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初雪
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嵐の後の道普請、田の補修、崩れた泥の撤去。どれたけやっても終わりが来ない気がしていた。
この合間に米の収穫に脱穀……冬のための蓄えの収穫……大平も清沢もあまり変わらない状況でとうとう……
「弦之助……初雪だな……」
「ええ……兄上」
弟と二人縁側でぼんやり雪を眺めながら酒を酌み交わしていた。やるだけのことはやった。やったのだ……この後何度か消えては降りを繰り返すと根雪になる。そうなると何も出来ず屋敷に籠もる事になる。
草履を編み縄を結う……来年の田畑に向けて必要なことをしながら春を待つ。
「来年のことを話すと鬼が笑うと言うが……来年の今頃はどうなっておるだろうか」
「はは……現実的な事を考えると……叫びとうなりますな兄上」
「ああ……私は胃の腑が痛い」
深々とぼたん雪が舞い降りて行灯の灯りに照らされてなんとも美しく見える。豊作の年ならばただ美しいと微笑み弦之助と酒を酌み交わせただろう。
結局一番大きな田の伝次郎の所は埋まった分は諦めた。泥の量が多すぎて間に合わなかったのだ。他は田が小さくなったり水を引く用水路が埋まったりでそこの泥を掻き出すだけで終わった。
当然畑もやられている。
収穫前の大豆が埋まった所もあったし保存食の菜っ葉関係も埋まった。これは塩漬けにして冬場の青物の代わりのものなのに。はあ……ため息しか出ない。
「年貢を免除してくれぬかなぁ……」
「良いな……だが免除なんぞない。切り詰めて……どこまでも切り詰めて……子は増やさずお天道様に祈るのみよ」
「そうですね……来年はいい年で有る事を祈るしかないですね」
前回からやっと元に戻し田を畑を増やし炭焼き小屋も増設して……軌道に乗ったと思った所だったのに。弦之助の案の養蚕も始められるかと期待していた自分の頭の緩さに腹が立つ。
「すまん……私の先の見通しの甘さが招いた」
「そんな事は!自然は仕方ありませんから兄上のせいでは!」
視界が滲み頬に伝うものが……自分の不甲斐なさ計画性の弱さがこの様な……ほんに悔しい。
「兄上……」
悔いても何もならないのは分かっている。これからどうするかなのだと分かっているのだ……だがどうにも酒のせいか感情が溢れる。
年端も行かぬ我らを担いで板垣らの苦労は今の歳になれば痛いほど分かる。飾りの神輿にしかならぬ我らをここまでにしてくれた。
だが自分の能力のなさに失望の気持ちも拭えない。
元からそのように育てられていない為あまりにも知識がなかった。武芸は父に習いある程度は出来ていたが今やなんの役にも立たぬ。
人の上に立つ教育も兄たちはされていたが我らはされてはいない。兄たちの見様見真似だ。
更に農民としての知識は乏しいを通り越していた。自分が食べる分を作る遊びの範疇しかなかった。仕方なく大平との交流で少しずつ増やしたり、行商の合間に聞いたりして補完して行った。
大勝様にも願い出て村人を貸して貰ったりした。そのツケで心付けを未だに求められる。ない袖は振れぬのだがな……逆さに振れば多少だからな……
「兄上……」
「はあ……すまぬ。色々思い出して尚且先を思うとやるせなくてな」
「そのようなことはありませぬ!!兄上は立派にお役目をこなしております!私が!……グスッ一番良く知っております!!」
横を見ると弦之助も涙を零しながら……なんとも……弱いな我らは。
「お二人とも中へ。身体が冷えますよ。火鉢に……ほら!」
ウメに促されて縁側から座敷に入った。二人で火鉢に当たった。
「私は兄上を信じております。私では頼りないかもしれません。しかし私は兄上の隣で頑張ります!如何様にも使って下さい」
真剣な眼差しで私を見据える唯一の弟。上の兄たちではなく眼の前にいる大切な私の弟だ。信頼しているに決まっている。
「ああ。春になったら頼むぞ。私ではやれない所を頼む」
「はい!私はいつでも兄上とともに!良い村にしましょうぞ!」
ああと微笑むと弦之助は子供のような笑顔を見せた。懐かしい……父も母も兄、姉、妹……厳しくとも憂いのなかった頃の幸せな頃の笑顔のような気がした。
今日限りで悩むのは止めよう。私がしっかりせねば皆が困る。この目の前の弟も不安に思うだろうからな。朝起きたら初心に返りまた気持ちを切り替えねばな。
深々と降る雪に外の音が無くなって行く。何もかもが眠りに付く季節が来る。だが今暫くこの刻を二人で楽しもう。何もかも明日からだ。
この合間に米の収穫に脱穀……冬のための蓄えの収穫……大平も清沢もあまり変わらない状況でとうとう……
「弦之助……初雪だな……」
「ええ……兄上」
弟と二人縁側でぼんやり雪を眺めながら酒を酌み交わしていた。やるだけのことはやった。やったのだ……この後何度か消えては降りを繰り返すと根雪になる。そうなると何も出来ず屋敷に籠もる事になる。
草履を編み縄を結う……来年の田畑に向けて必要なことをしながら春を待つ。
「来年のことを話すと鬼が笑うと言うが……来年の今頃はどうなっておるだろうか」
「はは……現実的な事を考えると……叫びとうなりますな兄上」
「ああ……私は胃の腑が痛い」
深々とぼたん雪が舞い降りて行灯の灯りに照らされてなんとも美しく見える。豊作の年ならばただ美しいと微笑み弦之助と酒を酌み交わせただろう。
結局一番大きな田の伝次郎の所は埋まった分は諦めた。泥の量が多すぎて間に合わなかったのだ。他は田が小さくなったり水を引く用水路が埋まったりでそこの泥を掻き出すだけで終わった。
当然畑もやられている。
収穫前の大豆が埋まった所もあったし保存食の菜っ葉関係も埋まった。これは塩漬けにして冬場の青物の代わりのものなのに。はあ……ため息しか出ない。
「年貢を免除してくれぬかなぁ……」
「良いな……だが免除なんぞない。切り詰めて……どこまでも切り詰めて……子は増やさずお天道様に祈るのみよ」
「そうですね……来年はいい年で有る事を祈るしかないですね」
前回からやっと元に戻し田を畑を増やし炭焼き小屋も増設して……軌道に乗ったと思った所だったのに。弦之助の案の養蚕も始められるかと期待していた自分の頭の緩さに腹が立つ。
「すまん……私の先の見通しの甘さが招いた」
「そんな事は!自然は仕方ありませんから兄上のせいでは!」
視界が滲み頬に伝うものが……自分の不甲斐なさ計画性の弱さがこの様な……ほんに悔しい。
「兄上……」
悔いても何もならないのは分かっている。これからどうするかなのだと分かっているのだ……だがどうにも酒のせいか感情が溢れる。
年端も行かぬ我らを担いで板垣らの苦労は今の歳になれば痛いほど分かる。飾りの神輿にしかならぬ我らをここまでにしてくれた。
だが自分の能力のなさに失望の気持ちも拭えない。
元からそのように育てられていない為あまりにも知識がなかった。武芸は父に習いある程度は出来ていたが今やなんの役にも立たぬ。
人の上に立つ教育も兄たちはされていたが我らはされてはいない。兄たちの見様見真似だ。
更に農民としての知識は乏しいを通り越していた。自分が食べる分を作る遊びの範疇しかなかった。仕方なく大平との交流で少しずつ増やしたり、行商の合間に聞いたりして補完して行った。
大勝様にも願い出て村人を貸して貰ったりした。そのツケで心付けを未だに求められる。ない袖は振れぬのだがな……逆さに振れば多少だからな……
「兄上……」
「はあ……すまぬ。色々思い出して尚且先を思うとやるせなくてな」
「そのようなことはありませぬ!!兄上は立派にお役目をこなしております!私が!……グスッ一番良く知っております!!」
横を見ると弦之助も涙を零しながら……なんとも……弱いな我らは。
「お二人とも中へ。身体が冷えますよ。火鉢に……ほら!」
ウメに促されて縁側から座敷に入った。二人で火鉢に当たった。
「私は兄上を信じております。私では頼りないかもしれません。しかし私は兄上の隣で頑張ります!如何様にも使って下さい」
真剣な眼差しで私を見据える唯一の弟。上の兄たちではなく眼の前にいる大切な私の弟だ。信頼しているに決まっている。
「ああ。春になったら頼むぞ。私ではやれない所を頼む」
「はい!私はいつでも兄上とともに!良い村にしましょうぞ!」
ああと微笑むと弦之助は子供のような笑顔を見せた。懐かしい……父も母も兄、姉、妹……厳しくとも憂いのなかった頃の幸せな頃の笑顔のような気がした。
今日限りで悩むのは止めよう。私がしっかりせねば皆が困る。この目の前の弟も不安に思うだろうからな。朝起きたら初心に返りまた気持ちを切り替えねばな。
深々と降る雪に外の音が無くなって行く。何もかもが眠りに付く季節が来る。だが今暫くこの刻を二人で楽しもう。何もかも明日からだ。
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