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第1章 一周目
勇者ジーク目線:01
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「おめでとうございますジーク様、本日のお告げによってジーク様とヒルデ・ルキアブルグ嬢の婚約が内定した模様です」
「ようやくこの日が来たか。ご苦労、下がっていいよ」
所属するギルドのリーダー専用執務室で、ブラックコーヒーを飲みながら仕事をしていると、執事がおめでたいニュースを届けてくれた。
念願叶って、長いこと狙っていたヒルデ・ルキアブルグ嬢と僕の婚約が、内定したのだ。
我が神聖ミカエル帝国は、神殿のお告げによって結婚相手を決めるしきたりがあり、それは貴族にとって絶対だった。
娘が十六歳になるまでに配偶者を見つけられれば、お布施とともに申請書を提出して好きな相手と結婚することも可能。けれど、その期限を過ぎると一応はお告げによって決められた相手と婚約となる。
契約内容に引っかかるような事情がある以外は、婚約解消するには莫大なお布施がいる。そのため、よっぽど双方気が合わないなどの理由がなければ、そのままお告げの相手と結婚してしまうのだ。
正確には、煉獄のドラゴン退治によって得た『英雄の権利』を使ってヒルデとの婚約が決まるように『お告げを自分の望むように改変した』のだけれど。
鏡を見ずとも、自分の口角が自然と上がっているのが分かってしまう。
「くくくっ。勝った、勝ったぞぉおおっ。僕は、お告げの神に勝ったのだっっ。何度口説いても、僕に落ちなかったあのヒルデがっ。『天の神からのお告げを操作する』という強制手段で、ついに僕のものになるっ。くくく、可愛いヒルデ、美しいヒルデ、純潔の処女がついに僕によって汚されるっ。所詮、『この世の神』たる僕からは逃れられないっ。そうだ。今日から僕が神だぁああっ」
稀代の美青年と謳われているこの僕に何度アタックされても、なかなか心を動かしてくれなかった頑固なご令嬢、それがヒルデ・ルキアブルグ嬢だ。見た目の麗しさもさることながら、彼女のプライドの高さも僕の支配力を刺激していた。
あの小生意気で可愛いらしい唇を、僕の口付けで甘く蕩けさせる日が来るのをどんなに心待ちにしていたか。
「そうと決まれば、さっそくプロポーズに行かないと。ついでに、あのお屋敷で下宿している小国の第4王子フィヨルド君の『間抜けヅラ』でも拝んでくるか。くくくっ。本物のお告げの相手であるフィヨルド君の目の前で、ヒルデを奪ってやるっ!」
僕は、ヒルデの真の運命の相手『小国の第4王子フィヨルド君』に勝てたことも含めて、至上の喜びに浸っていた。本来、ヒルデが運命の赤い糸で結ばれるはずだったのは、何を隠そうフィヨルド君である。
2人を深く結びつけていた『運命の赤い糸』は、僕が用意した『ゴルディアスの結び目』にとって変わられた。誰も解くことが出来ないことで知られる神の結び目、それが『ゴルディアスの結び目』だ。
僕が生み出したがんじがらめの結び目は、ヒルデの運命を『支配』という名で拘束出来る。これほど喜ばしいことが、今まであっただろうか?
父の形見であるアンティークの懐中時計を懐にしまい、上等の黒いコートを羽織る。海の香りのする香水をひと吹き。サラサラの黒い髪、透き通るような青い瞳、スタイルの良い手足、鏡に映る僕の姿は、どこからどう見ても完璧だった。
「あら、ジーク様。お出かけですか?」
「ああ、緊急で用事が出来たからね。本日のギルド業務は、これで終了させていただくよ。他のギルド所属者には、ランクに合ったお使いクエストなどをこなすようにと伝えて」
「はいっ。お気をつけて」
あとの業務はギルドの受付嬢に任せて、運転手に命じてルキアブルグ邸まで車を走らせる。
(さて、運命に介入すると何が起こるか楽しみだ。天国の父さん、見てておくれ。僕は、何があっても運命に負けないよ)
ヒルデとフィヨルドの運命は、意外と脆かっただけだろうか。僕が間に入り、見事に赤い糸を切り裂くまでの紆余曲折を、高級車の後部座席に持たれながら振り返っていた。
* * *
あれは忘れもしない、小学5年生のある日。両親がお守りをもらいに、僕を例の神殿に連れて行ってくれた日のことだ。その日は神殿で子供向けのお祭りが行われていて、お守り付きの占い御神籤も多数揃えられていた。
「学問コイン占い、健康星占い、恋の水晶占い。いろいろあるわね、ジーク。やっぱり男の子は健康星占いかしら」
「ねえ、母さん。僕、恋の水晶占いがしたいんだけど。ヒルデちゃんと僕が将来結ばれるか、気になるんだ」
ごく一般の家庭では、思春期に突入したての小学5年生男子が、実母に好きな女の子について語るのは珍しいだろう。だが、我が家は英雄王の末裔という家柄から、結婚相手を早く決めなくてはいけなかったため、こういう話はオープンだった。
まだヒルデは僕より3歳年下で小学2年生だったが。ぶっちぎりの美少女で将来有望だったため、いち早く目をつけていたのである。
「まぁ! ジークたらっ。よっぽどヒルデちゃんのことが、好きなのね」
「ふむ。確かにあの家と結びつきが出来るか否かで、我が一族の命運もだいぶ変わるだろう。よし、本格的に巫女シビュラを呼んでみてもらうか」
親バカで金持ちの僕の両親は、金にものを言わせて本格的なご神託が出来る巫女シビュラを呼びだし、僕とヒルデの恋占いを依頼した。今思えば、我が神聖ミカエル帝国でも大地主であるルキアブルグ家とのご縁は、両親としてもぜひ結びたいものだったのだろう。
神殿内部の密室にまで赴くと、3人とも椅子に座らされた。細く切られた竹をシャラシャラと回して、卦をみていく。さらに、ヒルデと僕のホロスコープの相性を調べて、水晶玉で未来を透視したりもしてもらった。だが、本格的な占いはお世辞を使わない主義なのか、あまり芳しい結果が出てこない。
あらゆるタイプの占いを行った結果、最終的に神からのご神託をもらう『口寄せ』を行った。そして、シビュラを通して伝えられる巫女の口から出てきた答えは、とても残酷なものだった。
「ヒルデ・ルキアブルグ嬢の運命の相手は、自然溢れる小国の第4王子フィヨルド君です。美男美女の2人は次第に惹かれあい、やがて一男一女に恵まれ、平和な家庭を築くでしょう」
僅かな可能性でもいいから、お世話でもいいから、相手はジークだと言えば良いものの。ご神託の巫女が告げたのは、どんな顔とも分からないフィヨルドとかいう謎の王子だった。
失恋確定、酷いお告げが下ってしまう。しかし、お告げはそこでは終わらなかった。
「そ、そんな。ねえ、お願いです。ジークの恋が成就する方法とか、アドバイスとか」
「ジーク様は、残念ながらご結婚される前に天に召される運命となります。子孫は望めないかと」
「おっおい。言っていい事と、悪い事があるぞっ。もういい、口寄せは辞めだっ」
失恋確定宣告だけなら百歩譲って許せたものの、僕に関しては子孫すら残せず若くして死ぬという。
「フィヨルド? 誰だよ、それ。そんなやつ知らないよ。ヒルデちゃんが僕以外の男と。しかも、僕って子孫も残さず死ぬほど、短命だったんだ。どうして、どうして……うわぁあああんっ」
「あっジーク、待ちなさいっ」
「ジーク、落ち着いてっ。おいっ。なんて、酷いお告げをっ」
あまりの展開に、激昂する両親。僕は自らの死という残酷なお告げに耐えきれず、涙をこぼしつつその場から逃げた。
興奮した僕は、両親の制止を振り切って祭りの喧騒に揉みくちゃにされながら、走って家まで帰ろうとした。神殿の丘から自宅までは子供の足では相当な距離のはずだが、勇者の資質があった僕にはさほど苦ではない、そう考えていた。
けれど、所詮は小学5年生の子供。足を挫いてしまいフラフラとしながら、道の途中で倒れそうになり。やがて催事用の一台の馬車が、僕の目の前で暴走してきて……。
「ジーク、危ないっ」
ドンッッッ!
暴れ馬に轢き殺されそうになった僕を庇ったのは、他でもない僕の父だった。英雄王の血を引く父は、普通の人間よりは頑丈なはずだが。僕を庇ったせいで、受け身を取るのが遅れた。
「うぅ……ジーク、お前なら大丈夫だ。死の運命は、お父さんが引き受けたぞ。お前は、運命に負けるな」
「父さん、父さん。ねえ、死んじゃ嫌だよ。父さぁあああんっ」
父が遺してくれた最後の言葉は、『運命に負けるな』という一般的な言葉だった。おそらく、人生の紆余曲折にめげずに生きていけという、父親らしい言葉を遺してくれたのだろう。
だけど、僕はあの日から。ヒルデへの恋心に拘ってしまったばっかりに、結果として父を死なせてしまったことを延々と後悔するのだ。
――そして、僕はある決意をする。
運命を捻じ曲げてでもあの日のご神託を覆し、ヒルデと結ばれることが父に対する弔いなのだと。
運命の神に挑戦することが、父への償いなのだと、考えるようになっていった。
「ようやくこの日が来たか。ご苦労、下がっていいよ」
所属するギルドのリーダー専用執務室で、ブラックコーヒーを飲みながら仕事をしていると、執事がおめでたいニュースを届けてくれた。
念願叶って、長いこと狙っていたヒルデ・ルキアブルグ嬢と僕の婚約が、内定したのだ。
我が神聖ミカエル帝国は、神殿のお告げによって結婚相手を決めるしきたりがあり、それは貴族にとって絶対だった。
娘が十六歳になるまでに配偶者を見つけられれば、お布施とともに申請書を提出して好きな相手と結婚することも可能。けれど、その期限を過ぎると一応はお告げによって決められた相手と婚約となる。
契約内容に引っかかるような事情がある以外は、婚約解消するには莫大なお布施がいる。そのため、よっぽど双方気が合わないなどの理由がなければ、そのままお告げの相手と結婚してしまうのだ。
正確には、煉獄のドラゴン退治によって得た『英雄の権利』を使ってヒルデとの婚約が決まるように『お告げを自分の望むように改変した』のだけれど。
鏡を見ずとも、自分の口角が自然と上がっているのが分かってしまう。
「くくくっ。勝った、勝ったぞぉおおっ。僕は、お告げの神に勝ったのだっっ。何度口説いても、僕に落ちなかったあのヒルデがっ。『天の神からのお告げを操作する』という強制手段で、ついに僕のものになるっ。くくく、可愛いヒルデ、美しいヒルデ、純潔の処女がついに僕によって汚されるっ。所詮、『この世の神』たる僕からは逃れられないっ。そうだ。今日から僕が神だぁああっ」
稀代の美青年と謳われているこの僕に何度アタックされても、なかなか心を動かしてくれなかった頑固なご令嬢、それがヒルデ・ルキアブルグ嬢だ。見た目の麗しさもさることながら、彼女のプライドの高さも僕の支配力を刺激していた。
あの小生意気で可愛いらしい唇を、僕の口付けで甘く蕩けさせる日が来るのをどんなに心待ちにしていたか。
「そうと決まれば、さっそくプロポーズに行かないと。ついでに、あのお屋敷で下宿している小国の第4王子フィヨルド君の『間抜けヅラ』でも拝んでくるか。くくくっ。本物のお告げの相手であるフィヨルド君の目の前で、ヒルデを奪ってやるっ!」
僕は、ヒルデの真の運命の相手『小国の第4王子フィヨルド君』に勝てたことも含めて、至上の喜びに浸っていた。本来、ヒルデが運命の赤い糸で結ばれるはずだったのは、何を隠そうフィヨルド君である。
2人を深く結びつけていた『運命の赤い糸』は、僕が用意した『ゴルディアスの結び目』にとって変わられた。誰も解くことが出来ないことで知られる神の結び目、それが『ゴルディアスの結び目』だ。
僕が生み出したがんじがらめの結び目は、ヒルデの運命を『支配』という名で拘束出来る。これほど喜ばしいことが、今まであっただろうか?
父の形見であるアンティークの懐中時計を懐にしまい、上等の黒いコートを羽織る。海の香りのする香水をひと吹き。サラサラの黒い髪、透き通るような青い瞳、スタイルの良い手足、鏡に映る僕の姿は、どこからどう見ても完璧だった。
「あら、ジーク様。お出かけですか?」
「ああ、緊急で用事が出来たからね。本日のギルド業務は、これで終了させていただくよ。他のギルド所属者には、ランクに合ったお使いクエストなどをこなすようにと伝えて」
「はいっ。お気をつけて」
あとの業務はギルドの受付嬢に任せて、運転手に命じてルキアブルグ邸まで車を走らせる。
(さて、運命に介入すると何が起こるか楽しみだ。天国の父さん、見てておくれ。僕は、何があっても運命に負けないよ)
ヒルデとフィヨルドの運命は、意外と脆かっただけだろうか。僕が間に入り、見事に赤い糸を切り裂くまでの紆余曲折を、高級車の後部座席に持たれながら振り返っていた。
* * *
あれは忘れもしない、小学5年生のある日。両親がお守りをもらいに、僕を例の神殿に連れて行ってくれた日のことだ。その日は神殿で子供向けのお祭りが行われていて、お守り付きの占い御神籤も多数揃えられていた。
「学問コイン占い、健康星占い、恋の水晶占い。いろいろあるわね、ジーク。やっぱり男の子は健康星占いかしら」
「ねえ、母さん。僕、恋の水晶占いがしたいんだけど。ヒルデちゃんと僕が将来結ばれるか、気になるんだ」
ごく一般の家庭では、思春期に突入したての小学5年生男子が、実母に好きな女の子について語るのは珍しいだろう。だが、我が家は英雄王の末裔という家柄から、結婚相手を早く決めなくてはいけなかったため、こういう話はオープンだった。
まだヒルデは僕より3歳年下で小学2年生だったが。ぶっちぎりの美少女で将来有望だったため、いち早く目をつけていたのである。
「まぁ! ジークたらっ。よっぽどヒルデちゃんのことが、好きなのね」
「ふむ。確かにあの家と結びつきが出来るか否かで、我が一族の命運もだいぶ変わるだろう。よし、本格的に巫女シビュラを呼んでみてもらうか」
親バカで金持ちの僕の両親は、金にものを言わせて本格的なご神託が出来る巫女シビュラを呼びだし、僕とヒルデの恋占いを依頼した。今思えば、我が神聖ミカエル帝国でも大地主であるルキアブルグ家とのご縁は、両親としてもぜひ結びたいものだったのだろう。
神殿内部の密室にまで赴くと、3人とも椅子に座らされた。細く切られた竹をシャラシャラと回して、卦をみていく。さらに、ヒルデと僕のホロスコープの相性を調べて、水晶玉で未来を透視したりもしてもらった。だが、本格的な占いはお世辞を使わない主義なのか、あまり芳しい結果が出てこない。
あらゆるタイプの占いを行った結果、最終的に神からのご神託をもらう『口寄せ』を行った。そして、シビュラを通して伝えられる巫女の口から出てきた答えは、とても残酷なものだった。
「ヒルデ・ルキアブルグ嬢の運命の相手は、自然溢れる小国の第4王子フィヨルド君です。美男美女の2人は次第に惹かれあい、やがて一男一女に恵まれ、平和な家庭を築くでしょう」
僅かな可能性でもいいから、お世話でもいいから、相手はジークだと言えば良いものの。ご神託の巫女が告げたのは、どんな顔とも分からないフィヨルドとかいう謎の王子だった。
失恋確定、酷いお告げが下ってしまう。しかし、お告げはそこでは終わらなかった。
「そ、そんな。ねえ、お願いです。ジークの恋が成就する方法とか、アドバイスとか」
「ジーク様は、残念ながらご結婚される前に天に召される運命となります。子孫は望めないかと」
「おっおい。言っていい事と、悪い事があるぞっ。もういい、口寄せは辞めだっ」
失恋確定宣告だけなら百歩譲って許せたものの、僕に関しては子孫すら残せず若くして死ぬという。
「フィヨルド? 誰だよ、それ。そんなやつ知らないよ。ヒルデちゃんが僕以外の男と。しかも、僕って子孫も残さず死ぬほど、短命だったんだ。どうして、どうして……うわぁあああんっ」
「あっジーク、待ちなさいっ」
「ジーク、落ち着いてっ。おいっ。なんて、酷いお告げをっ」
あまりの展開に、激昂する両親。僕は自らの死という残酷なお告げに耐えきれず、涙をこぼしつつその場から逃げた。
興奮した僕は、両親の制止を振り切って祭りの喧騒に揉みくちゃにされながら、走って家まで帰ろうとした。神殿の丘から自宅までは子供の足では相当な距離のはずだが、勇者の資質があった僕にはさほど苦ではない、そう考えていた。
けれど、所詮は小学5年生の子供。足を挫いてしまいフラフラとしながら、道の途中で倒れそうになり。やがて催事用の一台の馬車が、僕の目の前で暴走してきて……。
「ジーク、危ないっ」
ドンッッッ!
暴れ馬に轢き殺されそうになった僕を庇ったのは、他でもない僕の父だった。英雄王の血を引く父は、普通の人間よりは頑丈なはずだが。僕を庇ったせいで、受け身を取るのが遅れた。
「うぅ……ジーク、お前なら大丈夫だ。死の運命は、お父さんが引き受けたぞ。お前は、運命に負けるな」
「父さん、父さん。ねえ、死んじゃ嫌だよ。父さぁあああんっ」
父が遺してくれた最後の言葉は、『運命に負けるな』という一般的な言葉だった。おそらく、人生の紆余曲折にめげずに生きていけという、父親らしい言葉を遺してくれたのだろう。
だけど、僕はあの日から。ヒルデへの恋心に拘ってしまったばっかりに、結果として父を死なせてしまったことを延々と後悔するのだ。
――そして、僕はある決意をする。
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