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卒業論文
しおりを挟む運び終えた荷物は今だほとんど手がついていない。本当にここでいいのか、と気づかう夏稀さんに大丈夫とは言ったものの、真夏にエアコンの付いてない部屋は、随分と熱がまわりシーツが直肌にまとわりつくようだ。しばらくお客さんとしてお世話になるワケではない。不安に縋りついて転がり込んだのだから、荷物が整うまでは当たり前だと “ かこつけ ” た僕は、一人日付が変わる頃、まるで湯船のようなベッドで肌を晒し横たわっていた。
どうやら眠れそうにない。
まとわりついたシーツを剥ぎ、ベッド横の壁にもたれると女性のような胸の膨らみが視界に入る。侵されている……どんどん今までとは違う自分の領域が広くなっている。
「おぉ~い。やっぱりエアコンがある部屋で寝た方がいいんじゃ……キャっ、」
不意に扉を開けた夏稀さんは裸で背凭れていた僕の姿に頬を朱らめ眼をつむった。普段の言動に忘れてしまいそうになるが、やっぱり夏稀さんは女の子なんだと時より思わせる。
「ご、ごめんっ、」
「だ、大丈夫ですよぉ、下は履いてますから」
夏稀さんはベッドの隅に腰をかけると、膨らんだ胸に視線を向けた。こうなる前を知っているのだから不思議に思うよなぁ、そりゃ。しかしまじまじと眺められると何故か照れくさい。ん……何を照れているんだ、僕。
「しっかしまんま女の子だな、これ」
夏稀さんが人差し指でツンッとそれに窪みを作る……っん、と一瞬声を殺した自分に何かが崩れた。領域が侵される……保てない。
「あっ。いや、ごめんっそ、そうゆう意味じゃ」
「本当全然大丈夫ですよぉ、嫌だなぁ夏稀さん……ほ、ほんとにだいじょうぶ」
とりとめも無い混迷が乱したのか、その時初めて夏稀さんは僕を優と呼んだ。肩に手を伸ばし、自分のその胸の中に僕をゆっくりと引き寄せる。僕の顔は、夏稀さんの熱を持った胸に埋もれていった。
「優ぅ、覚えているか? 私と最初にした約束」
忘れる訳もない、だけどあれは。
「約束は守らないとな、私はどちらかというと女の子の方が好きなんだ。嫌か?」
絡めていた腕を緩めた夏稀さが唇を僕に重ねた。初めてだ、人の熱ってこんなに熱いんだ。身体中の力が抜けて至極耽美な海底に堕ちていくようだ……夏稀さんの白い艶肌は朱く雫が滴っていて、精巧な義足は曲線に息を飲む程だった。僕はそれから抜け出せないまま、呼吸を止めるように夏稀さんの腰を強く掴み、沈降を許す……どうやら僕の身体のそれは、まだ大丈夫だったようだ。
「大丈夫、安全な日だよ……クスっ、卒業論文書かないとな」
「……私はすごぉーく危険な日だったけどなぁ」
「きゃっ、鏡子ネェっっ」
「えっ……わっっ、」
「てぇめぇらぁあっ、明日サンピーだからなぁっ覚悟しとけぇえーっ」
「は、はいぃいっ、」
「ったく、コイツは友達の奴代だ。私も奴代も腹ペコなんだ、今から宴会始めるぞっ」
初めて見る女性を連れて鏡子さんが帰ってきた。何だろう、こんな事を昔にも見たような……デジャヴのように頬が火照る。けれど一緒に居る眼帯をしている女性って? 随分と口数が少ない人みたいだけれど。ううん、もしかしたら体調が良くないのかもな。よしっ、夏バテ解消食でも作るかぁ。
引き寄せていた肌を思いよらず離した夏稀さんが合わせた瞳をクスリと緩ませる。その様子に襲ってきた恥ずかしさで陶酔する私情を誤魔化すよう、僕は自分が裸なのも知らない素振りで食事の準備を始めた。
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