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幕間3

とある英雄の盟約

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 男爵アルベルト・カエラートは、アリアクロス歴1720年史上ギルドにおいて最も活躍した魔法剣士だ。故に、この時代に生きた人々は、彼のことを『後の時代に名を残す英雄になるに違いない』と噂していた。だが、数百年後の未来にて、カエラート一族の業績は不自然なほど削られた文献ばかり。おそらく誰かの手によって、英雄になるはずの彼の存在が掻き消されたことは明らかだった。

 そして、アルベルト・カエラートに畏怖の念を抱いていたのは……人間ではなく、精霊や悪魔であったことすら、記憶に残す者は殆どいない。

 だからこれは、彼を密かに見守っていた鉱石精霊の記憶の断片である。


 * * *


 ざわめく星月夜は、ホーネット邸裏庭に続く鬱蒼とした暗い道を照らす羅針盤。ランタンを片手に山道を足早に歩くアルベルト・カエラートの顔は険しく、サポート役の御庭番達の表情も優れない。

「レイチェル嬢にかけられた呪いを解くための巻物は、ホーネット一族が守る祠に隠されているというが……。お前達大丈夫か? もし体調が悪いならホーネット邸に戻ってもらって後はオレだけで……」
「いえ、御庭番の務めとしてここで引くわけには。それに、ホーネット邸で待つ逆行転生者のイザベルさんと顔を合わせるのも、何だか気まずいですし」

 今宵の任務は、古代より封印されし悪魔の呪いによって倒れた令嬢レイチェル・ホーネットを救い出すというもの。彼女はもうじき精霊神に嫁ぐ予定の巫女であり、アルベルトの婚約者候補ララベル・ホーネットの姉だ。アルベルトからすると、歳下でありながら義理の姉というポジションである。

 そして、レイチェルを呪った悪魔のペンダントはホーネット家に後生大事に保管されていた秘宝で、いずれはカエラート男爵が継承するはずのものだった。他人事ではない今回の任務は、通常時よりもプレッシャーが高く、さらに時間制限付きで一刻を争う。

「あの祠か、ようやくだな。皆、準備はいいか? もしかすると入口付近に、トラップが仕掛けられているかも知れない。まずは、探索魔法を……やはりな。魔法陣が浮かび上がってきた……あれをどうにかして突破せねば。手前に鉱石精霊様の像がある……精霊様に何かを捧げれば……」
「お待ち下さい、アルベルト様。任務を決行する前に我々の話を聞いて下さい」
「構わないが、急を要する任務だ。手短に頼む」

 入口のトラップ突破方法について検討していると、部下達がアルベルトに自分達の胸の内を告白し始めた。

「本当に我々に出来るのでしょうか? 悪魔の手により倒れたレイチェル様を救い出すなんて……」
「私、この先もずっとカエラート一族の繁栄を信じておりましたが、逆行転生してきたというイザベル嬢の話が真実であれば、いずれはカエラート一族は断絶される運命。けれど、今ならまだ間に合います」
「一体、何を言いたいんだ? オブラートに包まないで、もっと明瞭に話してくれないか」

 部下達はお互い目配せをし……。勤めが長いメイドと、年若いおさげ髪のメイドの二人が前に出た。

「今回の婚姻を無かったことにすれば、ホーネット一族もカエラート一族は助かるかも知れません。場合によっては悪魔の機嫌も治り、手を引く可能性も……レイチェル嬢と精霊様の婚約、およびララベル嬢とアルベルト様の婚約解消も検討されては?」
「そ、そうですっアルベルト様! 呪われた未来が発生しなければ、レイチェル様が悪魔に取り憑かれる因果自体消えるはずです」

 まさかの婚約解消の提案に、アルベルトは一瞬息を呑む。悪魔からすれば将来的に精霊の子を身篭るレイチェル嬢が邪魔で、その妹であるララベルの一族のことも邪魔だと考えると……。初めからその婚姻を無かった歴史に挿げ替えれば、悪魔の呪い自体発生しないという計算なのだろう。
 だが、その選択は既に存在している未来の子孫イザベルを否定するものだ。清らかに正しく生きてきたであろう子孫イザベルの存在をかき消すことなど、先祖としても一人の人間としてもアルベルトには考えられなかった。

「未来より逆行転生してきたというオレの子孫イザベルの話が本当ならば、レイチェル嬢は順調に回復し、生命の樹の精霊オリヴァード様に嫁ぐのが正式な歴史だ。そしてオレの妻は、ララベル・ホーネットただ一人」

 アルベルトの決意は固く、その未来は神に選ばれた未来だという確信もあった。すると決意表明を鉱石精霊の像が聞き届けたのか、声が聞こえてくる。

『汝、その心に迷いはないな。ここは未来の分岐点、だがこれ以上進むなら盟約は変えられぬぞ』

「鉱石精霊様……分かっています。例え悪魔といえども、負けはしない。オレは自分と……その生命に繋がる子孫を信じるっ」

 決意の証としてアルベルトは自らの剣を鉱石精霊の像の前で掲げる。すると、罠が仕掛けられていたはずの魔法陣は消えて、祠への道が開かれた。


『その言葉、しかと聞き届けたぞ。英雄、アルベルト・カエラート……』

 精霊の加護を受けて天に伸びる剣は星を照らし輝き、アルベルトの心を映し出すようだった。そしてその輝きは、人間と精霊を繋ぐ新たな架け橋として選ばれた子孫イザベル・カエラートに……確かに継承されるのだ。
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