千夜の一夜な境界ランプ

星井ゆの花

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第44夜 「美しい声で残酷に囁く」

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『おはよう……精霊王ジン』

境界ランプを儀式台に捧げるとハザード王がついに目を覚ました。

しかし数年ぶりに目覚めたハザード王の異変にランプの精霊ジンはすぐに気づいた。
ハザード王は私が『精霊王ジン』であることは知らないはずだった。

だから『ランプの精霊ジン』は自分がとてつもない勘違いをして今までハザード王に尽くしてしまったことに気づいた。

『おはよう……精霊王ジン。私のためによく頑張って尽くしてくれたね。礼を言うよ……この私、境界国の王ハザード……いやソロモン王の復活に尽力を尽くしてくれてね』

ソロモン王の復活?
ハザード王が憎いソロモン王本人だというのか?
そんな馬鹿な……。

だが浅黒い健康的な肌、エメラルドグリーンの大海を思わせる透き通るような瞳、高い鼻筋、形の良い唇、女性はもちろん男性でさえ魅了するそのカリスマ性の美貌の若者は……その姿形だけを残してすっかり憎きソロモンに成り代わってしまっていた。
「あはは! 何を驚いているんだい? ジン……ボクはかつて精霊王のキミから真名(しんめい)を譲り受けたソロモン王本人だよ。今まで表面上の名前であるハザードを名乗っていたけれど……魔導王としてはこの名前は相応しくないからね……。これからは魔導名であるソロモンを名乗ることにするよ」

やめろ! やめろ! やめろ! 

ハザード王はソロモン王本人。
ランプの精霊ジンは耳を塞ぎたかったがソロモン王は饒舌に語り続けた。

「ありがとう! いっぱい罪のない人間の命を僕に捧げてくれて! その人たちのためにも今度こそ良い世の中にしないとね……」
ソロモン王の美しい瞳が鋭く光った。

『ありがとう罪のない人間の命を僕に捧げてくれて』

ハザード王の声でソロモン王は明るく、だが精霊ジンを咎めるように言った。

「罪のない人間をたくさん殺すなんてやっぱりキミは残虐非道な精霊王ジンだね! ボクの事を咎める資格なんかないよ!」

ソロモン王はハザード王の姿形でその美しい声で精霊ジンの罪を咎めていく。

やめろ! やめろ! やめろ!

「そうだよね! 人殺しの精霊さん!」

やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ……

やめろ……やめてくれ!
それ以上ハザード王の姿形で……ハザード王の声で酷いことを言わないでくれ……。

「ジンは知らないみたいだから教えてあげるよ。人間っていうのは生まれ変わりというものがあるんだ。魂が消えたように見えてもやがて新しい肉体を手に入れて生まれるんだよ。精霊達は生まれ変わりを信じていないからあまり理解できないかな?」

生まれ変わり……それくらいは自分だって知っている。
だが精霊である自分たちには無縁の現象なため関心があまりないのだった。

「さてと……久々に目覚めたし、湯に浸かってをしてリフレッシュしたいなあ……この時代の浴場はとても便利なんだろう? 魂が彷徨っている間、ずっと世の中の移り変わりを眺めていたんだ……美味しいものや魔力の高まるものを食べて……それからこの世界をどう動かしていくか考えないとね! このソロモン王のボクが!」

高らかに笑い声を上げながら、ハザード王改めソロモン王は地下室を出て意気揚々と地上に向かっていった。

それはまるで太陽が昇るかのごとく明るい眼差しだった。

悪魔ゴエティア達は境界国の王ハザードがソロモン王の生まれ変わりである事を古い魔導契約を通じてすぐに察知した。

その晩、ソロモン王を囲んで密やかに宴が催された。 宴の会場である大広間には優れた魔導師達の手により魔法陣が壁じゅうに描かれる。 そこから次々と悪魔達が召喚され境界国に自由に出入り出来るようになった。
彼らは古来よりソロモン王に仕える忠実なしもべ。

王が命令した宴の食事は非常にシンプルで尚且つ意味のあるものだけ。 
その他の料理は来客が喜びそうなものをお任せで作るように命じた。
少食なハザード王に不安を覚える料理人もいたが
「ハザード様……いえソロモン王は病み上がりですのでご自分の指定したものしか食べれないとか……」
「でも子羊のステーキが食べられるのでしたらきっと元気になりますわ」
「元気になられたら王宮で舞踏会をされるそうよ……ソロモン様の麗しいお姿を改めてお披露目できる日が楽しみだわ」
とすっかり美しいハザード王改めソロモン王の虜になっているメイド達に料理人の疑問はかき消されてしまった。

ソロモン王は満足した様子で儀式の為に用意された『肉体を現す契約のパン』と『生贄の子羊の肉』を柔らかなステーキにして滴り落ちる血とともに味わい、上等な『魂の血を現す葡萄酒』とともに堪能した。『原罪の象徴である林檎』はデザートケーキ、生クリームをたっぷり添えて罪の味を舌に転がす。

病み上がりの王と来客用に用意された他の料理は、冷製スープや上質な野菜をふんだんに使ったサラダ、海鮮のマリネ、高級魚アイナメのソース掛け、舌平目のムニエル、ローストチキン、ローストビーフ、パエリヤ、ピッツァ、数種類のカレーとナン、燕の巣、キャビア、高級な寿司や天ぷら……デザートにはパティシエ達が腕によりをかけた各国のフルーツケーキなど。 国際色豊かな料理に来客の魔導師達は満足したようで宴は滞りなく終焉した。

その日から境界国は悪魔ゴエティア達が一気に押し寄せ、活気が戻った悪魔達はこれから起こるであろう戦いに向けてたくさんの人々の魂を喰らった。

悪魔ゴエティア達にとって人間の魂は「ごちそう」なのだ。
だが突然人間が大量に死に始めた境界国を人々は誰も悪魔ゴエティアの仕業だとは気づかなかった。
この現象は目に見えない事柄だからだ。

人々はこの現象を『災厄』と呼び、不幸な人間の死や疫病の流行などを災いとして恐れた。 それらの影に悪魔達が暗躍しているとも知らずに……。



「えっ? 入国禁止? 」

シャルロット嬢の具合を境界国にいるリー店長に報告しようとしたが、境界国はどうやら入国禁止だという。

なんでも突然病気が流行してしまい人々がたくさん亡くなったからだという。
謎の疫病を外の世界に広めない為に境界国は人間界からも精霊界からも入国不可能とされた。 異世界である境界国に今まで現実世界の人間が制限付きとはいえ往き来出来ていたことの方が不思議だったのかもしれないが……。 今オレ達が滞在しているシルクロードも現実世界から入国可能な一番身近な異世界だが、境界国が封鎖されたら他の異世界はどうなるんだろう?
そのうち異世界や魔法使いの存在自体、現実世界の住人達からは忘れられてしまうのだろうか?

「困ったね……しばらく君たちはこの国に滞在するようかな?」

シャルロットを心配して付き添ってくれたクーロン博士は境界国のニュースを聞いて驚いているようだ。

「リー店長……大丈夫かな」

リー店長は不老不死らしいが意外と風邪をひいたりするし、ごく普通の部分を持っている。

それに他の境界ランプの持ち主達も何人か境界国に残っているだろう。
前回一緒に任務をこなした踊り子双子美人姉妹やちょっとナマイキなネット魔導師のユミル少年……悪魔ゴエティアの襲撃から一命を留めたアブラカタブルさん……待機任務のメンバー達は何人か境界国に残っている気がする。

オレが契約した魔導師のアティファは今回の調査任務から外されていたためリー店長と一緒に留守番している。

こんな大変なことになるなんて……。
人々に前触れなく訪れる突然の死。

「まるで悪魔に取り憑かれてしまったような……」
オレは自分で発言してこの発言に気づく部分があった。

悪魔ゴエティア達は人間を弱らせる瘴気を持っている。
オレにはこの大量の人間の死が何か見えない悪魔のチカラなような気がしてならなかった。
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