戦国武将の子 村を作る

琴音

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春が来た

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 ようやく春を迎えた。

 今年は雪が多く遅い春だった。春だなぁ、などとそんな気分に浸っている余裕は私には無く、谷や日陰は雪が残るが溶けた所から、昨年の修繕に手を付けねば困るのは我ら自身だ。

「弦之助!そちらはどうだ!」
「ええ!崩れてはおりません!」

 返事に応えながらこちらに戻って来た。

「ハァハァ……思いの外昨年の修繕箇所は大丈夫そうですね」
「ああ、今の所な。まだまた見回る所は終わってはおらぬ。全てを見て駄目な所は急ぎで男衆に頼んでやらせねば収穫に関わるからな」
「ええ!出来るだけ急ぎましょう」

 二人で山を歩き回り田畑のみではなく峠道、田に畑に通づる道なども対象なためかなりの範囲なのだ。また雪が邪魔してる所もあるがそういった場所は後回しにしている。その間に溶けるはずだからだ。

 何日もかけて山々を回った。足がかなり疲労したが、そんな事は言ってはいられない。やらなければ夏の祭も正月の酒も全てなくなる。逆さに振っても何も出て来ないは……無理だ、飢える。雑穀で凌げるはずもないのだから。

 私には焦りがあった。前回のあの嵐の後の苦しさが忘れられないのだ。こんな年は以前にもあったが、これ程のものは私が成人し今まで起こらなかった。夏の冷えが強い年も、雨が少なく日照りですらも、この辺りはギリギリ何とかなった。

 しかし……実った作物を泥が埋めるなど想定外もいい所だ。収穫が始まったあんな時期に半分近く埋まって……苦々しく奥歯を噛み締めた。

「兄上……そんな思い詰めた顔をしても状況は変わりませんよ。お心だけは余裕をお持ち下さい」
「済まぬ……目の前の事に集中し過ぎたな」

 足元に視線を落とし、玄之助の諫言に耳が痛い。

「そうですなぁ、兄上は名主として重い責任がごさいますが……私をどうかもっと頼って下さいませ。頼りないかと存じますがどうか……」

 横の玄之助を見ると困ったような悲しそうな表情を私に向けていた。こんな顔をさせてはならぬな。

「ああ、頼りにしている。信頼出来る其方が居るから私はここまで来れたのだ。これからも宜しく頼む」
「はい。存分に私を使って下さいませ」

 ああ、と玄之助を見つめ私は微笑んだ。その微笑みに嬉しそうに微笑みを返してくれる姿に、そうだな、このかけがえのない我が弟がいる限り、きっと頑張れるはずだと。玄之助の笑顔に先程からの緊張が緩んだ気がした。

 翌日も西に東に、山を越え谷を越えと歩き回り、雪の重みで変形してしまったり、少し崩れたり箇所の発見もあり、そこはその地の者に急ぎ修繕をさせる手配をした。なんとしてでも減収を抑えたい。
 
 昨年開拓した場所には売れる物、保存が利くものを植え備える。いつも通りの物が食卓に上がらなくても飢える事に比べればなんの問題もないはずだ。

 この見回りの間、我が家や玄之助の田畑は板垣や盛山夫婦と各々の妻が頑張っている。本音を言えば、我らは嫁は子を育てるだけで優雅に過ごして貰いたい考えているが、いつか……いつかそうなるようにしたいものだ。身体が年老いて動かなくなってからではない、もっと若い内に。はは……今の状況では夢物語だがな。

「兄上見てください。ほら、かたくりの花がこんなにも」

 声の方に顔を向ければ、ああ……一面に咲いているかたくりの花。言われて初めて目に入った。いや、目には入っていたのだが意識を向ける事が出来なかったのだ。崩落した山肌、太い倒木の数々、土砂と共に流れ込んだ大岩や大木が散乱し姿を変えた川、その周りの春の花や木々の芽吹き倒木からすら芽吹いて……心に余裕が無くそちらに目を向けられなかったのだ。

「そうだな、春を感じさせるよい花よな」
「ええ……横のふきのとうも誰かが採っていった跡もありますね」

 本当だな、ぬかるみに足跡もある。皆作業の合間に山菜採りもしているのか。はあ……と大きく息を吐き、こんなにもゆとりのない心持ちでどうするのだと自分を責めた。頭を上げ辺りを眺める。

「なあ玄之助、少し休もう」
「え?あ……はい」

 この数日の晴天で地面も乾いていたが、用心してススキの枯葉の上に不思議そうにする玄之助と座る。腰の竹筒を外し喉を潤し、辺りをどこを見るともなく見る。

 初春の柔らかい日差し、地面が温まり土や枯葉の匂い、ほんのり甘い花の香り。野鳥の囀り……一際春らしいホーホケキョとうぐいすの囀りが青い空に響き渡る。

「良い日和ですなあ……」
「ああ、日差しも暖かく、風も穏やかで気持ちいいな」
「ええ、ふふっ暖かくて眠くなりますね」
「そうだなぁ。今は忙しく難しいが……半日くらいさぼりたくなるな」

 え?とこちらを向いて、

「あの……兄上、これから雪が降りますか?」
「はあ?失礼だぞ、玄之助」
「だって願望ですら「さぼる」なんて兄上の口から聞きた事はないですから!」
「ふん、口に出してないだけだ」

 驚愕!と言わんばかりの玄之助に少しもやっとした。

「あのなぁ、私も人並みに家族と一緒に過ごしたいし、咲とももう少しゆっくりしたい。二人の子の父、夫としての生活がもっと欲しいと願わぬ訳なかろう?」
「ははは……そう思っては居るだろうとは考えていましたが、口にされたので驚いただけです。兄上は咲様を本当に大切にしてますものね」

 ふふっ私も妻を娶り人の親になって思う所が出来たのだと話すと、玄之助は嬉しそうに微笑んだ。

「咲様が嫁に来られるまで、兄上は私といる時以外は表情がなかったですものねぇ」
「そうか?」
「そうですよ!いつもキリッと引き締まった表情で皆に指示を出して、客には張り付いた能面のような笑顔。いつも気を張っていて、兄上は疲れないのだろうかと思ってましたよ」

 楽しそうに話しているがそんな感じだった記憶はないな。

「はあ……私はそんなだったか?」
「そんなでした!板垣やウメに聞いてみるといいですよ。でも……キリリッとして頼り甲斐のある男前で、私は見惚れていました。ふふっ」

 ええ……なんだそれは。眉間に皺が寄り……まあ褒めているのだろうからその言葉は受け取っておこうか。スッと視線を天に向けると鳶が優雅に空を舞っている。

「さてと……行くとしようか」
「はい」

 立上がり再び二人で山を巡回し、野良仕事の者や山の修繕の者に声を掛けながら……何となく自然な笑顔を意識して山を回った。

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