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チェック・メイト
しおりを挟む――新月―― 朔日、月と太陽が並ぶ時……始まりであり終焉でもある。新月に降誕する者はその命に従い何者にも風動、影響される事無く “ 零 ” としたまま縁に爪痕を刻む者である。
――平成十五年九月二十六日――
その夜は新月の暦だった。
美容室に出掛けている二人を待つ天久と鏡子は暮れる陽射しに安穏を過ごしていた。おもむろにソファーから腰を上げ扉に向かう鏡子。待ち人とは異なる来客が刻んでいた針に音色を戻したようだ。
夏の暑さを忘れたような紳士が帽子を胸に当て御辞儀をたれる。鏡子、夏稀と縁深い義足技師の竜さんだ。
鏡子とは久方だったらしく、竜さんは随分と驚いた様子だった。どうやら、鏡子はずっとショートカットだったが、夏稀と間違われるのに面倒を感じてロングヘアーにしたらしい。
それでは違うのは胸の大きさだけだ。と天久は微笑みを浮かべていた。
用件があったのかと尋ねると、どうやら夏稀に呼ばれていたとの事らしい。義足の調子でも良くないのかと心配していたが、そんな様子は無かったとの言葉に竜さんはソファーに腰を落とした。『取り敢えず夏稀が戻るまで待つか』となった時、ふと天久がコトヅケを思い出した。
不在の時に竜さんが来たら渡しておいて欲しいと夏稀から封筒を預かっていたのだ。しかし夏稀から何も聞いていないのだろう、竜さんは不思議そうに首を傾げていた。
通帳、建物の権利書、他多数の書類、竜さん宛の手紙。そして鏡子を宛名にした封筒が一通。
――暮れる並木道を歩いている夏稀と奴代。すっかり髪に艶が戻った奴代の肩に手を置き、腕と眼もすぐに治るから来年は海にでも行こうと、夏稀はヤケにはしゃいでいる。
「一生に一度だけのお願いがあるんだ」
自宅ビルが見える手前で、先に帰っていてと微笑んだ夏稀が首から鈴飾りを外し、夏の空遠くに瞼を閉じる。ゆっくり開いた奴代の手の中でそれは至極澄んだ音色を小さく奏でていた。
――夜の七時、雑居ビル六階の一番奥。黒地に篝と書かれた看板、黒い扉に朱く装飾されたドアハンドル。
夏稀は幾度この扉を引いたのだろう。
開店して間もない時間だ、店内に居るのは夏稀と篝の二人だけ。篝の声に夏稀は後ろ手で静かに鍵を閉める。そしていつものように席を引いた。
篝が背中に並ぶグラスを手に取り氷を砕き始めると、カウンターに頬杖をつき至極優しい顔でそれを眺めていた夏稀が「私達の……サヨナラに」と、微笑んだ。
話詰める夏稀に篝はなにか哀しげな表情を見せている。それは夏稀が初めて見る篝の姿だ。問い詰めやまない言葉に篝が溜め息をつくと、突然夏稀がもがき始め、まるで空気で首を掴み上げられているように夏稀の身体が席から何の支えもなく宙に浮いた。
夏稀は自らの義足を外し、篝の頭部に打撃を繰り返す……だが夏稀には分かっていた、ここから出る事が叶わぬ事を。そして自らの身体ごと篝をカウンターの中に押し倒すと鈍い声と共に義足が篝の胸を貫いた。
「………………」
「そっ……そん……な……」
時間を待たずして悲鳴にも似た鏡子の叫び声が夏稀を呼ぶ、伊丹が合鍵を持ち駆け付けたが時間は止まらなかった。
朱彩で彩られた鮮血が朱黒く光り、胸部を貫いた義足が二人を繋げていた。しかし幻想のように手を握り合う様はまるで微笑んでいる。
皆が唖然と立ち竦む中、一人ピコは廊下に崩れ「私のせいだっ、私が悪いっ」と何度も叫び続けている。亀山が必死に肩を抱き寄せるがピコの震えは増すばかりだった。どうやら是非と頼まれて占ってしまったようだ『夏稀の死期』を。
天空に届くほどの慟哭を上げるピコ……それは夏の闇空を裂くように青い漆黒に吸い込まれていった。
鏡子姉さんへ
これは私が見た夢、いや見れた夢なんだと思う。ベトナムの山奥コトゥー族で篝さんは産まれた。上には長男、下に長女、次女と産まれたが、口減らしの時代、篝さんと次女の存在は許されなかったらしい。
篝さんが突然姿を消した次女のユキちゃんを山奥で発見した時、既に躯と成り果てた姿は、逃げられないよう四節を捨て切られた無惨なものだった。当時コトゥー族では死者の血肉を喰らうと自らの身体に宿るとされていたらしく、篝さんは亡骸から血肉をすすり喰らい、年を取らぬ化け者になった。
篝さんは天久を支配するつもりだったらしいけれど、大丈夫だよ。天久には私の血液を飲ませたからさ、私が天久を守るよ。
私はベッドで天久を受け入れた。だからこんな夢を見れたのだと思う。嬉しい真実もあったけれどそれは書かないでおくよ。ピコさんの占いは本当に百パーセントだね、私は死ぬしかなかったんだ。
鏡子姉さん、私は姉さんの中に居る……だからさ、許してね。
大好きな鏡子姉さんへ
夏稀
鏡子は唇を噛み締め必死に声を殺していた。だが震え溢れる涙を止める術などあるはずがない。
あとは俺に、警察に任せて皆は帰れっ、と必死に皆の襟具りを掴みエレベーターに誘導する伊丹の姿はあまりにも切ないものだった。
「争いや憎しみや欲なんて全部無くなればいいんだよ」
肩を引かれた天久がエレベーターに乗り込むと同時裂くようなサイレンが鳴り響く……それはビルごとが割れて無くなるかのようだった。
後の伊丹の話しだと篝は戸籍上で存在していなかったらしい、通路の一番奥にあった店舗も無契約だったようだ。過去に六階のフロアーで死亡事件が重なって以来、六階の全ての店舗が空室だったという。いつまでも手紙を見つめている鏡子の首元には鈴飾りが揺らいでいた。
――雑居ビルの四階、黒地に白抜きで篝と書かれた看板がある。六階は出入り禁止になったままだ。装飾されたドアを引くとそこには朱く統一された店内が姿を現す。
天久が契約したこの店舗はカウンターが九席のみと手狭だが、誰が言い出した訳でもなくあの場所を色濃く引き継いでいた。そのカウンターの中にはドレスを着た髪の長い女性がひとり、グラスを拭きながら微笑んでいる。
「いつも通りウイスキーでいいですか? 鏡子さん」
「いや、レッド・アイを頼むよ。私も仲間に入れさせてもらうさ、お前らのな」
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