬入口としても使われており休憩スペースも併設されている為、必ず誰かしらは使う場所と言える。
しばらく待機していると、木のバケツを両手に抱えたメイドや、薬草の箱を運びながら慌てふためく声がざわざわと聞こえてきた。
「まさか悪魔の魂が宿るペンダントをお祓いするはずが、返り討ちの如くレイチェル様が倒れるなんて! 明日には精霊様の元へと嫁がなくてはいけないのに」
「巫女の祈りが弱くなっているのか……? レイチェル様が人間でなくなり始めているから、ララベル様との双子の魂がリンクしなくなっているのかねぇ。そういう時期を狙って、ホーネット一族を目の敵にしていた貴族が悪霊を送り込んできたんじゃないかな」
「もう駄目なんだよ、ホーネット一族は! こんなことなら、カエラート男爵とララベル様の縁談を先に進めてレイチェル様と精霊様との婚姻は先延ばしにするべきだったんだ!」
どうやら一足遅く、レイチェルは聖女ミーアスの魂を喰らった元凶とも言える悪魔のペンダントを手にしてしまったようだ。その行為は、ホーネット邸の倉庫に保管されていた禁断の箱を開けてしまったことを意味していた。
そして悪魔のペンダントに手をつけたことによって、使用人達からの信頼が失われつつあることも目に見えて分かった。
「こんな言い方良くないけど……祟りなのでは。レイチェル様は巫女としては優秀かもしれないが所詮は人間。精霊様に嫁入りなんて大それたことを考えたから……。だから、呪いのペンダントが発動して」
「きっとあれは、欲が強くなった人間の魂を罰するためのものなんだよ」
次第に使用人達の話題がレイチェルの陰口に傾いていくと、幼少期からレイチェル達の世話をしているばあやさんが必死になって庇い始める。
「そんなことを言っては、あまりにもレイチェル様が可哀想だと思わないかのう。レイチェル様は禍いを収めようとして、皆の為に自らを犠牲にしておる。それが分からぬ者にレイチェル様の看病などしてほしくないわいっ。この薬草箱はワシが……ぐぬぬ、重いのう……」
「まぁまぁ、ばあやさんも皆さんも落ち着いて……薬草の箱はオレが持ちますよ」
「おお、済まないねぇ。看病はワシとララベル様でするとしよう」
ばあやさんはバケツを持つのもようやくの体力にも関わらず、薬草の木箱を陰口を叩く使用人から取り上げて自らが持とうとする。
その姿は最後までレイチェルを信じ、助けようとする気持ちの現れのように感じられた。見かねたのか……若い庭師が、重い薬草箱をばあやさんに代わりヒョイっと持ち上げた。
(ばあやさん、庭師さん……最後までレイチェルを信じてくれてありがとう。屋敷の中に私と入れ替わっているイザベルがいるのよね……そうだわ、あの薬草箱の中に潜り込めば!)
シュッ!
一瞬、薬草箱に宿った光をララベルの魂だと気付く者は誰もいない。懐かしい草花の香りに抱かれながら、ララベルはレイチェルを……未来を救う方法を懸命に考えるのだった。
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