追放される氷の令嬢に転生しましたが、王太子様からの溺愛が止まりません〜ざまぁされるのって聖女の異母妹なんですか?〜

星井ゆの花(星里有乃)

文字の大きさ
6 / 94
正編 第一章

第05話 国が滅んだ日

しおりを挟む

 虹色の薬が見せる夢は、乙女ゲームの世界で実際に起きた行動記録だった。

 タイムリープ以前の記憶を一時的に掘り起こす【夢見の乙女】を作る虹色の薬こそが、ゲームのタイトルである『夢見の聖女と彗星の王子達』の正体と言えるだろう。夢見の薬を所有する彗星の王子ギベオンは、彼女を誘う魔法使いと言うべきか。

 だから、この乙女ゲームの真の聖女は主人公カルミアではなく、滅びの悲劇から追放された事により免れた氷の令嬢ルクリアなのだが。その秘密はあくまでも裏設定として保管され、いずれリリースする予定のスピンオフゲームのためにとっておかれた設定だ。

 即ち、これから始まる夢見は過去の伯爵令嬢ルクリア・レグラスのものであり、これから起こる未来の可能性の一つでもあった。


 * * *


「お願い、出して! ここから、出して!」
「申し訳ございません、ルクリア様。貴女様は現在、聖女を卑劣な手で殺そうとした殺人未遂の疑惑がかけられています。例えそれが、聖女カルミア様の虚言だとしても今は大人しくして欲しいのです」
「そこまで理解しているなら、何故?」

 卒業記念パーティーで異母妹である聖女カルミアを卑劣な手で虐めて殺そうとしたという疑惑をかけられた氷の令嬢ルクリア。王太子ギベオンから婚約破棄されたルクリアは、一定期間監視するという名目で王宮地下の牢に投獄されていた。
 小洒落た扉は一見すると普通の個室だが、明かり取りのためにつけられているはずのガラス窓部分に格子がついていて普通の個室ではないことが窺える。

「理由はどうであれ、【滅びの予言を持つ我が国を救えるのは夢見の聖女だけ】とされている限り、我々は聖女カルミア様に逆らうことは出来ないのです」
「もちろん、つい最近まで王太子と婚約していた女性を、手のひら返しで冷遇するのはギベオン王太子の名誉にも関わります。どうか、追放という名目で隣国に逃れるまで我慢して下さい」
「ルクリア嬢。貴女の引き取り先は、隣国のジェダイト財閥です。ジェダイト財閥には若く著名な御曹司もいますし、貴女にとって悪い条件では無いはずだ。次男の方が貴女に一目惚れしたらしく、婚姻出来る条件が揃った場合は是非に……と。そのまま嫁ぐなり何なりすれば、良い人生が開けますよ」

 そのため、体裁上はそれなりの牢……貴族や上級階級者を閉じ込めるための特別な個室で監視という処遇となった。隣国に送られるまでの数日間、暗い地下の個室で我慢するだけということだが、ルクリアの心は牢に閉じ込められるよりも窮屈だった。

 とても有名な隣国のジェダイト財閥の次男がルクリアを密かに見初めていたという話だが、我が国は隣国財閥の経済参入をあまり快く思っていないようだった。途中まで話が進んでいた財閥が仕切るオークションハウスの進出も、ギベオン王太子の一言で計画中断となった。
 本来は頑丈な音楽ホールとして造られたオークションハウスには、防御力の高い地下施設もあったという。その建物さえ完成していれば隕石の衝突時の避難場所が一つ増えていただろう。何もかもが上手くいかず、きっと滅びの日を迎えるためにここまで来てしまったのだ。

(ジェダイト財閥の御曹司か、一体どういう方なのかしら。氷の令嬢と揶揄されている私なんか、見初める人がいたなんて。けれど、お会いしたことすらない素敵な男性よりも、やっぱりギベオン王太子のことが忘れられないの。それとも気づかずにそのお方に何処かでお会いしたとか? 分からないわ……)

 国内随一の名門校王立メテオライト魔法学園の卒業記念パーティー、という目立つ場所でされた婚約破棄とルクリア嬢の追放宣言。傍観者としてやり取りを見ていた生徒たちの口コミで、あっという間に噂は広まり不仲の異母姉妹がついに決裂したと評判になっていた。


 * * *


『ねぇ聴いた? ルクリア様、ついに投獄されちゃったんだって。噂によると異母妹のカルミア様がいろいろな手で邪魔な姉を嵌めたとか。冤罪で投獄なんて、やっぱり異母姉妹って仲が悪いのね』
『けどさぁ、わざわざ学園の卒業記念パーティーを利用して婚約破棄と追放劇を行わなくてもいいと思わない? 私達みたいな立場の弱い生徒からしたら、一生の記念日に残る卒業記念パーティーを、異母姉妹の喧嘩に乗っ取られたって感じ』
『仕方がないよ、だってこれからこの国は【夢見の聖女カルミア様】の絶対支配下に置かれるんだから。あーあ、変な時期にこの国の学校に入学しちゃったなぁ。早く自分の国に帰りたい!』


 真の聖女であるルクリアは、その氷魔法の凄さから氷の令嬢という別の異名を与えられていた。彼女が初めて夢見の聖女となるために必要な能力こそが、他の誰にも引けを取らない氷の魔法なのだが。それは、この国が滅亡の憂き目に遭ってからようやく判明するもの。
 誰もその事実に気がつかないまま、ついにその日はやって来た。


『大変だっ! 隕石が……隕石が、神殿に堕ちると観測予報が出たぞっ。ついに、その日が滅びの日が来たんだっ』
『皆さん、落ち着いて下さい。予言によると夢見の聖女の導きに頼れば、我々は滅びから逃れられるとされています。聖女カルミア様の祈りに身を任せましょう』
『押さないで下さい。神殿の中はまだ安全です! 一番安全なのは神殿です』


 かつて、メテオライト国は巨大な隕石が落ちて氷河期を迎えた国とされていた。永く永く続いた氷の時代が終わり、過去の戒めを忘れぬようにこの国はメテオライトという国名が付けられた。そして、隕石が落ちるという予言を受けた年に産まれる王太子の名を、隕石の意味を持つギベオンと名付けよと神から義務付けられていた。

 つまり、この国に彗星の王子……ギベオン王太子が存在する時は、隕石による滅びの氷河期が近づいている証拠なのだ。

 天から美しいブルーグレーの光が降り注ぎ、この国の地を淡く染める時、氷の時代が再びやって来る。皮肉なことに、強力な魔法陣がかけられた地下に閉じ込められていた氷の令嬢ルクリアだけは、この国でただ一人の生き残りとなるのである。

 ドォオオオン!

「おっおい! 一体、何の音だ。まさか、本当に隕石が堕ちたのか。誰か、様子を見て来い」
「しかし、ルクリア嬢の見張りはどうするんだ。一応は、隣国に移送するまで逃がさないようにとの命令だっただろう」
「どうせ、我々が見張っても逃しても、最終的な展開は変わらない。ルクリア嬢の身柄は隣国のジェダイト財閥が引き取ることになるんだ。無理に見張らなくても、本当の意味では逃げる場所なんかないだろう。なんせあの巨大財閥のお坊ちゃんがどうしても……と求愛してるんだからな。今は、王宮内の安全確認が優先だ」


 地下室にも響いてくる衝突音は、おそらく隕石が何処かに堕ちた音だった。ルクリアを閉じ込めるための魔法陣を施した主も魔力切れになったのか、やがて魔法陣の紋様は掠れて消えていき、ルクリアを閉じ込めることは難しくなった。

 簡単な施錠なら【氷の令嬢ルクリア】の持つ氷魔力で、突破して外に出ることは可能だ。


(嗚呼、探さなきゃ。ギベオン王太子を……貴方を救うために、例え貴方が私を嫌ったとしても、まだ私は……!)

 隕石衝突により天幕は破けて、氷が国中を襲う。生まれながらに氷の魔力を持つルクリアのみが、この国を駆けて救いの手段を探すことが出来る。例え報われない愛だとしても、未だ想いを残したギベオン王太子のために。

 夢見の薬によりルクリアが思い出せるタイムリープ以前の記憶は、ここで途切れていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。 全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。 持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……? これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。

【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。 しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。 契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。 亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。 たとえ問題が起きても解決します! だって私、四大精霊を従える大聖女なので! 気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。 そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...