追放される氷の令嬢に転生しましたが、王太子様からの溺愛が止まりません〜ざまぁされるのって聖女の異母妹なんですか?〜

星井ゆの花(星里有乃)

文字の大きさ
64 / 94
第二部 第一章

第05話 すり替えられる思い出

しおりを挟む
 人工の月が仮想の夜空を照らし、古代地下都市アトランティスの民を優しく見守る。アットホームな雰囲気で行われたレグラス邸の夕食会も、無事にお開きとなった。

「ああ、そうだ。オニキス君、ちょっといいかな。実は今日隣国から交換留学生の申請があって、生徒会の方にも書類のコピーを渡しておかないといけなかったんだ。すぐに気づかなくて、すまなかったね」

 玄関ホールで帰り支度をしていた手を止めて、ギベオン王太子が思い出したようにオニキス生徒会長に書類のコピーを手渡す。隣国モルダバイトからの交換留学生の誘いは、地上時代の王立メテオライト魔法学園宛ではなく、きちんと地下都市国家アトランティス魔法学園宛てだった。
 地下移住に伴い、国家を新しくした際に王立学園も名称を変更することになった。だが、ただ単に変更となっただけではなく、一度は固定の交換留学生制度を導入した隣国モルダバイトとの契約も白紙となっている。

「いえ、僕が偏頭痛を起こしたから話そびれてしまったのでしょう。ところで、ギベオン王太子としては本当に留学生の受け入れを行うつもりですか。まだ、環境が整っていないのに時期尚早では」
「本当に以前のように生活スタイルを整えて、国家としてやっていけるようになるには数年かかるだろう。自分のところで手一杯の学園で、交換留学生を預かるのは責任が重い。僕としては、数年先の将来の計画として保留にする方向性だよ」
「まぁすぐにお断りするのも良くありませんし、だからと言って受け入れをして実は環境が整っていません……というのでは、国家間の交流も危うくなってしまう。では、そのように生徒会で報告をしておきます」

 カバンに受け取った書類を入れてコートを着ようとすると、恋人のレンカが甲斐甲斐しく、黒のシックなマフラーを首にかけて来た。

「はい、オニキス生徒会長。今日は寒いから、このマフラー使って下さい。実は手編みのマフラーなんだけど、クリスマスまでに間に合わなくて渡しそびれていたの」
「えっこれを僕に? ありがとう、レンカ。意外と女性らしい一面があるんだね。けど、演奏会でも見事な歌声だったし、キミはいろいろと器用だ」

 どうやらオニキス生徒会長の記憶では、演奏会で歌唱を担当したのはレンカという設定になっているらしい。カルミアとの思い出のひとつひとつがレンカとの思い出にすり替えられている。

「う、うん。褒めてくれてありがとう……」

 レンカは流石に気まずいのか、目を伏せて顔を背けてしまった。オニキス生徒会長からすると、褒められて恥ずかしがっている程度にしか見えていないようだが、ギベオン王太子から見るとレンカが内心ヒヤヒヤしているのが良くわかる。何故なら、あの演奏会で別れの曲を歌ったのは、レンカではなくカルミアなのだから。

 これ以上、この話は続けない方がいいだろうとギベオン王太子は話題を変える。

「そういうことなら、僕もルクリアから手編みのマフラーとか編んで欲しいな」

 レンカと同じようにコートを手に持ちギベオン王太子の帰り支度を手伝っていたルクリアに話を振る。別に、話しを誤魔化すためだけにルクリアにマフラーを編んで欲しい訳ではなく、レンカとオニキスのやり取りを見ていて羨ましくなったのだ。

「えぇっ? でも、ギベオン王太子って、学校に通いながら王宮の仕事もしていて、洋服そのものも気を使うじゃない。学生業に専念しているオニキス君にマフラーをあげるのとは緊張感が違うわよ」
「じゃあ、私生活と王宮の仕事を分けるためにもルクリアにマフラーを編んでもらおう。いいね……お願い、だよ」

 まるで内緒話のように、ルクリアの耳元でそっとおねだりすると、ルクリアは顔を真っ赤にしてコクンと頷く。

「もうっ仕方がないわね。分かったわ、けどあんまり完成度は期待しないでよね」

 少し、返事の仕方がツンデレ風のような気がしたが、元々は氷の令嬢なんてあだ名をつけられていたクール系キャラだ。ギベオン王太子が毎日、毎日、努力して、ここまでルクリアにデレて貰えるようになったのだから彼としては満足だった。

「じゃあ、今日は楽しかったよ。また、来週に学校で……」
「ええ、気をつけて。ご機嫌よう!」


 * * *


 今日は良い夕食会だったが、その一方でギベオン王太子としては、とても気を揉んだ一日だった。

(これからはその都度、存在そのものが消えてしまったカルミアのことで気を遣ったり、隣国モルダバイトからの連絡事項で神経を消耗したりしなくてはいけないのか。けど、オニキス君は死んだ設定が無かったことになって復活いるのに、カルミアは復活出来ないんだろう。それどころか、存在自体無かったことになっている)

 家族であるはずのレグラス伯爵やルクリアからも、カルミアの存在は忘れ去られていた。それどころか、演奏会の思い出もカルミアが歌唱した部分はレンカにすり替えられている。

「あの月も、夜空も……輝く星でさえ、仮想の作り物だ」

 車の中でギベオン王太子は、複雑な心境で窓から見える仮想の夜空と人工の月を眺めて、ここは本当に仮初の世界なのだと改めて実感するのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。 しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。 契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。 亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。 たとえ問題が起きても解決します! だって私、四大精霊を従える大聖女なので! 気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。 そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。 全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。 持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……? これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。

処理中です...