戦国武将の子 村を作る

琴音

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美しい満月の夜

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 春から梅雨前までやれる対策はやった。後はもう運任せだ。今我らが出来る事をしたのだ。

 ケロケロ……とカエルの鳴き声を聞きながら縁側から月を眺めた。白く輝く満月。薄い光に照らされて山の形がよく分かる。優しく頬を撫でる風が吹いた。

「兄上、何を考えておられる?」
「何も……ただ月が美しいと思ってな」
「ええ……美しいですね」

 漬物を肴にチビチビと酒を飲みながら弦之助と空を眺めた。弦之助はよく動いてくれた。私の足りない所を見抜き、先回りしてくれた。ほんに優秀な右腕だ、我が弟は。私には無くてはならない筆頭参謀だな。他にも助言をくれる者はいるが、弦之助は助言では足りない物を私に与えてくれる。それは血の繋がりが安心をくれるのだ。

 この世は血など何の保証にはならぬと先人のたくさんの城主は証明してくれたが、それは政をする者の理であろう。大きな村や町などは準じる部分もある事だろう。

 ふふっ我が村はそんな理とは縁はない。私から村を取ろうと思う者もおらぬだろうしな。こんな苦労ばかりの名主の役になりたい者など頭がおかしいか変わり者だ。

「なあ弦之助。私と立場を変わりたい、自分が名主になりたいと思った事はあるか?」

 はあ?とこちらを向いて驚いている。

「何を仰るやら。私に務まる理由もありません。村の中だけならともかく、外との付き合いをやれと言われたら逃げたいですから」
「あはは、其方らしい答えだな」
「こんな何もない、私と少しの家臣だけの場所を、他所から見ても村に見えるまでにした手腕は、私では代わりは出来ません」
「やってみれば出来たかも知れぬぞ?」

 滅相もない!!と顔の前で手を振り、

「なんですかね……人を率いるだけの人物の魅力が兄上にはありますが、残念な事に私にはございません。現状を見れば明らかではありませんか。村人の兄上を慕う姿は私とは違います」
「……そうか?困り事は私より真っ先に其方の所に行くではないか」

 あはは!と弦之助は盛大に笑った。

「それは雑用だからですよ!嫁が欲しいとか、病人が出たとか、昨年の嵐の報告も兄上の所に皆殺到したでしょう。本当に困った時は兄上に助けを求めるのです」

 そう……私では役に立たないと皆知っておるのですと遠い目をしながら呟いた。

「その信頼感を得る魅力の違いです。私に名主は務まりません。この素養は城であろうが村であろうが、なければならない資質だと私は考えます」
「そうか……そこまでこの兄を持ち上げてくれるか」
「当たり前です!私の兄弟は……兄上のみです。他の兄弟はいなかったのです……」

 尻すぼみに声が小さくなった。もういなかったと同じだな。文の一つくらい寄こしてもバチは当たらぬであろうに父も母も兄弟も……誰ひとり寄こさぬ。年貢を収めているのだから私が名主となっているのは勘定方の記録にあるのだからわかるはずなのに……

 月の碧さに感傷的になってしまったな。酔いもあるのだろう、我らは必要なかった子なのだと改めて胸に押し寄せて来た。

 だが、今の私と弦之助はこの村の者にはきっと必要とされているのだ。いらない子だった過去を振り返らず必要とされる良い名主兄弟であらねばな。

「弦之助、これから雨の時期だ。気を抜くとまた昨年と同じ事が起きるやも知れぬ。私を助けてくれ」
「はい。私はいつでも兄上のために動きます。頼って下さいませ!」

 弾んだ声で私の言葉に答える弦之助……血を分けた唯一の弟が頼もしく思えた。
 
 夜空には登ったばかりで大きく感じていた月が頂点に達したのか、先程より小さくなり美しく輝き山々を照らす。崩落対策が一応の終わりを迎えた夜。穏やかな時間がゆっくりと流れていた。
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みんなの感想(1件)

杏水
2025.10.05 杏水

琴音さん

越後の小さな村で描かれる、人々の質素ながらも力強い暮らしと助け合いに心温まりました。自然の美と厳しさの対比を通して、「生きる」という問いを深く考えさせられる、感動的な作品です。
ありがとうございました。

解除

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