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息子とのひと時
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この所雪の表面が薄っすらと茶色になる日が出てきた。春が近い印で降る雪も重いぼたん雪は減り、みぞれ雪が多くなって雪解けの時期がもうすぐと知らせてくれる。
「父上……まだやるんですか?」
「ん?飽きたか?」
「はい……」
「半刻でか、早くないか?」
だって……とブツブツ文句を垂れ始めたが、文字を覚えるのは早い方がいいと自分の経験からそう思うのだ。筆の使い方、文字などを知らねば書物を読むにも事欠くし、そもそも知識も増えない。こと知識はこの狭い村々では補えないものが多いし、文字を知らねば父が置いていってくれた物すら読めない。
「幸太郎、其方が次の名主になるのだぞ。文字くらい読めず書けないとなると困るのは其方だぞ?」
「それはわかっております……この冬の間父上はほぼ毎日教えてくれましたから……」
「冬くらいだぞ?こんなに其方といられるのは。春が来れば父はこんな事は出来ないし咲も忙しいからな」
「はい……ああ!でも嫌です!!」
勢い良く立ち上がると襖を開けて逃げてしまった。ふふっ仕方ないな、私もこの年頃はそう思ったもんだ。私も立上がり仕事部屋を出た。
「幸太郎様もう走り回ってますが……よろしいので?」
「よい、無理な日もあろうて」
ウメに声を掛けられ答えるとはあ~っと呆れ顔で見られた。
「この父親は甘いですね。ご自分の時は兄上たちにかなりしごかれてたと思いますが。あのくらいの時に」
「それが辛かったのもあるし、出来れば自分の子はもう少し無理のないりのない範囲でと……可愛くもあってな、つい甘くなる」
「あ~あ、あの頃を知ってる私はあの負けず嫌いで兄上たちに食って掛かったりして暴れてた貴方様がこんなになるなるなんて……ふふっ」
あの頃は年の離れた兄たちに追いつき追い越したい気持ちが強かった。何でも出来るように見えた兄たち。剣術も読み書きも。年が上がれば幻想と分かったのだが……よくよく考えれば上の兄は十も違っていたから出来て当たり前だ。顎を擦りながら、
「人は変わるものだ。親の責任もあるが愛しいと思う心が……甘やかしだがな」
「分かっておられるなら何も申しません。でも締めるところは締めて下さいませ」
ああと返事して居間に向かい襖を開けた。幸之介は畳の上を這いずって何かモゴモゴ言いながら楽しそうだ。
「あなた?あの文字の練習ではなかったのですか?」
「ああ、逃げて外でも走り回ってるのではないかな」
「はあ?半刻しか経ってませんが?では私が連れ戻します!ったくあの子は……」
怒りの表情で立ち上がろうとする咲を、
「よい、偶にはこんな日もあってもよかろう」
眉間の皺を深くして私を睨む。
「甘いです!こんな事くらい出来ずに逃げるとは!」
「いいから座ってろ、私がいいと言っておるのだから」
納得いかないらしくブツブツと文句を言う表情はそっくりでやはり親子だな。幸太郎と同じ顔して文句を垂れ流している表情は面白い。私はニヤニヤしていたのだろう、咲は私が目に入るとキッと睨み更に文句を言い続けた。
「甘やかしを是としてしまったらあの子が困るんですよ!わかってますか?幸三郎様!」
「分かっておる」
しかしなと反論……しなければよかった。倍以上子供に対する甘さをネチネチと駄目出しをされて、お茶を持ってきたウメも参戦して責め続けられてしまい……降参だ!私が悪かった!!と大声で言ってしまった。
「では連れ戻します!!」
「はあ……」
「はあ、ではございません!!あなたは仕事部屋でお待ち下さいませ!!」
私は今どんな顔してる?怖い咲が出ていくのを横目に見ながらまあいいかと立ち上がり仕事部屋に戻った。咲もウメもこういう事になると怖い。火鉢にあたりながら幸太郎を待つと廊下からいやぁ!と叫び声がする。まあ嫌だわな。スパンッと勢いよく襖が開けられて咲が部屋に幸太郎を投げ入れた。
「しっかりと父上に教えてもらいなさい!刻が来るまで部屋から出てはなりません!分かりましたか!」
「母上……父上は……」
「言い訳は許しません!あなたもそんな顔せずしっかりと!!」
火の粉がこちらまで……諦めろ幸太郎。バシンッと襖は閉まった。ふう……
「幸太郎、始めるぞ。諦めろ」
「父上……母上は読み書きの時は怖いです。他もだけど」
「ふふっ其方のためにと頑張っておるのだ。期待に応えねばな」
「……はい」
筆を持ち書きながら、父上はあんなに怖い母上が好きですか?いつも仲良くされてますが私はよくわかりませんと問うてくる。
「ははっ今の其方には難しい感情かもな。だがな……私は母上が大好きだぞ?怖い部分もな」
ええ?という顔でこちらに顔を向けた。
「あの、父上は……どこかおかしい?」
「あはは、失礼な事を言うものではないぞ?あれのいい所はたくさんあるのだ。私は全部ひっくるめて良いと思うておる」
息子の本気で言っているのかという怪訝な目を見て「手を止めずに聞きなさい」と注意しながらつらつらと咲の話をした。どうやって私の所に嫁に来たのか、大平の義両親にどう育てられたかなどを話して聞かせた。時々手を止めて興味津々とばかりに質問もしてきた。話しながらだったせいか嫌な文字の習得中ということも忘れたように頑張ってあっという間に刻は過ぎ去っていった。
刻が過ぎてもまだ聞きたいようで二人で話し込んで過ごしていると、ウメがお茶にしませんかと呼びに来た。まだ父上と話しをするからとウメを追い返している。仕方ないとこちらにお茶を持って来てくれて話しをせがむ。父上の話しもと目を輝かせ私の手を取り願い……
ならばと私の幼少の頃の話しや兄たち、其方の祖父母の話だ何だと聞かせてしまった。まあ……私や弦之助の不名誉は省いた。当然だろう?良き父上、叔父で居たいという見栄は子だからこそあるのだから。
「父上……まだやるんですか?」
「ん?飽きたか?」
「はい……」
「半刻でか、早くないか?」
だって……とブツブツ文句を垂れ始めたが、文字を覚えるのは早い方がいいと自分の経験からそう思うのだ。筆の使い方、文字などを知らねば書物を読むにも事欠くし、そもそも知識も増えない。こと知識はこの狭い村々では補えないものが多いし、文字を知らねば父が置いていってくれた物すら読めない。
「幸太郎、其方が次の名主になるのだぞ。文字くらい読めず書けないとなると困るのは其方だぞ?」
「それはわかっております……この冬の間父上はほぼ毎日教えてくれましたから……」
「冬くらいだぞ?こんなに其方といられるのは。春が来れば父はこんな事は出来ないし咲も忙しいからな」
「はい……ああ!でも嫌です!!」
勢い良く立ち上がると襖を開けて逃げてしまった。ふふっ仕方ないな、私もこの年頃はそう思ったもんだ。私も立上がり仕事部屋を出た。
「幸太郎様もう走り回ってますが……よろしいので?」
「よい、無理な日もあろうて」
ウメに声を掛けられ答えるとはあ~っと呆れ顔で見られた。
「この父親は甘いですね。ご自分の時は兄上たちにかなりしごかれてたと思いますが。あのくらいの時に」
「それが辛かったのもあるし、出来れば自分の子はもう少し無理のないりのない範囲でと……可愛くもあってな、つい甘くなる」
「あ~あ、あの頃を知ってる私はあの負けず嫌いで兄上たちに食って掛かったりして暴れてた貴方様がこんなになるなるなんて……ふふっ」
あの頃は年の離れた兄たちに追いつき追い越したい気持ちが強かった。何でも出来るように見えた兄たち。剣術も読み書きも。年が上がれば幻想と分かったのだが……よくよく考えれば上の兄は十も違っていたから出来て当たり前だ。顎を擦りながら、
「人は変わるものだ。親の責任もあるが愛しいと思う心が……甘やかしだがな」
「分かっておられるなら何も申しません。でも締めるところは締めて下さいませ」
ああと返事して居間に向かい襖を開けた。幸之介は畳の上を這いずって何かモゴモゴ言いながら楽しそうだ。
「あなた?あの文字の練習ではなかったのですか?」
「ああ、逃げて外でも走り回ってるのではないかな」
「はあ?半刻しか経ってませんが?では私が連れ戻します!ったくあの子は……」
怒りの表情で立ち上がろうとする咲を、
「よい、偶にはこんな日もあってもよかろう」
眉間の皺を深くして私を睨む。
「甘いです!こんな事くらい出来ずに逃げるとは!」
「いいから座ってろ、私がいいと言っておるのだから」
納得いかないらしくブツブツと文句を言う表情はそっくりでやはり親子だな。幸太郎と同じ顔して文句を垂れ流している表情は面白い。私はニヤニヤしていたのだろう、咲は私が目に入るとキッと睨み更に文句を言い続けた。
「甘やかしを是としてしまったらあの子が困るんですよ!わかってますか?幸三郎様!」
「分かっておる」
しかしなと反論……しなければよかった。倍以上子供に対する甘さをネチネチと駄目出しをされて、お茶を持ってきたウメも参戦して責め続けられてしまい……降参だ!私が悪かった!!と大声で言ってしまった。
「では連れ戻します!!」
「はあ……」
「はあ、ではございません!!あなたは仕事部屋でお待ち下さいませ!!」
私は今どんな顔してる?怖い咲が出ていくのを横目に見ながらまあいいかと立ち上がり仕事部屋に戻った。咲もウメもこういう事になると怖い。火鉢にあたりながら幸太郎を待つと廊下からいやぁ!と叫び声がする。まあ嫌だわな。スパンッと勢いよく襖が開けられて咲が部屋に幸太郎を投げ入れた。
「しっかりと父上に教えてもらいなさい!刻が来るまで部屋から出てはなりません!分かりましたか!」
「母上……父上は……」
「言い訳は許しません!あなたもそんな顔せずしっかりと!!」
火の粉がこちらまで……諦めろ幸太郎。バシンッと襖は閉まった。ふう……
「幸太郎、始めるぞ。諦めろ」
「父上……母上は読み書きの時は怖いです。他もだけど」
「ふふっ其方のためにと頑張っておるのだ。期待に応えねばな」
「……はい」
筆を持ち書きながら、父上はあんなに怖い母上が好きですか?いつも仲良くされてますが私はよくわかりませんと問うてくる。
「ははっ今の其方には難しい感情かもな。だがな……私は母上が大好きだぞ?怖い部分もな」
ええ?という顔でこちらに顔を向けた。
「あの、父上は……どこかおかしい?」
「あはは、失礼な事を言うものではないぞ?あれのいい所はたくさんあるのだ。私は全部ひっくるめて良いと思うておる」
息子の本気で言っているのかという怪訝な目を見て「手を止めずに聞きなさい」と注意しながらつらつらと咲の話をした。どうやって私の所に嫁に来たのか、大平の義両親にどう育てられたかなどを話して聞かせた。時々手を止めて興味津々とばかりに質問もしてきた。話しながらだったせいか嫌な文字の習得中ということも忘れたように頑張ってあっという間に刻は過ぎ去っていった。
刻が過ぎてもまだ聞きたいようで二人で話し込んで過ごしていると、ウメがお茶にしませんかと呼びに来た。まだ父上と話しをするからとウメを追い返している。仕方ないとこちらにお茶を持って来てくれて話しをせがむ。父上の話しもと目を輝かせ私の手を取り願い……
ならばと私の幼少の頃の話しや兄たち、其方の祖父母の話だ何だと聞かせてしまった。まあ……私や弦之助の不名誉は省いた。当然だろう?良き父上、叔父で居たいという見栄は子だからこそあるのだから。
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