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第零話 服従を誓う者

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 水面に花開く美しい睡蓮の花には、『滅亡』というおそろしい花言葉がある。それにも関わらず、人が睡蓮を求めてしまうのはひとえにその儚さに魅入られるからだ。

 蓮の花と睡蓮はよく似ているが植物としては、別の花として分類されているらしい。だが、神々の世界ではこれらの花を『蓮華』と呼び……輪廻転生の象徴として咲かせている。


 ある夏の終わりの事だ。睡蓮の花が人の形を得たように美しい女神に恋をしたオレは、思わず彼女に口づけをした。


『家神スグル、あなたは女神様と誓いの口づけを交わしました。それは、婚約者である女神に対して服従を誓ったことを意味するものです……』

 何処からともなく聞こえた声。きっとオレが近い将来に、女神への服従を全う出来なくなるという予感と滅亡の警告だったのだろう。


 * * *


 由緒正しい歴代の陰陽師一族である『家神一族』が滅亡の憂き目にあったあの日の晩。オレは、フラフラになりながらも一族復興の秘術を成すために、闇夜の裏山へと足を進めていた。

「はぁはぁ……負けるものか……。取り返すんだ……スイレンを……家族を……みんなを……」

 ドロリと、腹から流れる血はオレの人間としての生命力をどんどん奪っていく。
 三千世界より現れたかの人の【死に戻り】の魂は、これまで戦ったどんなあやかしよりも強く……霊力を全て封じ込まれたオレには手も足も出なかった。
 出血多量で、そんなに長く持たないであろう身体を傀儡で操りながら、なんとか女神スイレンと出会った祠を目指す。

 きっと、こんな事になったのは女神との約束を……一蓮托生の愛する女性との約束を守れなかったオレがすべて悪いのだろう。

「ごめん、ごめん、スイレン……君だけだと誓ったのに……オレの愛は君の魂に服従すると誓ったのに……。約束を守らなかったから……」

 オレは心に婚約者である睡蓮の花だけを咲かせると約束の口づけを交わしながら、心の何処かに幼なじみの持つ別の花を……リンドウの花を咲かせてしまった。

 1つの心に2つの花を持つことは出来ない。睡蓮は一目惚れ、リンドウは長く共にいたから情が移ってしまっていたのだろう。オレが曖昧な感情を持ったから、睡蓮が持つ滅亡の呪いがリンドウの古い魂を呼び起こしたのだ。

 人間の持つ力では死んでしまった人を甦らすことは出来ない、死んでしまった猫も、そして女神も……。

 だが、神の力を使えばどうだろう?
 家神のチカラは絶大だ……特に、家神が持つ土地に対するチカラは時間を超えて死に戻りでさえも可能にするという。

 今日でオレは、人間を辞めることになる。人間の家神傑(いえがみすぐる)は今日で死ぬ。

 どうせ、もうすぐ死んでしまうんだ。人として生きることが叶わないのなら、家の神……『家神』として生まれ変わった方がずっと幸せだ。

 何故なら全てを取り戻せるから……あの温かな家族を、幼なじみを、そして一目惚れした美しい女神を……。

 すべて時間を、巡る輪廻を捻じ曲げてでも……取り返せば良い。

 祠のあったはずの場所には、大きな池……睡蓮の季節ももうすぐ終わる、
 揺らめく水面が、オレの人としての魂を捧げることを望んでいるようだ。

「さあ、始めよう……もう1度……新たな魂に生まれ変わり……すべてを取り戻すために!」

 大きく身を投げ出し、入水をするとドボンッ! ……と、人間の魂が終わる音だけが家神荘の前に響いた。

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