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神と悪魔
しおりを挟む冬の澄んだ夜空に一筋の紫煙が揺らぎ夜月に躍る羽衣のように立ち昇っている。篝で熱風に倒れた意識は紫煙の揺らぐ足元の冷たいコンクリートの上で奥歯に取り戻した。
開き始めた視界には紫煙を揺らし、背肘を手摺りに凭れながら朱黒い瞳を見下している者が居た。冬月に銀髪を揺らす俗世離れした美しさに思わず魅入られそうになる意識を必死に噛み締める。
「お、お前は何なんだっ優を、な、夏稀をどうするつもりなんだっ」
「どうするつもりって……私は天久君を迎えに来ただけだよ」
その者は手摺りを胸に回し背中を向けると、きょとんとしたような口調で言葉を嘲る……それはまるで無邪気な子供の会話のように。
「な、何だとぉ、迎えにって貴様はいったい」
「んん~ここの世界ではシャイターンとか天照大神とか呼ぶヤツも居るよ。まぁ至極勝手に付けられたんだけどね」
結び付かない、シャイターン、天照大神だと? 悪魔と神……まるで真逆の存在だ。益々混乱した、どうしてそのような者が優や夏稀を弄ぶ必要があるのかと。
「ここの世界の人間は思い上がりが強すぎるんだよ。仮に私がサタンだとしてさぁ、あぁ君のイメージ通りのね。人間を殺して私に何か得るもの、メリットがあるとでも思うかい? 夏稀ちゃんはあと少しで理解できそうだったんだけど、結局身体を無してしまったのは残念だったよ。まぁそれは君達姉妹の運命なのだろうけどね。天久君が私達の所に来たら君の身体にはみんなの記憶が入ってくる。最初は半分位だけどさ、君の言うところのハーフブリードってヤツかな」
――そこで記憶は途切れた。目覚めるとそこはいつものベッドだ。爪はひどく欠けている……どうやら夢ではなかったようだ。
私は虚ろブラインドから射し込む陽射しに顔を上げる……あの者の言う通り、断片的だが確かに優や夏稀、篝さんの記憶が私の中に存在していた。
「あぁ、……そうか」
――雑居ビルのエレベーターを五階で降りて階段を登っていく。篝さんと夏稀の事件があってからは六階までエレベーターは上がらなくなってしまっていた。たどり着いた六階の通路を一番奥まで進むと黒い扉がある。私は開くはずのない朱色に装飾されたドアハンドルに手をかけた。
重い音と共に扉を引くと、まるで時間が止まっているかのように朱色で統一された店内が視界に飛び込んできた。そこに見えた五人の姿、ドレスを纏った四人と昨夜のままの衣服を着た優だ。
カウンターの端に座る女性がようこそと微笑む。ブロンドの長い髪に透けるように白い肌、その容姿に見覚えはない。しかし、私はその女性を知っている。その声は昨夜屋上で私を見下していた、あの者だ。
「随分と戸惑っているようだね、織屋さん。ほら、自分で言っていただろ? いわゆる平行世界さ。私達は相対性の概念がない、欲も争いもない世界がここなんだよ。篝さんは身体がある間はコチラ側に来たがっている者を誘導しようとしていただけだ。そう、篝さんと天久君はね身体を維持したまま絶対性というのを理解したんだよ。人肉を食べた副作用でテロメアの劣化が止まった篝さんはちょっと特殊な例だろうけどさ。平行世界って言っても何も大袈裟な事じゃない、争いも憎しみも欲しくない、皆そう強く思っていただけだ……夏稀ちゃんは絶対性を持つ篝さんに自分もそうなりたいと惹かれていた。天久君は無意識に店を引き継いだ。そして織屋さんは自分の意志でここに来た、それだけだよ」
カウンターに腰を落とした私は、肘を立てて組んだ拳を額にあてがい思案を廻らせていた。溜め息をつく無様さに夏稀と優が寄り添ってくる……絶対性、平行世界。しかしこの暖かさは紛れもなく本物だ。相対に束縛されていた私にはまだまだ見えていなかったという事なのだろう。
「たくっ、全くもってどいつもこいつも本当に捻くれてるよっ、もう、わっかんねぇーけどわかったよっ。分かったから篝さぁん、ウイスキーロックぅ」
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