追放される氷の令嬢に転生しましたが、王太子様からの溺愛が止まりません〜ざまぁされるのって聖女の異母妹なんですか?〜

星井ゆの花(星里有乃)

文字の大きさ
12 / 94
正編 第一章

第11話 令嬢は冷たい微笑みを浮かべて

しおりを挟む

「おいっ。アイツは、どっちへ向かった?」
「それが、かなり俊敏な動きで追いかけたものの捕まえられなくて」
「何かがあってからでは遅い! オークションハウスの外にだけは絶対に逃すなよ。この建物の中で、全てを終わらせるんだっ」

 慌しく走る警備員らしき男達、指示を出す上司の焦る声、そして建物から何かを逃さないようにとの命令がルクリアにも聞こえてきた。

(建物の外に出すなって、もしかして逃走した犯人のことかしら。それとも今オークションにかけられている幻獣っていうのは、そんなに凶暴なの? どっちにしろ、危険には違いないわ。早く行方不明のネフライト君を見つけないと)

 思わずここまで駆けてきてしまったが、要領の良いギベオン王太子が上手く説明をしてくれるはずだ。
 長い付き合いで、ルクリアはギベオン王太子の機転が効くところを信頼していた。高い魔力を持つ者の性なのか、氷の令嬢と渾名が付くくらいには、冬の季節になると氷魔法で無謀なことをしている。必ずと言っていいほど、そんな無茶をするルクリアをフォローしてくれるのはギベオン王太子だ。

 そう……ルクリアとギベオン王太子は婚約者でありながら、お互いが良き理解者であるはずだった。
 だから、例え乙女ゲームのシナリオで破局することが確定していたとしても、ルクリアはギベオン王太子以外に誰か好きな人を作るのは難しかった。彼女がギベオン王太子を諦められない理由は、自分を自由に活かしてくれるところでもある。

「とにかく、このままじゃ私自身も無防備よね。まずは自分の身くらい守れないと。氷魔法……発動! 結晶の障壁で私を守って」

 ヴィイイイイン!

 手のひらに魔法陣を浮かべて、氷魔法による障壁を自らの周辺に漂わせる。ふわふわと浮かぶ六角形の結晶は、ルクリアを全ての外敵から守るバリアのようなものだ。この魔法さえ発動中であれば、銃弾も攻撃魔法も簡単にはルクリアを傷付けることは出来ない。


 すると、魔力の変化に気づいたのか、警備員の一人が捜索している輪のそばにルクリアが近づいてきたことに気付いて呼び止めた。

「おや貴女は、ルクリア・レグラス様ですね。すみません、実はオークションの幻獣が一匹逃げ出してしまいまして。貴重ゆえにとても高級な幻獣なので、動く大金とでも言いましょうか。外に出さないように出入り口は封鎖してしまっているんです」


「そうだったんですか、ではあの銃声は……?」
「あれは音こそ物々しいですが、幻獣用の麻酔銃ですよ。一応安全なもののはずですが、驚かせてしまったんですね。申し訳ない」

 銃声の音の正体が、幻獣を眠らせるための麻酔銃だと分かり一旦はホッとする。だが、次の情報はとてもじゃないが安心出来るような内容では無かった。

「実はですね……幻獣というのは俗に言うミンク系の生き物なんですが、その毛皮の価値が現在高騰しておりまして。オークション会場に侵入した密輸入組織が狙っているかも知れないんです。だから、我々が持つ麻酔銃以外に本物の銃を持っている連中が混ざっている可能性も」
「えぇっ? ミンク系の生き物、それで高級な幻獣って言っていたのね。しかも密輸入組織がいたなんて。やだわ、今ちょうどオーナーの弟さんのネフライト君が行方不明なの。人質にでも取られたらって。ギベオン王太子も動いてくれていると思うけど」
「では、手分けして探しましょう。我々は幻獣の捕獲と密輸入組織を追いますから、ルクリア様はネフライト様のいそうな場所をお願いします。彼は地下室の鍵を持っているそうなので、そちらがあやしいかと」


 * * *


 コツコツと黒のブーツを響かせて、地下室への階段を降りる。ちょうど地下の廊下に辿り着き、倉庫室へと向けて歩き出すとヒュッ……と足下で何かが動く気配がした。

「えっ……今のって?」
「きゅいん。きゅいきゅい……」

 一見、イタチのようなビジュアルのちょこまかと動く生き物が、ルクリアのブーツの周りをウロチョロとまわり始めた。どうやら、お腹が空いているらしくおやつをねだっているようだ。

「この子は……もしかして、幻獣? 本当に。ミンクそっくりね。お腹が空いているの? これ、人間用の非常食だけど食べる」
「きゅん! きゅきゅん」

 ミニバッグから取り出したのは、万が一のための非常食として持ち歩いていたスティックタイプの携帯非常食だ。ドライフルーツが混ぜてある女性向けのスティックバーは、ダイエット中の女性の置き換えダイエット食品としても利用されている。
 かと言ってルクリアは別にダイエットをしているわけではないのだが、緊急時のために小さい携帯非常食を持ち歩いていて良かったと思った。

 もきゅもきゅ、もきゅもきゅ!

「うふふ、可愛い……!」

 ミンク系幻獣はドライフルーツが気に入ったのか、硬めのスティックをもきゅっと音を立てながら、ぽりぽりと平らげていく。小さな身体で、結構食べるところをみるとやはり普通のミンクではない。

「ルクリアさーん。良かったぁ。そのミンク、檻から脱走しちゃったみたいで。捕まえてくれませんか?」
「ネフライト君! 無事だったのね、何か事件に巻き込まれてたらどうしようか、と……ん、むぐっ!」

 笑顔で手を振るネフライトの背後から、ナイフを手にした柄の悪そうな男が一人そっと近づいて来て、瞬間ネフライトの口を塞いだ。仲間もいるらしく、さらにルクリアのこともナイフを突き出して脅かして来る。

「おぉっと、このガキの命が惜しかったら動くなよ。大人しく、その高級ミンクをこっちに寄越しな!」
「そうすりゃあ、ガキの命だけは……ほう、あんた随分と別嬪さんだなぁ。人質ならこっちの方がいい……か」

 上から下まで品定めをするような目でルクリアを見てから、男たちはゆっくりとルクリアに歩み寄って来た。

「んん……むぐっ! ルクリアさんっオレに構わず逃げてっ!」
「うるせえこのクソガキっ」
「ぐ、うわぁ!」

 人質というなら乱暴はしないはずだが、すでに次の人質をルクリアに鞍替えしたのか。ネフライトへの態度は悪く、いつもっと酷い暴行を振るわれてもおかしくない雰囲気になっていた。後頭部を殴られて意識が朦朧としている様子のネフライトに危機感を覚えたルクリアは、すぐに男達に取り引きを交渉する。

「分かったわ。貴方たちは、ミンクよりもその男の子よりも、私を捕まえたいのね。いいわ、取引しましょう」
「意外と話が分かるじゃねえか……まぁケモノやガキをとっ捕まえたところで、オレたちにはいいことなんかねぇしよ。まぁ闇取引の前にオレ達ともちょっとだけ、遊んでくれりゃあ……このクソガキのことは見逃してやってもいいぜ」
「男の子を解放する方が、先よ」

 一瞬、どうする……と言った風に男達は目配せをしたが、五月蝿い子供を人質にするよりも若い美女を捕まえる方が楽しめそうだと判断したらしい。今度は無理矢理、ぐったりとしているネフライトをルクリアの方まで歩かせて、入れ替わりにルクリアをそばに引き寄せた。

「……ルクリアさん、行かないで。行っちゃダメだ」

 辛うじて薄れる意識の中で、ネフライトはルクリアを引き留めるが、ルクリアはネフライトに『私を信じて』と小声で告げる。


「ひひひ……おい間近でみるとすげえ美人だな。こりゃあオレ達も運がい、い……」

 バキィイイイイイン!

 男達が汚れた手でルクリアを触れようとした瞬間、氷の障壁が一気に発動し絶対零度の刃が無数に男達を突き刺していく。気がつけばまるで標本のように、氷漬けとなった男達の氷像が二体完成していた。

「あら失礼、どうやらオークションに出品出来そうなのはあなたたちの方ね。作品名は、密売人の氷像かしら?」

 その時ばかりはルクリアも、氷の令嬢と呼ぶのに相応しい冷たい微笑みを浮かべるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。 全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。 持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……? これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。

【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。 しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。 契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。 亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。 たとえ問題が起きても解決します! だって私、四大精霊を従える大聖女なので! 気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。 そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...