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第一楽章
しおりを挟む――昭和五十七年五月――
季節外れの転校生である少年を迎える準備に職員室はざわめいていた。地域の過疎に伴い出ていく者は幾多あれど、迎え入れる事などはここ十年は皆無だったのだから不馴れどころの騒ぎでは無い。ましてその少年は “ 曰く付き ” というのだから。
曰くというのは教員達にとって些かぶしつけな言葉かもしれないが、かくにも彼らにとってこの少年を迎え入れるにあたっては、いらぬ神経を使わざるを得ないのは確かだった。ここ、“ 柏第一小学校 ” の名付け親でもある地域一番の有力者、柏森家に縁組みした子息がやってくるというのだからすこぶるそぞろだろう。
「三年生か、担任は……上本先生っ、ちょっといいですかぁ」
「はい、どうなされました? 教頭先生」
破れた革をあちこち継ぎはいだ対のソファーは、いちおう応接用なのだろう。腹の上に湯呑みが乗りそうな様相をなおさら息苦しくさせ腰を落としていた教頭が手招いたのは、この学校で一番、いや唯一の若手教員 “ 上本佳奈子 ” だ。高度成長と言われる時世に低給といわれる公務員、まして山奥の過疎地で教員などと赴任当初の彼女は周囲に随分と風変わり者、もはや酔狂扱いだった。
その扱いに不満を持っていた彼女だが、赴任よりさかのぼった二年前、大学卒業にあたり進路を定めなくてはいけない時期。なんて事は無い、彼女はカリオストロのなんたらという映画にほだされて田舎住みを決意したらしい。そんな理由で両親をことさら口説いたのはやはり十分すぎるほど酔狂、風変わり者なのだろう。
しかし仕事ぶりは定評が付くほどすこぶる丁寧だ。教員も生徒も、そして集落の住人も少数がゆえにおろそかに出来ないだけなのしれないが。仕方なしという所だろう、控えめにこなしていても目に止まるほど美形な出で立ち。そして抜けのあるのどやかさは生徒に存分馴染まれているのだから。
教職員は校長を含めても十一人。各学年一クラスで六っつの教室と小さな美術室と音楽室。彼女は三年生の担任と音楽の教員を兼務している。風変わり者が担任を務めるクラスに曰く付きの生徒を委ねる事となったのだから教頭もやきもきに彼女を手招いたのだろう。
「登校は週明けからだが、今日の夕方にご子息を連れてお越しになるそうだ、よろしく頼むよ上本先生」
「柏森雪乃……君ですか、女の子みたいな名前ですね」
「……いかんぞ、上本先生。そうゆうのは控えないと……本当によろしく頼むよ」
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