17 / 94
正編 第一章
第16話 断髪で消える自我〜カルミア視点03〜
しおりを挟む「うわぁ。もしかして、貴女……本当に女子高生になるかならないかくらいの魂なのね。今まで、色んな女の子がカルミア・レグラスの中で乙女ゲームをプレイしたけど、ここまで魂がリンクしている子は初めてよ」
「そ、そうだったんですか。その、ありがとうございます……?」
「もうっ敬語はやめてよね! 夢見の聖女カルミアは、人懐っこくて誰からも好かれる優しい女の子なのよ。初対面だとしても、フレンドリーに接しないと好感度の数値を上げることは出来ないわ」
試着室の鏡の中から突如として現れた【本物のカルミア・レグラス】に、転生者のカルミアは心臓が飛び跳ねるほど動揺した。だから、まだ魂としては初対面にして赤の他人という感覚のあるカルミアに対して敬語になってしまったのだ。
だが、本物のカルミアの指摘通り乙女ゲームの主人公は人懐っこい、悪く言えば少しばかり馴れ馴れしいキャラクター設定である。けれど、俗に言う主人公補正が効いているせいで、彼女がどのような言動をしても何故か好意的に解釈されてしまう。
「こ、好感度……ですか」
「そうよ、好感度はこのゲームの中で一番大切な要素なの。話し声もぶりっ子すぎても良くないし、だからと言って大人しすぎてもダメね。ナチュラルにまるで寄り添うように、愛らしさと親しみ、それから明るさを感じさせるように話して。それが私、カルミア・レグラスが主人公である証拠よ」
極めてプレイヤーに優しく、都合の良い設定が実装されているのだとばかり思っていたが。実のところ【本物のカルミア】は、他人との距離感を縮めるように計算ずくであのようなキャラクターを演じているようだ。
(これって、本物の乙女ゲームのキャラクターカルミア・レグラスよね。私、今ゲームのキャラクターと会話しているの?)
今まで自分自身が乙女ゲームの主人公キャラクターの転生者である自覚はあったが、まさか本物がドッペルゲンガーのように鏡の中から現れる日が来るとは想像すらしていなかった。
おそらく、乙女ゲームの正式コスチュームである王立メテオライト魔法学園の制服に袖を通したことで、自身の肉体が乙女ゲームの主人公であると認定されたのだろう。
「ふぅん……けど、それにしても見れば見るほどそっくりよね。けど、鏡のように完璧な貴女にも実は相違点があるわ! それはズバリ、髪型よ。カルミア・レグラスは可愛くてちょっぴり活動的な女の子なの。だから、髪型はボブヘアーでなければダメ。貴女の髪型って、ツインテールってやつよね」
「あっ……うん。若いうちしか挑戦出来ない髪型だし、前世では校則が厳しくて出来なかったから」
「ダメよ、切りなさい。ツインテールじゃ、男性向けの萌えキャラクター要素が強すぎるわ。どんなにツインテールが可愛くても、このゲームは乙女ゲーム……女性向けと言うジャンルなの。安易に男性プレイヤーに媚びるより、女性プレイヤーの心理に寄り添ってちょうだい。それでもついて来てくれる男性プレイヤーはいるはずよ」
確かに鏡の自分と会話しているくらい二人はそっくりだが、髪型だけは似ても似つかなかった。乙女ゲームの正式なイラストでは、カルミア・レグラスはいつも肩にかかるくらいのボブヘアーでカチューシャを着けている。だがそれは、パッケージやオープニングシーンなどの初期設定のみの要素のはずだ。
「あ、あのね……カルミア。夢見の聖女って、追加コンテンツで髪型を変更することも出来るんだよ。だから、私の場合は個性を出してツインテールで学校に通いたいなあって」
「追加コンテンツ? コンテンツを増やしてもいいのは、一旦学校の年間行事をクリアしてからのはずだわ。殆どのプレイヤーはカルミアの身につけているカチューシャのデザインで、季節や行事を推測するのだもの。製作者の親切な設定を、貴女の勝手でぶち壊しにするのは無しよ!」
カチューシャの色やデザインは季節や行事ごとに異なり、彼女のカチューシャから今どのようなイベントが開催されているのか推測出来るのだ。
それくらい、カルミアというキャラクターにとってボブヘアーとカチューシャは切り離せないものと化していた。
まさかその設定が、行事認識を狙った製作者の意図だったとは。しばらくの間、ゲームから離れる期間があっても復帰しやすいように配慮したのかも知れない。
「分かったわ、次の休みの日の美容院に行ってボブヘアーにしてもらうわね。まだ入学すらしていないわけだし、それまでツインテールでもいいでしょう?」
「……貴女、そのカルミア・レグラスの制服姿で、もうツインテールヘアを実行するわけ。既に、合格通知を貰って時点で、乙女ゲームは始まっているわ。制服を試着している段階で、ボブヘアーでなければならないのに。そうだ! 今、髪を切ればいいのよ」
「えっ……一体、何を言ってるの?」
とても良いことを思いついたと言うようなキラキラと輝く瞳で、本物のカルミアは試着室の備品として設置されていたハサミを手にした。そのハサミは洋服のタグや紐を切るために用意されているもので、どう考えても髪を切るための道具ではない。
(無謀だわ……無理がある。しかも、こんな試着室で……流石は乙女ゲームの主人公、他人の気持ちなんか微塵も考えていない。悪く言えばサイコパス……!)
「じゃあ、いくわよ!」
「えっやめて、いやっ……きゃああああああっ」
ザシュッ! ザシュッ!
ガタガタガタ……!
試着室から突如として悲鳴と何かを切る不吉な音がして、女性の教師が慌てて中の様子を確認しに来た。中では、高等部より新入生として入学予定のカルミアという少女が、何者かの特殊な魔法によって髪を無残に切られているところだった。
カルミア以外は誰もいない空間で、宙に浮いてカルミアを襲うハサミを停止魔法で止めて無事を確認する。
「貴女、大丈夫だった。まぁ……せっかくの綺麗な髪が、こんなにばっさり……可哀想に怪我はない? けど、一体誰がこんなひどい魔法を、新入生への嫉妬かしら?」
「いえ、私がきちんと夢見の聖女カルミア・レグラスらしく振る舞わなかったから、神様が怒ったんだわ。誰のせいでもない……きっとそうよ」
その時から、転生者カルミアは自分自身がより一層カルミア・レグラスに成りきらなくては命すら危ういことに気づいてしまう。そしてそれは、彼女を完全に自我を失わせて乙女ゲームの世界へと没頭させるきっかけになるのだった。
試着室には美しい金髪ツインテールのフサが、無惨な形で取り残された。まるで前世の記憶や彼女の自我を、断髪と共に切り捨てるように。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました
夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。
全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。
持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……?
これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。
【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです
星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。
しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。
契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。
亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。
たとえ問題が起きても解決します!
だって私、四大精霊を従える大聖女なので!
気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。
そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる