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正編 第一章

第12話 甘く溶かされる氷の心

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 地下で発動した氷魔法の魔力が、警報装置に感知されて、すぐに他の警備員達が応援に駆けつけた。現場には、殴られて軽傷の少年ネフライトとルクリアの氷魔法によって本格的に氷漬けになった密売人の男が二人。そして、餌付けによりミンク幻獣をすっかり懐かせた氷の令嬢ルクリアだった。

 すべての箇所に連絡が行き渡り、状況確認しにギベオン王太子とオークションハウスオーナーのジェダイト氏も駆けつけた。

「これはまた、随分とバキバキの氷漬けが出来たものだね」
「だって、あの人達まだ中学一年生のネフライト君に乱暴な真似をしたのよ。これくらい氷漬けにしておかないと、恐ろしくて恐ろしくて……。ところででジェダイトさん、ネフライト君の意識は戻りそうですか?」
「ああ今、治癒魔法をかけているよ。ネフライト! 大丈夫か、しっかりしろ!」

 弟が怪我させられたとあってひどく狼狽えていたジェダイト氏。どうやらネフライト氏は簡単な治癒魔法が使えるらしく、弟のために懸命に呼びかけながら呪文を詠唱していく。

「う、ん……あれ、兄さん。オレ一体……。そうだ、密売人がミンクを追いかけていて、オレとルクリアさんを人質にしようとして。そしたら氷が……。結局、ルクリアさんに助けてもらったのか」
「今回はたまたま二人とも助かったけど、下手すればどうなっていたことか。ルクリアさんも弟を助けて下さって、ありがとうございます。今はまだ弟の治療をしたいので、お礼は改めて……。それと、オークションは時間をずらして再開しますのでしばらくお待ちください」
「あっ……はい」

 ルクリアが助けてくれたことをネフライトが伝えると、後で改めてお礼をしたいと告げてジェダイト氏は一旦救護室へと向かっていった。

「ネフライト君、大丈夫かしら。傷が残らないといいんだけど。残ったら、どうしよう」
「密売人の男達は彼の後頭部を殴ったんだろう。痛かっただろうし可哀想だが、後ろ頭の怪我なら傷跡は髪の毛に隠れて目立たないんじゃないか」
「実は、氷魔法を発動した時にちょっとだけあの子に氷がぶつかった気がするの。まだ分からないけど、もしかしたら怪我の一部は私の魔法のせいかも知れないわ」

 密売人の男二人は氷漬けの状態のまま、警察庁へと移送され、軽傷とはいえ被害を受けたネフライトは救護室で回復魔法使いと医者から治療受けることになった。もし、ネフライトの傷の一部分でもルクリアの氷魔法が影響していたら……彼女がネフライトに対して負い目を感じることはギベオン王太子も理解していた。だから、そのことには極力触れずに話を聞き流してしまう。

 さて、すっかりルクリアの腕の中が定位置となったミンク幻獣だが、どうやらそろそろ檻に戻る時刻らしい。迎えの人達が幻獣用の檻をカートで運んで、回収にやってきた。

「もきゅ、もきゅもきゅ!」

 ルクリアの腕から離れたがらないミンク幻獣は、イヤイヤと短い首を懸命に振って幻獣保護係員に抵抗を見せる。すると係員にもプロの意地があるのか、幻獣御用達のおやつを片手にミンク幻獣を説得しだした。

「ほら、ミンクちゃん。好物のおやつだよ。キミはこれからオークションに出されるんだ。きっとお金持ちの優しい人がキミの飼い主になってくれるから、大人しくしなさい。このままじゃキミは殺処分だよ」
「えぇっ殺処分?」
「もきゅもきゅ! もきゅーん」

 好物を差し出されても、檻の中は嫌だと抵抗を続けていたが、殺処分と聞いて驚いたルクリアがミンク幻獣のために檻の中へ返すのを手伝った。

「きゅいーんきゅいーん!」

 まさか、優しいルクリアが自らを檻に返すとは思わなかったのか、哀しげにきゅんきゅん鳴き始める。

「ごめんね、ミンクちゃん。けど、やっぱり殺処分は良くないわ。貴方が幾らくらいする高級ペットなのか分からないけど、落札出来るレベルのお金持ちなら良い環境で育ててもらえるはずよ」
「もきゅーん」
「ご協力、ありがとうございました。もし、ご縁がありましたら、この子の落札を検討してやってください」

 ガラガラガラガラ……。
 檻に布をかけられてすっかり様子が分からなくなったカートから、キュンキュンとした高い鳴き声が響いている。だが、落札出来るかまだ分からない幻獣に対して、飼い主になる期待をさせるのはもっと酷だ。

 オークション参加前に随分といろいろなトラブルに巻き込まれたが、次のオークションの開始時間まで待つことになった。ちょうど待ち時間がお昼の時刻と被ったため、施設内で昼食を頂くことに。

 デートスポットとして有名にするつもりらしいこの施設には、ダイニングカフェや西方風レストラン、バーなどが揃っていた。大人だったらバーで食事をする選択肢もあるのだろうが、まだ高校生の二人には西方風レストランがちょうど良い。
 鋭気を養うためにフィレステーキのセットを注文し、柔らかな肉に舌鼓を打つ。しばらくして思い出したように、ギベオン王太子が午前中の事件について語り出した。

「はぁ……今日みたいなトラブルがあると、こうして普通にフィレステーキを食べられるのがいかに有難いか実感するよ」
「ごめんなさい、心配させたわよね」
「まったく、ネフライト君が暴力を振るわれたのを見て恐ろしいとキミは言っていたが。その気持ちはキミに対してまったく僕もおんなじだ。まさか本当に本格的な密売人がこのオークション会場に隠れていたとは」
「……うん、そうよね」


 食事が済み食後のお茶だけとなったタイミングで、真剣な眼差しとなりジッ見つめてくるギベオン王太子に、思わずドギマギするルクリア。

「僕はキミの力を過信し過ぎていたのかも知れない。自分の甘さを痛感するよ」
「けど、今回もこうやって無事に……」
「今回は無事でも、次は大丈夫じゃないかも知れない。もし次に何かあった場合は、無理矢理でも僕も同行する。だから、これからはもっと慎重に行こう。だってキミは、僕の最愛の婚約者なのだから……」

 そう言ってルクリアの冷たい手をギュッと握ってきたギベオン王太子に、ルクリアは自分の中の氷がどんどんと甘く溶かされていくのを感じた。
 彼女の中の氷は、いつか乙女ゲームのシナリオ通りにギベオン王太子から婚約破棄を言い渡されるという諦めの心。そしてそれでもまだ彼を忘れたくないと願う熱い心が、混ざり合って溶けていくのだった。
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