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第1章 一周目
第11話 焚書に記された歴史
しおりを挟む知恵の輪大会のスケジュールに合わせて、フィヨルドは神聖ミカエル帝国の地に初めて足を踏み入れた。七つの丘にそれぞれの神殿を持つ、神話の世界のような景観と、アンバランスにビルが立ち並ぶ光景。まるで、古代と未来がうまく合わさったような不思議な国である。
「うわぁ! なんだか、別の世界に足を踏み込んでしまったみたいだねっ。古い神殿もデザイナーが手掛けたビルも、写真で見るよりずっと大きいや」
「うふふ、そうでしょうフィヨルド。お母さんは、公務の関係で国へ帰らなくては行けないけれど。あなたはしばらくの間、ルキアブルグ家で下宿をすることになったから。ええと、この辺りで待ち合わせを……」
母や護衛に連れられてながらもフィヨルドは空港の展望台から見える景色に夢中だ。すると、フィヨルドより3歳ほど小さな女の子を連れた紳士が、フィヨルド親子に手を振っている。
「やぁようこそ神聖ミカエル帝国へ、んっキミがフィヨルド王子だね。一応、普段は身分がバレないようにフィヨルド君と呼ぶことになっているけれど。いいかな?」
「はい、お初にお目にかかります。ルキアブルグ公爵、えっと……もしかしてその女の子が?」
「ええ。フィヨルド君のお見合い相手となるうちの娘の……これ、ヒルデ。きちんと挨拶なさいっ」
少女はよっぽど人見知りなのだろうか、初対面のフィヨルドに顔を見られたくないようで、父の手を繋ぎそっぽを向いている。落ち着きがないようでひらひらとした花柄のワンピースが、時折揺れていた。
(なんだ、お見合いと言うから同い年くらいの子かと思って緊張していたけど。想像よりも、ずっと子供じゃないか。今は遊び相手が、必要なだけなんだろう)
お見合い相手の想定外の若さに肩の荷が降りた感覚で、フィヨルドは年上らしく優しく少女に接する。
「はじめまして、お嬢さん。オレ、フィヨルドって言います。お名前は……?」
なるべく相手を怖がらせないように、まるで壊れ物を扱うような丁寧な仕草で少女に接すると。警戒心が解けたのか、少女がようやく顔を上げた。
「ヒルデよ、わたくしの名はヒルデ・ルキアブルグ」
ヒルデが顔を上げた瞬間、フィヨルドは雷に撃たれたような衝撃を受けた。宝石のような大きな瞳、珍しいラベンダー色の長い髪、陶器のような色白の肌、鈴を転がしたような愛くるしい声。
こんなに可愛いらしい少女が、この世に存在していたのかという衝撃で、思わずこれまでの価値観が一気に変わってしまう。即ち、この瞬間からフィヨルドの価値を決める基準は、ヒルデが最上位になってしまったのだ。
初恋の驚きで声が出せないフィヨルドを気にするそぶりもなく、ヒルデがフィヨルドにある確認を取り始めた。
「お母さまが病気で入院していて、寂しいから遊び相手を連れてくるって言ってだけど。それがあなたね。弟もいるけど、今日は神殿のお祭りに参加しているから」
どうやらヒルデは、金髪碧眼の美少年フィヨルドが自身のお見合い相手とは、聞かされていない模様。まだ小学二年生ほどの少女に、権力がらみのお見合いの話は重いのだろう。ルキアブルグ公爵は、ただの遊び相手という設定でフィヨルドを紹介していたようだ。
「えっっ? う、うん。ルキアブルグ邸でお世話になりながら、留学生として過ごして。それから、知恵の輪大会にも出場するんだ。一応、優勝者候補なんだよ」
「へぇあなたって、結構凄いんだ。実はね、この国にはあなたと同い年くらいのジークっていう英雄王の末裔がいて、何をやっても完璧にこなしてしまうの。しかも女の子は、みんなジーク大好きでハーレム勇者って呼ばれている。わたくしは、あんなヤツに関心はないけど」
「オレと同い年で、すでにハーレム状態の子がいるのか。凄いな都会の小学生は」
移動中の車の中で、何故かジークとかいう知らない小学生の話を聞かされるフィヨルド。関心がないという割に、ヒルデの頭の中はジークでいっぱいだった。
(もしかして、ヒルデちゃんは自分でも気付いていないだけで、ジークとかいう黒髪青眼のモテ野郎に惚れているのだろうか)
だが、地の利のないフィヨルドにとって、有名小学生ジークの情報は貴重なはずだ。そのまま、ヒルデからもたらされるジーク情報を細かくメモする。
そして、次第に妙な違和感を覚え始めるのだ。
「だからわたくし、このままでは強制的に『ハーレム勇者ジークのお嫁さん』にされてしまうわ。あなたが知恵の輪大会で好成績を残してくれたら、ジークの魔の手から逃れられるかもしれない。頑張って!」
「えぇええっ。キミまで、ジークのお嫁さんにされちゃうのっ? あれっでも、お見合い相手は……んっ?」
この時、フィヨルドは『キミのご神託の相手はオレだよ』と告げることが出来なかった。まだチカラのない少年であった彼にとって、その選択肢は正しかったと言える。
* * *
惜しくもフィヨルドの知恵の輪大会の結果は準優勝に留まったが、優秀な頭脳の持ち主と認定を受けることが出来た。神聖ミカエル帝国から留学用のビザを発行してもらい、無償で大学までの進学が許されたのだ。
小国の第4王子とはいえ、無償での進学は体裁を見ても非常にありがたいものだ。フィヨルドは実力で、この神聖ミカエル帝国で暮らしていける市民権を獲得したのである。自国の大臣達もこの結果をとても喜んでいて、正室の派閥も良い形でフィヨルドと距離を置くことが出来たと胸を撫で下ろした。
小学六年生に進級するのと同時に、フィヨルドは正式にルキアブルグ邸に引っ越してきた。大学を卒業するまで十年間、この家のお世話になるのである。そして、本来ならばそのままヒルデ嬢と結婚して、婿入りのような状態になる予定だったのである。
「これから、大学卒業までここでお世話になるけど。改めてよろしくね、ヒルデちゃん」
「ええ。わたくし、いつもジークのハーレム軍団から嫌がらせされて、心細かったけど。フィヨルド君が、いてくれたら百人力だわ。あぁどうして、ご神託はフィヨルド君を婿候補にしないで、ジークをプッシュしているのかしら?」
ヒルデの手に握られていたのは、子供向けのご神託用の御神籤だ。そこにはヒルデの恋の相手が細かく記されていた。
『あなたの恋のお相手は、英雄王の末裔でハーレム勇者のジーク君よ。側室達と仲良く喧嘩しながら、良い家庭を築いてねっ』
(おかしい。ヒルデの運命の相手は、オレのはずなのに。ここのご神託は一体どうなっているんだ?)
「もっもしかしたら、状況に合わせてご神託の内容が変わるかも知れないよ。オレと結婚するご神託も、存在してるかも」
「だと、良いんだけど。ハーレム軍団と暮らすくらいなら、この家でフィヨルド君と仲良くやって行った方がずっと幸せですわ」
神殿のご神託は、その時の状況に応じて変化し、都合よく改変されていくのだ。まるで、『起こった未来を確認したのちに、結果を変更している』ような『不気味さ』さえ感じることも増えた。
運命という設定で呼び出されたフィヨルドは、神殿がご神託システムを利用して、状況を操作しているだけだということに、徐々に気付いていく。
決定的な証拠を掴んだのは、フィヨルドが大学進学した1年目の春。焚書のボランティアに参加したある日のこと。
「えっ……なんだよ。この記述、1806年に滅んだ帝国って」
「しっ。さすがに、小国の王子様でもその秘密に触れるのはまずいよ」
「燃やしても、燃やしても。この過去の記憶は、古傷のように浮かび上がるのさ」
仕方なく見て見ないふりをして、ある歴史が記された『焚書』を炎に投げ込む。
この国の大学で焚書にされた多くの歴史書には、『神聖ミカエル帝国は1806年に、崩壊した』と記されていた。
だが、その当時は神聖ミカエル暦2017年、あまりにも年数が合わない。
つまり、何度でもお告げを改変する神聖ミカエル帝国という国は、本来ならばとっくの大昔に『歴史上から姿を消している』はずの国だということを。フィヨルドは、偶然知ってしまうのであった。
(この帝国はとっくの昔に滅んでいるはずだった? だとすると、過去を遡りお告げを利用して分岐点となる歴史を改変することで復活したのか)
彼ら神聖ミカエル帝国市民は、とっくの昔に、ゴルディアスの結び目に組み込まれていたのだ。
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