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終幕編2〜イザベル視点〜
01
しおりを挟む掛け時計の針が、刻一刻と進んでいく。現在、真夜中の二時。
アルベルト・カエラート男爵がレイチェル・ホーネットにかけられた呪いを解くためクエストに発って、数時間が経過していた。
おそらく、祠での儀式が成功しつつあるであろうそれらしき変化がひとつ。レイチェルの首にかかっていた呪いのペンダントの鎖が腐食するように取れたことだ。すぐさま回収し薬草のケースに封印したが、残念なことに首のアザは消えなかった。
「呪いのペンダントが外れたということは、少しは進展があったのでしょうけど……カエラート男爵、大丈夫かな。ご先祖様のことは信じているつもりだけど、未知のクエストで怪我でもしないか不安だわ」
「ふふっイザベルはカエラート男爵がどれほど凄い魔法剣士か知らないのね。この時代のギルド所属者の中でもかなり上位の人なのよ。きっとレイチェルの呪いも解いてくれるわ。だから、信じましょう」
「ララベル……ええ、そうよね」
ホーネット邸で待つのは、ララベルの肉体に逆行転生したままのイザベルと未だに小妖精状態のララベル。先祖と子孫である二人が対面すれば逆行転生が解除されて、お互いの肉体に戻るのかと思いきや、そのような状況にはならなかった。小妖精の姿で懸命にイザベルを励ますララベルは、その小ささも相まって余計に意地らしく見えてしまう。
(今は自分たちの肉体が入れ替わっていることより、大きな問題に直面しているわ。なんとかレイチェルを助けないと、歴史そのものが別のものになってしまう。いえ、それとも私が産まれる未来が失われそうだからこそ、入れ替わりが解除できないのかも……全てはご先祖様のカエラート男爵にかかっている)
胸騒ぎがしてイザベルがふと窓辺に立ち外の様子を窺うと、あからさまに上空に変化が起きていた。
「あれは何かしら? 夜の空に魔力が弾けるように瞬いて……。ねぇララベル、今宵は流星群か何かが起こる予定はあるの」
「いいえ、私が覚えているアリアクロス歴の天体スケジュールが合っていれば、流星群が訪れるのはこのシーズンではないはずよ。もしかすると、カエラート男爵が祠の呪いを解いたことで、この辺り一帯の天体に影響があったのかも」
まるで悪魔がこの世界から消えるように、夜空の星がフラッシュのように発光する。星が白く煌めいては、流れるようにひとつふたつと砕けていく。それも数百、いや数千もの数である。流星群の予定日ではないという天体の変化は、本来ならば起こり得なかった現象だ。
やがて、星々はとある地点に降り注ぎながら集まり、十字架の形を形成し始めた。
「えっ……あれは、カエラート男爵が今探索中の祠の場所? 流れ星が十字架を形作っていく。まさか、ご先祖様の身に何かがっ?」
「落ち着いて、イザベル。あの十字架は救世主予言に記されている【アリアクロス】に違いないわ」
「アリアクロス……ですって。てっきり御伽噺が発端の暦の名称だと思っていたけれど。実在する現象だったなんて」
イザベルが知る歴史の流れが正式なものであれば、アリアクロスと呼ばれる十字架の星が地上に堕ちる現象は、遥か昔の御伽噺でしかなかった。
「おそらく、天上の神がカエラート男爵の魂を真の救世主と認めたのね」
「真の救世主……カエラート男爵が、つまりご先祖様が? けど、私の知る未来では私の一族が救世主様だなんて、伝えられていなかったわ」
だが、過去世界である今において自身の目で確かに、伝説のアリアクロスが形成されるのを目撃している。聖女ミーアスの介入による過去の異変のみならず、カエラート一族も異なる分岐点の過去世界に進み出したのだろう。
「もう、イザベルの知る未来には戻れないのかも知れない。けど、聖女ミーアスによって変革された未来を変えるには、過去の分岐点から歴史を改変するしかない。きっと、天上の神がそう考えているのよ」
「天上の神、精霊様達でさえ天上の神の存在に懐疑的な者もいるのに……。あぁ、神様……あの十字架は、私や私の一族に一体どのように関わっていくというのですか?」
ガクンッ! と、イザベルはフローリングの床に膝をついて、それでもまだ窓の向こうに見える十字架から目が離せない。
イザベルは自分自身が、その救世主伝説の十字架を背負うもう一つの柱であることを、その魂で感じ取っていた。
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