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第1章 一周目

勇者ジーク目線:02

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「ヒルデとの婚約が内定したと聞いて、飛んで参りました。面会させて頂けますでしょうか?」
「まぁ。実は、ヒルデ嬢は今風邪で寝込んでおりまして」

 喜び勇んでルキアブルグ邸を訪れると、あいにくルキアブルグ公爵は留守、ヒルデは病気で寝込んでいるとのこと。僕とて馬鹿ではないので、ヒルデが僕との婚約を嫌がっているのを充分承知している。
 その嫌という感情が、僕を取り巻く女性達への嫉妬からくるものだということも認識していた。

 ヒルデ嬢に僕の訪問を密告するべく暗躍中のフィヨルド君の影をチラホラ感じながらも、出されたお茶を客間で大人しくいただく。

「ふうん。アップルティーだね、いい香りだ」

 子供の頃に短命のお告げを受けている身としては、いつも他所で飲むお茶や食事に警戒しているわけだが。毒でも入っているのでは、と疑うことも度々あるけれど、このルキアブルグ邸ではそういったことは一度も起きていない。毒舌気味のメイドさんから、嫌味を言われるくらいだろうか。


 ついに痺れを切らした僕は、天から賜った美貌を活かしてちょっとした色仕掛けで面会の許可を取り付ける。ようやくヒルデの自室手前へと案内されるが、血相を変えたメイドさんがすぐさま部屋から出てきて、ヒソヒソと相談中。

「どうしましょう? まさか、ヒルデ様とフィヨルドが駆け落ちを」
「男女のアレコレを、あの2人が」

 おいおい、内緒話のつもりだろうが、僕にもバッチリ聞こえているよ。どうやら、部屋の中でヒルデとフィヨルドが男女のアレコレをしているんじゃないか、と憶測が飛び交っていた。

 ごく普通の年頃の男性であれば、ヒルデ嬢に手を出すことが出来るだろうが、フィヨルド君は訳ありだ。彼は僕がかけた呪いによって、頭の中に雷を飼っているはずだ。
 そのせいで、他の男性に比べてそういう欲求が低く、よくてもパンチラやブラチラレベルのラッキースケべで満足するはず。なので、本格的な男女のアレコレは、今のところ出来ないはずなのだが。

「申し訳ございません。しばらくお待ちください」
「どんなに不器用なお嬢様のヒルデだって、着替えに10分以上かかることはないだろう。よし、今から5分間だけ待っていてあげる。それ以上経ったら、強行突破で様子を見に行くから」
「えぇっ? たった5分でヒルデ様もアレコレを済ませられるかは、いやその……はい。分かりました」

(いや、待てよ。フィヨルド君の方が呪いで男性としての欲望がパンチラ、ブラチラレベルだとしても、ヒルデの方はごく普通の十七歳の女性じゃないか。僕との婚約を破棄するためにフィヨルド君を誘惑して、アレコレしようものなら、万が一ってことも)

 平静を装うものの内心ヒヤヒヤしてきて、5分も待てる余裕がない。仕方なく、秒針が5秒たったところでカウントを切り上げて、素早く部屋のドアを開ける。

 嫌な予感が的中し、胸元を開けたヒルデがフィヨルド君を絶賛誘惑中だった。ただ単に、ブラのホックが取り外し出来なくて、知恵の輪名人の彼に装着させているだけなのだが。分かっていても、嫉妬でどうにかなってしまいそうだ。

 あの日、僕の運命を変えた小学5年生の頃に聞いたご神託が、頭の中でこだまする。

『ヒルデ・ルキアブルグ嬢の運命の相手は、自然溢れる小国の第4王子フィヨルド君です。美男美女の2人は次第に惹かれあい、やがて一男一女に恵まれ、平和な家庭を築くでしょう』

『ジーク様は、残念ながらご結婚される前に天に、召される運命となります。子孫は望めないかと』


 ヒルデはフィヨルド君と結ばれて、僕は子孫すら残さず早死にする。それが、本来の神が計画した僕らの運命図だった。
 巫女シビュラが口寄せで手繰り寄せた残酷な未来を今、身をもって体感しているのだろうか。いや、まだヒルデとフィヨルド君は結ばれていないし、だいたい僕の死の運命は父が自らの命と引き換えに受けてくれたはずだ。

(あの日、僕の代わりに死んだ父さんのためにも、ここで僕は彼女を諦めるわけにはいかない)

 すると、2人が言い訳がましく現状をやんわりと否定し始めた。

「きゃあっ! ジーク、何考えておりますの。今、わたくしは着替えの最中ですのよ。見ての通り、ブラジャーのホックがきちんと嵌まらなくて大変なのですから」
「じ、ジークさんっ申し訳ありません。今現在ヒルデお嬢様は、知恵の輪レベルの難解な下着取り付け作業の真っ最中です。どうか、もうしばらくお待ちを……」

 一見すると馬鹿みたいな言い訳だが、この2人は運命の赤い糸で結ばれている。どんなアホみたいなきっかけであっても、結ばれるように神が導いているのだろう。
 けれど僕は運命の神に逆らってでも、2人の中を引き裂きヒルデを我がものとすると決めたのだ。

 だいたい、相手が訳ありのフィヨルド君でなかったら、とっくにヒルデは純血を奪われているだろう。むしろ、すぐ近くにいるのがフィヨルド君で、良かったと言える。

(どうする、怒った雰囲気でフィヨルド君を引っ叩く? それとも蹴り倒す? いやいやそれじゃあ、潔白を主張しているヒルデやフィヨルド君相手に、僕が悪者扱いだ。ここは極めて冷静なキャラで貫き、上手く言いくるめて。この場から、メイドさん達とフィヨルド君を退場させよう)

 後付け推理小説でもやらないような超展開で、なんとかヒルデ以外の面々を納得させて、2人っきりになることが出来た。

 そして、ヒルデのオートクチュールの洋服デザイナーの正体が僕であることを黙っていた件について、酷いと責め始めた。だが、いつもツンツンしているヒルデから珍しく『ありがとう』なんて、お礼を述べられて悪い気はしない。
 俗に言う、ツンデレ悪役令嬢の貴重な『デレ』の部分を頂いたのだろう。結局、僕は惚れている女の子に弱いのだ。

「酷いのはキミの方だよ、ヒルデ。あのまま、何かの間違いでキミとフィヨルドが一線を越えてしまったら、僕はこの場で彼を殺すところだった。童貞を殺す服なだけに……ね。キミは美しいのだから、もっと自覚しないと」

 自分でもつい口を滑らせてしまった『殺す』というセリフに思わずゾッとして、うまく『童貞を殺す服』という名称とかけた洒落と言う設定で誤魔化す。僕は自分でも気がつかないうちに、嫉妬という名の悪魔を飼っているのだろう。

「わたくし、生まれてから一度もジーク以外の男性に狙われたことなんてありませんわ」

 上目遣い気味に僕を見上げるヒルデは、何かをねだるような『女』の表情をしていた。見た目をどんなに麗しくメイクや洋服で着飾っても、どこかオテンバが抜けきれないガサツさの残る少女が垣間見せた艶かしい『女』の一面。まだ、男を知らない少女の背伸びをしたがる熱い眼差し。

 この瞬間をモノにできなくては、きっと一生後悔する。

「それはね……僕がいつも。キミを他の男から、守っているせいだよ」

 精一杯の甘い声で、決死の覚悟でヒルデの唇を奪いに行く。震える小さな唇はとても甘く柔らかで、先ほど飲んだアップルティーなんか比べ物にならないくらいだった。

 きっと僕にとって楽園の禁断の果実とは、ヒルデの甘美な唇のこと。それが、神によって禁止されたものだとしても、僕は狂おしく欲してやまないのだ。

 ――例えその唇に触れることで、自分の命と引き換えることになったとしても。
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