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四章 戦とアンジェ
3 ひねくれた
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アンジェは黙っていた。草むらで突っ伏してる僕を優しく撫でながらね。話すのを待ってるんだろうけどイヤだよ。
「クルトはなんで俺から離れようとするんだ?俺はお前が「クルト」じゃなくても好きだし、だからふたりの子ももうけた。ちょっとしたことでは嫌いになんかならないさ」
アンジェはなら当てようかって。今日だけでたくさんの人を殺し、俺もお前も人殺しだ。きっと彼らにも家族も番もいただろう。それが気になるのか?と。いや、そこは覚悟してた。
「さすがに人同士の戦いで死人が出ないとは思ってない。僕らの命を狙って来る人にまで慈悲の心なんて持てない」
そこは諦めてここに来たんだ。後で色々思うかもしれないけど、戦争とはそういうものだと頭では理解していると答えた。
「ならなに?」
「……言わない」
なら言うまで隣にいるとふふっと笑った。月は真上にいる。この時期なら真夜中かな。
「アンジェ。テントで寝て来て。僕をここに置いといて」
「風邪引くぞ?」
「防壁で寒さは防ぐから平気」
ふうと鼻で息をして話してくれよって。どんなことで受け入れるからって。
「そういうこと言う人は、話をしたら絶句して嫌うんだよ」
えっとアンジェは言葉が止まって、ふうって。
「お前……どうしたんだよ?」
「自分に失望してるだけだから。明日は笑顔になるからお願いします」
嫌だねとグイッと抱き上げられて、彼の片膝を背もたれに座らせられた。僕を見つめテントで寝ようよ、ポーションも飲まないと明日も戦えないぞって。
「明日がぶ飲みするからいい。離して」
「クルト。俺は気は長い方だが、そろそろ話せ」
「イヤだ」
きっとアンジェは受け止めてくれるだろうって漠然とは思う。だけど、その優しさに甘えると、自分が更に付け上がる気がするんだ。なんでも赦してくれるアンジェに甘えるのは簡単。でもそれじゃダメなんだと思える。気が付いた時がチャンスだと思うんだ。これからのためにもね。
「アンジェ、僕は自分で考えなきゃダメな気がしてるんだ。自分の…その……」
話してたらジワッと目に涙が溜まり頬を伝う。この人が好きだから話して嫌われたくない。この世界より先を行ってる文化から来た驕りを、加護の大きい白の賢者だという、優越感を持っていたことを知られたくない。
「クルト…もう泣かないで」
チュッとまぶたにキスをくれる。俺のクルト、お前が泣くと俺も辛い。辛さは共有しようよって。
「アンジェ……僕は浅ましいんだ。それをあなたに知られたくない。お願いだよ」
「浅ましい?」
はっ!僕はなにを口走ってるんだ。焦って震える足に力を込めて、ぐおーーっ!よし!
「ま、また明日ね。アンジェ」
涙を手で拭い、生まれたての子鹿の足取りで歩く。数歩でべちょっと倒れた……くそう!完全に魔力切れだ。この感覚に覚えがあって、ポーションを取りに行くには……頭だけ上げて先を見ると騎士のテントは遠いな……ぐったりと土の上で諦めた。
「もう諦めろ。お前は魔力の使い方が悪いんだよ。なんでも全力でやるから」
「アンジェも同じくらい使ってたよね?」
「ああ。俺は強弱付けてるから。腰のポーションでなんとかなった」
あーあ……アンジェたちはすごいな。僕は多い魔力にあぐらかいて、配分なんてな~んも考えなくて、腰に付ける革バッグのポーションなんて速攻飲み切って、ラムジーに分けてってお願いしたくらいなのに。僕とはこんなに違ってきちんと魔力、体力を考えて動けている。こんなところでも努力の差があるのに、アンジェたちを下に見るなんて、なんて情けないことか。
グスッ一度死ねばいいんだ僕はさ。……いや死んでるわ。死んでるのにこんなにも残念とは。あはは……誰だよ、死んだらバカが直るとか言うやつは。あー……疲れた。
「もういいや。話したくなったら話してくれ」
「え?」
お腹に手が入り抱えられて土をパンパンと叩いてくれる。
「そこまで意地を張るなら聞かないよ。お前、食事もしてないのに気がついてるか?」
「あ?そっか。でもお腹空いてないもん」
とにかくテントに戻るぞと、お姫様抱っこされてテントに戻った。すると文官のひとりが、やっと戻りましたかと、テーブルにスープとパンを出してくれた。
「クルト。食欲なくとも食べなさい」
「はい……」
嫌々口に入れるとウッとなった。無理やり飲み込んだけど、次を口にいれる気にはならなかった。その様子にアンジェはまずはポーション飲めと用意させて、僕は受け取ってグビッ。すーっと疲れが抜けるような気がした。
「食べてみろ」
「はい」
もう一度具だくさんスープを口に運ぶと、飲み込むことは出来た。美味しいはずなのにそうは感じなかったけど。
「飲めるなら、それだけでいいから食べなさい」
「はい」
パンは諦めてゆっくり食べたけど、食べ終わるとあまり気分はよくなかった。優しくされると、今食べた物が全部僕の浅ましい毒のようにも感じた。
「少し外に行って来る。テントの前にいるから」
「ああ」
外に出て目の前の草むらに寝転んだ。天空の月は森の木の影に隠れたのか見えない。雲も少なく星はきらめいて、澄み切った夜の空気を感じた。
「クルトの十七歳の体に入れてもらって早五年。本来の年齢なら三十になったはずなのになあ。なんでこんな……五年もここでなにしてたんだろう、この世界のなにを見ていたんだろう」
サラッといいところ見てただけなのかもね。アンジェやティモ、家族の愛に甘えてただけ。いい人たちに囲まれて、この世界を知った気になってさ。ティモにも前世の進んだ科学や文化を自慢げに話して……側仕えだから「なに偉そうに」とは言えなかったんだろうなあ。あーあ。
「高校も大学も中くらいのところだった。特別勉強も遊びも、なにもかも真剣にやったことはなかった。それなのに、よくここの人を見下せたもんだ。大体元の世界は恩恵を受けてただけで、僕が作った物なんかなーんにもなかったのにさ」
あちらの頭のいい人が、こんな世界だったのを便利な世界にしてくれたんだ。電車も車も、電気ガス、紙もパソコンもスマホ。全ての物は誰かの発明で、僕はエンドユーザーでしかなかった。
世界中の物を手軽に手に出来るのも、サプライチェーンを国同士で作って便利にしたから。そもそも戦後の復興で頑張った人がいたからだよ。僕は何もしてない。
「僕は人より優れてることなんてないのになあ。諒太くらいだよね。あの人も僕のどこがよかったのやら」
横を向くと木の枝の隙間から月の光が見えた。この世界は空気が甘く美味しい。草や土の香りに虫の声、街中ですら排ガスの匂いもしない。馬のう◯この香りはしたけど。
それに僕はアレルギー体質だったんだけど、それも出ない。いやいや、体が違うでしょ。うはは、自分のボケッ
「はーあ。幸せに慣れて傲慢になってたなあ……アンジェは僕の好みのど真ん中でこれは神に感謝。こんなイケメンがいるんだと嬉しくて、抱かれるともうね。体が大喜びだよ。後は自分の見た目も、とてもかわいいのも嬉しい」
世界の理も何もかも違うのに「クルト」の記憶のお陰で言葉も文化も困らなかった。神の施しをさも当たり前と受け取って、すごいだろ?と見せびらかすような……
「恥を知らないとはねえ。ここまで自分がバカとは思わなかった。全部他から手に入れたものばかりなのになあ」
ふーんと聞こえた。え?驚いて起き上がると、すーっとなにもないところからアンジェが隣に現れた。は?
「黒の賢者の能力そのニ。姿と音が消せる」
「う、うそ……き、聞いてた?」
「うん」
僕が外に出てからすぐに隣にいたそうだ。それ覗き見と同じだろ!
「それは謝る。だが、話さないお前も悪い」
「ゔっ……」
ポフッと草むらに倒れて、アンジェに背を向けた。ごめんねクルトって。
「お前は考えごとしてると、独り言のように声出すからさ。なんか話すかなって思ったんだ」
「よくご存知で」
不貞腐れて返事した。はあ……こんなどうしょうもない僕に愛想が尽きただろうなあ。アンジェが僕ならどう思うだろう。「クルト」なら?
「クルト。人は与えられたものを初めはみんな感謝するんだ。だけど、時間とともに当然と思うようになり、そのうち自分の本来の能力と思うようになる」
優しいテノールが響き、風がザアッと吹き抜けた。
「俺は若い頃な。公爵の跡継ぎでなるのが当然だった。この生活がなくなるなど思いもしない子どもだったんだ。父上がいきなり死ぬなんて、それこそ考えてもいなかった」
その後の数年は、ベルント様の後始末の謝罪と魔法の力だけある未熟な大臣、領主として奮闘した。この国は穏やかで、魔力が多く戦闘に向いていようが、アンジェの攻撃能力は必要とはされない。文官のような能力の方が、貴族の場合喜ばれるそうだ。
「お前は俺の努力をいつも褒めてくれる。ベルントは褒めても労ってもくれなかったことを、お前はすごい、遅くまでお疲れ様と労ってくれる」
「……ホントのことだもん」
うんと頭を撫でてくれる。
「俺がどれほど嬉しく思ってるかお前は知らない。この家に生まれ、跡取りなら努力して当然としか周りは見てくれない。当然のことには労りの言葉などくれはしないんだ」
はあってアンジェは溜息をついた。疲れたようなため息。
「お前は自分の心の変化がこの戦で表面化した。でもな、みんな似たようなことを自分より身分が下、あるいは技術が下の者に多かれ少なかれ思ってることだ」
農民ですら自分の畑の作物の出来が隣の畑より優れている、高く売れたんだと見下す。身分など関係なく、人は誰かと比べ優越感に浸る。誰しもが一度は感じる感情で、浅ましいのも人として当然。俺がそれを全く感じず、ここまで生きて来たと思ってるのかと問われた。
「アンジェは優秀だし……」
僕の頭や体を撫でるアンジェ。
「ない訳ないだろ。俺も無意識にそうした感情に振り回されていた時期がある。俺より出来ない者を見て、黒の賢者はやはり特別なんだ、人より優れているから加護ももらってるんだと、他人を見下す気持ちもあったんだ」
へー……アンジェみたいな人格者でもそう思うのか。いや、僕に合わせてくれてるだけかもね。チラッと後ろを疑うように見て、またクルッと前を向いた。
「疑ってるな?俺はお前が思うより弱いし腹も黒いし、他人を羨ましいとも感じる。でも、世界一お前を愛している」
うそくせえぇ。弱さなんかほとんど見たことないし、こんなボケを愛してるとか頭おかしいだろ。アンジェは番の本能で目が眩んでるんだよ。ふーんだ。
「なぜそう言えるの?番の本能が言わせてるだけじゃないの?」
「ふふっ言うようになったじゃないか」
バカにされてるのかな。まあ、されても仕方ないけど。
「お前は普段、俺の話にほとんど反論をしては来ない。俺はたまにそれが不安になるんだ。なんでも受け入れてくれる人などいるのかなって」
「僕がアンジェに反論する必要を感じないからだ。あなたは間違ったことを言わないから」
アンジェはムダが嫌いなのか理路整然と動く。そして間違いは少ないからだ。お願いも聞いてくれるし、違えば謝ってもくれるからね。
「ベルントはいつも喧嘩腰で、ああ言えばこう言うが当たり前。いつも会話は口論のようになるんだ。懐かしいが二度としたくない」
ああ、なんか目に浮かぶね。ふふっ
「やっと笑ったな」
「あ……」
俺はこんなことでお前を嫌ったりはしない。人の心は複雑で、この世界はお前の世界より不便かもしれない。だが、この地が出来た頃に比べれば相当発展している。その恩恵を受けているだけなのが俺たちだとアンジェは言う。
「お前と同じ。先人の努力の上にあぐらをかいているだけ。世界が違おうともそこは同じだ」
「……うん」
さあ、明日も戦わなくちゃならないんだから少し寝ようと抱かれて、そのままベッドまで移動した。陣営はすでに寝静まり、見張りの騎士のみが起きてる感じ。昨日もまともに寝てないからポーションを追加で飲んだ。
「こんなに遅くなったのは、お前がひねくれるからだぞ」
「ああ?落ち込んでる妻にソレ言う?」
「うん。だがな、それに気がつくやつは賢い。気がついたならばやり直せばいい」
「……うん」
ワラがガサゴソ鳴るベッドで抱きあって眠る。なんとなく誤魔化された気もするけど、ああ言われればそうかなとも納得も出来た。これは一度棚上げして、戦が終わったらゆっくり考えよう。生きて帰れたならね。と、思っていると「うふふったぶん死なないけど、気を付けて」と声がした。はいと返事をして、僕はアンジェの腕の中で目を閉じた。
「クルトはなんで俺から離れようとするんだ?俺はお前が「クルト」じゃなくても好きだし、だからふたりの子ももうけた。ちょっとしたことでは嫌いになんかならないさ」
アンジェはなら当てようかって。今日だけでたくさんの人を殺し、俺もお前も人殺しだ。きっと彼らにも家族も番もいただろう。それが気になるのか?と。いや、そこは覚悟してた。
「さすがに人同士の戦いで死人が出ないとは思ってない。僕らの命を狙って来る人にまで慈悲の心なんて持てない」
そこは諦めてここに来たんだ。後で色々思うかもしれないけど、戦争とはそういうものだと頭では理解していると答えた。
「ならなに?」
「……言わない」
なら言うまで隣にいるとふふっと笑った。月は真上にいる。この時期なら真夜中かな。
「アンジェ。テントで寝て来て。僕をここに置いといて」
「風邪引くぞ?」
「防壁で寒さは防ぐから平気」
ふうと鼻で息をして話してくれよって。どんなことで受け入れるからって。
「そういうこと言う人は、話をしたら絶句して嫌うんだよ」
えっとアンジェは言葉が止まって、ふうって。
「お前……どうしたんだよ?」
「自分に失望してるだけだから。明日は笑顔になるからお願いします」
嫌だねとグイッと抱き上げられて、彼の片膝を背もたれに座らせられた。僕を見つめテントで寝ようよ、ポーションも飲まないと明日も戦えないぞって。
「明日がぶ飲みするからいい。離して」
「クルト。俺は気は長い方だが、そろそろ話せ」
「イヤだ」
きっとアンジェは受け止めてくれるだろうって漠然とは思う。だけど、その優しさに甘えると、自分が更に付け上がる気がするんだ。なんでも赦してくれるアンジェに甘えるのは簡単。でもそれじゃダメなんだと思える。気が付いた時がチャンスだと思うんだ。これからのためにもね。
「アンジェ、僕は自分で考えなきゃダメな気がしてるんだ。自分の…その……」
話してたらジワッと目に涙が溜まり頬を伝う。この人が好きだから話して嫌われたくない。この世界より先を行ってる文化から来た驕りを、加護の大きい白の賢者だという、優越感を持っていたことを知られたくない。
「クルト…もう泣かないで」
チュッとまぶたにキスをくれる。俺のクルト、お前が泣くと俺も辛い。辛さは共有しようよって。
「アンジェ……僕は浅ましいんだ。それをあなたに知られたくない。お願いだよ」
「浅ましい?」
はっ!僕はなにを口走ってるんだ。焦って震える足に力を込めて、ぐおーーっ!よし!
「ま、また明日ね。アンジェ」
涙を手で拭い、生まれたての子鹿の足取りで歩く。数歩でべちょっと倒れた……くそう!完全に魔力切れだ。この感覚に覚えがあって、ポーションを取りに行くには……頭だけ上げて先を見ると騎士のテントは遠いな……ぐったりと土の上で諦めた。
「もう諦めろ。お前は魔力の使い方が悪いんだよ。なんでも全力でやるから」
「アンジェも同じくらい使ってたよね?」
「ああ。俺は強弱付けてるから。腰のポーションでなんとかなった」
あーあ……アンジェたちはすごいな。僕は多い魔力にあぐらかいて、配分なんてな~んも考えなくて、腰に付ける革バッグのポーションなんて速攻飲み切って、ラムジーに分けてってお願いしたくらいなのに。僕とはこんなに違ってきちんと魔力、体力を考えて動けている。こんなところでも努力の差があるのに、アンジェたちを下に見るなんて、なんて情けないことか。
グスッ一度死ねばいいんだ僕はさ。……いや死んでるわ。死んでるのにこんなにも残念とは。あはは……誰だよ、死んだらバカが直るとか言うやつは。あー……疲れた。
「もういいや。話したくなったら話してくれ」
「え?」
お腹に手が入り抱えられて土をパンパンと叩いてくれる。
「そこまで意地を張るなら聞かないよ。お前、食事もしてないのに気がついてるか?」
「あ?そっか。でもお腹空いてないもん」
とにかくテントに戻るぞと、お姫様抱っこされてテントに戻った。すると文官のひとりが、やっと戻りましたかと、テーブルにスープとパンを出してくれた。
「クルト。食欲なくとも食べなさい」
「はい……」
嫌々口に入れるとウッとなった。無理やり飲み込んだけど、次を口にいれる気にはならなかった。その様子にアンジェはまずはポーション飲めと用意させて、僕は受け取ってグビッ。すーっと疲れが抜けるような気がした。
「食べてみろ」
「はい」
もう一度具だくさんスープを口に運ぶと、飲み込むことは出来た。美味しいはずなのにそうは感じなかったけど。
「飲めるなら、それだけでいいから食べなさい」
「はい」
パンは諦めてゆっくり食べたけど、食べ終わるとあまり気分はよくなかった。優しくされると、今食べた物が全部僕の浅ましい毒のようにも感じた。
「少し外に行って来る。テントの前にいるから」
「ああ」
外に出て目の前の草むらに寝転んだ。天空の月は森の木の影に隠れたのか見えない。雲も少なく星はきらめいて、澄み切った夜の空気を感じた。
「クルトの十七歳の体に入れてもらって早五年。本来の年齢なら三十になったはずなのになあ。なんでこんな……五年もここでなにしてたんだろう、この世界のなにを見ていたんだろう」
サラッといいところ見てただけなのかもね。アンジェやティモ、家族の愛に甘えてただけ。いい人たちに囲まれて、この世界を知った気になってさ。ティモにも前世の進んだ科学や文化を自慢げに話して……側仕えだから「なに偉そうに」とは言えなかったんだろうなあ。あーあ。
「高校も大学も中くらいのところだった。特別勉強も遊びも、なにもかも真剣にやったことはなかった。それなのに、よくここの人を見下せたもんだ。大体元の世界は恩恵を受けてただけで、僕が作った物なんかなーんにもなかったのにさ」
あちらの頭のいい人が、こんな世界だったのを便利な世界にしてくれたんだ。電車も車も、電気ガス、紙もパソコンもスマホ。全ての物は誰かの発明で、僕はエンドユーザーでしかなかった。
世界中の物を手軽に手に出来るのも、サプライチェーンを国同士で作って便利にしたから。そもそも戦後の復興で頑張った人がいたからだよ。僕は何もしてない。
「僕は人より優れてることなんてないのになあ。諒太くらいだよね。あの人も僕のどこがよかったのやら」
横を向くと木の枝の隙間から月の光が見えた。この世界は空気が甘く美味しい。草や土の香りに虫の声、街中ですら排ガスの匂いもしない。馬のう◯この香りはしたけど。
それに僕はアレルギー体質だったんだけど、それも出ない。いやいや、体が違うでしょ。うはは、自分のボケッ
「はーあ。幸せに慣れて傲慢になってたなあ……アンジェは僕の好みのど真ん中でこれは神に感謝。こんなイケメンがいるんだと嬉しくて、抱かれるともうね。体が大喜びだよ。後は自分の見た目も、とてもかわいいのも嬉しい」
世界の理も何もかも違うのに「クルト」の記憶のお陰で言葉も文化も困らなかった。神の施しをさも当たり前と受け取って、すごいだろ?と見せびらかすような……
「恥を知らないとはねえ。ここまで自分がバカとは思わなかった。全部他から手に入れたものばかりなのになあ」
ふーんと聞こえた。え?驚いて起き上がると、すーっとなにもないところからアンジェが隣に現れた。は?
「黒の賢者の能力そのニ。姿と音が消せる」
「う、うそ……き、聞いてた?」
「うん」
僕が外に出てからすぐに隣にいたそうだ。それ覗き見と同じだろ!
「それは謝る。だが、話さないお前も悪い」
「ゔっ……」
ポフッと草むらに倒れて、アンジェに背を向けた。ごめんねクルトって。
「お前は考えごとしてると、独り言のように声出すからさ。なんか話すかなって思ったんだ」
「よくご存知で」
不貞腐れて返事した。はあ……こんなどうしょうもない僕に愛想が尽きただろうなあ。アンジェが僕ならどう思うだろう。「クルト」なら?
「クルト。人は与えられたものを初めはみんな感謝するんだ。だけど、時間とともに当然と思うようになり、そのうち自分の本来の能力と思うようになる」
優しいテノールが響き、風がザアッと吹き抜けた。
「俺は若い頃な。公爵の跡継ぎでなるのが当然だった。この生活がなくなるなど思いもしない子どもだったんだ。父上がいきなり死ぬなんて、それこそ考えてもいなかった」
その後の数年は、ベルント様の後始末の謝罪と魔法の力だけある未熟な大臣、領主として奮闘した。この国は穏やかで、魔力が多く戦闘に向いていようが、アンジェの攻撃能力は必要とはされない。文官のような能力の方が、貴族の場合喜ばれるそうだ。
「お前は俺の努力をいつも褒めてくれる。ベルントは褒めても労ってもくれなかったことを、お前はすごい、遅くまでお疲れ様と労ってくれる」
「……ホントのことだもん」
うんと頭を撫でてくれる。
「俺がどれほど嬉しく思ってるかお前は知らない。この家に生まれ、跡取りなら努力して当然としか周りは見てくれない。当然のことには労りの言葉などくれはしないんだ」
はあってアンジェは溜息をついた。疲れたようなため息。
「お前は自分の心の変化がこの戦で表面化した。でもな、みんな似たようなことを自分より身分が下、あるいは技術が下の者に多かれ少なかれ思ってることだ」
農民ですら自分の畑の作物の出来が隣の畑より優れている、高く売れたんだと見下す。身分など関係なく、人は誰かと比べ優越感に浸る。誰しもが一度は感じる感情で、浅ましいのも人として当然。俺がそれを全く感じず、ここまで生きて来たと思ってるのかと問われた。
「アンジェは優秀だし……」
僕の頭や体を撫でるアンジェ。
「ない訳ないだろ。俺も無意識にそうした感情に振り回されていた時期がある。俺より出来ない者を見て、黒の賢者はやはり特別なんだ、人より優れているから加護ももらってるんだと、他人を見下す気持ちもあったんだ」
へー……アンジェみたいな人格者でもそう思うのか。いや、僕に合わせてくれてるだけかもね。チラッと後ろを疑うように見て、またクルッと前を向いた。
「疑ってるな?俺はお前が思うより弱いし腹も黒いし、他人を羨ましいとも感じる。でも、世界一お前を愛している」
うそくせえぇ。弱さなんかほとんど見たことないし、こんなボケを愛してるとか頭おかしいだろ。アンジェは番の本能で目が眩んでるんだよ。ふーんだ。
「なぜそう言えるの?番の本能が言わせてるだけじゃないの?」
「ふふっ言うようになったじゃないか」
バカにされてるのかな。まあ、されても仕方ないけど。
「お前は普段、俺の話にほとんど反論をしては来ない。俺はたまにそれが不安になるんだ。なんでも受け入れてくれる人などいるのかなって」
「僕がアンジェに反論する必要を感じないからだ。あなたは間違ったことを言わないから」
アンジェはムダが嫌いなのか理路整然と動く。そして間違いは少ないからだ。お願いも聞いてくれるし、違えば謝ってもくれるからね。
「ベルントはいつも喧嘩腰で、ああ言えばこう言うが当たり前。いつも会話は口論のようになるんだ。懐かしいが二度としたくない」
ああ、なんか目に浮かぶね。ふふっ
「やっと笑ったな」
「あ……」
俺はこんなことでお前を嫌ったりはしない。人の心は複雑で、この世界はお前の世界より不便かもしれない。だが、この地が出来た頃に比べれば相当発展している。その恩恵を受けているだけなのが俺たちだとアンジェは言う。
「お前と同じ。先人の努力の上にあぐらをかいているだけ。世界が違おうともそこは同じだ」
「……うん」
さあ、明日も戦わなくちゃならないんだから少し寝ようと抱かれて、そのままベッドまで移動した。陣営はすでに寝静まり、見張りの騎士のみが起きてる感じ。昨日もまともに寝てないからポーションを追加で飲んだ。
「こんなに遅くなったのは、お前がひねくれるからだぞ」
「ああ?落ち込んでる妻にソレ言う?」
「うん。だがな、それに気がつくやつは賢い。気がついたならばやり直せばいい」
「……うん」
ワラがガサゴソ鳴るベッドで抱きあって眠る。なんとなく誤魔化された気もするけど、ああ言われればそうかなとも納得も出来た。これは一度棚上げして、戦が終わったらゆっくり考えよう。生きて帰れたならね。と、思っていると「うふふったぶん死なないけど、気を付けて」と声がした。はいと返事をして、僕はアンジェの腕の中で目を閉じた。
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