Re:二周目の公爵令嬢〜王子様と勇者様、どちらが運命の相手ですの?〜

星井ゆの花(星里有乃)

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第1章 一周目

第03話 ご令嬢が変わった理由

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「ヒルデ嬢。あなた様の夫となる方が、遂にご神託で決定しましたよ」

 異国の装束姿の巫女シビュラが、御神籤を片手に『ある貴族のご令嬢』の元へと吉報を運ぶ。シビュラというのは巫女の総称で、神のご意志を霊感によって感知できる霊能力者達のことを指す。
 おかっぱに切り揃えられた黒髪をわずかに揺らし、ゆっくりと歩く巫女シビュラの姿は、答えを焦らしているかのようだ。

「あぁシビュラ様。結果が出ましたのね。それでっ! お相手の名前はなんと仰いますの? わたくしの夫となる方のお名前はっ」

 ご神託儀式場前の待ち合い室では、ヒルデと呼ばれた娘が覚悟を決めたように長椅子から立ち上がった。祝辞を述べるシビュラに、詰め寄るような態度で、ご神託の結果報告を迫る。

 ヒルデ嬢の長いラベンダー色のロングヘアには、ザクロ石の髪留めが輝く。権力者のみが着ることを許されるミンクのコートを脱いで、颯爽と歩く姿は、まるで神話の女神が現実化したような美しさだ。
 ワンショルダーの赤ワンピースには、白いシャツと黒いリボンが清楚かつ胸元を強調しており、『童貞を殺す』テイストでエロ可愛い。手にしたハンドバッグも、足元を守るブーツも全て、一流デザイナーによるオートクチュールだ。
 シンプルな身なりだが、その品のひとつひとつが最高級であることから、彼女が神聖ミカエル帝国でも特に『上流』の貴族であることが察せられた。

 そんな、正真正銘貴族社会のお嬢様であるヒルデの花婿になる男性とは、一体どんな男なのか。神の采配を伝えるべく、花のような笑顔でシビュラが御神籤の白い紙を手渡した。

「うふふっ。このシビュラも、采配に驚いたのですが。まさに、奇跡と言うべきか、神様もよく分かっていらっしゃる。なんとっ。ヒルデ様のお相手は英雄王の末裔で、神聖ミカエル帝国の勇者様代表、稀代の美青年ジーク様ですっ。しかも、世の女性憧れの正妻ですよっ。もし、ジーク様がご神託で次期国王に選ばれた暁には、ヒルデ様は王妃様になる可能性も!」

 御神籤には無情にも、【ご神託、『ヒルデ・ルキアブルグ』と『ジーク・ヘルツォーク』を本日を以て夫婦と認める。ヒルデの身分は正妻とし、他の側室候補と同居を義務とする】などの文字。
 殆どのご神託では、一夫一妻制の結果が出てくるのが常だが。残念ながら、古代英雄王の末裔であり世界を救った勇者様ジークには、子孫を絶やさないために一夫多妻制が義務付けられていた。
 ちなみに、先ほど巫女が興奮気味に語っていたことからも分かると思うが、次期国王にジークがなれるか否かすらご神託次第である。

「ちょっと、待って下さいな。それ相応のお金は、お支払いしますわ。その御神籤、どこかおかしいのでやり直してくれませんこと?」
「そ、そう申されましても。規則は規則ですので」
「だからっ! 袖の下とか、黄金色のお菓子で、どうにかしろと言っているのよっ。うちの下宿人でフィヨルドっていうのがいるから、その名前に変えて頂戴っ。フィヨルドはわたくしに逆らわないし、そういう関係を喜んでいる。それに噂だと小国の第4王子なのよ、他国との関係も良好になるわ。わたくしとフィヨルドが結婚すれば、万事解決よっ」

 ヒルデが悪役全開で、『黄金色のお菓子』を無理やり袖の下へと渡そうとする。いざとなると、やはり旧知の中のフィヨルドの名に頼らざるを得ないあたり、ヒルデは未練タラタラである。
 だが、信仰深いシビュラの巫女には、あっさり拒否されてしまう。それどころか、この良き御神籤の結果を大勢の人々に公表すべく、代表の巫女が大声で高らかに叫んだ。

「おめでとうございます! ヒルデ・ルキアブルグ嬢の運命の相手は、なんとっ。我が神聖ミカエル帝国が誇る英雄王・勇者ジーク様ですっ」


(しまった! いきなり他の貴族の前で、結果発表しやがりましたわっ)


 来場者の殆どがまさかの有名人の名に『わぁ!』と、感嘆の声をあげる。もしかすると、自分の娘こそが稀代の美青年ジークの花嫁に相応しく思っていたという者も、中にはいるだろう。
 なんといっても、彼はこの神聖ミカエル帝国の独身男性の中で、最も輝かしい『次期国王候補の勇者様』なのだから。

 この采配には、ヒルデの父親も思わずニンマリの大満足だろう……多分。麗しく育った自慢の娘の細い肩を、ポンポンと軽く叩いて労いの言葉をかけてやる。ただ単に、諦めムードなのかも知れないが。

「いやぁ。今回のご神託は、どうなる事かと気を揉んでいたが。よもや、旧知の中のジークどのが、ヒルデの運命の相手とは。しかも、そのポジションは、正妻ときたもんだ。数日中には、ジークどのの側室選抜を行うだろうが。これで、我がルキアブルグ家も安泰だな。そういうことにしておこう」
「わたくしの結婚相手が、例のハーレム勇者ジーク? 嘘でしょ! あの、英雄王の血統と顔だけが取り柄の女好きハーレム野郎が、運命の男性? しかも、正妻って。これから選抜される側室連中って、どうせ例のハーレム要員達に決まってますわ」

 ジークは半年前まで、煉獄のドラゴン討伐の冒険を行なっており、その仲間達は何故か選りすぐりの美少女ばかりだった。神聖ミカエル帝国の市民なら、『勇者ジークと美しいハーレムメンバー』のことを知らない者はいない。
 その一方で、ジークの想い人は幼馴染みのご令嬢ヒルデ、と囁かれていたはずだが。やはり、ジークを囲む女性陣とヒルデ嬢は、仲がよろしくないのだろう。

「これこれ、ジークどのの冒険仲間達を、そのような無粋な渾名で呼ぶでないぞ。まぁ普通に考えて側室は、そのメンバーから選ぶのだろうが」
「やっぱり! 例の集団と、一緒に暮らすのが決定しておりますのっ? 嫌ですわっ。ジークだけなら、幼馴染みのよしみと長年の慣れで、我慢が出来るものの。あのハーレム要員どもと一緒に暮らすなんて、耐えられませんわっ」

 人前であることも忘れ、夫となる男とその側室候補を興奮気味に悪く語る姿は、まるで悪役のようである。だが、世間では既にヒルデというご令嬢は、『御伽話に出て来る悪役令嬢』のようだともっぱらの評判だった。
 そして、誰もが認める美人の彼女が捻くれてしまった原因が、幼馴染みジークの派手な女性関係であることも。
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