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第2章
第2章 第2話 平安の因果は伽羅の香りに導かれ
しおりを挟む『平安時代からの約束……運命の人……心中を誓った仲』
ロッカースペースの通路で謎のメッセージとともに、負った不思議な傷。旅行者らしき少女とすれ違いざまに感じ取った伽羅の香りが、未だにクラクラと残っている。
ただ単に怪我に関しては、混雑中のモールにおける不注意なのかも知れないけれど。
応急処置の止血だけでは、傷口に良くないので取り敢えず薬局コーナーへ。ひと通り、怪我に対応できるように消毒液や絆創膏、医療用テープなどを購入して薬局前のベンチで治療。
まさか、あやかしと戦った訳でもないのに怪我をするなんて。
「ちと、沁みるかも知れんが、我慢して……スグルどの」
プシュッ! ジュワジュワジュワ……。
「お、おう……ウッ!」
スイレンの白魚のような美しい手が、オレの左手を支えるように握る。彼女の右手には、先ほど薬局で購入したばかりの消毒液。プシュッと小気味よい音を立てて、切り傷のばい菌を死滅させるためにジワジワと手のひらに浸透した。
「ふぅ……あとは、傷口を塞ぐ大きめの絆創膏を貼って……一応取れないようにテーピングもして。うむ、予想以上に怪我の範囲が広いのう。こんな時、いつもだったら治癒術で回復させるのじゃが……。もっと私の身体が現世に馴染んでいればのう……」
通常時なら使えるはずの治癒術が使用できないことを歯がゆく思うのか、申し訳なさそうなスイレン。異界から現世に移動して来たての頃に比べれば、ずっと現世に対応出来るようになっているはずだが。
まぁそれに、こんな地方都市の大型モールのど真ん中で女神様の治癒術なんか披露した日には、目立って仕方がない。ここは、地元である式神修験町とは違い、陰陽師などの術師に慣れていない人が多い地域だ。極力、目立たずに普通にしているのがいいだろう。
その証拠に、いつもはもう少し淡いラベンダーカラーのスイレンの髪色が、黒に近い色に変化している。ぱっと見は、紫系をほんのり混ぜたダークブラウンに見えなくもない。
だから、誰もオレとスイレンのことを見ても、異界からの霊力を操る陰陽師である『異界術師』と『睡蓮の女神』だなんて思わないだろう。
一見普通に近づいた髪色も、今の彼女が、女神ではなくいわゆる『人』に近い状態である証拠だ。
「仕方がないよ、スイレン。霊力の拠点となっている家神荘から、結構な距離離れているんだ。現世に慣れていないスイレンがこうして普通に出かけられているだけでも、以前より進歩しているわけだし」
「……スグルどの。けど、やっぱり心配だから今日はもう無理しないで」
* * *
その後は、手早く治療道具をボディバッグにしまう。消毒液のついたスイレンの手を洗ってもらい、気を取り直して再び買い物エリアへと移動。
時間を治療でとってしまったため、お昼までには、それほどいろんなお店を見れなかったが。
「あっこのお店に飾ってある、コート……可愛らしいのう。どの洋服にも合いそうな色合いじゃ……」
「せっかくだから、試着して見たらどうだ?」
ウィンドウに飾ってあったコートが気に入ったらしく、試着してみることに。
「どう? スグルどの」
「うん、今着ているワンピースともデザインが合っているし、着まわしの幅が広がりそうだ。品があって可愛いし、似合っているよ」
コートは襟付きのキャメル色で袖や襟元に小さなレースがあしらわれている。押し付けがましくなく、ほど良い感じの可愛らしさで似合っていた。
男の見栄、そして勤労学生の見栄で、支払いはオレが行う。コートの入った袋も怪我のない右手でオレが持とうとしたが、さすがにそれは遠慮されてしまった。
「うふふ、スグルどの、ステキなコートをありがとう!」
「良かったな、気に入ったデザインがすぐに見つかって。そろそろ、お昼の時間だ。待ち合わせ場所のレストラン街に行かないと……」
レストラン街では、すでに家族の姿が……どうやら先に食べる店舗を決めていたようだ。
「姉ちゃん、食べるところもう決まっていたんだ。あれっもしかして予約済み?」
いつの間にかレストランの予約を行なっていたとは……さすが、買い物慣れしているだけのことはある。
「そうよ。あんたに荷物を預けた後、予約しておいたの。あらっその手どうしたの」
「ああ、ちょっと怪我したみたいで。大したことないけど、一応はスイレンに手当てしてもらったんだ」
あまり、家族に心配かけたくなかったが。手のひらとはいえ、これだけ大きな絆創膏や医療用のテープを貼っているのだから、間近で見れば怪我していることに気づくだろう。
「お兄ちゃん、大丈夫? ゴメンね。荷物が多かったのかなぁ」
「ちょっと、無茶させちゃったかしらね。今日は満月だし、気や妖力が高ぶりやすいから。気をつけたほうがいいわね。軽傷みたいで、安心したわ。ご飯にしましょう」
姉ちゃんが選んだ店舗は、レストラン街の中でも人気の和食屋さんだ。秋の味覚フェア開催中で、秋刀魚と季節のいろどりセットや松茸ご飯と天ぷらセットなどが期間限定メニューのよう。
「へぇ……せっかくだから、この松茸ご飯と天ぷらセットにしようかな?」
「私はねぇ……秋刀魚と季節のいろどりセットがいい!」
それぞれ、好きなメニューを選ぶが、やはり季節のメニューに気がいく。
オレ、スイレン、ツグミ姉ちゃんは松茸ご飯と天ぷらのセット。アヤメとミミちゃんは、秋刀魚と季節のいろどりセットを注文。
「そういえば、スグル。利き手じゃないとはいえ、あんた手を怪我しているわよね。お茶碗持てるかしら?」
注文したメニューが次々とテーブルの上に運ばれていく中、ツグミ姉ちゃんがふと疑問をもらす。
「えっ……ああ、まぁ傷を広げないようにそっと持てば……」
すると、婚約者の義務感なのかスイレンがふと思いついたように松茸ご飯の茶碗を握り、箸でそっとご飯を持ち上げて……。
「うむ、ここは婚約者である私の仕事じゃな。スグルどの、あーん!」
「……! す、スイレン……! じゃあ、お言葉に甘えて……あーん」
パクッ! オレとスイレンの間のみアツアツ新婚生活のようなムードで進む、和食屋さんでの食事。
姉と妹が少しからかうような目でこちらを見ていた気がするものの、一応悪いと思ったのか、平静を装っている。
「お姉ちゃん。この秋刀魚、脂がのってて美味しいよ。松茸は?」
「ええ、思ったより肉厚で結構豪華よね。どう、ミミちゃん? 猫神様としてはこの秋刀魚?」
「みゃあ、とってもナイスですにゃ。やっぱり秋はお魚ですにゃ」
なるべくオレとスイレンを見ないように目を逸らし配慮しながら、食事をする3人。
「スグルどの、今度は何が食べたい?」
「えっと、じゃあそこのお野菜の天ぷらかな。あーん」
「うふふ……」
ちょっぴり、時間をかけた昼食。普段の数倍、松茸や天ぷらが美味しく感じたのは言うまでもない。
* * *
「ほらっスグル、あんた忙しくて普段買い物しないんだから、これを機に何か買いなさい! このメンズ福袋でいいでしょっ」
「ふぇっ?」
昼食後は、いつまで経っても何も購入しようとしないオレを見兼ねた姉に、半ば強制的にメンズファッションのブラックフライデー限定お得な福袋を購入させられる。
いつの間にか女性陣も福袋をゲットしていたようで、そろそろ帰宅の準備……となった。
「それにしても、正月でもないのにもう福袋が出ているのか。びっくりしたよ」
「三連休の間は毎日ブラックフライデーセールをやるみたいだから、福袋くらい出るのかもね。じゃあそろそろ暗くなる前に、帰りましょう!」
例の怪我したロッカースペースから食料品の回収も済み、カートで荷物を全て車の中へ。自宅である家神荘に到着する頃には、すでに夕刻となっていた。
「はぁ……今日は、いろいろまとめ買いしたなぁ。ああ、あとで祠のメンテナンスだけやらないと……」
「そうね。疲れているところ悪いけれど今日は特別だし、満月用にお団子くらいは捧げておくといいわね」
姉からモールで購入したばかりの新しいお団子を受け取り、部屋に入る前に祠の敷地へ。台座の上に、お団子を乗せて祈りを捧げる。
すると、祠の周辺に宿っている我が家神一族の守り神である天の声が語りかけてきた。彼は、平安の時より家神一族を守ってきた初代家神。子孫を残さず神となったため直系ではないが、ご先祖様でもある。
『スグル、お帰りなさい。お買い物どうでしたか? おや、お団子を買ってきてくれたんですね』
「ああ、ツグミ姉ちゃんが満月だし祠に捧げてって……。中秋の名月は過ぎちゃっているけど、昔の人は月見しながらお団子食べるのが定番なんだろう?」
『えぇ……懐かしいですね。唄を詠みながら、月を愛でたりお団子を食べたり。霊体になってしまってからは、こういう形でしか食が楽しめないので嬉しいですよ。早速、美味しくいただきます!』
今気づいたが、天の声って一応この祠の捧げ物を食べていたんだ。なるべく、新鮮なものを捧げるように気をつけないとな。
「イテッ……傷口がなんか、また痛み出して……」
『んっ……どうしたんですか、スグル……はっその傷跡は、まさか……』
思わず、痛みに耐えきれなくなり傷に貼った絆創膏を剥がしてしまう。むき出しとなった傷口は、五芒星の紋様を手のひらに刻みつけていた。
「この五芒星は……一体?」
ふと浮んだのは、あの伽羅の香りを身に纏った少女の姿……。
だが、オレは婚約者である女神スイレンに、永遠の愛を捧げる『服従』を誓った身。他の女性の記憶を、罪悪感で頭の中からすぐに打ち消す。
いつしか日が暮れて、月が高く登り始める。
今宵は満月……平安時代から引き継いだ伽羅の香りに導かれて、新たな因果が幕を開けようとしていた。
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