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プロローグ

蓮「クルト」になる

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 僕は真っ白な夢の中にいた。とっても美しい人がなにか言っている。

「すま……かっ……記憶は…まあそう…な。言語と体の記憶を全てやろう。あとそうだな…白の賢者もお前にしてやる。それで許せ」

 だんだん明瞭な言葉になったが、なんだこのイケメンの武人は。短髪赤髪で武具を纏ってて……よくゲームに出てくるやんちゃ系ぽい見た目は。でもこんなイケメン見たことねえ。

「あの……あなたは?」
「ああ、俺か?俺は軍神アレス。荒神でもあるな」
「はあ軍神ね……はい?軍神だと?僕は死んだのか!なんでだ!諒太はどこですか!」

 はあ……と彼はため息。俺の話を聞いてたか?とすげえ怖い顔。イケメンだけど中身がダメそうななんだろうか。賢いけど足んない上司っているじゃない、そんな感じ。

「俺がお前を間違って殺した。元の世界には帰れないし死は取り消せない。あの門は一方通行だ」
「ふえ?」

 彼の話では、他の神と言い争って苛ついてむしゃくしゃが収まらず剣を振ってら、異世界門に術が当たり盛大にぶっ壊れた。バカだろ。その門は神は行き来出来るが、人は片道。こちらの方が格下の世界で門の力が弱く、我らにもその力はなくあちらの輪廻に戻せない。

「詫びにこちらの死にたてホヤホヤの者に入れてやる。好きに生きろ」

 何言ってんの?こちらで生き直せってこと?

「僕はこちらの世界なにも知らないのに上手く生きられるとは思えません!」
「さっきも言ったろ!全部持ってくから困らねえよ。それにな、お前には良い世界のはずだ。とっとと行けや!」

 面倒臭そうに言うと「ほらよ!」って回し蹴りされて、体が一気に落ちて行く気がしたら目が覚めた。

「あ……あれ…」
「ん?ああ!クルト様目が覚めましたか!よかったです……はあよかった」

 僕はぼんやりと夢のことを思い出していた。あはは……僕は「クルト」だ。フリッツ、ハンネスの子どもなんだ。ベッドに突っ伏して泣いているのは僕の側仕えのティモ。そして僕は十七だ。十も若返って貴族の子どもか。まあ、いいところの子に入れてくれたかな。

「僕はどうしたの?」

 ベッドに横になったまま彼に聞いた。

「はい……アウルベアに襲撃されて……お怪我は治したのに何日も目覚めなくて……よかった」

 彼と共に襲われ彼は攻撃で馬車の外に放り出されたけど、僕はそのまんまグシャ。瀕死の状態で助け出されて今に至る。ふふん、神が人の目に違和感ないように半殺しにしたのかもね。
 すると廊下からだろうか。バタバタと走る音がしてバンッ!と扉が開いた。

「クルト!」
「クルトよかった……本当によかった……」

 両親だ。僕の目覚めを喜んでくれる。ふふっ懐かしいな。幼い頃の仲が良かった両親を思い出すね。僕がゲイと分かったら家に居場所がなくなり、こんな愛情を見せてはくれなくなっていたから。

「ご迷惑をおかけしました……」
「なにを!なにを……生きているだけでいいんだ。公爵様も心配して、ほらこれ」

 部屋のテーブルには、お花や大小の箱が積んであった。お見舞いたそうだ。

「ハンネス!悪いんだが執務室に行って公爵様にご連絡を!」
「はい!」

 父様は母様に命じると、母はよかったと言いながら急いて出て行った。

「よかったよ。お前が無事に目覚めて」
「はい。ありがとう存じます」

 このまま目覚めが遅れると、結婚式の日程を変えねばならなかったと父様は安堵していた。

「お前は王家筋のお一人に嫁ぐんだ。万全に整えなくてはならぬ」
「はい……」

 頭の片隅で「クルト」の記憶が僕の記憶のように思い出された。お見合いの日のアンゼルム様の……ぐっふぅ……僕あの人に嫁ぐのか。諒太はおしゃべりだったから……辛いぞこれ。

「あの……お断りは……」

 僕の言葉に父様は目をかっぴらき声を張り上げた。

「バッカモーン!出来る訳ないだろ!なにが気にいらないんだ!あんな美男のなにが不服だ!」
「父様、だってすごく年上だし無口だし僕は……」

 はあ……ってため息。うちはこの国の「白の賢者」の称号のある家柄。辺境伯ではあるが国の防壁の要で見劣りなどしない。多少気候の問題で貧乏な年もあるが、身分的には伯爵相当で私も教育大臣だ。問題ない!と力説する。
 そんなことはどうでもいいんだよ。この先一生の問題で、家でおしゃべりがないとか……どんな拷問だよ!

「それにお前か兄のアルバンか白の賢者のはずだ。たぶんアルバンだろうが家柄になんの不足もない!」
「……はい」

 白の賢者は平時はなんの役にも立たず、ただの辺境伯で農業に勤しむだけ。かたや公爵様はこの国の「黒の賢者」のお家。魔力が絶大でそう呼ばれていて、国の魔法省の大臣を代々務めるんだ。王よりも魔力が多い特別なお家で王族の一員で……当然お金持ち。

「王と共にこの土地に建国以来、千年はその能力をうちはほとんど使ってはおらぬ。まあ実感はないだろうがな」
「そうですね……」

 この地は魔物が多く、公爵や僕の先祖の魔法使いが中心になり、魔物を浄化し土地を活性化して人が暮らしやすい地にした。だけど完全に魔物を退治した訳じゃない。他所からも来るしね。
 魔物は森に獣と共にいる。まあ、刺激しなければ襲って来ないはずなんだけど、僕は襲われた。この国ではたまにこういうことがあって民も犠牲にもなる。家で祀っている浄化の神を国の人は覚えてないかもしれない。貴族の学園でも民の学校でも「白の賢者が浄化した」としか習わないんだ。

「もう形骸化した賢者の称号で、身分の割に金はない。珍しい一時的な第二夫人が嫌なのだろうが諦めろ」
「はい……」

 体力の落ちた体を元に戻せよって。魔力も体力もポーションはもう使えないからなって。うん知ってる。あれ、うちの予算的に今は高いんだよね。

「頑張ります」
「そうしてくれ」

 父様は言いたいことを言うと出て行った。実は嵐で荒れた領地の復興に忙しいんだよね。お金をもらえはいいってことじゃないんだ。そのお金で、ガイア神、ディオニュソス神の加護を持っている魔法使いをたくさん雇わなくてはならない。土地を元通りにしなくちゃお酒は作れないからね。
 うちはワインの産地で、国内の大部分のお酒を作っている。品質が悪いと買い叩かれて貧乏になる年もある。だから蓄えはあまり増えない。家の当主は「白の賢者」と「ディオニュソス神」の加護を持つのが当主の必須能力だ。

 この国の王は「デメテル神、アポロン神」の加護がある。そう、農耕の神と、太陽の神だ。ということは「農業しかしてない国」なんだよね。周りに「アテナ神」の加護の国「バルシュミーデ王国」「ヘルテル王国」が二つ。そこはうちの国が他国からの侵略を防衛をしてくれる国で、その対価は「農作物、畜産物」なんだ。

 この二国は「戦士を貸し出す」ことを生業としている好戦的な国。国土は狭く、うちの国の北側をぐるっと囲むようにある。
 その奥の山脈を超えると軍事大国「シュタクルク王国」がある。各地に攻め入り土地を接収して魔石、鉱石、宝石などがある国が標的だ。軍事力が高く民の多い国で、戦士の数が半端ないらしい。国の加護は「アルス神」だ。もうね、あの美しく頭の悪い神の加護がある。あの荒々しい性格を体現してる国だね。

「不貞腐れてますね」
「だーって第二夫人はともかく、あんな無口はねぇ」

 バルドゥルは困ったお人だと笑う。

「ですが、彼の魔法の能力は素晴らしいですよ」
「知ってる。噂だけだけど」

 彼はふんと鼻を鳴らした。

「諦めろとは言いませんが、きっと良いところもありますよ。私も城の訓練とかで見かけるだけでした。美しい方ではありませんか」
「うん……」

 バルドゥルはうちの私兵団長で、元近衛騎士。彼のお家の人は先代が引退するとその息子が来るという、代々うちに仕える家だ。先代が病で倒れ早々にうちに来た若き戦士。アンゼルム様と同じくらいかな。

「バルドゥルみたいだったらよかったのに」
「あはは……私は性格悪いかもですよ?」
「ありがとう。気を使ってくれて」

 彼は剣の扱いも長けていて、魔力はそんなに多くはないけど活用が上手くてね。うちの領地の魔物退治は彼がいれば安心。だけど、給料は少ないだろうなあ。近衛騎士のようには払ってないと思う。騎士の称号の貴族でもあるのにごめんね……
 僕は彼の執務室でくだを巻いていた。本当は奥様必須の「自衛武術」の訓練に来たんだけどやる気が起きなくてね。目覚めた日から半月は過ぎてて、体を動かせるようになったからそろそろ体力を戻す時期に来ていた。僕はひと月寝てたから筋力落ちまくり!

「訓練を始めますか?」
「……イヤ」
「そんなことを言わずやりましょうよ。お嫁入りまで三ヶ月しかないのですから」
「へい……」

 仕方なくダラダラ鍛錬場に向かう。ぐふぅ

 僕はこの期間、花嫁修業は体力のみならず、貴族の名前、王族の名前や爵位を改めて覚えた。抜けてると舞踏会で「あれ誰?」となる。それは公爵夫人としてはかなり不味い。
 王族だけのお茶会もあるし王妃主催の大きな物もある。それにいつか自分も開かなくちゃならないはず。クソッ……王族なんて関係ないと覚える気のなかった「クルト」を恨むね。

 でさ、クルトは「僕」と自分を呼ぶ。男だしね。でね、母様も僕って自分を呼ぶ。そう、ここは男しかいない世界で、僕は「アン」と呼ばれる属性で、元の世界なら「女」、男は「ノルン」と言われている。見た目はどちらも男で、服装もアンのほうがフリルとかレースとかが多いくらいで男だ。

 うはは!ゲイでキモい!とか言われねえんだよ!全部男みたいなもんで素の僕で問題なし。「アン」にもちんこがあり、胸はなし。女性のような体はいなくて、ノルンの方が大柄でマッチョ「男らしい」人が多い。なんて僕にはいい国なんだ。……いや、同性を好きな人もいるかもね。分からんが。
「クルト」はあんまりそのへんに興味なかったのか知識は学校で習ったくらい。社交はそれなりで……食い意地は張っていた。なぜなら貧乏な年を踏まえて食事が質素で、彼は美味しい物に飢えていたんだ。城の舞踏会は食べるところと思っていたらしいね。

 なので、図書室で知識を増やし……ってか、僕は本が好きだから、途中でこちらの物語ばかり読み(勇者や冒険もの多かったんだ)、バルドゥルのところでは遊んで……いや訓練して。
 この世界は「アン」でも武芸を嗜むのが当たり前で、護身の意味があるんだ。弱い魔物なら自分でなんとか出来るようにさ。
 ちなみに印刷、製紙技術は整ってて前の世界並みに本があった。これは驚きだ。このくらいの文化の頃は前の世界ではそんなに本も紙も安くなかったはずなんだ。ふふん、どこにでも天才はいるもんだね。

 そして、あっという間に結婚式の日は来た。嫌だと思っていることは時が経つのは早いねえ。











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