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第1章 一周目
第04話 春の訪れは、まだ遠い
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めでたく結婚相手が決まったはずのヒルデ嬢が、怒り狂って巫女シビュラと一悶着起こしている間。他の参加貴族達にも、その御神籤の結果は公表されてしまった。
「ジーク様が結婚相手だなんて、ヒルデ嬢は将来が約束されたのも当然。ルキアブルグ家は、繁栄する一方だな。あぁ、うちの娘がジーク様と、縁結びされることはなかったか」
「けど、私の夫となる人はジーク様と違って。一夫一妻制の素敵な貴族様ですわ」
「まぁハーレム勇者様の花嫁なんて、そうそう務まるものでもあるまい。これでいいんだ。はっはっは、今日は祝いのパーティーだっ」
ヒルデがジークの相手に決まり、ガッカリしたような雰囲気を出しつつ、内心はホッとしている貴族が多いのも事実。この国において、ジークの名はあまりにも有名すぎる。
稀代の美青年ジークとは、我が神聖ミカエル帝国が誇る超ハイスペックイケメン勇者だ。彼は、若干二十歳にして既に『煉獄のドラゴン』を倒した実績のある凄腕剣士で、その血筋は古代英雄王の末裔というサラブレッドでもある。
だが、ジークが世間から注目されている理由はそれだけではない。彼が、この神聖ミカエル帝国の中で一際目立つイケメンであることも、注目の要因だ。
ジーク・ヘルツォーク……身長178センチ、体重60キロの彼は、剣を扱うにしては細身でしなやかな男性である。
その剣の腕もさることながら、頭の方も抜群に優れており、軍師としても期待されていた。
そして、生まれつきサラサラの黒髪と透き通るような切れ長の青い瞳は、殆どの女性が虜になる天から授かった美貌と言えよう。声色は低音ながらも甘さを含んでおり、耳元で囁かれた女は皆、心が蕩けてしまうという噂。
さらに彼が素晴らしいのは、外見や家柄のみならず、その気さくな性格も利点といえる。身分制度の風習に囚われている神聖ミカエル帝国において、ジークは気に入れば平民であっても自らのギルドへと加入させた。
不思議と若い女性の仲間が多いのが気になるが、それもジークが女性に好かれる証拠だろう。
気がつけば、ジークの通称は『ハーレム勇者ジーク』に固定されていた。
そんな完璧超人ジーク様の花嫁になれるなんて、一般の娘なら卒倒ものだが、ジークから発せられる『圧』は何故かヒルデ嬢にだけは効かなかった。
かつてジークはヒルデ嬢に、自らのハーレムメンバー入りを申請したことがあった。だが、仲間のハーレム要員達が大奥や後宮ばりの嫌がらせをヒルデに行うため、はっきりと仲間入りを断っているのだ。
「わたくし、あなたとはお付き合い出来ません。ハーレム要員として生きるつもりは、ございませんので。それにこの国は、ご神託で結婚相手が決まります。わたくしはその結果に身を委ねますゆえ、失礼」
「唯一、僕に落ちない悪役令嬢ヒルデ・ルキアブルグ。いつか必ずキミを……オトすっ」
とかなんとか、傷心気味のジーク様が夕日の沈むエーデ海を眺めながら、決意を固めていたという都市伝説まであった。
それはそうと、まさかご神託の相手がジーク本人だったとは。神様も一体何を考えているのやらと、ヒルデは愕然とする。何万分の1の確率くらいは、旧知の中のフィヨルドが相手になる可能性だってあったはずだ。
気がつけば、得意の癇癪で怒鳴り散らしたヒルデは、他の貴族の注目の的だ。
「ねえ、ヒルデ嬢が癇癪持ちになったのってやっぱり、ジーク様の取り巻き女性が原因かしら?」
「ヒルデ嬢も昔は捻くれていなくて、優しいお嬢さんだったのに。ジーク様を愛するあまり、嫉妬で心が病んでいるのだろう。それにヒルデ嬢の元カレの王子様に至っては、雷で人が変わってしまったとか。あんなにお美しいのに、不幸が次々と襲って病んでいるんだよ」
「なんで、シビュラ様、いや。ご神託の神様は、お二人を結びつけるような真似を。傍目から見ても、側室達との共同生活を嫌がっているのに。だがしかし、元カレと噂のフィヨルド王子は雷事件で復縁は難しそうだし。これも試練というものか」
しかも、何故かジークを好きなあまり、嫉妬に狂っておかしくなったという余計な解釈まで付いている。フィヨルドに至っては、事故で復縁不可能な元カレ扱いだ。
遠くの席からも聞こえてくる噂話と、周囲の貴族達の同情にも似た視線が、ヒルデとその父に突き刺さる。
「はっはっは! なんだ、照れ隠しかな、ヒルデ。いやぁうちの娘は、ちょっぴり焼きもちが過ぎる性分でねぇ。大好きな幼馴染みのジークどのと一緒になれる喜びで、気分が高揚しているのでしょう。それでは、シビュラ様、皆様。我々はこれで失礼します」
「お父様っ! 誤魔化さないで下さいなっ。どうして、わたくしだけがハーレム勇者の花嫁なんですのっ。他の貴族の娘はみんな、一夫一妻、一蓮托生のご神託を頂いているのにっ」
人生のターニングポイントを季節や天候に例えるのであれば、おそらく恋愛や結婚は『春が来た』と表現するのが一般的だ。そして、まるで御伽話の悪役のように捻くれていて我儘だと評判の、深窓の令嬢ヒルデにも、きっちりと人生の春は訪れた。
半ば、強制的に。本人の意思は完全に無視して、だが。
騒ぐ娘を父が引っ張りミンクのコートを羽織らせて、神殿前で待たせていた黒塗りの高級車へと乗り込む。凍える程の寒い風が、今後の彼女の受難の人生を示すかの如く、襲いかかる。
「一夫多妻制の結婚なんて、絶対に、絶対に、嫌ですわ! あぁご神託の神よっ。聞いていますの? わたくし、ヒルデ・ルキアブルグは、なんとしてでもこのご神託なかったものとさせて頂きますっ! やり直し、やり直しだわっ」
遠ざかる丘の上の神殿を高級車の窓から怨めしく見つめ、悪役令嬢と呼ばれる娘がご神託のやり直しを訴える。ヒルデの人生にとって今日という日は、真冬の荒ぶる寒波といったところだろう。
――春の訪れは、まだ遠い。
「ジーク様が結婚相手だなんて、ヒルデ嬢は将来が約束されたのも当然。ルキアブルグ家は、繁栄する一方だな。あぁ、うちの娘がジーク様と、縁結びされることはなかったか」
「けど、私の夫となる人はジーク様と違って。一夫一妻制の素敵な貴族様ですわ」
「まぁハーレム勇者様の花嫁なんて、そうそう務まるものでもあるまい。これでいいんだ。はっはっは、今日は祝いのパーティーだっ」
ヒルデがジークの相手に決まり、ガッカリしたような雰囲気を出しつつ、内心はホッとしている貴族が多いのも事実。この国において、ジークの名はあまりにも有名すぎる。
稀代の美青年ジークとは、我が神聖ミカエル帝国が誇る超ハイスペックイケメン勇者だ。彼は、若干二十歳にして既に『煉獄のドラゴン』を倒した実績のある凄腕剣士で、その血筋は古代英雄王の末裔というサラブレッドでもある。
だが、ジークが世間から注目されている理由はそれだけではない。彼が、この神聖ミカエル帝国の中で一際目立つイケメンであることも、注目の要因だ。
ジーク・ヘルツォーク……身長178センチ、体重60キロの彼は、剣を扱うにしては細身でしなやかな男性である。
その剣の腕もさることながら、頭の方も抜群に優れており、軍師としても期待されていた。
そして、生まれつきサラサラの黒髪と透き通るような切れ長の青い瞳は、殆どの女性が虜になる天から授かった美貌と言えよう。声色は低音ながらも甘さを含んでおり、耳元で囁かれた女は皆、心が蕩けてしまうという噂。
さらに彼が素晴らしいのは、外見や家柄のみならず、その気さくな性格も利点といえる。身分制度の風習に囚われている神聖ミカエル帝国において、ジークは気に入れば平民であっても自らのギルドへと加入させた。
不思議と若い女性の仲間が多いのが気になるが、それもジークが女性に好かれる証拠だろう。
気がつけば、ジークの通称は『ハーレム勇者ジーク』に固定されていた。
そんな完璧超人ジーク様の花嫁になれるなんて、一般の娘なら卒倒ものだが、ジークから発せられる『圧』は何故かヒルデ嬢にだけは効かなかった。
かつてジークはヒルデ嬢に、自らのハーレムメンバー入りを申請したことがあった。だが、仲間のハーレム要員達が大奥や後宮ばりの嫌がらせをヒルデに行うため、はっきりと仲間入りを断っているのだ。
「わたくし、あなたとはお付き合い出来ません。ハーレム要員として生きるつもりは、ございませんので。それにこの国は、ご神託で結婚相手が決まります。わたくしはその結果に身を委ねますゆえ、失礼」
「唯一、僕に落ちない悪役令嬢ヒルデ・ルキアブルグ。いつか必ずキミを……オトすっ」
とかなんとか、傷心気味のジーク様が夕日の沈むエーデ海を眺めながら、決意を固めていたという都市伝説まであった。
それはそうと、まさかご神託の相手がジーク本人だったとは。神様も一体何を考えているのやらと、ヒルデは愕然とする。何万分の1の確率くらいは、旧知の中のフィヨルドが相手になる可能性だってあったはずだ。
気がつけば、得意の癇癪で怒鳴り散らしたヒルデは、他の貴族の注目の的だ。
「ねえ、ヒルデ嬢が癇癪持ちになったのってやっぱり、ジーク様の取り巻き女性が原因かしら?」
「ヒルデ嬢も昔は捻くれていなくて、優しいお嬢さんだったのに。ジーク様を愛するあまり、嫉妬で心が病んでいるのだろう。それにヒルデ嬢の元カレの王子様に至っては、雷で人が変わってしまったとか。あんなにお美しいのに、不幸が次々と襲って病んでいるんだよ」
「なんで、シビュラ様、いや。ご神託の神様は、お二人を結びつけるような真似を。傍目から見ても、側室達との共同生活を嫌がっているのに。だがしかし、元カレと噂のフィヨルド王子は雷事件で復縁は難しそうだし。これも試練というものか」
しかも、何故かジークを好きなあまり、嫉妬に狂っておかしくなったという余計な解釈まで付いている。フィヨルドに至っては、事故で復縁不可能な元カレ扱いだ。
遠くの席からも聞こえてくる噂話と、周囲の貴族達の同情にも似た視線が、ヒルデとその父に突き刺さる。
「はっはっは! なんだ、照れ隠しかな、ヒルデ。いやぁうちの娘は、ちょっぴり焼きもちが過ぎる性分でねぇ。大好きな幼馴染みのジークどのと一緒になれる喜びで、気分が高揚しているのでしょう。それでは、シビュラ様、皆様。我々はこれで失礼します」
「お父様っ! 誤魔化さないで下さいなっ。どうして、わたくしだけがハーレム勇者の花嫁なんですのっ。他の貴族の娘はみんな、一夫一妻、一蓮托生のご神託を頂いているのにっ」
人生のターニングポイントを季節や天候に例えるのであれば、おそらく恋愛や結婚は『春が来た』と表現するのが一般的だ。そして、まるで御伽話の悪役のように捻くれていて我儘だと評判の、深窓の令嬢ヒルデにも、きっちりと人生の春は訪れた。
半ば、強制的に。本人の意思は完全に無視して、だが。
騒ぐ娘を父が引っ張りミンクのコートを羽織らせて、神殿前で待たせていた黒塗りの高級車へと乗り込む。凍える程の寒い風が、今後の彼女の受難の人生を示すかの如く、襲いかかる。
「一夫多妻制の結婚なんて、絶対に、絶対に、嫌ですわ! あぁご神託の神よっ。聞いていますの? わたくし、ヒルデ・ルキアブルグは、なんとしてでもこのご神託なかったものとさせて頂きますっ! やり直し、やり直しだわっ」
遠ざかる丘の上の神殿を高級車の窓から怨めしく見つめ、悪役令嬢と呼ばれる娘がご神託のやり直しを訴える。ヒルデの人生にとって今日という日は、真冬の荒ぶる寒波といったところだろう。
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