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終幕編1〜ララベル視点〜
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まるでカゴで移動する旅人のように、小さなララベルは薬草箱を自分の移動手段として利用することに成功した。箱の中にいても運び手である庭師とばあやさんの話し声が聞こえて来る。
「呪いに倒れたレイチェルお嬢様も可哀想だけど、ララベルお嬢様もきっと心を痛めていると思います。まさか双子の儀式が突然効かなくなるなんて……」
「精霊様に嫁がれる前の最後のお仕事として悪魔祓いをしようとしたんじゃが、神はお二人の魂を双子と見做さなかった。たとえ使用人達の言う通り人が精霊になる行為に神が反対しているとしても、この悪魔祓いに関してはもう少し寛容になって頂きたかったんだがのう」
「せめて、我々だけでも信じましょうよ。全ての神が、レイチェル様の精霊入りを反対しているはずないです。きっと味方になってくれる神様もいます」
レイチェルの味方である二人でさえ、精霊様に嫁ぐという行為のせいで神からの加護が効かなくなり呪われた……と、解釈しているようだ。双子で行わなくてはいけない祈りが届かない真の理由は、逆行転生の影響で本物のララベルの魂が入っていないせいだと推定される。だが、そのことを伝える手段は、今のララベルにはない。
(ばあやさん、庭師さん……違うわ。今、私の肉体に入っている魂は子孫のイザベルだから、きちんと双子の儀式が完成しなかったのよ! けど……未来の精霊神官長の発言を考えると、当時から人間が精霊になることを快く思わない派閥がいたのも事実なのかしら)
『たかが人間風情が……』
『しょせん人間の魂……』
未来の精霊界で差別的な発言をぶつけられた事を思い起こし、複雑な気持ちになる。本当に姉のレイチェルを精霊界へ嫁がせて大丈夫なのか、嫁ぎ先で人間というだけでずっと虐められるのではないか?
(でも、レイチェルが精霊様に嫁がなければ子孫のティエールさんが産まれないし。私の子孫のイザベルだって救われなくなってしまう。ここで歴史を捻じ曲げる訳にはいかない)
カタカタカタ……ぽふん!
その後もグラグラと箱の中で揺られたがあるポイントでピタッと揺れが止まり、反動で薬草のクッションに受け止められた。
おそらく目的の場所に辿り着いたのだろう。ノックをするかしないかのタイミングで、ドアの向こうから清らかな乙女の声が聞こえて来た。
「あぁ神様。もし人の死に運命の時があるのであれば、まだ彼女を連れて行く時ではありません。どうか、猶予をください。レイチェルをお救いください……」
この声の主が逆行転生したイザベルだとすると、肉体的な声色はララベル自身のものということになる。普通に暮らしていると自らの声を聴く機会は殆どなく、想像しているイメージと異なり何だか違和感を感じるばかり。
(私ってあんなに上品な声色でお祈りしていたかしら、それとも中の魂が別人だからこそ、自分自身でないような気分になるの? それはともかくとして、まだレイチェルは生きているのね……良かった)
コンコンコン!
「お嬢様、今は大丈夫ですか? 入りますよ」
ララベルが姉の無事を確認した安堵でホッと胸を撫で下ろしているのも束の間、入室のためにドアを叩くノックの音。おそらくお祈りが終わるまで、ノックを遠慮していたのだろう。
「ララベルお嬢様、失礼します。薬草と湯、それから新しいタオルをお持ちしました」
「まぁ、わざわざ済みません。そろそろ新しい薬草とタオルを……と思っていたんです。取りに行く手間が省けました」
「魔除けの清拭はデリケートな作業だからのう。さて……お嬢様の邪魔にならぬように撤退じゃ」
二、三……会話をしたのち、ばあやさんと庭師は遠慮して部屋を立ち去った。魔除けの清拭とは、病人の身体をタオルで拭く清拭をアレンジした魔除けのおまじないである。デリケートな作業というのは、年頃の若い娘であるレイチェルの肌が晒されるからだろう。嫁入り前の裸を他人に見せないために、異性である庭師を撤退させたのだ。
「さてと……呪いが進行しないように、魔除けのタオルを作って身体を拭いてあげないと」
タオルと洗面器をテーブルに設置して、薬草箱を開けるとふわっと妖精が箱の中から姿を現した。その姿はイザベルがよく知る小妖精リリアの姿と似て非なるもの。
「きゃっ! えっ……リリア? ううん、貴女はもしかして……」
「初めまして、イザベル。私の大切な未来の子孫」
「……ララベル……あぁご先祖様、無事に戻って来れたのね。お帰りなさいっ」
イザベルは小さなララベルを鏡のような感覚で見つめてから、過去に戻って来た彼女を優しく迎えるのだった。
「呪いに倒れたレイチェルお嬢様も可哀想だけど、ララベルお嬢様もきっと心を痛めていると思います。まさか双子の儀式が突然効かなくなるなんて……」
「精霊様に嫁がれる前の最後のお仕事として悪魔祓いをしようとしたんじゃが、神はお二人の魂を双子と見做さなかった。たとえ使用人達の言う通り人が精霊になる行為に神が反対しているとしても、この悪魔祓いに関してはもう少し寛容になって頂きたかったんだがのう」
「せめて、我々だけでも信じましょうよ。全ての神が、レイチェル様の精霊入りを反対しているはずないです。きっと味方になってくれる神様もいます」
レイチェルの味方である二人でさえ、精霊様に嫁ぐという行為のせいで神からの加護が効かなくなり呪われた……と、解釈しているようだ。双子で行わなくてはいけない祈りが届かない真の理由は、逆行転生の影響で本物のララベルの魂が入っていないせいだと推定される。だが、そのことを伝える手段は、今のララベルにはない。
(ばあやさん、庭師さん……違うわ。今、私の肉体に入っている魂は子孫のイザベルだから、きちんと双子の儀式が完成しなかったのよ! けど……未来の精霊神官長の発言を考えると、当時から人間が精霊になることを快く思わない派閥がいたのも事実なのかしら)
『たかが人間風情が……』
『しょせん人間の魂……』
未来の精霊界で差別的な発言をぶつけられた事を思い起こし、複雑な気持ちになる。本当に姉のレイチェルを精霊界へ嫁がせて大丈夫なのか、嫁ぎ先で人間というだけでずっと虐められるのではないか?
(でも、レイチェルが精霊様に嫁がなければ子孫のティエールさんが産まれないし。私の子孫のイザベルだって救われなくなってしまう。ここで歴史を捻じ曲げる訳にはいかない)
カタカタカタ……ぽふん!
その後もグラグラと箱の中で揺られたがあるポイントでピタッと揺れが止まり、反動で薬草のクッションに受け止められた。
おそらく目的の場所に辿り着いたのだろう。ノックをするかしないかのタイミングで、ドアの向こうから清らかな乙女の声が聞こえて来た。
「あぁ神様。もし人の死に運命の時があるのであれば、まだ彼女を連れて行く時ではありません。どうか、猶予をください。レイチェルをお救いください……」
この声の主が逆行転生したイザベルだとすると、肉体的な声色はララベル自身のものということになる。普通に暮らしていると自らの声を聴く機会は殆どなく、想像しているイメージと異なり何だか違和感を感じるばかり。
(私ってあんなに上品な声色でお祈りしていたかしら、それとも中の魂が別人だからこそ、自分自身でないような気分になるの? それはともかくとして、まだレイチェルは生きているのね……良かった)
コンコンコン!
「お嬢様、今は大丈夫ですか? 入りますよ」
ララベルが姉の無事を確認した安堵でホッと胸を撫で下ろしているのも束の間、入室のためにドアを叩くノックの音。おそらくお祈りが終わるまで、ノックを遠慮していたのだろう。
「ララベルお嬢様、失礼します。薬草と湯、それから新しいタオルをお持ちしました」
「まぁ、わざわざ済みません。そろそろ新しい薬草とタオルを……と思っていたんです。取りに行く手間が省けました」
「魔除けの清拭はデリケートな作業だからのう。さて……お嬢様の邪魔にならぬように撤退じゃ」
二、三……会話をしたのち、ばあやさんと庭師は遠慮して部屋を立ち去った。魔除けの清拭とは、病人の身体をタオルで拭く清拭をアレンジした魔除けのおまじないである。デリケートな作業というのは、年頃の若い娘であるレイチェルの肌が晒されるからだろう。嫁入り前の裸を他人に見せないために、異性である庭師を撤退させたのだ。
「さてと……呪いが進行しないように、魔除けのタオルを作って身体を拭いてあげないと」
タオルと洗面器をテーブルに設置して、薬草箱を開けるとふわっと妖精が箱の中から姿を現した。その姿はイザベルがよく知る小妖精リリアの姿と似て非なるもの。
「きゃっ! えっ……リリア? ううん、貴女はもしかして……」
「初めまして、イザベル。私の大切な未来の子孫」
「……ララベル……あぁご先祖様、無事に戻って来れたのね。お帰りなさいっ」
イザベルは小さなララベルを鏡のような感覚で見つめてから、過去に戻って来た彼女を優しく迎えるのだった。
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