朱の緊縛

𝓐.女装きつね

文字の大きさ
30 / 47

神と悪魔

しおりを挟む

 冬の澄んだ夜空に一筋の紫煙が揺らぎ夜月に躍る羽衣はごろものように立ち昇っている。篝で熱風に倒れた意識は紫煙の揺らぐ足元の冷たいコンクリートの上で奥歯に取り戻した。

 開き始めた視界には紫煙を揺らし、背肘を手摺てすりにもたれながら朱黒あかぐろい瞳を見下している者が居た。冬月に銀髪を揺らす俗世離れした美しさに思わず魅入られそうになる意識を必死に噛み締める。

「お、お前は何なんだっ優を、な、夏稀をどうするつもりなんだっ」

「どうするつもりって……私は天久君を迎えに来ただけだよ」

 その者は手摺りを胸に回し背中を向けると、きょとんとしたような口調で言葉をあざける……それはまるで無邪気な子供の会話のように。

「な、何だとぉ、迎えにって貴様はいったい」

「んん~ここの世界ではシャイターンとか天照大神とか呼ぶヤツも居るよ。まぁ至極勝手に付けられたんだけどね」

 結び付かない、シャイターン、天照大神だと? 悪魔と神……まるで真逆の存在だ。益々混乱した、どうしてそのような者が優や夏稀を弄ぶ必要があるのかと。

「ここの世界の人間は思い上がりが強すぎるんだよ。仮に私がサタンだとしてさぁ、あぁ君のイメージ通りのね。人間を殺して私に何か得るもの、メリットがあるとでも思うかい? 夏稀ちゃんはあと少しで理解できそうだったんだけど、結局身体を無してしまったのは残念だったよ。まぁそれは君達姉妹の運命なのだろうけどね。天久君が私達の所に来たら君の身体にはみんなの記憶が入ってくる。最初は半分位だけどさ、君の言うところのハーフブリードってヤツかな」


――そこで記憶は途切れた。目覚めるとそこはいつものベッドだ。爪はひどく欠けている……どうやら夢ではなかったようだ。

 私は虚ろブラインドから射し込む陽射しに顔を上げる……あの者の言う通り、断片的だが確かに優や夏稀、篝さんの記憶が私の中に存在していた。


「あぁ、……そうか」


――雑居ビルのエレベーターを五階で降りて階段を登っていく。篝さんと夏稀の事件があってからは六階までエレベーターは上がらなくなってしまっていた。たどり着いた六階の通路を一番奥まで進むと黒い扉がある。私は開くはずのない朱色に装飾されたドアハンドルに手をかけた。

 重い音と共に扉を引くと、まるで時間が止まっているかのように朱色で統一された店内が視界に飛び込んできた。そこに見えた五人の姿、ドレスを纏った四人と昨夜のままの衣服を着た優だ。

 カウンターの端に座る女性がようこそと微笑む。ブロンドの長い髪に透けるように白い肌、その容姿に見覚えはない。しかし、私はその女性を知っている。その声は昨夜屋上で私を見下していた、あの者だ。

「随分と戸惑っているようだね、織屋さん。ほら、自分で言っていただろ? いわゆる平行世界さ。私達は相対性の概念がない、欲も争いもない世界がここなんだよ。篝さんは身体がある間はコチラ側に来たがっている者を誘導しようとしていただけだ。そう、篝さんと天久君はね身体を維持したまま絶対性というのを理解したんだよ。人肉を食べた副作用でテロメアの劣化が止まった篝さんはちょっと特殊な例だろうけどさ。平行世界って言っても何も大袈裟な事じゃない、争いも憎しみも欲しくない、皆そう強く思っていただけだ……夏稀ちゃんは絶対性を持つ篝さんに自分もそうなりたいと惹かれていた。天久君は無意識に店を引き継いだ。そして織屋さんは自分の意志でここに来た、それだけだよ」

 カウンターに腰を落とした私は、肘を立てて組んだ拳を額にあてがい思案を廻らせていた。溜め息をつく無様さに夏稀と優が寄り添ってくる……絶対性、平行世界。しかしこの暖かさは紛れもなく本物だ。相対に束縛されていた私にはまだまだ見えていなかったという事なのだろう。

「たくっ、全くもってどいつもこいつも本当に捻くれてるよっ、もう、わっかんねぇーけどわかったよっ。分かったから篝さぁん、ウイスキーロックぅ」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

処理中です...