戦国武将の子 村を作る

琴音

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留め置かれてから十五年

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 私の父は武田の新参家臣「原友親はらともちか」だ。荒々しい戦術で敵を討ち取る猛者であったと聞いている。二つ名もあり鬼美濃と呼ばれた武将の一人に数えられていた。だが戦国の世は儚く……武田は無くなり父は浪人となった。蓄えなどあっという間に尽き、一念発起して仕官先を上杉に定め、この雪深い越後の峠道の人目に触れにくい谷に居を構えた。

 家臣は元々我が家にいた小間使い数人と慕ってくれた家臣が数人、父と母のみ。人目につくのは避けたかったのだ。見つかれば落ち武者狩りに合う危険性が高いかったのだ。

 越後は雪深く冬はかなり厳しい土地だ。少ない平地を均し辺りの杉を伐採し、粗末な荒屋と言っていい程の小屋を構え皆で肩を寄せ合い隠れ暮らした。その間に情勢も落ち着き父は上杉の殿様に仕官する事が叶った。屋敷を与えられ下山したのは上の兄二人と姉と妹母のみ。三男の私と四男の弟はこの隠れ里に留め置かれ「ここを守って達者で暮らせ」と二人の家臣とその家族と私達はここに残った。その時私は十六、弟は十四であった。

 腐っても武士の子。弟と山の木を切り均し田を作り炭を焼きもして畑もやり何とか食い繋いだ。ここに留め置かれたと言うことは武士としての将来はないのだ。百姓になるしか道はない。

 ここから二里ほど下ると湯治場がある。そこに炭や山菜、越後では珍しい野菜などを売りに行った。範囲は狭いが金の採掘もしており人工が多数在籍し湯治客、元々の村人が生活しており賑やかであった。品物は金子に変えるばかりではなく物々交換もした。獣を仕留めたりもしていたため毛皮なども売った。

 私が二十四、弟が二十二になる頃には妻をこの村から迎え家臣たちの子らも妻を迎えたり嫁に出たりして麓との村との交流も出来て小さいながらも村として成り立っていた。

「兄上!幸三郎兄上!」
「なんだ、騒がしいな」

 今は雪も溶けて春の種まき時期。村は畑に田に忙しい。私も田起こしに精を出していた。

「兄上ここでしたか!我が妻時に子が生まれました!男子でございます!」

 身体を起こし、

「おお、生まれたか!」

 後ろを振り返り、

「板垣!玄之助の奥方に精の出るものを下の村から買うてきてやれ。金子はこれで」

 懐から巾着を出して投げた。

「名主様金子を投げては…おっとっと」
「あははっ済まぬ。急ぎ行ってくれ」
「畏まりました」

 田起こしの鍬を畦に置き川で手足を流すと急ぎ支度に門屋に戻った。

「兄上かたじけなのうございます」
「よい。めでたいのう。落ち着いた頃顔を見せに行かせてもらおうか」
「はい。お待ちしております。私もこれから山に炭焼きの支度に出ます」
「おおそうか。春先は熊が出るから気をつけるのだぞ」
「はい!では」

 この村が始まった頃は十人も居らなんだ。それが今や三十を超える。子はどんな時も良いな。

「父上!」

 畦道をよちよちと…

「幸太郎。良う来た」
「申し訳ございません。どうしても父上のところに行くと聞かず…」
「よい。咲も大変であろう。お腹の子に触りがないようにな」
「はい。ウメが手伝ってくれますから」
「そうか…だか無理をするな。私が心配で堪らぬからな」

 後ろでウメが息を切らしながら、

「ハァハァ…名主様は奥方様を本当に大切に…仲睦まじく…んふふっ」
「ウメ、仲がよくて困る事はなかろう?」

 あははと豪快に笑い、

「はい!お子が増えますしね」
「ふむ…確かにな。お前のところの弥助どうだなんだ嫁はまだか?」
「はい、下の村の名主様にお願いしておりましてそのうちですかね。こちらの方が不便ですから中々…」
「うむ…仕方ないのう。気長に待て」
「はい!では咲様、幸太郎様屋敷に戻りますよ」
「いや!父上と遊ぶ!」

 あははかわいいのう。幸太郎の前に膝を付き、

「幸太郎、父は忙しい。夕げまで待てるか私の子であろう?待てるな」

 ブスッと頬を膨らまし、

「はい私は父上の子です。待てます……グスッ」
「ウメ…頼むぞ」
「畏まりました!咲様気をつけて……」
「えぇウメありがとう」

 私が立ち上がると咲の手を引きながらウメらが去って行った。一つため息を付き田起こしに精を出した。日が暮れ夕げが終わり多少の酒に軽く酔いながら今年の年貢の書状を確認した。

 ……昨年の夏が冷夏で不作だったからか五分負担が増えて三割五分。こんな山奥の村に米は対して取れないというのに文机でため息が漏れた。

 父上に任されたこの地を切り盛りして年貢が納められるくらいにはなった。だが父上から文の一つも来たことはない。我らは……捨てられたのだろうか。父上の活躍は時に耳に届く。兄上達も武勲を……我らは土にまみれ年貢に四苦八苦。この差に時折無性に胸に来るものがある。所詮武士は長男、万が一の次男が居れば……か。娘は政略結婚に使えるからな。はは、我らはなんの役にも立たぬ。

 ……止めよう。我が身の不幸を呪ってもなんの糧にもならぬ。片膝を付いて立ち上がり襖を開けると咲が起きて待っていた。

「私を気にする必要はない。先に寝てなさい」
「お疲れ様でございます。でも……」
「私が良いと言うておるのだ」
「はい…」

 咲の隣の布団に入る。

「身体は辛くないか?」
「ふふっ心配性ですね。私は大丈夫でございます。幸太郎の時もあなたは。女は強いのですよ」
「そうか…」

 そっと頬を撫でると幸せそうに目を閉じている。こんな山奥に嫁いて来たのに文句も言わず…感謝しかない。

「私は自分の出来得る限り其方を守りたい」
「嬉しゅうございます。私も貴方の役にたちましょうきっと」
「いや、其方が居るだけでいい…」

 私の心の支えになっているのだからな。私より長生きしてくれ。
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